ディオ子とラズ美.3
馬車に揺られる事、数分。
本当にたった数分の事だったけれど、俺には拷問のような時間だった。がたたっと、石畳の溝に馬車の車輪が掠める度に、微振動が締め上げられた体に響く。
これ、本当に骨格変わったりしないよな? ……しないよな?!
不安でいっぱいになっている俺らに、御者台に座っていたシャラさんは言った。
「お二人とも、着きましたよ」
「ありがとうございました、シャラさん」
馬車が停められたのは、宿屋《空色の鶏》。この街で上から三番目にいい宿じゃねえか!
俺が泊まっている宿の、一日辺りの料金は約二倍! あー……まあ、巫女様なんて肩書きのある女性を含むパーティならば、これくらいしっかりした宿じゃねぇと危ないのかもしれないな。
現に俺も、今の状態のラズを連れて、《黄色い蝮》の方に、行きたくない。きったねぇ冒険者達に見せたくないし、同じ空気も吸わせたくないって、思うもんな。
シャラさんの声に、一足先に俺は降りる。身体が早くもギシギシしてる。身体が痛い。
……多分、誰も見ちゃいねぇんだろうけど、周りの目が気になって仕方がない。通りの人の多さが、今日は今日で煩わしい。
今世では珍しき、ドアマン兼宿屋のボディーガードのおっちゃんと目があった。あー、最悪。取り敢えず、こんにちはって、挨拶したらなんかぼそぼそ呟きながらそっぽ向かれた。えー……何それ。いくら見苦しいからって、そりゃないだろうに。
まあ、いいわ。気にしてる場合じゃねぇ。
「ララ、おいで」
手招きすれば、危なっかしく馬車が揺れてヒヤリとした。それも仕方ない事だ。
「ま、待って兄――――ディーナお姉ちゃん。スカートが……」
馬車内では、歩きづらそうに裾を引きずるラズが、よたよたとやってくる。長い裾もそうだけど、今にも脱げてしまいそうなパンプスみたいな靴が歩きにくさを増長しているのだろう。せめて靴くらいはいつもの編み上げのブーツにしてやればよかったのになあって、思わずにはいられない。
うーん……あんまやりたくねぇけど、抱っこしてやった方が早いかもしれない。さっさとこの場を離れたい以上、背に腹は変えられないもの。
ああ、あと、お気付きだろう。名前、女の子っぽく変えてみた。
ディオ子にラズ美でいいじゃないかって? ジョーダンよしてくれ。野郎の名前に『子』なんてつけてそれっぽくするのは、日本国内限定だ。深月君が側にいる訳でもないし、名乗れる訳がない!
きびきび身動き取れない俺らはさておいて、シャラさんは早急に宿屋の女将に軽く挨拶を済ませていた。奥へ奥へとすいすい行ってしまう姿が、今日は何だか小憎たらしい。
階段を登らされた時は、流石にラズには自力で上がってもらった。俺なんてちょっと昇っただけですぐに息が上がってしまって、ホント、災難だわ。
え? てめえの貧弱のせいだって? 違うっつの。コルセットで締め付けてみ? マジで息が出来ないから! 笑えねー、笑えねー!
そうやって漸くたどり着いたのが、この宿に二部屋だけ用意されている、最高級の部屋。こんな辺鄙な街に、スイートルームを兼ね揃えた宿があるなんて、驚きだろ?
俺も、そう思う。でも、これがまた、意外と需要があるらしい。
金持ち、羨まし。
「失礼します、ギルドの者です」
シャラさんがノックをして声をかければ、「はい」 と、落ち着いた様子のソアラさんの声が帰ってきた。うーん、なんか気持ちが複雑だ。俺らと顔を合わせていた時は、あんなにもがたがたしていたのに。
シャラさんが入りますね、なんて声をかけて開けようとすると、それよりも先に扉が内に開けられた。びっくりした、なんてものじゃない。
ただ単純に、急に扉が開けられた事に驚いたって、いうのもある。けどそれ以上に、出迎えてくれたその姿に、つい凝視してしまっていた。
一見、その姿は獣人かなと、見間違う。けどケット・シー同様の金色の瞳。そしてシェパードが二足歩行しているような姿。
ああ、間違えようもないだろう。クー・シーだ。軽装ながらも鎧を身に纏う姿は、わんこなのにただ者ではない。
「どうぞ。待ちかねておりました」
ぽつっと彼は、それだけ呟き奥へと指し示した。
「失礼いたします」
「ありがとうございます」
……ん? 《彼》、だと?
「えーと、シャラさん」
「はい、どうかいたしましたか? ディーナさん」
さらっと、そっちの名前を呼んでくれるのね。……じゃ、なくて!
「…………あのさ、さっきのクー・シーさんは、男の子、だよね?」
「ええ、そうですね」
「…………あのさ、なんで俺らは女装させられている訳?」
「付き合いの時間の問題でしょう。ソアラさんとパズクさんは、ここまで来るあいだずっと、一緒に過ごしているのです。ならば、巫女様だって、慣れてくると、思いませんか?」
「う、ん……まあ、そうかもしれない、けど……」
何というか、納得がいかない。
……何というか、納得がいかない!
大事なことだから、二回言った。
まあ、いい。……っていうか、いいことにする。耐えられない。
スイートルームというだけあって、広間から行けるベットルームが二つ。そして、浴室なんかもかねそろえている、らしい。なんて話は前々から聞いていたけれども、実物を見て、ふと思う。
うーわー。
親父殿の店に居た時の、昔の俺の部屋よりも断然広いぞ、この部屋。
なんか、悔しいな。この、金持ち主義め。ふんだ。
通された広間にはソアラさんと女性――――恐らく件の巫女様だろう――――が、質の良さそうなソファに腰かけていた。
ソアラさんは、俺らの姿を見ると、ぱっと立ち上がり出迎えてくれた。その表情が、俺の仮装に驚いているのが、ありありと解る。
巫女様(?)は、どうやらヒューマンだったらしい。栗色の髪をポニーテールにきちっとまとめ上げ、きりりとつり上がった眉とこちらを伺う視線に、意志の強さを感じる。
気だるげな態度は、何というか……話に聞いて想像していた通り、と、言うか。睨むような目付きなのに、気だるげって、どーよ?
巫女様って言うから、つい、勝手に、赤い袴の巫女を想像していた。ここは日本じゃないっつの。
実際? 法衣って、言うのかね。よく修道女が身に付けているような、でろん、のっぺりとした地味色ローブを纏っている。
ただ、こう。なんか、こう……言葉にしにくい違和感? が、あるような? 理由はよく、解んないんだけど、巫女様と対面して違和感があった。……理由はよく解んないけどな。
「お、お待ちしておりました、シャラさん! それから……」
改めてそう切り出されて、ソアラさんは俺らの方をまじまじと見ていた。それを察したのは、やはり、シャラさんで。
「ああ。こちらは今回、皆様の運送を引き受けて頂きました。ディーナさんと妹のララさんです」
さらっとなに食わぬ顔で言ってのける、シャラさんが凄い。俺なんて、気を抜けばいつもの雑な言葉遣いになりそうで、それどころじゃないというのに。
ああでも。名乗るくらいはした方がいい、よな? 慌ててお辞儀をしてしまう。
「申し遅れました。わたくし、ディー……ナと申します。こちらは、妹のララです」
「こんにちは 、巫女様。お目にかかれて、光栄、です」
あーぶっね! つい、ホントに無意識で「ディオ」 って、名乗るところだった。
ラズの方は幸いに、馬車内で仕込んだ挨拶が効いたようだ。少し、ほっとする。
「あっ、はい……! ええっと、こちらは、光と豊穣の巫女様です」
「……ミラよ。貴女達もこんなのに付き合わされて、災難でしょう?」
ソアラさんの言葉に促されて、口を開いた巫女様――――ミラさんは、疲れたように言った。
俺らを気遣ってくれているのか? だとしたら、こう、何かが自分の中でかっちり来ない妙な感覚はなんだ? 一体何が、そうさせているのだと言うのだろうか?
…………うん、さっきからホント、解らない。
けど、注意しておくに越した事はないだろう。
「いいえ、そんなこともありませんよ。それでは早速、工程をお話させて頂きますね」
「ええ、お願い」
ミラさんとソアラさん。それから、二人の座るソファの後ろに、護衛よろしく佇んでいるパズクさんに向けて、持参した地図を開いた。
長く喋れば、ボロが出そうだ。自分の身に起こっている不運が、ツラい。
さっき、なるべく『女』を定着させるべく、出来るだけそのように振る舞ってくれと、シャラさんに釘を刺されたせいだ。
早く、早く。出発してしまいたい。
いやいや、演技力試されてるよな、マジで。これ乗りきったら俺、役者になれるんじゃないか?
「今回の目的地は西の王都と言うことで、一度、断崖の森付近を経由しようと思っております。そこまで向かうのに、おおよそ半日強。そこから、山脈を越えまして、大陸の西へと入ります」
「そ、そんなに早く行けてしまうのですね……」
ソアラさんが驚きの声を上げてくれているが、そりゃ、その速さが売りだからな。いろんなヒトのその反応に、俺も、そろそろ慣れてきた。
「山脈を越えてしまえば、一刻程度で王都にお送りする事が出来ます。出来れば巫女様が王都に向かわれるという情報が伝って、騒ぎになるよりも先に戻りたい、との事でしたので、休憩時間を東大陸で二回、西へ渡って一回を予定しております」
この前の深月君との遠征を参考に見積もった時間だ。女性を乗せるならば、いささかエンマには気を使ってもらわないとだけども、これだけ時間の余裕があれば、快適な空の旅に出来る筈だ。
でも。
「それで、どのくらいの時間でしょう?」
「そうですね、これで半日強、よりも少しかかる、くらいでしょうか」
どうやら、ソアラさんには、その時間では気に入ってもらえなかったらしい。
「……なら、東側で山を越える前に一度、それから王都に入る前にある、テクトアという遺跡があります。そこならヒトがおりませんので、そこでもう一度、休憩を取るようにしていただけないですか」
「ええ、構いません」
提案されて、拒否する理由がない。
「そうですね……それならば、半日より少しかかるくらいで行けると思います。後は、風や天気次第に、なってしまいますが」
「助かります」
それにしても、テクトア、なんて、初めて聞いた。確かに地図には載っていた。
荒野の片隅にある、ヒトに忘れられたその遺跡。
わざわざそんな所で休まなくても、なんて思うけれど……。ああでも、教会から乖離しているからこそ、お尋ね者くらいにはなってしまっている、よな。いきなり王都に突撃していったら、捕まりに行くようなもんだもんな。
あっはっは! 俺としたことがすっかり失念していたぜ。
……あ、解った。違和感の正体。
なんで、わざわざ王都に行きたいのか。その、理由の部分が抜け落ちている。
仮に、本当に仮にお尋ね者にされているなら、のこのこ王都に行くのは教会からお叱りを受けやすくなるだけ、ではないだろうか?
まあでも、一介の商人に本当の理由が何か、なんて知る必要がないし、知ったところで一体何が出来るのか、っつー話だが。
「今から出発すれば、本日中にはテクトアに着けるかしら?」
「休憩時間を少々詰めてしまえば、調整は可能ですよ」
「ならば、日付をまたぐまでに、テクトア付近につけるように調整をお願いいたします」
「ええ、解りました」
って、事は、ちょっと急ぎ気味にした方がいいのかね。
「では、私は一足先に表通りにおります。用意が出来次第、皆様もいらしてくださいませ」
「ええ」
「は、はいっ。すぐに参りますので!」
片足を一歩引いて、一礼。動きづらそうなラズの手を引いて、ゆるりと出口へ向かう。
「先に降りていてください。私も、すぐに追いかけますから」
「はい」
途中、シャラさんに声をかけられて、ほっとする。どうやら俺は、上手いこと乗り越えられたらしい。『お疲れさまです』と、微笑むシャラさんに「ありがと」 と、小さく返すのが精一杯だった。
ああ、余談になるけれど。
階段を降りている途中に、スカートの裾を踏んだラズに巻き込まれて階段から数段落ちたときは、流石に冷や汗が出た。身体痛いよ!
……ああ、前途多難。




