ディオ子とラズ美.2
「ディオ兄ちゃん、これでいいの?」
「ん? ……あ、ああ」
「ラズさん、とってもお似合いですよ」
さて、皆さん。仕立屋の店主とシャラさんによって、着飾られた俺の義弟の話をしよう。
結論から言わせてもらう。誰もが振り返ってもおかしくない、文句なしの美少女な仕上がりとなっていた。いやほんと、マジで可愛い。
コーラルリーフ色の布地に、首もとまできっちりある襟。そこから胸元にかけて、紺色の糸で花の刺繍とレースをあしらってある。腰の高い位置で一度、きゅっと引き絞ったところからAラインのワンピースは、爪先までふわりと隠している。
たったそれだけしか着替えていない訳なのだが、一体どこのお嬢さん? って感じだ。ワンピースに着替えただけで慎ましやかに見えるから、不思議。
いつもは無造作にしている、肩まであるラズの青みがかった白髪は、シャラさんによって綺麗に整えられている所だ。そこに、襟と同じレースで飾られたバレッタを使って、サイドで小さなお団子にしている。
……それ、少々無理じゃないか? なんて思うのは、俺だけのようで。
生花でも飾りたいですねー、なんて言ってるシャラさんに、店主の目がきらりと輝く。
これなんてどうだろう、と、一度店の奥へと消える。緋色の竜鱗製の、小さな花のモチーフをいくつも引っ張り出してきた。うーわ、また高そうなものを……。
ま、いいけど。支払いについては、気にしなくていいそうだ。ならばシャラさんの満足がいくようにしてやれば、別にいいだろう。
ああ、ラズの真っ白いうなじについ目が行ったのは、不可抗力だ。ホントに。
見ろ、あの店主のやりきった感溢れるいい笑顔。額の汗は、この努力の結晶を作り上げる為の、尊い対価なのだ。
「ラズさん、あとでお化粧しましょうか」
「ええー! まだ何かやるの?! 僕もう、疲れたよ!」
「でもほら、ディオさんが、可愛いラズさんに釘付けですよ」
「なっ、シャラさん!」
まさかここで俺にお鉢が回ってくるなんて思いもしなかった。俺が、って、強調しないで! 確かに魅入ってはいたけども、さ!
どこかぶすったれてこちらを見上げるラズに、苦笑せざるを得ない。
「……兄ちゃん」
「ほら、ラズ。せっかく綺麗にしてもらったんだ。笑えって」
そう言ってやっても、ラズは項垂れるだけだった。
雌雄同体だっつっても、普段はどちらかと言えば男の子として振る舞っているラズ。いきなりそんな事言われても、やっぱ、無理があったか? まあ、諦めて、慣れてもらう他にない。
いーじゃん、ラズは。元々女の子にもなれる訳だし。
俺なんて……、俺なんて……!
「では、次はディオさんですね」
ないないないないないないないないないない!! あり得ない!
……けど。俺は戦場に孤軍奮闘、立ち向かう戦士となる。
ほんとにやるのか? なんて問い。一体、ラズを待っている間に何度シャラさんに訪ねた事か。
どんなに貧弱だっつっても、一応、性別は男! 無理がある、どころの話じゃないぞ。
だが俺の訴えも空しく。そしていい加減腹くくれと、シャラさんに笑顔で迫られた。
シャラさんが俺に、迫ってくる。
……ああ。これが、俺の男としての生命線がかかっていなければ、迫ってくるシャラさんにときめけたのに。字面だけ見ると、かなり幸せな展開だったのに。嗚呼……。
「じゃあディオさん、絞りますね?」
何を、なんて。
考えたくない。
シャラさんが手にするコルセット。絞るだなんて、普段ならまだしも、俺に妄想させる余裕すら与えてくれないらしい。うう……。
「い、痛い痛い痛い痛い痛い! シャラさん、痛いって! って、足で押さないで! それ以上は無理だから! 肋骨みしみし言ってる、みしみし!」
「ディオさん、力を抜いてください。そして、息を吸って……、はい、ゆっくり吐いて下さい」
「すう…………って、これ、ほんと苦しいんだけど! 無理無理無理! 中身が出る!」
「出ません。ほら、息を吐いてください」
「はあっ……はっ……、はっ! て、ちょっ、マジでもう無理!」
女の人達、マジでこんなんつけてるの?! 意味わかんねえ!
これなら鎧甲冑装備の方が、まだ耐えられそうな気がするのだが!
コルセットで骨格変形って、昔の人どんだけよって、以前笑ったことなら詫びるから!!
いや、蜂のような括れた腰の魅力って、イマイチわかんねえけど、努力は認める! ほっそい腰は確かに好きだが、こうまでする意味は、ない!
――――――なんて、俺の精神が粉になるまで絞られた頃。
俺は男だ。
なんて、抵抗していた時もあったな。
……ああ、うん。諦めがつく程度に着飾られた。
ラズがお嬢さんならば、俺は、服装だけ硬派な女性冒険者と言ったところか。胸には謎の詰め物されて、『女ですよー』 を、装っている。触ると一応ふかふかする。コルセット巻いてるのにふかふかする。
いや、装っているって言うのは……まあ、ぶっちゃけちまえば、いっそのことない方がいいのでは? なんて思ってしまう、詰め物ちっぱいが原因だ。
むしろ、絶壁? 俺、胸板すらないからなー。ぐすん。
胸が小さいことが悩みの女性の気持ち、なんか、今なら解るかもしれない……。
うん、今更野郎が女々しい事言ってんじゃねえよって感じだよな。俺も、そう思う。
冒険者に見せるべく、以前シャラさんが着ていたような襟つきシャツに、長めのベストを着せられた。
問題の下は、動きやすそうなパンツ。あまりぴったり過ぎると……、ほら、股下でバレるからって長めのベストで誤魔化そう、という話らしい。
まあ、マント取らなきゃ平気だろうに。
ただ、申し訳程度の防具の着用すら、俺は認めてもらえなかった。解せぬ。
戦闘要員ではないにしても、防具くらい、よくないか? なんて思ったけど、動くだけで痛みの甦るコルセットがありゃ、十分防具足り得そうだ。鯨骨製とまではいかないだろうが、それなりに丈夫そうだもの。
髪は生憎、襟足が短いせいもあって、髪を結う事は出来なかった。ならばこれならどうだ、と、かぶされたのが、耳当て付きの毛皮帽子。もふもふもこもこで、やわかく温かい。獣から剥ぎ取った独特の生臭さもなくて、驚き。
あれ? これ、ちょっぴり狩人に見えちゃいそうじゃないか? なんて、ワクテカしたのはここだけの話だ。心に少しだけ、潤いが戻った気がする。
まあ周りには、毛皮かぶった『私、受付嬢みたいでしょ?』と、背伸びしている子供にしか見えない、だ、そうだが。化粧してしまえば男には見えないから大丈夫、って、また言われた。
解せぬ。
それから雑貨屋や、薬屋などに連れ回された。
なんかもー、どうでもよくなってきた。――――なんて頃に、化粧が施されて終わった。
それほど濃くしていない、と、シャラさんは言う。けど、なんかこう、顔面が呼吸困難を起こしているような、腫れぼったくなっているような感覚がして慣れない。
ラズ? ああ、自慢したくなるくらいに可愛く仕上がったぞ。
正直……ラズを飾るのが、クセになりそうだと思った。むしろ、飾らない事の方が罪、と、いうか。それくらい、俺の好みドストライクだった。
化粧されて完成していく様を、少し離れたところからついじーっと食い入るように見ていた。……くっ、流石我が義弟。俺のツボを、よく解ってらっしゃる!
清楚系お嬢さん、お持ち帰りしたい。
……なんて、アホな考えはさておき。
俺らの化粧もついに終わって、この仮装も長く続けられる訳でもない。さっさとこんな依頼、終わらせねぇと!
ってな訳で、慣れない格好でろくに身動きが取れない俺ら(ぶっちゃけ俺だけ)の為に、シャラさんはギルドの馬車を用意してくれた。馬車を待つ時間さえも、早くしてくれと願わずには居られない。
表の通りが見える店の特等席に座らせてもらいながら、シャラさんの馬車を待つこと数分。カタコトと音を立て、緩やかに店の前に停車した馬車にホッとしつつシャラさんを迎え入れようと席を立った。
途端、店の扉は勢いよく開けられて、そいつはその馬車に便乗してわざわざやって来たようだった。誰か、なんて言うまでもない。他人事決め込んであっさりと俺だけ売ってくれた呑気な深月君以外の何物でもないのだから。
ばっちりと目が合い、開口一番。
「なっ……みづ――――」
「はあ~……詐欺だろ。せっかく大笑いしてやろうと思ったのに」
バカにしているのか、貶しているのか解らないコメントされた。
「……深月君、ちょっといいかな?」
「ん? なんだよディオ子ちゃ……」
……取り敢えず、誉めていないことは解ったので、にっこり笑って敵意がない事を示しながら近づいた。自分でも驚くほど滑らかに移動出来た。些細な事ではあるけれど、その事を嬉しく思いながら――――俺は俺の敵をまた壁に向かってぶん投げてやった。
「うぺっ?!」
ふん、ざまあみろ。
でも、御者台から降りて来たシャラさんは、俺らの姿に呆れた様子で溜め息をこぼしていた。
「ディオさん、女の子がそんな事しちゃダメですよ。おしとやかにしてください」
「……すみませんね」
解せぬ。すごく解せぬ。
「でもシャラさん! またなんでこんなの連れてきちゃったのさ?」
「どうしてもってついてきてしまっただけですよ。でもほら、大丈夫でしたでしょう?」
非難も込めて声を上げれば、俺の方が気にし過ぎなのだと言わんばかりに肩を竦められた。一体この現状の何が大丈夫だって言うんだ、何が。
つれなくて涙がちょちょ切れる。
俺の不満なんかに構っていられない。まるでそう言わんばかりのシャラさんの行動は早かった。
「それではミヅキさん、私達はソアラさんたちのところに向かいますので」
これで失礼いたしますねと、深月君に対してきれいに一礼した。彼の方ものそのそと身体を起こしながらにやりと笑う。
「ああ。解ってるよ。こっちこそいいもの見れたよ、ありがとう、シャラさん」
「いいえ、こちらこそ。お褒め頂きありがとうございます」
シャラさん、もしかして俺らの出来栄えを誰かに確認して欲しくて深月君連れて来たって事はない、よな? ぺろっと小さく舌を出してくすりと笑っていた姿が小悪魔にしか見えなかった。
「じゃあディオ、そろそろ街に戻んないとだし、オレはここで失礼するよ」
「ん? ああ、道中気を付けててね。あと、エクラクティスによろしく」
「そっちも。じょ・そ・う、頑張れよ~」
「……ああ、うん」
言いたかったのはそれか、この野郎。にやにや笑いを止めようとしないその顔ひっぱたいてやりたいくらいだけれど、横からの威圧がすさまじくて動けそうにない。故に、「それじゃ!」 と、長居は無用だと踵を返した深月君に一矢報いる事が出来なかった。
「それではディオさん、ラズさん、行きましょうか」
「はい……」
いつもは癒しを与えてくれる笑顔も、今日ばかりは精神と体力を削って来る。もう、疲れ切って反論も出てこない。
諦めの境地で大人しくラズを手招くと、こちらも緊張した様子で一歩一歩慎重に歩みを進めてやって来た。どうも裾が長すぎるらしい。
俺もラズも、どうにか馬車に這い上がって、席に浅く腰かけしおらしく座るのに一体どれくらい時間がかかった事だろう。
そもそもしおらしくっつっても、深く座るのもしんどいし、背もたれになんてもたれかかったら馬車の揺れがダイレクトに伝わってきて身体が痛いのだから仕方ない。
兎に角、ソアラさんの待つ宿屋へ一刻も早く付くことを願っていた。
ああ、息が詰まる。体がおかしくなりそうだ。物理的に。
この状態で、ちゃんと依頼をこなせるのか。それだけがただ、不安要素でしかないのだ。




