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飛竜と義弟の放浪記 -Kicked out of the House-  作者: ひつじ雲/草伽
三章 ドラゴンタクシーの日常
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竜には竜の掟がある.3

 

 おやっさんの言葉が真実だと知るのに、そう時間はいらなかった。


「――――――――いちゃ――――て……!」


 うすらぼんやり霞んできた視界の中、がくん、と、揺さぶられてはっとした。


「ディオ兄ちゃん、大丈夫?!」

「ん……あ、ああ………………」


 ヤバイ。今ちょっと寝てたわ。

 雪の中で眠るとか、確実に永眠コースですね。解ります。



 目の前で、心配そうな姿がのぞきこんでいた。大丈夫だ、と、言おうとして、喉が異様に(かす)れた事に違和感を覚える。

 ……なんだ? 喉の奥が、焼けているみたいに熱い。おまけに、真っ直ぐ体を起こしていられない。何もしていないつもりなのに、前に後ろ、だけじゃ飽きたらず、左右にも体が振れる。


「どうだ、少しは体が暖まっただろ?」

「暖まっ――――……? わぷっ……?!」


 なんだ、これ?! しゃっくりした拍子に酒臭い!

 びっくりしてこの匂いが何処から来ているのか、と辺りを伺ってみれども俺自身が臭いとしか思えない。


「あー、やっぱ強すぎたか」


 ……強、すぎた?


 そこまで言われて、漸く気がつく。

 つまりセントバーナードのレスキュー犬のように、このおっさんに酒を飲まさせられたと。そういうことかよ!

 うーわ、最っ悪! 頭、クラクラするんすけど!


 おやっさんの手元を見れば、そこにはイクスカーロンの為の竜殺し(ドラゴンキラー)が! そこそこ値の張るドラゴンキラーが!

 ううううっっそおぉぉぉだあああぁろおおおおおお!


 っていうか俺、酒臭すぎ! 意味がわかんねぇ! 最悪!!

 それよりも、イクスカーロンの為のいたずらがああああぁ……!!


 がくっと、俺が膝をついたら、ラズが隣でびくりとした。てめぇが出したのか。……ちっ。


「こら、ディオ。あんまそう、恨みがましそうにしてやるなよ。これくらいなら、また買えばいいだろ?」

「まあ……解ってるよ、それくらい。けど……」


 半分ほど空けられたそのびんに手を伸ばし、振って中身を確かめる。確かにまだ、半分以上は残ってはいるが、なんかこう、悔しさしかない。

 溜め息をこぼして「ありがとう、ございます。お陰さまで、助かりました」 なんて、少々拗ねた風にお礼を言ってしまう。


「今度ウチに来た時にでも分けてやるから、そう拗ねるものじゃないぞ? おれの自家製、とっておきをやるから、な?」

「イエ、ダイジョウブデス。ゴコウイカンシャシマス」


 おやっさんに苦笑されて、ますます不本意。なんかもう、その残り酒でいいから全部、あいつ(イクスカーロン)に盛ってやる。そうでなければ、俺の気が済まない。


 ………………………………なんで俺、こんな目にあってんだ?

 いや、そうじゃ、なくて。


 …………………………で、なんでこんな目に合ってるんだっけ?

 じゃなくて! 違う! そこから離れろ、俺!!



 ああー! くそっ! 頭切り替んねぇじゃねぇか!

 はあ。もういい。



「……それで、俺はどれくらい寝ていた?」

「さっきの山から一つ、越えるくらいだよ。あれ以上飛ぶのは危険そうだったから、降りてもらった。すまないね」

「半分……。あ、いや……」


 って……うわ、マジか。最悪。予定ではもう少し先行っていたどころか、もう目的地周辺についていてもおかしくない頃合いだ。だというのに……申し訳ない事をしてしまった。運送屋失格じゃねえか。


「こちらこそ、お手数かけて申し訳ない」


 漸く少しだけはっきりしてきた意識にお礼を言えば、おやっさんに申し訳なさそうにされてしまう。悪いのは、ちゃんと準備をしなかった俺の方なのに。なんでそんな顔をされてしまうのか。


「ええと、そうすっと俺のせいで到着が遅れてしまうな……。予定を少し変更しねぇと……」


 地図を取りに行こうと立ち上がったら、そのつもりは全くないのにふらふらよろよろしてしまう。

 すーげえ、足元が定まらない。こんなに千鳥足になりながらも意識がはっきりしているだなんて、初めての経験だ。


「ああ、いや、その心配はいらないよ。それよりもディオ、危ないから座ってなさい」

「んえ?」

「兄ちゃんほら、危ないって!」


 それを見兼ねたラズに腕を捕まれて、すとんと、へたりこんでしまう。踏ん張りすら効かないとか、どんだけだよ。

 それよりも、『その心配はいらない』 ってどういう意味だと首を傾げずにはいられない。


「もう、少し行った先に歩きで登るための坑道がある。そこを通り抜けると、丁度竜の住む里が見えるくらいの位置に出る。ここまで来れば直ぐだから、あとはおれ一人で歩いて行くよ。ありがとうな」

「あ、いや……」


 途中までなんて無責任な事、と、思ってしまう。でもぎゅう、と、にわかに俺の腕を握っていたラズの手に、力が入った事に気がつく。その唇を噛む表情は、不安と恐怖がない交ぜになっているらしい。

 ……言いたいことは、何となく解るが、聞いてやれそうにない。


「マーヤセレルさん、途中までになってしまいますが、送ります。せめて、里が見える場所まで」


 そう、はっきり告げてやれば、おやっさんには驚かれ、ラズには非難めいた視線を投げ掛けられた。しょうがないやつ。


「ラズ」

「…………止めてもどうせ、行くんでしょ」


 諭すように呼び掛ければ、深く溜め息をつかれてしまう。それに俺が応える言葉は決まり切っている。

 だからだろう。ふとラズは山の向こう側を見るように、遠くに視線を投げていた。多分、行くか行かないかを悩んでいるのだろう。



「僕は……行かない。ここで待つ」

「ああ、悪い。なるべくすぐ、戻るから。エンマも、ラズと残ってくれ」

「好きにすればいいでしょ!」


 ラズとエンマの了承を、押し付けるようにして決めさせる。おやっさんには、別に気にしなくていいと言われたけれども、既に金を払っている身としては、どうしても譲れなかった。

 たとえ、ラズにまたへそを曲げられたとしても、こればっかりは放棄してしまう事は出来ない。



 ラズたちの気が変わらない内に、さっさと送ってしまうべきだろう。そう判断した俺は、上着の襟を正して手摺に寄った。


「それじゃあ、ちょっとそこまで行ってくるから」

「あ、待てディオ! 飛び降りるのは――――」


 これだけ積もってりゃ、飛んで下りても痛くないだろ。そう思って、カンタンに飛び降りたのだが。

 ずぼぼぼぼーっ、と。飛び降りた反動で、胸の位置まで雪に埋もれる。……なんだ、こりゃ。雪、すんごい深いんすけど。



 どうやらまだ、酒のせいで判断力低下していたらしい。ああ、酔ってたせい、酔ってたせいだ。急激に冷静になった俺は、失笑してしまう。つい、頭を押さえて、上から顔が見えないように堪える。

 うーわ、酔ってた方がマシだったかも。めちゃくちゃ恥ずかしい。


「大丈夫か?!」


 おやっさんに心配されて、余計に恥ずかしい。


 エンマが仕方なさそうに、俺のマントのフードをくわえて引っ張り上げてくれた。お陰で助かった訳だが、どうしてくれよう、この羞恥プレイ。慌てて降りてきたおやっさんの手も借りて、そろり、雪の上に立つ。

 何故エンマは雪上に乗っているかって、そりゃ、固まっている表面を踏み抜かないように下りたから、ですね。はい、解ります。


 うーん、まだなんか足元覚束(おぼつか)ない。


「ありがとう、エンマ。助かった」


 お礼を言えば、バカを見るように鼻で笑われた。つらくは……ない! 間違ってないもんな! うん、俺がちょっとバカだった!

 あーもう、ぐだぐだにも程がある。今日はとことんツいてない。


「…………こほん。それで、マーヤセレルさん。その坑道はどちらでしょう?」


 どんなに取り繕ったとしても、()まりがないのは致し方ない。今さら(あきら)めるしかないだろう。それもこれも全部、酒を飲んだせいだ。ふんっ!


「ああ、こっちだが……」


 ただおやっさんは、滅茶苦茶ラズを気にしてくれているらしい。振り返ってその姿に目を配ってくれるから、俺も習って見上げた。こちらを見下ろしている姿に、軽く手を振ってやる。でも俺だけ眉をひそめられた。解せぬ。


「早く行きなよ」


 うーわ、めっちゃ不機嫌なのな。珍しく、あしらうようにそっぽを向かれてしまった。

 まあ、しゃーないけどよ。


「ああ、すぐ戻るから」


 おやっさんの背中を押して、早く行こうと先を急かす。足元がふらついたのは仕方がない。

 これ以上、ラズの機嫌が悪くなられても困るからな。後が大変だもの。そう、後が、だ。笑っておこう。はっはっは!

 颯爽と去っていく俺らの背中を、ちくちくした視線がずっと見送っていた。気にしない、気にしない!



 しばらくそうしていたら、流石のおやっさんも諦めたらしい。「良かったのか」 なんて、わざわざ確かめてくる。良かったも何も、全部今更過ぎるが。


「構わないさ。ラズだってバカじゃない。俺らが受け取った仕事の対価は、貴方を竜の住む里までの道のりを空路で届けること。それを、俺のせいで諦める羽目になったんだ。これくらいは当然だ」


 口にしてから、しまったと思う。客に対しての口の効き方でなかったことに。そして物凄く、自分本意な理由で送ると行ったことに。


 少し冷静になれば解った筈だと言うのに、それが全く出来ていなかった恥ずかしさ。

 つくづく、一番のバカは俺じゃないか。なんて思う。


「まあ、ディオがいいというならばいいが、あとでちゃんと、謝ってやんな。見ていて可哀想だ」

「……解ってる」


 たしなめられて、つい、溜め息をついてしまう。

 つまらない『兄弟喧嘩』を怒られたのは、いつ振りだろうか? 幼い頃にあったような気がしなくもないが……多分、前世から数えて久しい筈だ。なんというか、こう、バツが悪い。



 雪の中を歩くこと数分。……数分とはいえ、今までやったことがないくらい、滅茶苦茶気を使って歩いていた。

 そうでもしないと、雪を踏み抜きそうだったせいだ。またさっきみたいに埋もれるなんて、したくない。おやっさんの手を煩わせる事になる。


 漸くたどり着いたのは、吹雪によって自然にえぐりとられた岩場の陰だった。そこだけぽっかりと口を開けたかのように、雪すら積もっていない。不思議。

 足元に深く積もっていた雪も、そこに近づくにつれて浅くなっているらしい。


「ここらは地熱が高くてね。周りは雪に閉ざされているが、竜の里とその周辺だけは、外の街と変わらない気温だよ」

「へえ……」


 地熱……。ここらにも火山帯が走っている、ってことか? 最も、地熱なんてものがなくても竜が凍死することなんてないんだろうなあ、なんて。

 爬虫類っぽい見た目のくせに、(あなど)りがたし。



 足を踏み入れた洞穴は、坑道と言うだけあってヒトの手が入っているらしい。荒削りされた岩肌に、しっかりと爪痕がついている。

 えー……これ、誰かが素手で掘ったのか? あり得ねー。


 ひゅうううと、時おり、低く坑道が鳴く。風が通っているらしい。

 どれほど先は長いのか、薄暗いせいで奥が全く見通せない。……しまったな。光源持ってくるの忘れた。



 ここまででいいぞ、なんて言われそうだったから、一歩、中へと踏みいっていく。俺が帰る気無いことを感じ取ったおやっさんは、溜め息だけをこぼしていた。

 悪い、おやっさん。こんなガキに付き合わせちまって。


 なんて内心で謝罪していた、その時だった。

 どんっ! と、下から突き上げるような揺れに、足を取られて驚いた。


「っ、なんだ?!」


 叫んだものの、俺の声は通らなかった。

 どこかからともなく、『ずずず』と、とてつもなく重いものが引きずられているような音と揺れとが響いて来た。雪原にどうしたらそんな音が立つんだと聞きたくなるような、有りえないくらい重たい物が地に落ちたような音がした。


 その度に、細かく地面が揺れている。

 ――――――雪崩だ。と。

 無意識の内、ぼんやりとそんな事を思う。


「うわ?!」


 思ったいたら、おやっさんの肩に担がれていた。


「くそっ!」


 毒づくおやっさんの肩が、走る振動に合わせて腹に食い込む。おえっ、中身出そう、痛い。


 なんでそんなに必死に走っているんだ? そんな疑問も、刹那に吹っ飛ぶ。入り口から入っていた光が、ふっと閉ざされ掻き消えた。


「あっ……!」


 光源が失せる瞬間、微かに見えたその光景――――次から次へと、波のようにこちらに押し寄せる、雪の流れだった。あのままぼけっと入り口にいたら、間違いなく雪崩の下敷きにされていた。

 想像するだけでもぞっとしない。


「悪いディオ! 明かり付けてる余裕がねぇ! 捕まってろ!」


 背中の方でそんな事を言われたが、雪崩の音にかき消されていく。

 捕まれって、一体何処に? おやっさんのズボンの腰ひもか? ……いやいや、冗談だ。そんなことして腰ひも引き抜いてみろ、バカでもどうなるかなんて解る。


 竜人は、夜目も利くのだろうか。夜目っつーか、暗視赤外線機能でもついているのか? どれくらいの速度でおやっさんが走っているのかも不明だが、担がれていながらにして、その足取りに迷いがあるようには感じられなかった。


「っ……あり、がとっ……!」

「気にすんな。それより喋んな。舌を噛むぞ」

「ああ!」


 しかし……ちょっと見送るつもりが、そうもいかなくなっちまったな。

 ラズ達は、大丈夫だろうか? 散々心配かけて別れたっていうのに、これじゃあ尚更心配しかかけねぇよな……。


 けど、今は。おやっさんに頼りきるしか、俺にはどうにも出来ない。

 視界はゼロ。足元不安定。反響して何処から聞こえているのか解らない地鳴り。そして、雪崩による微振動。

 そんな中、正確におやっさんの後を追えって言われても、無理の一言に尽きる。


 ……はあ。情けないな。ホント。

 ラズが怒るのも、無理、ねえか。

 

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