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飛竜と義弟の放浪記 -Kicked out of the House-  作者: ひつじ雲/草伽
三章 ドラゴンタクシーの日常
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ご職業は何されているんですか?.2

 

 廃村上空を通り抜け、眼下は森と荒野の二色が彩る。

 ……不思議だ。片や荒野で片や森。そして、きちっと分けられた境界線。何と言うか、自然にそうなったと言うには、(いささ)か不自然だと思った。


 首を傾げながらもその境界線の先を見れば、何か文字か記号が刻まれている白色石柱が二本、これまた不自然に境界線に立てられていた。あれだ、見た目的にはオベリスクに似ている。

 その高さは十メートル程の高さを持ち、森の木々よりこそは低いけれども、十二分に異彩を放っている。


「あそこが俺のダンジョンの入り口だ」

「へ? あれが?!」


 いや、うん。そりゃびっくりするでしょ。ダンジョンの入り口って、あんなに目立つものでいいの?!

 なんて驚いていたら、何を言ってるんだと言わんばかりに肩を竦められた。


「どーせこの辺には誰も来ねぇし、あれくらい大きくないと身体の大きな奴が入って行けないだろう?」

「な、なるほど……」


 納得出来るような、そうでもないような。何とも言えなくなって、俺は曖昧に頷いていた。

 身体が大きい奴って、多分対人の話じゃないんだろうなあ、なんて。巨人でも囲っているのか? このダンジョン。

 あ、もしかしてこれから囲うのか。あっはっは。



 柱と柱の間を抜けてくれればいいと教えられて、エンマにそのように飛んでもらう。入った辺りに降りてもらえばいいだろう。


 オベリスクの間をすり抜けた、途端の事だった。ぽんっ! とコルクの詮が抜けた時のような、軽い音が後ろから聞こえてきた。


「ん?」


 つい、つられて振り返れば、大火傷を負った瀕死の美女ではなく、長い前髪に表情を隠す金髪のちびっこがそこにいた。その髪の向こうに、碧眼の双眸(そうぼう)が見上げている。同じく長い後ろ髪は引きずる程で、ブカブカの衣装に埋もれながら、もぞもぞと動いている。


 はっきり言おう。このロリめっちゃ可愛い。


「兄ちゃん?」


 ……なんて考えていたら、見透かしたかのように、ラズに小突かれはっとする。隣を伺えば、にっこーっと笑う我が義弟。


 ……………………怖かった。

 言うまでもない。つい、背筋を伸ばして襟を正す。



 そして、後ろで起こっていた謎の現象にすっかり気をとられてしまっていたが、そこで漸く違和感に気がついた。空の色が、まるでシャボン玉の膜を通して見ているかのように、光の加減で様々な色に輝いている。

 え、何これ。これがダンジョンの中? 周囲の様子は森の中と違わず、俺のゲーム脳を嘲笑(あざわら)うかのようだ。


 ダンジョンってさ、ダンジョンってさ? RPGならばこう、薄暗くてじめじめしてる石造りの地下水道みたな、閉鎖的なものを普通、想像するだろ?

 なんつーか、青空ダンジョンなんだわ。青空教室みたいに、それのダンジョンバージョン。屋根も何もない、何とも開放的なそれ。

 青空ってか、虹空? 虹空ダンジョン? とでも言えばいいか?


 ピクニックに最適と言わんばかりに、森の中の小道もほのぼのとし過ぎていて、俺は自分の目を疑ってしまう。しかも、草花を始めとする緑が萌えているのだ。鬱蒼としたジャングルではない。

 ……そうだな例えるならば、春が来た頃に、森ガールが超軽装で登山しても平気なくらいの、お散歩するためだけのお遊び森林浴場、みたいな感じだ。


 え? 表現が解りにくい?

 じゃあ、ハイヒールでも登れるコンクリート舗装の山にピクニックだ。山、名乗るの止めろって、感じだよな。それくらい、長閑(のどか)な光景だって事だ。


 これがあの、火山を背後に背負っている、石木が入り交じる密林に続く森と同じものなのか? 唖然。この平和そのものの光景は、夢か何かなのだろうか?



 そんな事もないようで。


「リューン、傷はどうかな?」


 ぶんぶんと、首を振る幼女はやはり、リューンさんなのか。ってかそれ、肯定か否定か解んないんじゃ? まあ、いいけど。


 グロウさんに抱き上げられて、怪我の具合を見せるように袖をどうにかたくし上げている。そこから漸く見えた腕に、彼の表情は目に見えて暗くなった。


 透き通る様な真っ白な腕一面に、覆いつくすような火傷の痣。うっすらと爪痕残すその様子は、肌が引っ張られる事間違いないだろう。痛そう。

 ……いや、うん。あれだけ肉が焼け爛れてたのに、その程度にまで回復してるだなんて、世の中不思議な事もあるんだなあ……。なんて。


 それとも、グロウさんの魔術がよっぽど優れていたのか?

 すげー。なんでこんな力のあるヒトがダンマスやってる訳? 世間に出れば優れた回復役として、引っ張りだこな事間違いないだろうに。

 謎。


「ディオ、すまない。このまま道なりに奥へ行って貰ってもいいかい?」

「あ、ああ……解った」


 いいけど、君のとこのモンスターが襲ってくる事、ないよね? とは、流石に聞くことが出来なかった。

 まあ、襲ってきてもいいけどな? ダンマスの癖に管理不十分かよ、なってない! って、説教垂れるだけの話さ。



 長閑な散歩小道は暫く続き、途中、二、三度分岐していた。その度にグロウさんに指示を仰いでいた訳だけど……。

 気のせいか? 森が、異様に広い気がする。十分も飛べば多少はエルド火山の様子も変わる筈なのだけれども、遠くに見える山の表情が変わることすらない。

 だからつい、「この森広くないか?」 なんて、その不思議をそのまま訪ねれば、グロウさんにはまた笑われた。


「確かにそれ、思うよな。俺も、始めはかなり戸惑ったよ」

「へ?」

「このダンジョンとしての空間っていうのがさ、日々拡大成長しているみたいなんだ。正直、俺にも何処までダンジョンが広がっているのか解らないんだ」


 グロウさんはあっけらかんと笑っているが、どうしよう。言っている意味がさっぱり解らない。

 なるほど、これがダンマスジョーク。そういうことに、しておこう。



 これ以上、話を広げない為にも、前方へと目をくれる。丁度見えてきたのは、湯気立つ湖と、その(ほとり)にあるログハウスだ。


「あそこまで頼むよ」

「解った」


 言われた通りに畔にエンマが降り立つと、同時にざぶんと音がした。どうやらグロウさん、エンマの背中から飛び込んだようで、ゆらゆらと水面が揺れている。


 服が濡れてしまうのも構わず、どんどんと湯気立つ湖に浸かっていく。やがて、リューンさんと共に胸の辺りまで浸かると、青い光をちらちらと放ち始めていた。

 多分、水の補助を得ながら回復を促してやると、そういう事なのだろう。風がないのに水面は揺れて、キラキラと光を返している。俺らはその光景を、エンマの背から下りながら見守っている他に仕様がなかった。



 ふと、気がつけば、モンスター? の、ギャラリーが岸辺の森に集い始めていた。

 多分、見知らぬ俺らを警戒しての事だろう。遠巻きながらも隠れきるつもりはない、幼い顔をいくつも見た。


 え? 幼い顔……?

 よくよく見ようと思って二度見したら、がささ! っと、慌てて草むらに引っ込んだ音と、隠れきれていない身体の一部分の数々に、つい、苦笑してしまった。


 やがて、小さくなったリューンさんとグロウさんが、こちらに上がってくる。


 聞いて驚け! 何という事だ! 彼らが岸辺に上がってくるのと同時に、しゅわしゅわと小さく湯気を上げて服が乾いていくではないか!


 え? そっちかよ、って?

 ははは! 怪我の話だと思ったか? 残☆念!


 リューンさんの火傷跡は見事、滑らかな肌へと戻っていたとも!

 驚きだよ! 医者要らずだよ! 羨ましいぜ!



 ………………はしゃいだ。恥ずかしい。


 岸辺に上がったグロウさんを待ち兼ねていたかのように、すっ飛んでいく姿が二つ。なんか、マスコットみたいな奴等がぴょこぴょこ跳ねているなあ、なんて、遠目に見る。


「マシター」

「ますた」

「おかえり」

「オカリ」


 わらわらとその足元に集まってきている様子を見ていると、ふと、幼稚園ってこんな感じだよなあ、なんて思ってしまった。保育士さんが一人を構っていると、皆が足元に集まってくる、アレ的な。最も、俺がそれ体験したのは今世の話だけどな!

 足取られるんだよなあ、ちびっこって加減しねぇから。俺の方も、どうやって身をかわせばいいのかが解らなくって、結局バランス崩して転んだ覚えがある。


「りゅーどした?」

「ルー死んだ?」

「死んでない、バカ!」

「アハハ! オコった!」

「りゅーが怒った! 逃げろー!」

「ニゲヨー」


 かと思えば、グロウさんの腕からリューンさ――――リューンちゃんが飛び出して、彼らは追っかけ回されて蜘蛛の子を散らした。


「バル! クー! リューンをからかうんじゃない」


 しかりつける様子まで保育士然としていて、つい、笑ってしまう。



「ディオにラズ、紹介しよう。俺の…………何だろ、ダンジョンモンスターの、カーバンクルのバルとパックのクーだ」


 ……その名前の付け方、突っ込んでもいいところだろうか? まあ、いいや。


「よろしくね、二人とも」


 ってか、ダンジョンモンスターっつった? どっちもヒトの子にしか見えねぇんだけど。

 とはいえ、少なくともバルはカーバンクルの特徴とも言える、額のガーネットのように赤い石が何とも目を引いてくれる。けど、クーの方は、少しばかり小生意気ないたずら坊主にしか見えない。

 握手くらいはしようと思って手を差し伸べたら、さっと、グロウさんの影に隠れられてしまった。それに苦笑したのは俺だけではない。



「挨拶もきちんと出来ない奴らですまない。そして、ありがとうディオ。本当に危なかったんだ。お陰で、リューンを死なせずに済んだ」

「あ、いや……大したことはしてないさ」

「いいや、出来るお礼はさせてもらうつもりだよ。運送料はいくらかな。無茶な出張お願いしてしまったからな、倍は払うよ?」


 まさかそんな申し出されるとは思っていなくて、俺はかえって慌てた。


「ディオが過剰なお金は受け取れないって言うのであれば、俺は別のお礼を考えさせてもらうよ」


 断ろうとして、先回りされた。なんて、つい思ってしまう。

 うーん、なんだろう。そこまでしてくれる彼の好意は嬉しいが、違和感があると言えばある。……これからも時々、ダンジョンに貢献して欲しい、とか、そういう裏があるんじゃないかと疑ってしまう。



 ええい、こんな所でないかもしれない腹探っても仕方あるまい。


「なら、さ。聞かせてくれよ。なんで、俺を頼ってくれようと思ったんだ?」

「ええ? そんなこと? ……うん、まあ、ぶっちゃけ賭けだったんだ。連絡飛ばしたのも、俺を助けてくれそうな奴に届け、って思いだけだったし。そいつにすがる他に、リューンを助ける術がなかった」


 なんつーアバウトな捜し方だよ。ってか、それでちゃんと助けてくれる誰かを掴み取るその運! 是非とも俺にも分けてくれないかなあ。なんて。

 そんな事よりも、確かめておきたかった疑問点を思い出した。


「なあ、これだけは聞いてもいいかな」

「ん? なんだ?」

「まさかと思うけどタイタンにさ、自分から手を出したのか? そうじゃなきゃ、あそこまで追っかけられるとは思えないんだけど」

「ああ。どうしても、仲間に欲しかったんだ。このダンジョンの戦力的にも」


 ええ~……。あんなのがいるダンジョンとか、俺が冒険者なら絶対やなんだけど。


「ここには見ての通り、冒険者を迎え撃てるモンスターが殆どいない。辛うじて、時間制約付きのリューンくらいだ。だから…………」


 あ、やっぱりあれ、本当に子供のモンスターなんだ。なーんて、一人で勝手に納得してしまった。

 とはいえ。


「でも、だからと言ってあいつはやめとけよ! 命がいくつあっても足りないぞ!」

「そうかもしれない。でも、……あと少しだったんだ。火山からは上手いこと引き離せたし。あいつの本体の場所さえ解れば……!」


 ぐっと拳を握る姿からは、ある種の決意すら感じる気がする。確かにどうにかしてやりたいなあ、なんて気持ちはなくはないけど、そればっかりは無理だ。格が違いすぎる。

 いや、隣によっぽど桁違いがいるけれども、タイタンをダンジョンに招き入れようっていうのもまた難易度の高い話ではないだろうか?

 せめて、あの溶岩の身体から本体さえ見つかれば、と。勝利の決め手は、恐らくそこにあるのだろう。


 さて、どうしたものか……。あー……そうだなあ。


「ねえ、グロウさん。こんなのはどうかな?」


 …………うん、まあ、こんな時に限って手立てに心当たりが出てくる自分がつくづく憎い。

 さて、伸るか反るか。ついでにグロウさんの懐の深さ具合、計らせてもらおうじゃないか!

 

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