海外旅行先で日本人に合うと、何故か仲良くしたくなっちゃう系あるある。でも正直、そんな所で知り合った奴って結構怖くない? in異世界 .1 *
追加エピソード
「よっす、ディオ子ちゃん! 元気してたかー?」
本日もシャラさんのところでまったりと客待ちしていた俺らのところに飛び込んで来たそいつは、俺の飛び蹴りをくらって即座に店の外に放り出される事となった。
着地? そんなもん知るか。俺が無様に地面に落ちたとしても、このスカタンを蹴らずには居られなかった。
「ふんっ!」
ばたんと扉を叩きつけていたら、後ろでシャラさんにくすりと苦笑されていた。
「ディオさん、あんまり乱雑にしていたら、扉が壊れてしまいますよ」
「あ、ごめん! ちょっと大きな虫が入って来たせいで取り乱しちゃって」
流石シャラさん、心配するところを解っていらっしゃる。ドア、大事だよな。うんうん。扉には悪い事してしまったなあと思って、素直に謝っておいた。
……だが。
「ちょおっとディオ! おっきい虫ってなんだよそれ! オレの事かよ?!」
それだけじゃ済まないんだよなって、再び開け放たれた扉に、諦めの境地からため息が零れてしまう。白い眼を向けてしまったのは仕方あるまい?
「そーだよ、深月君。しつこい君にはぴったりだろ?」
「ちぇっ……せーっかく似合っていたから褒めたのになあ……」
「どうやら君と俺とでは、扱っている言語が違うみたいだね。意思疎通できなくてすごく残念に思うよ」
「少しでも残念に思っているならそのいい笑顔やめよ! オレだって傷つくぞ!」
「先に嫌がらせしてきたのは君の方だろ?」
「…………まあ。うん。悪かったって」
しょんぼりと彼が肩を落としたところで、俺もそれ以上は仕方がないと矛を収めた。え? 大人げない? ふんっ、これくらい当然!
だが、改まって「今日はどうしたの」 って聞いてやれば、彼ももう気持ちを取り戻したらしい。
「そうそ、聞いてくれよディオ!」
突撃してくるから、さっとカウンターまで飛び退いて距離を取る。だが、彼はそんな俺の些細な抵抗なんて物ともせずに、喜々として距離を詰めて来た。あのまま扉付近に居座っていたら、間違いなく体当たりされて倒されていた事だろう。
はっきり言おう、迫って来たのが女の子だったら嬉しかった。だが、野郎に言い寄られても正直ウザったさしかない。
「う、うん……聞くからちょっと落ちつ……」
「オレさ、Cランク昇格祝いにこの前、S級とA級冒険者のパーティーに混ぜてもらったんだけどさ! 爪と空の王者って呼ばれてるモンスター生け捕りしてきたんだぜ!! もー、パーティーっていいもんだな! すっごかったんだぜ?! A級の肩書持っているおっさん達も確かに連携がしっかりとれていて、その指示について行くのがやっとだったけどさ! おっちゃん達よりもS級ランクの剣士さんの指示が的確すぎて、もー、オレ戦闘中だっていうのにゾクゾクしちゃって!」
色めいて騒ぐ彼の目には、迷惑している俺の様子なんて映っていないに違いない。
ばしばしと俺の肩を叩いて来る彼は、そう言えば前よりも力が強くなり、心なしか体格もがっしりしてきているような気がする。間違いなく彼は冒険者として技量も体つきも成長しているみたいだけれど、頭の中身はほとんど成長していないらしい。というか、煩い。痛い。
「うん、うん。解った。兎に角すごかったんだね、深月君。いい経験出来てよかったじゃない」
「そうなんだよ! S級ってホント、格が違うのな! S級の二人が先陣切って指示を出すだけで、みるみるモンスターを追い詰めていっちゃってさ、終いには魔術師さんの魔術がぶわーっと決まって! 美人であの高火力は反則だろってなんのって!」
「解った解った! それで、君もついにパーティー作る気になれたんだね。いいヒト雇えた?」
遮って話の主導権を握るように振ってやれば、途端、ぴたりと静まり返った。うん、解っていてその質問振ったとも。
「まあ……それはまた、今度の話だ。うん」
「…………いいヒト見つかるといいね」
なんだ、この残念な感じ。
気まずそうに視線を反らしてくれたところで、漸く椅子を勧めてやった。とりあえず、彼を座らせない事には、とびかかって来そうでたまらない。
「……で? 深月君。君はそんな自慢をするためだけに、俺らの所に来たっていうの?」
「何だよディオ、オレがあっという間にランク上げてるから嫉妬してるんのか?」
せっかく黙ったと思ったのに、またまた嬉しそうに口元をにやつかせて何か宣っている彼がうざい。いい加減相手するのもうんざりしてきた。
いつもの席に戻りながら俺はカウンターに肘をつき、黙らせるためにもう一度同じ言葉で突き放すことにした。
「……それで深月君? 君はそんなつまんない自慢するためだけに俺らの所に来たっていうの?」
「ちぇえっ、もう少しくらい自慢したっていいじゃないか。もう、本題はちゃんとあるっつーの」
「うんうん、それで?」
やっつけで先を促してやると、未だに不満だと言わんばかりに口をとがらせるも、彼は改まったように背筋を伸ばした。
「あのな、ギルドには火急の依頼が入ることってあるだろ?」
「火急の依頼?」
「そ。例えば、はぐれモンスターが山から降りてきて、町が大騒ぎにー! なんて話、聞いたことないか?」
「この辺りはあんまり」
そういえば、この近辺でモンスターに誰かが襲われたって話は聞いたことない。そもそもセリーア平原にはモンスターより動物の方が多いし、冒険者の出入りもあるから、目立った動きをするモンスターはまず討伐されるだろう。
そもそもレバンデュランが街にいるから、余程間抜けなモンスターでなければ寄り付かないって聞いたことある。流石、バケモノじじい。縄張り主張も完璧だって話だ。道理で平穏な街な訳だ。
「あー、ないならいいんだ。でも、少し規模の小さな町とか村とかではあるみたいでさ、自警団くらいしかないようなところでは特に、ギルドに速達の連絡が入ってきたりする訳よ」
「うん」
「でさ、おっさんのギルドにはちょくちょくそういう連絡が入ってくるんだけどな? 何分、距離が距離だからさ、どんなにギルドの足の速い馬を駆っても間に合わないって事があるんだよ」
「あー……」
そういうことか、と。納得させられた。
要は、いつぞやのレスキュー隊よろしく、現場に冒険者を運べ、って話か。
「送るのは構わないけど、俺だっていつもギルドの要請の為にここにいられる訳じゃないぞ?」
「待て待て! 話はここからだって!」
一言先回りしてやったら、露骨ににやにやと笑われた。まあ待てと、額にわざとらしく右手を沿えて、左人差し指を振る姿がとてもウザい。ちっちっち、なんて気取ってるその指、へし折ってもいいだろうか?
「今回はそっちがメインじゃないんだ」
「どういうことだよ」
「実はさ、最近火急の依頼にギルドから冒険者が駆け付けた時には、もうモンスターが片づけられた後だって事がよくあるんだ」
「んん?」
一体それの、何が問題なのかが解らない。
「通りがかりの冒険者か自警団とかが片付けてくれたんじゃないの?」
「そりゃな、一件二件ならそういう事もあるだろうけどさ、それが十件二十件重なってくると、流石におかいしだろ? 一応、ギルド所属の冒険者が解決してくれたのならばさ、討伐したって報告が後からでも入ってくるはずなのに、それもない。ギルドから赴いた奴が、依頼主である町の人たちに事態を聞いたら、ふらっと現れた男女二人組がモンスターを煙のように消し去って、彼らもまた、気が付くといなくなっているって話なんだ」
そんなことが今あるの? とシャラさんに話を振れば、みたいですねえ、と、かわいらしく苦笑された。みたいですね、って事は、シャラさんですらあまり聞かない話なのだろう。
「この辺りはどこの街も冒険者の往来も多いですし、自警団がしっかりしている街が多いので、マスターのギルドにはあまり、そういう急ぎの依頼って入って来ないんです。ただ、内陸に入れば入るほど、人の行き来が少ない、自然に囲まれた小さな町は多くなりますから、そういった依頼が多くなるみたいですね」
餌を求めて山から下りてくる熊と同じ感覚だろうか。
火急の依頼なんて多分、少なからず実害が出てからの依頼の筈だ。例えるなら、里山に出てきたその熊が、民家を荒し始めて人を襲っている、ってところだろうか。それをあっさりと退けるなんて、実際のところはかなり難しい話じゃないかと思う。
野生の生き物だって、生きるのに必死だ。そんなやつを退けるなんて、生半可な実力では成せない事じゃない。
「…………その二人組、さっき言ってたS級の二人組なんじゃないの?」
「俺もそれは一瞬考えた。ギルドのお偉いさんもそれは懸念したみたいで、真っ先に当人たち捕まえて確認取ったんだと。そしたら違うってはっきり言われたらしい」
「ふうん……」
仮にその冒険者さんたちがやったとしたら、有名人だからこそ、目立った行動はしたくなくて否定しているって線もなくはないだろうな。……俺の知ったことではないけど。
「心当たりがない訳じゃないんだけど……ギルドとしてはさ、連絡受けて手ぶらで帰る事が多くなって面目が立たないんだよ。信用問題にもなってくるしさ。それで――――」
「横取り犯を捕まえたいって事か。大変だね」
他人事のように肩を竦めていたら、シャラさんに微笑まれた。
「私からも御協力お願いいいたしますね、ディオさん」
うん、だよな。そう来るって知ってた。
「シャラさんがそういうなら、喜んで承りましょう」
「…………なあディオ。別にいいけどさ、さっきから地味に傷つくぞ、それ」
「ん? 何か言った? 深月君」
「…………別にぃ。なんでもねーよ」
ま、ここでいくら想像しても仕方はない話だ。折角の依頼だし、思う存分、エンマの飛行速度を堪能してもらうとしようじゃないか!
……なんて、息まいていた時だった。
ギルドから遠距離の通信魔道具を預かってきていた深月君のところに、その連絡は入ったのだった。
「はい、深月です。……はい……」
懐から取り出したのは、拳にぎりぎり収まる程度の大きさの結晶だ。直方体のそれは、俺の持っている奴よりも当然大きい。結晶の大きさと彫り込まれた魔術式の量に、通信距離は比例するからだ。
魔力が込められた灰白色の結晶の表面には、ただの結晶を通信具に変えるための魔術式が、金の印字でびっしりと彫り込まれている。
それを胸に当てて片耳を手で覆っている姿は、魔道具を使い慣れていない証拠だ。
それも仕方がない。外部からやってくる音は雑音が混じりやすくて、受け取り側が魔力の扱いに慣れていないと、特に音が聞き取りにくい。このポーズは、散ってしまいやすい音が一番拾い集めやすい格好だって言われている訳だけど……。まあ、格好悪いよな。
そして俺は、近距離しか使えない訳なのだが……。うん、まあ、いいや。
「解りました。すぐに向かいます。――――ディオ、頼む!」
話を終えるや否や、深月君はそれらを懐にしまってこちらを振り返った。その姿に、しっかり頷き返してやる。
「ああ。ラズ、行くよ! シャラさん、行ってきます!」
「うん」
「はい、気を付けてくださいね」
なんだろう、これ。現場急行する刑事の気分になって来るのは俺だけだろうか?
素敵な笑顔に見送られて、俺らはギルドを飛び出した。




