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飛竜と義弟の放浪記 -Kicked out of the House-  作者: ひつじ雲/草伽
三章 ドラゴンタクシーの日常
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海外旅行先で日本人に合うと、何故か仲良くしたくなっちゃう系あるある。でも正直、そんな所で知り合った奴って結構怖くない? in異世界 .2 *

 

 エンマに頼んで矢のように跳んでもらう。俺らが向かったのは、北の港町に向かう途中に広がっている丘陵地帯にある町だった。

 町と言っても規模は驚くほど小さく、村が二つ三つほど寄り合って『町』になったという印象を受けた。


 ずっと向こうまで広がっている丘陵の凹状地には、小さな森を形成している。丘陵の上部にはあまり植物はないらしくて、所々岩肌が剥き出しになっている。その為、傍目から見た時は濃淡二色の緑と暗灰色がモザイクを作り出していた。

 変わった模様だなーなんてぼんやりと思っていたら、濃い緑が生い茂る樹木で、薄い緑が風になびく草原だった。



 降り立った町は木造の柱を中心にして、乾燥させた草を混ぜ込んだ粘土で壁を作ったような家が並んでいた。土壁のせいだろうか。町全体が素朴というか、どこか古さを感じる。

 木造と乾燥レンガでつくられた海外の田舎町、そんな風に見えた。


 上から見た時、町の主な産業は果樹なのだろうと思っていた。

 家々の並ぶ大通りから少し離れると一帯は果樹園で、低木でつる性のヴィダクの実――――葡萄のような姿をした薄桃色の果実がたわわに実らせていた。

 ぱっと見ただけでも瑞々しくておいしそうだ。収穫の頃合いだろう。辺り一帯甘い匂いが立ち込めていて、不意に感じた懐かしい感覚についつい頬も緩んでしまう。



 そんな落ち着いた雰囲気のあるこの町も、今はどことなく緊張感がある気がした。


 町の人たちが、外れに降り立った俺らに気が付いていない筈がない。エンマの背中から深月君を下してやっている間に、遠巻きに扉の影などからこちらを伺っている人たちの中から、壮年の男性が駆け寄って来た。

 そんな姿を確認しながら、エンマには一度村を離れてもらった。多分、歓迎されないだろうから、俺とラズだけが深月くんの供になる。



「あの、ギルドの方ですか!」


 困ったように眉尻を落としたそのヒトは、切羽詰まった声で尋ねた。

 ヒューマンのような容姿のぼさぼさの髪の間から、ヤギのようなねじれた角が覗いている。そこで漸く、この町が獣人の町だと知った。

 恐らく手酷くモンスターに襲われているのだろう。表情が暗いせいか、余計にやつれて見えてしまう。


 深月君は安心させるように強く頷いた。


「お待たせしてすみません。先程連絡いただきました、深月です」

「とんでもない。遠くから急ぎ、ありがとうございます」

「それで、モンスターは?」

「それが……」


 言い淀む姿に、俺らは見合わせる。そういえば、こんなところで話している余裕なんてあったのだろうか。


 ちらっと町の奥の方に目を向けた様子から、今もなお向こうに居座っているのかと知る。騒げない理由でもある、と言ったところだろう。


「案内、してもらえますか?」

「は、はい! その……果樹園の方に居るのは解っているのですが……その……我々では、手が出せなくて……」


 申し訳なさそうにされて、流石にそれ以上責めるような事は言えなかった。ただでさえない肩が、縮こまる。

 けれどもこれではらちが明かない。そう感じた俺は口を挟んでいた。


「モンスターの特徴とか種族が何か、解ったりしますか?」

「ええと、その……ラミアです」

「ラミア、ラミアな……なるほど……」


 なるほどと、隣は深く頷いて見せている。でも俺には、彼が適当に相槌打っているようにしか見えなかっ。

 ……おい、深月君。まさか君、解らないとか言わないよね?


 表情に出さないようにしているが、多分彼の中でピンと来ていない。



 ラミア。簡単に言えば蛇女ってところだろうか。上半身がニンゲンの女で、下半身が蛇の姿がよくあるイメージだろう。

 ヒトの姿をしているといっても、あいつは正真正銘のバケモノと言っていい。


 蛇みたいに地下に穴を掘って暮らすラミアは、腹を空かせると手当たり次第に生き物を襲って、その腹を満たす。犠牲になるのは大体がヒューマンの男だ。


 エサの釣り方?

 ……言わなくても解ってるくせに。何のためのニンゲンのような上半身よ?


 俺は実物を見たことないから何とも言えないが、その体躯は恐ろしく肉感的で、微笑まれただけで男女問わず骨抜きにされると聞いている。

 ほんとうかどうかは、かなり怪しいけどな。男女問わず骨抜きにするんだったら、一体誰がラミアの特徴を世に広めたって言うんだって話だ。多分、骨抜きにされかかった女だな。うん。



 教科書通りの対処法を上げるとしたら、撒き餌をしてお腹いっぱいにさせて、動けなくなったところを打つ、だろうか。


 上半身がニンゲンっぽいとはいえ、本質は蛇だ。エサを毒で弱らせてから丸のみしてゆっくり消化する。言えば簡単なのだけど、基本が暴食だから、『お腹いっぱいにさせる』って事が最難関だったりするって聞いている。

 エサがない場合って、どうやって倒したもんかね。わかんねえや。



 一通りの情報を思い出しながら深月君は面倒くさい討伐頼まれたなあって思っていたら、ヤギ氏(俺命名。このヒト名乗ってくれないんだもんな。)は口火を切った。


「お願いです、冒険者様。果樹園のどこに潜んでるのかが、我々には解らないのです。既に子供がひとり、連れていかれてしまっています。もう、食べられてしまったかもしれない! でも、万が一生きていたとしたら、矢で射って脅かして追い払う事も出来ないのです」


 どうか助けてやってください。悲壮感たっぷりに告げた姿を、俺は思わずじっと見つめてしまっていた。その隣で、深月君はどんと自分の胸を打った。


「任せてください。俺たちの全力を尽くします。な、ディオ?」

「…………はい?」


 聞き間違い、だろうか? そうに違いない。

 今、俺たちをしれっと巻き込みやがった? んなわけねえよな? 一緒に降りて来たけれども、別に深月くんと共にクエストを受けるためじゃないんだ。


 一緒に戦うぞって聞こえたのは、気のせいに違いない。そうだ、そうに違いない。


 受け流して自分にはな関係ない風を装うとしたが、まるで『逃がさないからな?』と言わんばかりに腕を掴まれてげんなりした。

 相変わらず計画性、なんてものは彼に無いんだなあ、なんて。そう思うと遣る瀬無くて、空を仰いだ。喋っている時間も無駄に思えて溜め息が出た。



 そういえば、オス個体がいるって話は聞いたことないから、多分全部メス……。

 ふと疑問に思ったのだけれど、上がニンゲンで下が蛇って事は、ラミアは玉子から生まれるのだろうか?

 それともメスしかいないなら分裂? やだやだ、そんなヒュドラみたいな増え方しないで欲しい。夢がない。いっそのこと異種族――――げふんげふん。



 ……なんてくだらない事に現実逃避し(思い馳せ)ていると、俺らを迎えてくれたそのヒトは、不安そうな表情で俺らをチラチラと伺いながら案内してくれた。


 不安に思われても仕方がないと言えばそうなのだけど……うん。何と言うか、もやっとする。この視線の感覚、身に覚えがある……というか?

 まあ、いい。気にしたところで仕方がないだろう。



 連れ立って歩いていると、相変わらず不安そうに扉の隙間からこちらを伺っている様子がちらほらと見えた。通りの物陰からはひそひそと話声も聞こえる。

 多分、女性や子供なのだと思うけど……。普通もう少し、やれ討伐だ、果樹園を守れって大騒ぎになっても、不思議はないんじゃないだろうか。


 少なくとも俺の経験上では、モンスターや獣が襲ってきた時なんかは動ける奴が総出で出払った。前衛には力のある成人した男が立ち、女や子供は投石の為の石を集めたりトラップの為の穴を掘ったりしていた。

 でもここの町は違うのか。って、思わずにはいられない。



 討伐は戦闘のプロ(冒険者)に任せきっておけば大丈夫だって思われているのだとしたら、いささか納得がいかない。戦うのはよそ者だからって認識が、いかにも閉鎖的な村の発想らしくて、気が付くと眉間にしわが寄っていた。


「兄ちゃん、大丈夫?」

「ん?」


 言われてから不安そうにこちらを見上げた姿に気が付いて、なんでもないよと笑いかける。


 深月君がこの短期間のうちにどれほど冒険者として実力をつけているかは解らない。でも、一人で戦地に向かわせるのは間違っている。

 ……巻き込んでくる彼のちゃっかりさに呆れてしまうけど、俺に出来る事があるなら手伝ってやろうじゃないか。



 案内されるままについて行くと、軒並みの切れ目に低木が見えた。ここから伺う限り、果樹園は至って静かなようだ。


 だが、どことなく感じる物々しさと、微かに聞こえた、何かが地を這っているような重たいものを引きずる音は、間違いなく件のラミアがいるのだろうって事を知らせているように思えた。


 ……音だけでラミアって決めつけるのはどうだろう。蛇ならバジリスクの可能性だってあるだろうに。……なんて、今ここで考えていても仕方あるまい。



 ヤギさんはこの先です、と静かに告げて立ち止まる。怖くて近づけないからなのか、それともここから先、俺らだけで行って喰われて来いって言うのか。

 真意は解らないけれども、深く頭を下げられて送り出されたのは確かだった。


「ど、どうぞよろしくお願いいたします」

「任されました。村の人たちが巻き込まれても助けきれませんので、出来れば家の中に籠るか、反対側に退避してもらってください」

「は、はい! すぐにそのように……!」


 下がって、の声に、ヤギさんは慌てて駆けだし、元来た方へと逃げていった。うーん……ま、別にいいんだけどさ。マジで俺ら任せなのな。


「よっしゃあ、行くぜぇ! 冒険の一ページの幕開けだ!」


 対して、深月君はそんな事気にしていないらいい。パンッっと力強く拳と手の平を叩き合わせると、気合十分に肩を回した。


「ちょ、待ってよ深月君! 一人じゃ危ないって!」

「へーきへ-き! いっくぞぉー!」


 ひとりででも走って行ってしまいそうなので、俺たちも慌ててあとを追いかける。

 頭上をちらりと見れば、遠くの空にて豆粒が悠々と飛んでいる。万が一の時に呼べば多分大丈夫だろうと、それでどうにか確認した。


 深月君はあまり認知してないみたいだけど、ラズだって居る訳だし。命を落とすようなクエストの失敗の仕方はしない筈だ。

 大丈夫。多分、面倒なクエストだって長引かないはずだ。



 建物の連なる通りを駆け抜けると、先は倉庫に変わっていった。恐らく収穫したヴィダクの実の一部はここでワインにするのだろう。村全体に漂う甘い香りとは別に、深みのある香りがここらにだけ漂っている。


 はっきり言おう。においだけで酔える。



 ……はっ! いかんいかん!

 今は酔っぱらっている場合じゃない。


 気を改めるように頭を振って、それ以上酒気を吸い込まないように気を付けながら駆け抜けた。

 建物が切れると同時に空は開ける。だが、一歩果樹園に踏み込んだ途端に、視界は低い森に迷い込んだように錯覚した。気分は森の巨人だ。なーんて。



 立ち止まって耳を澄ましてみると、ぱきぱき、ずずずと小枝を踏みしめる音がよりはっきりと聞こえた。


 つる植物であるヴィダクを支える柱と、天井を覆うようにつるを伸ばすヴィダクそのもののせいで、見通しはかなり悪い。さらに言わせてもらえば、まるで蛇の住む穴倉に放り込まれたような気までしてきて、不安に感じずには居られなかった。



 気を抜けば襲われる。そんな空気を肌で感じて、俺らは自然と足を止めて息を殺した。

 深月くんのジェスチャーで、静かに音の方へと向かう。



 ずる、という音共に、視界の端で何かが動く。ハッとして身構えながら振り返ると、茶と緑をまだらに混ぜた迷彩色に紫の差し色をした、俺の腕でもやっと抱えきれるかどうかって程太い丸太が動いていた。


 丸太。本当にそんな表現がぴったりに思えてくるくらいに、俺の胴隊と同じくらいの太さが這いずっていた。おいおい。想像以上に大物じゃねえか。

 あまりの大きさに焦る俺に反して、深月君は喜々としてその頭を探そうと奥へ向かった。


「深月君、気をつけて。向こうは多分、俺らの足音で気が付いてる」

「ダーイジョウブだって! オレの実力、大船に乗ったつもりで後ろから見守っていてくれよ!」


 大船が泥船に聞こえてしまうのは俺の気のせいだろうか。呆れから口を閉ざせば、彼は大いに勘違いしてくれたらしい。張り切って極太の胴体を追いかけ始めるから、俺は少し後ろから遅れを取らずについて来るラズに目を向けた。


「ラズ、彼が死にかけた時だけ手を貸してやってくれる?」


 こっそりと囁くと、赤い瞳がきょとんとしてこちらを見上げていた。


「兄ちゃんそれってさ、丸のみは助けなくてもいいの?」


 言われてから、その可能性が起こりえるのかと頭をかく。


「あー……丸のみは、すぐに死なないからいいかな。一回痛い目にあってもらおう」

「うん、わかった。まあ、でも、あれは大きいだけで強くなさそうだから、心配しなくて大丈夫だよ」

「ああ、それなら安心だよ」


 安心……て、言ってみたものの、ラズの『大して強くない』は、正直指標として当てにならないからなあ。せいぜい深月君の精進に期待しておこうと思う。



 ほどなくして、這いずっていた胴の先にラミアの頭部と遭遇した俺は、先陣を切る深月君の後ろで思わず息を呑んでしまった。


 始めは、迷彩色と紫に彩られた艶やかなクッションに、自らの腕に頭を乗せて憂鬱そうにしなだれる女性が、場違いにも果樹園に横たわっているのかと思った。蛇の胴は木漏れ日を受けてしっとりとした光を照り返し、あたかも高級な素材でつくられたソファのようだ。とぐろを巻くその胴の上では、シミ一つない陶器に見間違う白い肌が惜しげもなく晒されていた。

 幸い、と言えばいいのだろうか。もしくはいっそのこと不幸かもしれない。燃えるような赤い髪が豊かな胸のきわどいところを絶妙に隠しているから、かえって悩ましく思ってしまった。


 助けて欲しいと言われていた子供は無事だろうかと、相手を刺激してしまわないように、あたりに目を向け、視線だけで探す。その体長は優に十メートルはあるんじゃないだろうかと思えて、自然と喉がひきつった。

 乾いた喉が生唾を飲み込もうとして、息が詰まる。こんなのを相手にしないといけないだなんて、俺らの分が悪過ぎやしないだろうか。


「ぁ……」


 うっすらと開けられた唇は、紅でも引いたかのように随分と赤い。胴の刺し色と同じ紫の瞳と目があった瞬間に、身体の自由が失われた気がした。

 同時に気が付いてしまった。ラミア(彼女)のヒトの姿から蛇の鱗に覆われていく胴にかけて、不自然に腹が膨らんでいるという事に。

 ……考え得る答えは一つ。子どもが既に、ラミアの腹に納まってしまっている、という事だ。



 それは、深月君とて気がついたらしい。


「ちっ……会えてうれしいが、俺の冒険の肥やしになってもらう。覚悟しろ!」


 高らかに宣言する姿は、どことなく正義の味方に見えなくもない。


 それにしても、その決め台詞らしきものって言わなきゃダメなのかな……?

 思わずギャグみたいにこけそうになっている俺の横で、深月君は身動きが取れなくなっているラミアに向かって一人、走り出した。



 ――――だが刹那。


 俺らとラミアの間に立ちはだかるように、その二つの姿はヴィダクの天井を突き破って降り立った。

 

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