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飛竜と義弟の放浪記 -Kicked out of the House-  作者: ひつじ雲/草伽
三章 ドラゴンタクシーの日常
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ディオ子とラズ美.6

 

 引きずられながら関所を抜けて、そびえる城壁の下をくぐった先には静かな街が広がっていた。

 白い漆喰で塗られた壁に、素焼き瓦の赤い屋根。奥に行くほどなだらかな丘陵状になっているらしい。沢山の屋根の向こうに、一際大きなカントリーハウスを見た。見ようによっては城塞に見えるそれが、この地の王城か。


 そして、屋根の海から突出した姿がもう一つ。右手の方の屋根の上に、登楼があった。……恐らく、ここからそう離れていないそれが教会なのだろう。


「それじゃあミラ達は後ろに適当に乗っちゃって」


 ぼんやり観光気分は一瞬で、俺はエルフ野郎と共に御者台へと座らせられる。絶賛、人質習慣進行中だ。

 こいつ、絶対俺のこと女だと思っている。そうじゃなけりゃ、腰に腕なんて回してホールドしてこないだろうよ。

 あーやだやだやだ! 今なら悟りを開いた聖人君子にもなれそうだよ。


 じゃあ殴りかかればいいだろうって言われても、既に大した効果がないのは確認済みだ。

 防がれた挙げ句、今度は尻に敷かれるんじゃねーの? あーあー、やだやだ!



 かたことと、馬車に揺られて数分間。中ではずっと、何かを相談しているような声はしていた。


 俺が軽率なばっかりに、結局シャラさん達に迷惑かけているんだよな……。

 こんなことになるならば、なんて考えが過るが、後悔したところで何も始まらない。


 それよりも、ミラさんは……巫女様じゃない? むしろ、暗殺を依頼されていた?

 暗殺する側だったのに、実行しなかった?



 『私は説得されたに過ぎないもの』



 不意に、昨晩のミラさんの言葉が(よみがえ)る。

 説得された? 誰に? …………んなもん、考えるまでもねえな。ミラさん自身がそれを言っていたのだから。


 『えー、偉いんだな、その巫女様ってやつは!』

 『は、はい! そう、そうだと思います! 私も!』


 ったく、なーにが私もそう思う、だよ。賛同者が欲しかったのなら、最初っからそう言えばいいのにな?


 ……まあ、多分だけど。

 許せなかったんだろうなあ。教会のやり方が。だから飛び出して巡礼するだけでは満足出来ず、新天地に向かうよりも先に、蹴りを付けたいとそんなところか。



「――――――――――?」



 そして恐らく、シャラさん――――じゃなくて、ギルド全体も知っている上で協力しているんだろうな。あー、王都の冒険者ってのは、嘘じゃねぇのかもな。そう考えれば、ギルドが擁護(ようご)しようとするのも納得が行く。


 …………背後を取るための囮だって言うのに、俺のこの失態で迷惑かかってしまうんじゃないだろうか。なんて不安が脳裏を過る。


「――――ねえ、お嬢さん。聞いてる?」

「ぅ、わっ!」


 ぶんっ、と目の前で手を振られ、それを認識した途端にめちゃくちゃ驚いた。弾かれたようにそちらを向けば、不貞腐れたような表情がそこにはあった。


「僕が隣にいて自分の世界に入れるなんて、余程胆の座ったお嬢さんなんだね?」


 じとりと見られて、返す言葉が解らない。別に親しい仲でも何でもないのに、どうしてそんな風に言われないといけないのか。解せぬ。


「ね、ね、お嬢さんにはさ、キョウダイっていたりする?」

「……なんであんたにそんな事を応えなくちゃいけない?」


 だからつい眉を潜めていたら、『まあ、いいけどねー』なんて不満たらたらにむくれられた。なんも良くねーじゃん。相手にしてやんないけど。



 そうこうしている内に、屋根の切れ目から見える巨大な建物の割合が大きくなり、すっかり見上げる程だ。


「おっと」

「ちょっ……!」


 ――――その、目的地に付くや否やの事だった。

 馬車を留めるよりも先に、俺はエルフ野郎にまた抱えられて、転がるように馬車から飛び下ろされた。目の前を横切っていく御者台に、馬車の内側から貫かれたらしい剣の刃がぎらりと光っている。


 そこは丁度、こいつが座っていたところで。容赦ない攻撃に、脂汗が額に滲む。



 そんな俺とは裏腹に、御する者がいなくなった馬車は、止まることなくパカポコと間抜けな音を立てながら通りすぎていく。


「うーわ、酷いと思わない? お嬢さん。後ろから串刺しとか……あーあ、ありゃもう、御者台もボロボロで使えないよ」


 困ったなあ、なんて、丸っきり口先だけで宣ってくれるエルフ野郎。過ぎ去ってく馬車、どうするんだよ! まだシャラさん達乗ってるっつーのに!


 なーんて思っていたら。


「……っち、避けるんじゃないわよ」


 走っているまま馬車の扉は開けられて、抜き身の剣を持ったミラさんが出てきた。邪魔な法衣を脱ぎ去ったミラさんは、もはや完全に冒険者の装いだ。危なっかしげもなくすとんと降りてきた様子に、改めて本当に戦闘職たっだんだと納得させられる。

 その一方で、いつの間にか御者台にいたシャラさんは馬車を止めていた。うーん、お見事!


「ちょっとちょっと、大人しくついて来る約束でしょうが」

「ええ、だから、大人しくしていたでしょう? 着くまで」


 にっこりと素敵な笑顔で言い返すミラさんマジでカッコいいです。

 確かに目的地に着くまで大人しくしていたのだから、間違っちゃいないとは思うけど……すっげー屁理屈。うん、まあでも、そんなもんだよな。


 けど、さ。街中で始まったこの戦闘。そりゃ、なんだなんだって野次馬がちらほら遠巻きに眺めてきている。開け放たれている教会の大門からも、多分信者なのだろう。そろって顔を出していて、もはやここは路上パフォーマンス状態だ。

 何が恥ずかしいかって、なんで男の俺がヒロイン的なポジションにいるかって事だよ。


 それにしては随分俺は余裕じゃないかって? うっさいな、余裕が無さすぎたから現実逃避しているだけだよ!


「いいの? このお嬢さんを壊しちゃっても」

「少なくとも、貴方が望むような事にはならないでしょうね」


 反撃と言わんばかりのエルフの言葉にも、ミラさんは余裕だ。一体、馬車の中でどんな相談事をしたって言うんだ?

 それは俺を抱えたままのこいつも思った事のようで、「可愛くないなー、もう」 だなんてぼやいている。


「まあいいけどね。ミラ達には来てもらわないといけないし?」



 悪いことを思い付いた。なんて言わんばかりに、クスクスと笑う。いやーな予感しかしねぇけど、離れられない非力な自分を口汚く(ののし)る事しか思い付かない。

 なんて、思っていたら。


「よっと」

「う、わ!」


 はい、ついに横抱き(お姫様だっこ)されました。


「ちょっ……やめろ!」


 なんて文句言うも、エルフ野郎は我関せずだ。心底楽しそうに笑いやがる。


「じゃあミラ、頑張ってついてきてね?」

「なっ……そんなあからさまな誘いに、のこのこ付いていくと思って?」

「そしたらほら、お嬢さんを好きにさせてもらうよ?」



 そんな事を(ほの)めかされて、ミラさんが多少動揺したのが解った。ミラさんにとって、俺が連れていかれるのがそんなに予想外だった、ってこと?


 いや、なんて奴だ。俺を拐うことで強制的に追っかけさせるという荒業に出やがった。何だかんだ言って、俺を放って置けないと見透かした上での暴挙と言える。



 がくん、と。揺られたかと思うと、既にこいつは走り出していた事を知る。

 人垣をあっさりと抜け、建物に飛び入ったことで視界が急激に暗くなって目が眩む。俺の杆体(かんたい)細胞、もうちょっと頑張って。何処に連れていかれているのかくらい、ちゃんとこの目で見ておかねぇとだから!


 とはいえ横抱きされた状態で、首を回すのもなかなか(つら)い。強制的に視界に入ってくる澄ました表情も腹が立つ。



 ようやく見えてきた大聖堂の内側。丸い天井が呆れるほどに高い。内部構造はロマネスク様式のようで、ゴシック様式ほど見た目の印象は重くない。身廊内部も、慣れればそれほど暗くは感じなかった。


 身廊の脇を走り抜け、突き当たった先にあった螺旋階段を登り行く。途中で目が回るかと思ったのは内緒だ。

 教会内をこんなに走り回ってもいいのか、なんて疑問に思いながら長い渡り廊下を突っ切っていると、ひゅんっと、何かが空を割く音がした。


「よっと」


 華麗にステップを決めて回避したそこには、石畳の床を抉る矢があった。シャラさんだ。罠と解っていても、追わせてしまっている事実が苦しい。

 足元を狙って的確に放たれるそれは、距離があっても外さない。でもそれ以上に、俺を抱えているこのエルフの身のこなしは軽かった。


 矢が空を切る音、矢が床を抉る音に混じって、誰かの足音が聞こえた。



「あっはは、すごい。ほんとに君、大事にされてるね」


 これだけ攻められても、心底楽しそうに笑っているこいつはまるでダンスでも踊るようにまた、身を翻す。

 けれどそれは『詰み』だ。そこに逃げるよう、誘導されたのだ。それと同時に、渡り廊下の天井付近の柱を蹴り、こちらに迫るミラさんを見た。


 身体能力、半端ねぇ。感心している俺に、ミラさんは頷いてその剣を降り下ろした。


「あーもう、失敗失敗。こんなに食いついてくるなんて、正直予想外だよ」


 でも。そいつは初めて苦笑すると、くるりとミラさんを見上げていた。


「なっ……!」


 そいつは俺を盾にするように差し向けて、自身は半歩、身体を後ろへ反らしただけで回避した。代わりに、こいつの為に切られてしまう! そう思った刹那、ミラさんは飛び退いた。

 心臓が、耳の奥でどくどくと忙しなく鳴く。流石に今のは死ぬかと思った。ハメられた。


 びっくりさせてごめんねえ、なんて笑っているこいつにホント腹が立つ。こんなに隙だらけの間抜け面に、ことごとくしてやられていると思うと悔しくって仕方ない。

 ……って、いうか、今なら肘打ち成功しそうじゃねえか? 間髪入れずに密着している側を振り上げてみた。


 が。

 ぱっと支えられていた手を放されて、身体が落ちる。


「あっ…………!」


 うわ、マジかよ! 切り替えというか、判断力早すぎる!

 一人で慌ててしまった直後、腰だけ支えられて着地失敗。かかとを床に打ち付け、ついでにくきっと足首も捻った。いっっっ!


「っ~~~~~!!」

「こーら、おいたしちゃダメでしょう?」


 俺のささやかな抵抗なんてお見通しと、そういう事かよ。ハニーボーンにぶつけた張りにじぃんと痺れる足に悶えながら、涼しい表情を睨み付ける。

 そしたら唇の端をつりあげて、にやりと笑われた。


「いいねぇ、その顔。苛めたくなる」


 うーわ。気持ち悪い。野郎に言われても、何もときめかねぇよ。


 多分、端から見れば俺の表情ドン引きしていたと思うんだけど、こいつにはそれすらも愉しいようで、くすくす笑いをやめようとしない。


「いい加減、その子を放しなさい」


 的確に野郎の身体を狙ったミラさんの太刀筋に、エルフは空いた腕で受け流して捌く。ぎぃん、と、鈍く鉄の音が響き、袖の下に籠手(こて)でも巻いているのかと知る。

 いや、もう目と鼻の先の攻防に、ビックリしすぎて息が詰まった。下手したら失禁ものだ。笑えねー……。


 それでもまだ、こいつは余裕のようで。


「とは言ってもね? 目的地はもう、すぐそこだよ?」


 くすりと笑って示したのは、渡り廊下の先にある建物。扉もなく続く廊下には、少し行った所に重厚な出で立ちの扉があった。


「少なくともミラ? 君には報告の義務ってものがあるんじゃないかい?」

「私はもう、ソアラ様につくと決めた。貴方の指図は受けないわ」

「やれやれ。そう言うんじゃないかって思ってたけどね」


 仕方がないなあと言わんばかりに、エルフ野郎は肩を竦めた。

 その刹那。前触れは、何もなかった。


「しまっ…………!」


 だが、ぎしりとミラさんの身体が不自然に動かなくなった。近距離で魔術を使われたその余波に、ぞわりと肌が粟立ってしまう。


「ミラさん?!」

「はいストップ。それ以上来ないで、ギルドのお姉さん」


 それは、遠目に見ていたシャラさんにも解ったようだ。慌ててこちらに来ようとした姿を、ミラさんの手からもぎ取った剣を彼女に突きつける事で押し止める。


 えーと、俺が言うことじゃないけど、そこで俺に向けて殺るんじゃないんだ。……なんて。


 ああでも、そうすると破壊神を呼び寄せる事になるのか。

 え? 誰がって……奴隷契約の切れたおっそろしい奴――――ここまで言えば、解るだろ?



「慌ててもらわなくても、そこの部屋に来てもらえばいい話だから。後からゆっくりおいでよ」


 ぽいっと、奪った剣を渡り廊下の端に投げ捨てると、背後のシャラさんに構う事なく俺を引きずり始めた。

 ちょっと、さっき打った足が痛いから引きずらないでくれよ! 歩く、歩くから!



 よたよたと、抱えられていることと足痛により(びっこ)ひきながらも、積極的に歩く俺に気を良くしたのだろうか。ひょいっと、また、軽々しく横抱きされるのであった。


 ごめん、シャラさん、ミラさん。ちょっと、どうするのが最善なのか、俺、本気で解んなくなってきたわ。


 冗談抜きで誰か、助けてください。

 

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