《閑話》 三度目の正直 ―水割りポホル酒はとても薄味―
その酒場は、大通りから一本入った場所にある。人目を避けて、喧騒を避けて。冒険者達が祝い酒を酌み交わす、賑やかな酒場とは打って変わって、ムーディーな雰囲気漂うそこに、当然のように人の姿はない。
「おいおい、ディオ坊。どうした、その顔。色男が酷い有り様じゃねえか」
俺の顔を見るなり早々、イクスカーロンにそんな事言われてしまう。まあ、それもその筈。今の俺は、鼻血止めるべく応急帯の鼻栓しているところだからな!
「うっせ。色男だなんて心にもない事言うな」
……え? なんで鼻栓しているかって?
………………まあ、何と言うか……その。
俺、エンマに反省しろって打ち上げられた、だろ? あの後ちゃんと、エンマ達は上空で俺を受け止めてくれたんだよ。
……一応。
ラズなんて、毛布を構えてくれる親切仕様だった。
けど、さ。
あんだけ打ち上げられりゃ、止まる勢いも止まらなくってさ。まあ、エンマの背中にべちっ、と。全身叩きつけられたって訳。
その時に、まあ全身むち打ちというか? 勢い余って顔面もぶつけたというか? 結果、鼻をかるーくぶつけて鼻血ブーってやつよ。
はあ。
まあ、いいんだ。そんな事はどうでも!
「それよりも、俺は気がついたんだ」
カウンターで一人。やって来て早々につい、俺はそんな事を宣った。
「藪から棒になんだ」
このバーのマスター、イクスカーロン。単にお仕事として聞いてくれているのだとしても、今の俺には十分なリアクションだ。
「酒を飲んでも酷く酔わないのに、酒を飲まずして酔っぱらう。ならば、少量のアルコール摂取は俺にとって酔い醒ましになるんじゃねえか、って!」
嬉々として宣言すれば、物凄く残念なものでも見るような目を向けられた。解せぬ。
「ってことで、あれだ。一番アルコール度数の低いやつを水で割ってくれ」
「マジかよ。鼻血出してるような奴が酒なんて飲んで大丈夫なのか? いや、うん……まあ、ディオ坊がそれでいいっていうなら、入れてやるよ」
「おう、よろしく」
呆れたように溜め息をついてくれちゃっているが、この効能の高さ、絶対証明して見せようじゃねえか!
「ほらよ。ポホル酒の水割りだ」
「お、ありがとうな」
「構わないが……果実酒を水で割って喜ぶ奴、初めて見たぞ?」
「これから流行るかもしれないな!」
わっかりやすく、あからさまな嫌みを言ってくれるから、つい俺も、そんな憎まれ口を叩く。
一口、出されたそれを口に含んでみる。ふわっとポホルの香りが鼻腔に広がり、微かに喉を焼く。……うん、これなら竜ころしよりも飲めそうだ。
「それで、ディオ坊。今日来たのは性懲りず酔っ払いに来ただけか?」
「んなバカな。今日こそ静かに酒飲みに来たに決まってんだろ。他に何だと思ってんだ? イクスカーロン」
「ん? なんだ。てっきり、この前ラズ坊に仕込んだネタの苦情だと思ってたよ」
せっかくびしっと決まったと思ったのに。またこいつはとんでもない爆弾ぶっこんできて、思わず吹いた。忘れていたのに!
「きったねぇな。そんなに良かったか?」
「……ごほっ、てめえよくもまあヌケヌケと……。良いわけあるかよ!」
全く、思い出すだけで腹が立つ!!
え? 今度は何やられたんだって?
……目、覚ましたら、真っ先にラズの顔がそこにあったんだよ。しかも、目の前!
で、現状が理解できなかった俺は、一先ず落ち着くことを優先した。周りを伺って、そこで長椅子に寝かされていたのかって事は解った。
けど。身体を起こそうにも、ラズが椅子の背と俺の頭の脇に手をついたまま動こうとしないせいで、起き上がれなかった。
だから、ストレートに「何やってんだ?」 って訪ねれば、………………何つったと思う?
「何って……椅子ドン?」
「イクスカぁぁあああああーロおおおン!!」
思わず、その場に居もしない奴に向かって絶叫した。
ついでに勢いに任せて起き上がると、勢い余ってラズと頭をぶつけた。
「いっ……!」
ラズの顎と俺の頭。競り負けたのは、当然のように俺の方だった。
目の前で星が飛んだ。めちゃくちゃ痛い! ばたばたと、もんどりを打った俺にさらなる追撃。
「えーと……兄ちゃん、大丈夫?」
「バカやってねぇでさっさと退け」
「う、うん……」
戸惑ったようなラズは、自分が何を指令されたのかよく解っていないようだった。
いや、解んなくていいけどな! っつか、なんであのクソ野郎そんな事知ってんだよ!
……ああ、散々悪態ついた物だ。
あの後は、余計なことを口にしても、ダメージは俺にしか来ない。故に、もう忘れる事にした。勿論、ラズにはイクスカーロンの言うことは二度と聞くなとキツく言い聞かせたさ。
だというのに。わざわざそれを掘り返すクソバーテン! ほんと、こいつ性格悪い!!
「なんだ、気に入らなかったのか? せっかくミヅキが教えてくれたのになあ」
「情報源は貴様かああああ!!」
何でも『ドン』すりゃいいって問題じゃねえだろ! くっそ! 今度会ったらシバき倒す!
なんて、一人で大騒ぎしていたら。
「おいおい、そんな騒ぐ事でもないだろう? ちょっと落ち着け――――――いらっしゃい」
これはこれは珍しい。カランとベルが軽い音を立てて、店の扉が開けられた。
どんな奴が来たんだって、つい振り返っては、思わず眉を潜めてしまった。
なんで、こいつがここにいる訳?
「あ、いたいた。探したよ」
目があった途端、にっこりとそいつは笑った。
「約束通り、君に報酬を持ってきたんだ、ディーナちゃん? やっぱ、男の子だったんだねぇ」
「なっ…………!」
開口一番、飛んでもないこと言い始めやがった、日中散々振り回されたエルフ野郎――――確か、セレネ、だったか?
お陰でイクスカーロンにはにやにやしながら「ほーお、ディーナちゃん?」 と言われる始末。このっ……どうしてくれようか!
「マスターさん、お邪魔しまーす」
「どうぞ」
イクスカーロンも面白がって通しているんじゃねぇよ!
ああーもう! なんでこいつ居るんだよ!?
ここは、東の外れにある街だぞ? 西の王都から陸路で一ヶ月は固い道のりだぞ?!
っていうか、俺男ってバレた!!
いや、バレてもおかしくない言動していた覚えはあるけれども! でも今さらこいつに、有らぬ誤解を深められるのは物凄く腹が立つ!
……とか、なんとか。俺がどれだけ内心で罵詈雑言吐こうが、こいつに伝わる筈がなくて。
むしろ、座りもしないでじっと、こちらの手元に視線をくれている。
「…………何だよ」
それが居たたまれなくて口を開けば、ちらりとこちらを伺っていた。
「ディーナちゃんもお酒、飲むんだねぇ」
「あ?」
なんだ、それ。俺みたいな軟弱に酒はもったいねぇってか?
別にいいだろ! 前世では飲みたくても飲めなかったんだ。今世で何に挑戦しようが俺の勝手だろ!
なんて俺の事なんて、やっぱり知ったことてはないらしく。
「ね、ね。一口ちょーだい? ディーナちゃんのお酒の好み、知りたいな」
「知らなくて結構。俺は、てめえなんかと飲みたいとすら思わねえよ」
「そんな事言わないでよ。報酬受けとる為の微々たる情報提供だと思ってさ」
その取引、物凄く納得がいかないのだが。一体そんなの知って、こいつに何の得があるのかさっぱりだが。
でも……悲しいかな。報酬を前にそんな事を言われてしまっては、渋々グラスを押しやった。
「わあっ、ありがとう」
あれ、よくよく考えたらおんなじもの頼めばよかったんじゃないか?
少しばかり冷静になれば解った事実に打ちひしがれながらも、そいつの表情をまじまじと伺う。
一口含んで、エルフ野郎の表情は曇る。
「…………これ、薄くない? 正反対、なんだなあ……」
「ちっ! てめえの好みなんざ知るかよ!」
なんだよ、それ! 渋々分けてやってそんな事言われるなんて、納得がいかない。解せぬ。
イクスカーロンには、ほらみろ、だなんて言わんばかりの顔をされる始末。
「マスターさん、一番強い奴をちょうだい」
「ああ」
口直しに一番強いやつをくれって事かよ。ついでにちゃっかり隣に座りやがった。狭い。
「はい、これ」
ざらっと、カウンターの上に置かれた小さな巾着。小さいながらも立てた音が音だったから、つい、それを見てしまった。
「受け取って? ちゃんと、正当な対価だから。教会の補償分は多少引かれたと思うけど、それでもしばらくはお金に困らない額だよ」
「…………聞いてもいいか」
促されても、はいどーもって、受けとる訳にもいかなかった。
何と言うか、気味が悪い。お膳立てされ過ぎているというか?
「何?」
「てめえは光と豊穣の巫女がどうにかなればいい、つってたよな?」
「うん、そうだね」
「てめえは教会からの依頼で殺そうとしていたんじゃないのか?」
「そうだよ。でも何も、僕が受けている依頼が、ひとつとは限らないよね?」
「……ああ」
なるほど。意は決した。ただ藪蛇になりそうで、深く聞かない方が身のためだと、悟らせるには十分だった。
よく解らないけど、これはその『もう一つの依頼主』からの協力した報酬だって事だろう。……自分の義弟たちを宥めて報酬もらうって、何だかすごく微妙な気分だ。
多分、ひっくるめて何かに利用されたんだろうけど、それが何かは解らない。聞いてもはっきりしないだろうし、他の手ではっきりさせることも出来ないから、物凄くもやもやする。
ああ、もう。忘れよう。
俺らの会話が切れたところで、ことりとそいつの前にグラスが置かれた。
無色透明の液体。でも、仄かに香草と柑橘系の果物の香りがする。それだけならば、俺でも大丈夫なんじゃないかって思うが……。
イクスカーロンが、強いやつってリクエストで出した代物だ。多分、俺が飲んだら昏倒するな。
「マスターさん、ありがとう。ディーナちゃんの分も含む料金、これで足りる?」
「ああ、十分だ」
ぱちりと置かれた銀貨。ぼんやりそれを眺めていたら、エルフ野郎はショットバーの如くそれを一気に呷った。
うーわー、マジかよ。
「うん、美味しい。ごちそう様。それじゃあ僕、帰らないとだから」
「あ、ああ……」
嵐のようにやってきて、やりたい放題言いたい放題かよ。
「じゃあね、ディーナちゃん」
そんな一言を残して、颯爽と去っていく。後にはカランと、ベルの音が余韻を引いていた。
納得はいかないが、俺はどう反応したものか解らずにただ、その姿を見送るばかりだ。
と、いうかあいつ、どうやってここまで来たんだよ。いや、知ったことじゃないが。
「……何だったんだ? あれ」
「さあな。それよりほら、忘れる前にそれしまっときな。どうせお前の事だ。酔って正体なくせばあっさり文無しだろ?」
「失礼だな。んなことしねぇよ」
うん、まあ。うん。
くれるっつーなら有りがたくもらうさ。
でもやっぱり気味は悪いから、早めに両替しよう。価値さえ変わらなければ、クソ野郎が持っていたものをそのまま持ち続けるよりかは余程マシだ。
そんな事を考えながら、俺はすっかり温くなってしまったグラスの中身を呷りきった。
「お、なんだディオ。ちゃんと飲めたじゃねぇか」
「うっせ。いつまでもバカにしてんなよな」
子供扱いしてくるイクスカーロンに、憎まれ口を叩いてやれば、仕方がなさそうに笑われる。
「んじゃ、俺も帰るわ。ごちそうさん」
「ああ、気を付けて帰れよ?」
「解ってるっつの」




