竜には竜の掟がある.6
「ティーダはまだ、元服の儀を終えていない」
竜の住む里の、リューシュさんの家に俺らはそろって招かれた。
竜人の街と打って変わって、高床式の日本家屋のような住居だった。山の中だし、木材資源の方が豊かだからだろう。
居間とも呼べる空間に、円陣を組むようにして一同座ると早速、リューシュさんは切り出したのだ。残念ながら、あの胸くそ悪いクソイケメンと、ラズと戦っていたという、手当てを受けた屈強なダンディー戦士まで参加している。
ああ、ダンディー戦士の酒はもう抜けたらしい。早すぎだろ。
あと手当ては勿論、ラズも受けた。とはいえ、その……。
ラズの回復力がおかしいのか、俺に突撃して来てきた直後は、めちゃくちゃ痛々しい生傷があちらこちらにあった。だと言うのに……うんまあ端的に言えば、先程の生傷が、もうほとんど治りかかっているのだ。ウチの子、まじで恐ろしいのだが。
とはいえ、心配だったから「大丈夫か」 と訊ねれば、屈託ない笑みで「兄ちゃんがいるから大丈夫!」 って返された。うん、因果関係が解らなさすぎて、言葉も出ない。
そんなラズは今、俺の膝の上で黒竜達の視線から、少しでも不安が減るようにしがみついてきている。中でも特にリューシュさんの視線に居心地が悪そうにし、他二名からは俺の腕を盾にして隠れている。
……正直言ってその隠れ方、無駄じゃねえか? ま、いいけど。
えーと……、それはさておき。リューシュさんが早急過ぎて、何も言えなかった。
多分それは、リューシュさん以外の皆も思ったらしい。
「えーと、な、リューシュ。ちょっと待とうか」
おやっさんが仕切ってくれるようで、リューシュさんにそう切り出した。かく言う当人は、凄く不思議そうにしているけどな。解っていないのは果たして俺らなのか、彼女なのか。
「順に追って聞いていいか?」
リューシュさんに突っ込む事はせずに、おやっさんは他の野郎共に訪ねた。
よくよく考えたら、おやっさんが居てくれてよかったわ。もしこれでおやっさんが居なかったとしたら、俺はとっととラズと帰っただろう。
おやっさんは改まったかのようにして、こちらに目を向けた。
「先に聞くが、ラズ。あの雪崩を起こしたのは、お前だろう?」
「ええ?!」
おやっさんのまさかの発言。それに驚いたのは、俺だけだった。つい、その表情をまじまじと見返してしまう。冗談……とかでは、ない。
そしてそれは、義弟によっても肯定される。
「うん、やった」
ああ、人の話を聞いていて目眩がするって、こういう事か。なんつーはた迷惑なって事と、あれで俺は死ぬところだったんだぞって事。どちらから言えばいいのか解らなくって、額に手を当てた。
……ああ、手の冷たさが心地よいな。
「ラズ、理由は言えるな?」
「だって……兄ちゃんが…………」
ええ?! 俺のせい?! なんて、驚かされたのも一瞬で。
「ここが近くになればなるほど、僕の事が里の誰かに気がつかれて、攻撃されるって解ってた。だからそれよりも先に、兄ちゃんに離れて貰っただけだもん」
ぎゅっとしがみつかれて、そんなことするなと怒ればいいのか、守ろうとしてくれてありがとうとお礼を言えばいいのか、解らなくなる。
……いや、ダメな兄だなって自覚はある。そして、どっちを言ってやればいいのかと、つい迷う。
……ああ、どっちも必要、か。考えるまでもない。
「ラズ」
呼び掛ければ、こちらを見上げた。
「守ろうとしてくれて、ありがとうな」
「うん!」
ぱっと輝いた表情に、でも、と、付け足してやると、先に言われる事が解ったのだろう。急に、視線を合わせようとしなくなった。
だからその頬を両手でつかんで無理やり顔を上げさせれば、叱られると解ってびくつく子犬みたいな表情があった。そんな顔されても、俺が言う事が変わる訳ではない。
「でもラズ? 雪崩はダメだろ。あれのせいで俺は、死ぬかと思ったんだからな」
「ごめん、なさい」
きっぱりと言ってやれば、目の前の姿はしゅん、と肩を落としていた。その姿からは、一体何処まで反省しているのか図りかねる。なーんか、あんま悪いことしたって思っていないような気がするんだよな、これが。
……うん、まあ、ここでほじくりえしても仕方あるまい。ラズはちゃんと謝った。反省もしてくれるだろう。次だ、次。
解決――――というか、知っておきたい話。ラズの事だ。
「なあ、リューシュさん」
本当はこの話するのは嫌だったけど、クソイケメンに一瞥をくれながらリューシュさんに訪ねた。
……余談だがこのクソ野郎、澄ました顔していてほんっとイラッとするわ。
無言の表情に促されて、先を続ける。
「ラズは竜じゃないから制御できない、って言っていたよな」
首肯。それを確認してからまた、続ける。
「ラズが、ここに来たがらない理由は、そのせいで他の竜に差別、あるいは除け者にされていたからじゃないのか」
睨み付けるようにして言ってしまった自覚はある。でも、確信を持ってそう告げてやった。
現に、クソイケメンの眉がぴくりと動いていた。当然、それを見逃してやる俺でもなくて、迫力も威圧感もない視線で牽制する。
表情が全く変わらないのは、リューシュさんだけで、「そうだな」 と、返ってきた言葉は、彼女自身も納得してないように聞こえた。
「ティーダの力は、強い。普通なら、私でなくティーダが族長やるべき」
「族長……!」
悲鳴のような、非難のような。つい、腰を上げたのは、やはり、クソイケメン。リューシュさんはそれに一瞥をくれて、先を続く。
「でも、ティーダは純血じゃない。だからそれだけのせいで、納得してくれないやつもいるし、ティーダを可哀想に思って見てるだけのやつもいる」
目の上のたんこぶっつーか、腫れ物扱いっつーのかね。なんにしても、素直に受け入れられていた感情はなかったらしい。
「前族長を食い殺すようなバケモノに、我らを束ねる長が勤まるはずがないと思いますがね」
ふんと、鼻を鳴らして噛みついてくるのは、やっぱりクソイケメン。こいつ、ほんと腹立つ。さっきから、何なんだよ。
それに応じたのは、他でもないリューシュさんだった。
「ミラルド。わざと喧嘩しないで」
「わざとではありません。自然と、そうなるだけです」
「そう。なら、弁えて」
「…………失礼致しました。ですが……ティーダ様は、こいつに……」
憎々しげにラズを睨むクソイケメン。ただ何となく理由は解った。こいつがラズの母親を何らかの形で慕ってたのだ、という事を。
「母が死んだのは、己の腹の息子よりも弱かったから。それは、母自らが言ったこと」
相も変わらず、淡々と告げるリューシュさん。ただ、彼女の言葉の中に、気になるものを見つけた。
母が、言った? 母?
……竜には、族長をそう呼ぶ習慣でもあるのかなあ、なんて、一瞬思った。けどクソイケメンは、リューシュさんを普通に族長って言っていたよな……?
…………って、事は……。
「ラズ、もしかしなくても、リューシュさんは実の姉、か?」
「…………知らない。そんなヒト。僕のキョウダイは兄ちゃんだけだもん」
こっちを見ようとしないラズに、答えは出た。
家族、居るんじゃねぇか。てめえ……。
なんて、そんな事を思ったのも束の間。ラズの、リューシュさんと俺との反応の差に、些か疑問を感じ得ない。
「ラズ、何がそんなに嫌なんだ? 里の奴らが陰口叩こうが、気にする事ないだろう?」
「……嫌に、決まってるでしょ!」
ぎり、と、歯を食い縛ったかと思うと、ラズは声を荒げていた。
「みんなみんな! 僕を遠巻きに見ちゃってさ! 言いたいことあれば、僕に直接言えばいい! 僕が目障りならば、僕を消しに来ればいい! だというのに!」
吐き出すように、訴えるように。それまで一度として言わなかったであろう言葉を、突きつける。
「リビヒッタシャーリンメリューシュだって、同じだ! 谷に行けば突き落とすし、まだ爪も牙もなかった頃には霧の巨人の前に放り出された! あの日だって、僕をふんじばって木にくくりつけて、ぶん投げたじゃないか! 殺す気だったんでしょ!」
言い切って、泣きそうな顔が胸に飛び込んできた。俺はそれを抱き止めた訳だけど……。
えー……嘘だろ……? リューシュさんが、そんな事するようには見えないのだが。いや色目、とかじゃなくて。純粋に、今の話を聞いていた感想。
なんと言うか……ラズが言っていた事と、むしろ、その逆、というか……?
リューシュさんを伺うと、責められて、ただじっとこちら――――すなわち、俺の肋骨折る勢いで顔を押し付けてきている姿を見つめている。変わらない表情から、何が言いたいのかは解らない。けど、少なくとも、ラズの言う通りではないような気がするんだよなあ。
……それとも、ああ。
ひょっとしてだけど。獅子は子を千尋の谷に落とす、ってやつ、か? だとしたら、かんっぜんに裏目に出ちゃってるよ、リューシュさん……。
何も言わないせいで、一番物騒なところ、肯定しているようなもの、と、ラズは捉えているらしい。
……まあ、ラズが誤解するのも……仕方ない、か? 本来ならば次期族長だったのに。亜種であるが故に、周りからは勝手に憐れまれて、嫌煙されて。リューシュさんもそこに、特別言葉でフォローを入れたりはしなかったんだろう。
変わりに、多分だけど、族長と認められるだけの実力をつけさせる為なのか、ひとりでも生きていけるようにする為の特訓だったのか解らない。でも、いじめ紛いの事をして、ラズを鍛えていた?
ええ~……すれ違いにも限度があるっていうか……。俺、いい方に解釈しすぎ?
いやいやいやいや。
これ、どうにか正さないとダメ、なのか? めちゃくちゃ、めんどくさい気しかしないのだが。ダメなんだろうなあ。おやっさんもダンディー戦士も、完全に俺と同じこと思っちゃっているらしい。どうしたもんかなあ……。
クソイケメン? 知らね。
「リューシュ、これだけは教えてくれ」
先に、口火を切ったのはおやっさんだった。
「リューシュが昔に元服の儀を行おうとしたのは、早急にラズ――――ティーダを、ここから出してやる為だったんじゃないのか?」
うん、確信を突いた質問だわ。それに自然と、俺らの視線もリューシュさんに集まる。
その注目に、リューシュさんは初めて耐えられなくなったようだった。ふと、その瞼を伏せて、吐息をこぼす。
「……ティーダがここにいるの、嫌がってたから。元服してしまえば、周りも文句言わない」
はい、言質は頂いた。一先ず、意地悪な継母――――じゃなくてお姉さんじゃなくて良かったじゃないか。
……ていうか、なんでおやっさんそんな事解ったんだ? ひょっとして、今の会話の中に、元服の儀とやらがあったのか?
うーん、俺の知識では、解らない。
「えーと……ねえリューシュさん。元服の儀って、何やるのか聞いてもいいか?」
こくりとリューシュさんは頷く。特別、内密にしておかないといけない訳じゃなくてほっとした。
実は竜にも成人式的なイベントがあるのか、なんて、さっきから感心していた。ただ、返ってきた答えに、俺は――――俺だけでなくラズも、驚かされることになる。
「切り出した生木に、元服するこどもをくくりつけて、親が、その木を空に投げる」
「はい?」
え? え? 嘘、だよな?
「落下してくるまでこどもが耐えれば、それで儀式は完了する」
「えーと……」
ちょっと、言葉が出なかった。
え、何その辺境の地の部族がやるような元服の儀式。あれじゃん、元服祝いに崖から飛び降りる、ってやつ。
つまりラズが最後に言っていた出ていく極めつけが、それだった、と。木にくくりつけてぶん投げるとか、ぶっ飛びすぎてて想像つかない。
リューシュさんの説明に変わったのは、ダンディー戦士。
「こどもにはその儀式がどのようなもので、いつ行われるかは伝えない習わしだ。儀式は、そのこどもの成長の度合いに合わせて行う」
だから、誤解してしまったのだろう、と。
…………おお、初めて声聞いた。すーげえバリトン。クソイケメンよか、よっぽどぐっとくる。
その続きを預かって、リューシュさんは語る。
「ティーダは同年の誰よりも、早くそれをやる予定だった」
ふと、言葉を切る様子は、多少なりとも落ち込んでいるようでり
「けど。くくりつける前に一暴れされて、投げた後に、ティーダは降りてこなかった」
しょんぼりと、リューシュさんは肩を落とした。流石にその姿を見ていたら、ちょっと、可哀想だと思った。
……けど、さ。その無表情でいきなり木にくくられたら、そりゃ、誰だってビビるわ。
仲違いしてるなら、説明も尚更必要だっただろうに。なんと言うか……不器用すぎる。
「だから、元服の儀をしていないティーダは、今もちんちくりん」
ふと、またこちらを見据えるリューシュさんの言葉のチョイスに、俺は笑うところなのか真面目に返すべきところなのか図りかねた。いや、うん。ラズがまだ小さいのって、亜種かどうかって部分が一枚噛んでいる気がしてならないのだが。
まあ、いいか。多分、誤解は解け……た、と思うし。仲直り、出来る筈だろう。
……まあ、膝の上のラズはまだ小難しい顔してるけど。
「ええ~……と、いや、うん。解った。ラズがその儀式をしたいっていうなら、やろう」
俺がそう言ってやると、ラズは信じられない物でも見るかのような顔を上げた。
「ラズ、お前はどうしたい? まだリューシュさんの言っている事が信じられないか?」
その視線をちゃんと合わせてやると、迷っているように視線がぶれた。
……なんだ。やっぱちゃんと、解ってんじゃねぇか。なんたって、二百才オーバーのお兄さん、だもんな? はは!
ならもう、ラズの答えを待ってやる必要もねえわ。
「リューシュさん、元服の儀をやろう」
「いい、のか?」
「ほら、ラズ」
膝に居座ろうとする姿に促しても、ぷいっと、他所を向いてしまった。ったく、素直じゃない。
* * *
場所を変えて、竜の住む里の外れ。代々元服の儀を行う場として、生木が斬り倒された事で出来た、広場がある。
その広場の中央に、切り出された生木は立てられた。生木の中腹にこれでもかと縛り付けられるのは、今日やっと元服を迎える我が義弟。
えーと、そんなにしっかり結ばないといけないとか、どんだけぶん投げるつもりなのよ。着地、大丈夫なのかなあ、なんて心配、あんま意味ないんだろうなあ……。
元服の儀ということで、ぱらぱらと他の竜が集まってきている。やはりそれだけ特別な事であるということか。準備の様子を、俺と、おやっさんと、ダンディー戦士が一番近くで見守っている。
あ? クソイケメン? 後ろにいるんじゃねえか? 知らね。
「ディオ」
着々と儀式の用意が整って行く光景をただ漠然と眺めていたら、真剣な趣でリューシュさんはやってきた。
「うん?」
「今、ティーダの親は貴方だろう。投げてやって欲しい」
「リューシュさん…………」
言われた言葉に驚かない訳がなかった。きっとほんとは、実の姉弟で、死んだ母親の代わりに育てたリューシュさんの方が、ラズの親と言えるだろうに。俺にそれを譲ることは、少なからず辛い筈だ。
実の母親とまではいかないだろうが、竜の家族への愛情は、それほどに強いと聞くから。
……気持ちはとても嬉しいが、俺はそれに応えるべきじゃないだろう。お呼びじゃない。
「ありがとう。でも、俺じゃあラズは投げれないからなあ……。持ち上げるのが精一杯だよ」
だからこそ、苦笑交じりにはっきりと断った。
っていうか、ラズ持ち上げるだけでも精一杯だよ。生木付きなんて、百パー無理だっつの。例え持ち上げてぶん投げたら、数メートルすら飛ばないだろう。肩の弱いやつがやる砲丸投げじゃないんだから。
しかも、ラズは痛い思いするだけだ。堪え忍ぶのは、恐怖じゃなくて、ただの擦り傷への痛み。
うん、アホにも程がある。
いくらなんでも、せっかくの儀式にそりゃないだろ。
「リューシュさん、貴女がやってあげてよ。まだ、ラズは納得しきれていないみたいだけどさ。ラズだって、ここを飛び出した時よりもずっと、成長しているんだから、貴女が投げる事に異論はないはずだよ」
たぶん。多分、な!
「ディオ……」
うん、そんな嬉しそうな眼差し向けないで。罪悪感しかないから。
「ありがとう」
ふわりと、笑った姿は一瞬で。不意のそれに、俺は目を見開いた。ラズとどこか面影のあるその笑みは、一瞬ながらも俺の網膜に焼き付いたようだった。
だが、本当にその姿は一瞬の事。颯爽としてラズの元に向かう姿を見送りながら、真っ赤になった自覚がある。
うーわ、なんだこれ。反則だろ。身悶えしていた俺の事に構う奴なんて、居るはずもなく。
「ティーダ、元服の儀を始めるよ」
「…………うん。お願い、します。……………………………………姉さん」
雪解けは、来る。




