《閑話》 俺だって、飲みたい ―再来、ポホルジュースな夜―
話の性質上、途中から読みにくくなります
ご容赦ください
その酒場は人目を避けて、喧騒を避けて、大通りから一本入った場所にある。
冒険者達が祝い酒を酌み交わす、賑やかな酒場とは打って変わって、ムーディーな雰囲気漂うそこに、今日も人の姿はない筈だ。
その静寂を壊すつもりで俺は、勢いよく扉を開け放ってやったのだ。
「イクスカーロン!」
ばたん! と騒々しいくらいに扉は壁に、叩きつけられた。
ほら、案の定誰も居ねえ。静かな酒場なんて、冒険者が酒場の客層占めるこのご時世流行らないからやめちまえばいいのにな。なーんて、口が裂けても言えないが。
驚いた様子のイクスカーロンが、磨いていたグラスから顔を上げた。
「よお、ディオ坊。またえらくご機嫌じゃないか。どうした?」
「ディオ坊はやめろ。……それより、いいもん持ってきたぜ!」
どん、と得意げになってカウンターに乗せてやる。
「ドラゴンキラーじゃないか。それが、どうしたんだ?」
そう、先日新たに購入した、竜ころしだ。いや、もうほんっと。この瞬間をどんなに心待ちしたことか。
ただ、可愛げもなく(……いや、おっさん相手に可愛げもクソもないが)、一目で銘柄を当ててしまう。まあ、ビンに書いてあるしな。仕方ない。
「さあ、今すぐこれ一本、全部飲め! そして酔いつぶれろ!」
にやり、つい、口角がつり上がってしまうのは致し方ない。我ながら、なかなかの悪人面仕様だ。けどにやにや笑いが止まらない。
ああ、未成年な良い子のみんな、もしくは成人してはいるが酒の味を覚え始めた年頃のみんな。
…………そうだな、例にあげるなら大学生のそこの貴様!
悪のりで、ヒトに酒がんがん飲ませんのはダメだぞ! 逆もまた、しかり。体に悪いからな!
え? 俺がイクスカーロンにやっていることは、無理矢理飲ませるのと違うのか、って?
……ふ、バカだな。俺は、いいんだよ! 俺は! 棚の、たかあーい所に入っているからな。気がつかないもんね!
ただ、イクスカーロンには呆れられたらしい。
「お前なあ……そんなんでどうにか出来るって、本気で思ってんのか?」
くっ……これしき。この前の羞恥プレイを思えば屁のカッパ!
「遠慮すんなって! さあ、飲め! ぐぐっと! ビンごと!」
「……構わねえが、同じノリを他人に強いるなよ?」
「やるわけねぇだろ! バカにすんな」
なんて堂々と言ってやれば、諦めたようにビンを手にした。ビンの詮を抜き、その香りを香っている。
…………ただ。
ただ、後から思えば、俺はどうしてこの時点で『決した』と、解らなかったのだろうか? まあ、うん。それほど浮かれまくっていた、とも言えるが……。この時はまだ、そんな事を微塵も考えていなかった。
そして同様のビンが、どん、と俺の前に出された。
ひく、と、つい、頬が引き吊ったのは、仕方があるまい。
「なら、ほら。勿論、お前も飲んでくれるよな? 客が居るのに、店主が一人で飲む訳にはいかねぇだろ?」
「ええ~~……」
「安心しな、中身はポホルジュース。……まあ、この前は酒入ってない癖に酔っていたが、それならお前も飲めるだろう?」
「………………解った」
まあ、ジュースなら、いい、か? 流石に、今度こそこのノンアルコール。酔うわけがない。
この前のあれは………、そう、空気に酔ったんだ! ここは酒場だからな! 揮発した酒が溢れてたせいで、俺は酔ったんだ!
あーあ、そっかー。俺、前世で下戸だったせいで、酒の匂いはダメなのかー。
まあ、仕方ねぇよなあー。匂いばっかりは。酒場の片隅にいるいぶし銀、憧れていたんだけどなあー。
長く居座れないっつーのは、酒場で命取りだよなー。
でもほら! この前、酒なら飲んだしな!
ドラゴンキラー! 結構平気だったし、俺でも酒、飲めるようになった! 前世の下戸は、今世にて改善された……!
ひゃっほーい!
………………………………………………………………。
…………なんて、考えた時が、俺にもありました。
「あーあァ? 甘い甘い。こんなん、食前酒にもなんねぇよ」
俺と、イクスカーロンで一本ずつ、ビンを空け始めて数分後。イクスカーロンに、そんな事を言われて絶句した。
ビンの底を持ってぷらぷらとひっくり返して見せてくれるが、一滴たりとも落ちてこない。
ええー?! 嘘だろ?!
あっという間に、ドラゴンキラーはそこを尽きたようだった。
うーそーだーろー!!
俺なんてまだ、ビン半分もポホルジュースを消化できていないのに! なんでだ、なんでだ?!
「おい、イクスカーロン! お前、捨てたりしてねぇよな!」
「そんなことするかよ。お前の目の前で俺が飲んでいるの、見ていたクセによ?」
呆れた顔を返されて、一瞬納得してしまいそうになる。いやいやいや! 俺は騙されない!
「絶対嘘だ! 解った、あれだろ! 揮発させて飲まなくしたか!」
「バカ言えよ。揮発したって、そんなに減らないだろうが」
「あー嫌だわー! わざわざ竜人の街で買ってきたっつーのにさ! ちったあ味わって飲めよ!」
「……ディオ坊。頼むから、ポホルジュースに酔うのはやめてくれねぇか?」
「酔ってませんー。だから、ジュースでどうやったら酔えるっつーんだよ! この前ドラゴンキラー飲まされた時は流石にふらふらしたけどな、それもあっという間に酔いが覚めたくらいだ。俺は、酒に強くなったんですー」
「…………それのどこが酔ってないのか、解りやすく説明して欲しいところだぞ。……はあ、仕方のない奴だなあ……」
「おーいー、余計なことすんなっつってんだろ!」
「解った、解った。……ああ、もしもし。宿屋《黄色の蝮》か? イクスカーロンだけど。――――ああ、その通りだ。また、――――そ、ディオ坊の奴、まーたポホルジュースに酔いやがった。悪いけど、弟寄越して――――え? もう数分前にこっち向かった? ……マジか。そりゃ、ディオ坊も拗ねるわな」
「今晩はー! ディオ兄ちゃん、ここに居ますか?」
「ん? ああ、噂をすればなんとやら、だ。ああ、ありがとうな」
「――――さて、また来てもらって悪いなラズ坊。お前の兄貴なんだけど」
「んもー、お酒ダメなら来なきゃいいのに……」
「ははっ、もっと言ってやれ。そういや、この前のディオ坊の反応はどうだった?」
「ああ、うん。眠りを覚ますキスってのは、目を離した時に兄ちゃん起きちゃったから、為損なったけど……。兄ちゃんが起きた時に、『お目覚めですか、僕のお姫様』って、教えてもらった通りに言ったら、一時間正座させられて怒られた……」
「あちゃー……。そりゃ、姫を眠りからちゃんと覚ましてやらないから……」
「ええ~……。でももう、やだよ。兄ちゃんが一緒に寝てくれなくなるもん……。一人で床に蹴り落とされるのやだ」
「ほんとに、ロクな脅しをかけないなあ。さっさとベッド二つの部屋借りろよなあ」
「料金高いからダメって」
「……ふむ、ならラズ坊。こんなのはどうだ?」
「え、何?」
「ちょっ、耳貸せ」
「ちょっと、痛いって、引っ張んないでよ!」
「ごにょごにょごにょごにょ」
「……そんなんで、兄ちゃん、喜んでくれるかな……?」
「おー、喜ぶ喜ぶ。さあーさ、この酔っ払い連れて帰ってやんな。起きたらお土産、ごちそーさんって伝えておいてくれ」
「うん、解った。おじゃましましたー」




