ありふれた俺の日常は奴隷によって変わる.3
――――前兆はすでに、あったと思う。
それは〈ヤナ〉を部屋に匿うようになって、二、三日経ったと思う。適当に俺の部屋で掃除やワックスがけなどの雑務をこなさせるようにしていた、そんな頃の夜だった。
「殺処分?!」
唐突に告げられた俺は、我ながら頓狂な声を上げてしまった。
俺が早急に立ち上がったせいだろうか。カンテラに灯された火が、ゆらりと揺れる。
場所は親父殿の書斎。その夜、急に来いと親父殿に呼び出されたのだ。
閉め切っているにもかかわらず、籠った匂いはない。あるとしたら、大量の蔵書から香る紙とインクの匂いくらいか。この世界では高価とされている書籍に溢れるこの部屋は、親父殿が仕事の為に各地で集めた本だ。どうやってこれだけの本を集めたのか俺にはさっぱり解らないが、親父殿がどれくらいこの商売で成功を収めてきているのかが最も目に見えやすい部屋であることは間違いない。
そしてこの部屋に自由に立ち入る事が許されているのは、俺とカミュ、それだけ。
デスクに座り、ひたすら契約書類やら依頼の手紙やらを開封して捌いていた親父殿に、一瞥されて溜め息をつかれてしまった。
「けど――――――」
「何度も言わせんじゃねぇよ。八十七番の処分を決めた、それだけの話だ」
思わず先手を取ろうとするも、低く淡々と告げられて俺の抗議の声は上がる前に意気消沈した。クスクスと背中の方で笑われて、ソファでくつろぐ姿を睨む。だが、そいつが俺の視線に臆するはずがない。
「あのねぇ、ディオ? 君が怒るのも落胆するのもお門違い、でしょう?」
ローテーブルに合わせたソファにゆるりと座るカミュは、親父殿の意見に全く反対はないらしい。いや、そもそも親父殿至上主義のこいつに、『異を唱える』なんて選択肢があるのかすら疑問だ。
「けど、だからと言って殺すことないだろ!」
「あのねえ、じゃあどうするの? まさかそれで逃がしてやって、なんて言わないよね? 示しがつかないでしょ~? 皆が勘違いする、違う?」
「っ……」
矢継ぎ早にそこまで言われて、どうしてこんな事を言われているのか。
……いや、ちゃんと頭では解っている。
奴隷の立場が嫌なのであれば、徹底して逆らえばいい。そんな考えが広がってしまえば、何が起きるかなんて解ったものじゃない。
「それとも君、今この瞬間から、あの使えない穀潰しをどうにかできるとでも言うんだ~?」
追い打ちをかけるようなその言葉に、言い返す事が出来ない。
「ああ、そっか。ディオはどちらかというと、お店を潰したいんだよね?」
「なっ……! それは違……!」
「でも」 なんて、言い訳を言いかけていた自分が嘘みたいに、今度はこっちの立場で否定している。どっちつかずの自分に気が付かされて、閉口した。自分はどうしたいのかが解らなくて、視線が自然と足元に落ちていく。
「まあ君はいつもの通りに、別館の厨房にでもいるといいよ。処分はこっちでやっておくから」
「っ……!」
さらりと当然のことのようにカミュに言われて、つい、その表情を伺ってしまった。ほとんど年が変わらない――――どころか、むしろ実は年下の筈の、こいつを。
「何? 俺がそんなこと出来るのかって、疑ってる?」
くつくつと嗤われて、バカにされている事だけは解った。でも怒る気にならないというか、こいつに真っ向から反論してもいい立場に、自分はいないのだと気づく。
一重に店の利益の為。その為ならば手を汚すことすら厭わないと、こいつは素面で言えるのか。
覚悟の違い? 感覚のズレ? 認識の問題? 常識の齟齬?
………………解らない。
解ることは、俺では彼を助けられないということ。手が施せない訳ではない、筈なのに。俺の言葉に説得力を持たせられないせいで、生き長らえる筈の命が勝手に失われるのだということ。
俺らが沈黙すれば、親父殿が呆れた様子で口を開いた。
「さて、話はまとまったか? 執行は客の予定のない三日後だ。異論はねぇな、ディオ」
「っ…………けど、親父殿!」
異論はないかって、あっても聞くつもりなんてない癖に。親父殿は意地が悪い。
ついすがるような目を向けてしまったのも無自覚だった。ふーっと深く溜め息をつかれて、その手を完全に止めさせてしまう。
「ディオ」
静かな声に呼ばれて、身体がびくりと反応した。何を言われるのだろうかと、無意識に怯えている自分がいる。
気が付いた時には、デスクの上に視線は落ちていた。それを恐る恐る上げると、鷹のような灰色の鋭い視線に射抜かれる。居心地が悪くて身じろぎこそすれ、目を反らす事が出来なかった。
「何ならお前に、今回の処分を任せようか」
「え……?」
そして何よりも、今度は親父殿の言葉がすんなりと入ってこなかった。
親父殿にもそれは伝わったのだろう。ぎしりと椅子が唸って初めて、親父殿が椅子に体重を預けたのだと知る。
「お前がこの界隈にいる気があるって言うなら、どうせ避けて通れない道だ。遅いか早いか。ま、てめえは既にいい年してんだ。むしろ遅い部類に入るけどな」
「それは……!」
それは、この手に彼をかけろという事か。
ああ……返す言葉なんてない。俺は何処までも、嫌なことから逃げてここまで来ているのだから。
思考が止まる。考えたくない。考えたくない……!
前世の道徳観念が、そんなの間違っていると叫んでいる。平常心でいられそうにない。だって、そんなのおかしい。
考えただけで、息が止まりそうだ。
無意識にごくり、生唾を飲み込んだ。
へばりついた喉の乾きが異常だ。上手く、飲み込めない。
親父殿の言葉に何も言えずにいたら、また一つ、深く溜め息をつかれてしまう。
「なら、決められないてめえに提案してやる」
「てい、あん……?」
すっとその長い足を組む様は、昔見た映画か何かのマフィアのボスのようだ、なんて。隙有らば現実逃避を始める俺に、考える余裕なんてなかった。
「処分はお前に任せる。猶予は三日後。処分の方法は、殺処分でも再更正でも構わない。これ以上の不利益が出ない形に出来れば、今回は勘弁してやる」
「ルディス、それ本気~?」
「ああ」
「っ……不利益を、出さなければいいん………だな」
絞り出した声は、カラカラに乾いた喉のせいか掠れていた。空咳に、噎せる。
それでも確かめない訳にはいかなかった。親父殿の言う通りに、損失をなくしたら彼を死なせずに済むのか、と。
「ああ。……そうだな、お前にあいつの所有権はくれてやる。だが、間違っても逃がす事は許さねぇ。解っているな? 生かすか、殺すか。お前に与えた選択肢はそのどちらかしかない」
「本当に全部! 一存させてくれるんだな?」
「諄い」
一刀両断。それ以上喋るなと、言外に言われて黙らざるを得ない。
ぎしっと、また椅子が軋んだかと思うと、親父殿は書棚に向かって分厚い書類の束を取り出した。パラパラとそれをめくり、やがて、一枚の紙切れをそこから千切る。
「所有の書き換えは、てめえで出来るな? 手を出せ。これを受け取ればもう、出来ないとは言わせないからな」
差し出されたのは、いわゆる契約書。これその物に何か効果があるわけではない。でも、対人のやりとりには欠かすことの出来ない、所有を示すもの。
本当に、これが後戻りできない事態なのだと思い知る。
「……解った」
受け取ってから思う。手渡されたものは所詮紙切れでしかないというのに、まるで石板でももらったかのようにずっしりと錯覚してしまう。
……重いのは、石板に感じた契約書なのか、心そのものなのか。
でも、やるしかないと、そう思った。
今一度目の前に立つ親父殿の表情を伺えば、俺のリアクションをつぶさに捉えようとしている視線とぶつかった。思わず反らしそうになったが、ぐっと堪えて見返してやる。
「親父殿、他に何か話はあるか?」
「ああ。手助けがいるっつーなら、カミュでも頼れ。俺は忙しい。いいな?」
「カミュを……?」
ちらりと振り返れば、にやにや笑いをやめようとしないそいつがいた。悪いことしか考えていない、そんな笑みを浮かべる奴を見て、一体誰が頼りたいと思うのだろうか。つい、眉をひそめてしまう。
ただ親父殿の手前、『これ以上は穏便に』 なんて日和った言葉がよぎる。
「ああ……まあ、いざとなればそうさせてもらうよ」
話がないなら長居は無用。早速戻って、作戦を立てなければ、時間は有限だ。
受け取った書類をたたんで懐に仕舞いながら、俺は踵を返していた。
「全く、気負わずにさくっとヤっちゃえばいいのにね~?」
部屋を出る直前、そんなことを言われて俺はつい、足を止めた。
「…………容易く言うな」
イラッとしたのは間違いない。現に、後ろ手に閉めた扉がバタン! と大きな音を立てていた。我ながらマナーが悪いが、それどころではない。
暫しそこで立ち尽くしていたら、中からくぐもった声が聞こえてくる。声の調子から、カミュが笑っているのは間違いない。それを聞いていたら、余計に胸くそ悪くなってきて、扉を離れた。
向かうのは、〈ヤナ〉の元。俺がやるべきことも山積みであるし、彼の協力もなくてはならない。
絶対に、失わさせやしないさ。
そう。俺の決意は、堅い。
* * *
「――――〈ヤナ〉協力してくれないか」
奴隷達の部屋から一際離されて、たったひとり宛がわれた離れのような独房。そこにお邪魔させて貰えば、夜中にも関わらず〈ヤナ〉は聞く耳を持ってくれた。
……ここ二、三日の成果だとしたら、希望はある。
真っ直ぐにこちらを見据える表情は、至って無表情。ロウソクの灯りに照らされる輪郭は、また少し痩せて見える。……心が痛い。
話の先を促したいのだろう。小首を傾げる様子は子供らしい仕草で、あんなにも悪態ついて反抗的だった姿が嘘のように思えてくる。
「話を全部聞いた上で、あとで君の答えを聞かせて」
親父殿に罰せられていたせいで発せなかった声を返してやるよりも先に、第一声、俺はそう切り出した。告げるべきことは全部告げておこう。そう思って。
「まずね、君の所有権が俺に移ったんだ。だから、君に与えられていたペナルティを解除させてもらうよ」
そう告げてから、彼の手をそっと取る。振り払われるかと思ったが、驚いたように身じろぎしただけだった。掴んだその手はやはりひやりとしていて、そして、微かに震えている気がした。
……そうだよな、怖くない筈がない。
かき集めるのは、只でさえ少ない俺の魔力。魔術式を展開させるためには、ギリギリのレベルだ。
集めた魔力で魔術式を立ちあげて、行使するのは所有者の書き換えとペナルティの破棄。これで彼は、封じられていた声を取り戻せる。
「今まで喋れない不自由を強いてごめんね」
謝れば、目の前の彼は不思議そうにまばたきした。今更、そして唐突に謝罪なんて、一体何の話だと聞きたいのだろう。
ただ今は彼の反応については後回し。伝えなくてはいけないことを、先に伝えてやらなくてはならない。
ここ数日、彼の機嫌はそれほど悪くないように見えるのは、俺の都合のいい解釈だろうか? 成果、と言える? 出来れば、そうであって欲しい。
俺はそれに、焦る気持ちを抑えるように、一息、二息間を置いてから、改めて口を開いた。
「……君がここに連れてこられた事を、ヒト一倍不本意に思っている事も、俺らの言う事も聞きたくないって事も重々承知なんだ。だけれども、君の思うままに振る舞ってもらうことが、もう出来なくなってしまった」
一つ一つを丁寧に説明しようとしても、先に聞いた言葉が脳裏に張り付いて、俺の説明を遮って来る。とてもじゃないが、ヒトごとに受け取れそうにない。できれば直視したくない事柄を避けようとして、言葉が鈍る。
……一番つらいのは、俺なんかじゃない。こんなこと一方的に聞かされる〈ヤナ〉の方に決まっている。
せめて彼が取り乱さないように言葉は選んであげたい。
だが、俺がどんなにその言葉に頭を悩ませても、目の前で首を傾げる彼に伝わっている様子はなかった。それどころか怪訝そうな顔をさせるばかりで、時間の空費に気持ちだけが焦って来る。
「いや、回りくどい言い方は止そう。ごめん」
その焦る気持ちを、頭を振ってどうにか振り払おうとする。謝れば、さらに眉をひそめられる。
……ほんとに、どうしてこんなにも子供らしい表情が出来るのに、彼自身が悪い訳ではないのに、こんな目に合されなければならないのか。そして自分は彼にこんな目に合せる方の立場にいるのか。要因が相まって、何だか無性に泣けてくる。
いやだから、そんな場合じゃないっつの。
「ねえ。落ち着いて、よく聞いて欲しい。……本当はこんな事、君に言って君に許されることではないのだけどね、今君にはね、殺処分が決まろうとしているんだ」
反応はない。彼の表情が、また消える。
戻ってきたリアクションは、こちらを見据えてくるまっすぐな視線。そこからの感情が読めなくて、負けてしまいそうになる。
ぐっと、空気の塊を飲み下した。
つらいのは、俺じゃないんだから。踏ん張りどころは、ここなのだから。
そんな風に何度も何度も自分に言い聞かせないと、逃げたくなって仕方がない。
「俺は、君に死んでほしくない。その決定が下されそうになっている事態を、どうにかしてでも回避したい。だから、『協力』してほしいんだ」
そこまで言い切って、勝手ながらも俺の心は軽くなった気がした。
伝えられた。それだけの事で楽になるだなんて、なんて現金な奴だと、自分で自分を失笑してしまう。
後は彼がどう俺の言葉を受け止めたのか。大切なのは、そこだ。泳ごうとする視線を定めて見返して、返答をもらおうとした――――の、だけど。
「えーと、良ければ君の意見を聞かせて欲しい所なんだけど……」
…………おかしい。
親父殿が奪っていた声は、さっきちゃんと戻した筈なのだが。……そういえばどうして彼は始終無言なのだろうか。魔術がほとんど使えないとはいえ、きちんと展開された手応えはあった。せめて、何か言って欲しい。
……ああ、もしかしたら。まだ心のどこかで俺の事を信じていいものか、悩んでいるのかもしれない。
だとしたら、だ。俺から歩み寄る努力をするべきなのだろう。
「えーと、腹減ってないか? 何ならすぐにでも作って来るよ」
我ながら苦しい話題だったか。一先ず提案してみたが、緩く首を振られただけだった。
作戦は、失敗。いや、まあ、そもそもご飯で釣れるとは思っていないけどさ。だがくじけている時間はない。次だ、次。
「えーと、そういえば俺、君の名前知らなかったな。俺はディオって言うんだ。良かったら君の名前、教えてくれるかい?」
「……………〈八十七〉、なんでしょ」
か細い声が、端的に告げた。
初めて口利いてくれたと思ったら、それっきり。本当はそう答える事も不本意なのだろう。無表情に、険がさす。
……そこでようやく少し、彼の事を少し理解した。竜人は、他のどの種族よりも誇り高いと聞く。そんな彼の名前を奪うなんて、どれだけ彼の尊厳を傷つけたか計り知れないな。今更ながらもそう思う。
さて、どうしたものだろう。
「えーと、さ。それはこっちが管理する為の記号だろ? 君のほんとの名前、教えてよ」
「………………ラズベルクエルケストルティーダ」
「え?」
言われてから、戸惑った。やっと、彼が話す気になってくれたというのに。俺のせいで、また振り出しに戻ってしまう。
……ああ、竜人の名前がこんなに長かったなんて知らなかった。自分の無知が恥ずかしい。
「……えっと、ごめん。もう一度ゆっくり言ってもらっていい?」
「ラズベルク、エルケストル、ティーダ」
「…………………ラズ、べ……え?」
どうにか反復しようとしたら、途中でわからなくなってしまった。そしたらやっぱり、物凄く苦い顔をされてしまう。傷口を抉っているだけなような気がして、自分が自分で情けない。
自分のクソ加減に打ちひしがれていたら、どうしようもないと言わんばかりの溜め息をつかれた。
「……ラズでいいよ、ご主人サマ?」
「う……ごめんね?」
つい謝れば、きょとんとして見返された。その事に今度はこちらも首を傾げてしまう。
「へんなの。普通、こんな口利いたらあいつはすぐ怒ってたけど。あんたは違うんだ?」
「え? あ……ああ、そうだな……。俺には、そういうこだわりがないから……」
束の間、ラズの疑問の最もだと納得する。仮にも奴隷に謝罪する主人がどこにいるんだって、話だろう。
それにしても、あいつというのは恐らく親父殿の事か、あるいはカミュか。まあ、誰でもいいことに違いはないのだが、どうしたらこの主従関係をまともなものに出来るだろうか……。このままでは、きっと俺の作戦は失敗する。
ならば。
「ディオだ、ディオ。何なら、兄ちゃんでもいいぜ?」
「は?」
「ほら、言ってみな。ディーオ!」
「……バカじゃないの。主従契約しといてさ」
もっと、短時間でより親密になれそうなキーワードを使って、彼との距離を詰めようとする俺は浅はかなのだろうか? 度重なる冷めた反応に、すでに弱っていた心がぼちぼち折れてもおかしくない。
だが、今の俺は目的の為にも負けている訳にはいかない。
「そこはほら、ちょっと置いといてくれないか? 俺、ラズと仲良くしたいんだ」
「意味が解んない」
突き放されるような言葉に、もはや言い訳すら思いつかない。俺が一人うんうん悩んでいると、ぷっと、吹き出す声があった。吹き出したかと思うと、我慢できないと言わんばかりに腹を抱えて笑いだした。
「あははははははっ! もー、意味が解んないよ! …………けど、ありがとう、お兄ちゃん?」
未だに楽しそうにくすくすと笑うのは、ラズ。この前倉庫で俺の事睨んでいたのが、ホントに嘘としか思えない。
「いいよ。お兄ちゃんになら、僕は協力する」
「ほんとうに………?」
きっぱりと言われて、俺が誰よりも驚いた。ぽかんと間抜け面晒していた事間違いない。そしてその言葉が何よりも嬉しくて、自然と口許が綻んだのは言うまでもない。
「ありがとう、ラズ!」
ああ、ほらやっぱり。俺は正しかったんじゃないか。
だってほら、話せば解ってくれるじゃないか。何も力だけで従えようとしなくたってさ、解り合えることが出来る。
ああこれで! 彼を死なせずに済む。殺さないで済む!
ほら、これではっきりした。今回の事は親父殿達が間違っている。
どうにかなるって事は、ちゃんと俺が証明して見せるから。一方的に決めて悪かったって、言わせて見せるとも。
見えた希望に、心が弾んだ。
――――ただ。
俺は嬉しいからって、浮かれすぎていたのかもしれない。だから気が付かなかった。
夜の闇に紛れていた落とし穴が、すぐ近くで静かに口を開いていたことに。
夜明けの光と共に、その存在を俺は、知る。