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飛竜と義弟の放浪記 -Kicked out of the House-  作者: ひつじ雲/草伽
三章 ドラゴンタクシーの日常
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竜には竜の掟がある.1

 

 レバンデュランに遠出の冒険者を紹介してもらって、早一週間。


「こんにちは、(あきな)いやっているかい?」


 その日、ギルドで客待ち()をしていた俺らの元にやって来たのは、竜人のおやっさんだった。

 タクシーを始める前に、散々家具を買ったのがおやっさんの所だ。本職は竜鱗加工を行っていると聞いているけど、材料の都合もあって手慰みに家具や調度品も作っているそうだ。


「勿論やってますよ」


 やった、客だ!

 俺は席を立ちながらおやっさんを迎えて、椅子を勧める。いそいそと広域の地図を広げては、何処まで行きましょう? なんて尋ねた。


「こんにちは……」


 今日も安定して、俺の影からラズは物申す。竜人を見たことない筈はないんだけど……。多分、何処と無くかもし出ている、おやっさんの雰囲気に押されているのだろう。


 なんて思っていた直後に、俺らは驚かされる事となる。


「おや、竜の子だね」


 びっくりし過ぎて穴が開くほどおやっさんを見てしまった。つい、「解るんですか?!」 なんて訪ねると、豪快に笑われた。


「はっはっはっ! まあ、そりゃなあ。こちらとら何十年と竜の暮らす里に出入りして、竜鱗を譲ってもらっている身だからなあ。それくらい解らないと、商売上がったりだ」


 ああ、なるほど。確かにそれだけ竜を知る機会のあるこの人ならば、それくらい解るのだろう。興味ある。ちょっと話を聞いてみたいな、竜の暮らす里について。

 なんて、思っていたら。


「こんな高位の竜を連れてる兄ちゃんは、竜使い(ドラゴンマスター)なのかい?」

「ええ?! 俺が? まさか!」


 びっくりし過ぎて、つい、素が出た。それに気がつく余裕もなく、ぶんぶんと激しく首を振ってしまう。


「俺は、ただの――――」


 ただの、何だろう。言いかけて一瞬、考えてしまった。

 ただの、運送屋? これか?


「運送屋――――ですよ」


 はたと気がつき、慌てて言葉を直した。けどそれが余計にツボだったみたいで、げらげらと腹を抱えて笑われてしまった。


「――――っとと、失礼。余りにも笑かしてくるから、つい、ね」

「えー、まあいいですけどー……」


 確かに俺は、おやっさんの所で買い物するにあたりめちゃくちゃ砕けた接し方をした。だから、今さらそれはないだろうと、そういうことか?

 だからと言って、そこまで笑うことないのにな。ったく。わりいわりい、だなんて、目に涙浮かべながら言っても、何の説得力もありゃしない。


「たまには里帰りしたらどうだい?」

「里帰り? 竜にそういう習慣って、あるんだ」


 はじめて聞いたそのイベント事に、少し驚いた。ラズのやつ、そういうこと全然言ってくれないんだもんな。気がつかなかったよ。

 俺は、『なんてナイスな提案』だと思ったのだけど。


「無理。出来ない。したくない。行きたくない」


 当()は、俺の後ろで突っぱねる。


 絶対やだ。やだやだやだ。だなんて、俺の後ろでひたっすらに首を振っている。どこの駄々っ子なんだか。


 あ、ウチの駄々っ子か。ウケる。あっはは! 躾がなってないな。

 ………………ったく。


 うーん、それにしても、そこまで拒否らなくてもいいのになあ。なんて思ったけれども。

 まあ確かに、ラズの母親は死んでいる訳だし、父親が里にいる訳でもない。あれ? ならば、わざわざ里帰りする意味もない、のかも?

 何となく、行きたくない理由があることをおやっさんも感じたのだろう。


「悩ませる事を言ってすまないね。運送を、お願いしても大丈夫かな」


 それを聞かれて、断る理由はない。


「それで、場所はどちらまででしょう?」


 地図を広げながら訪ねれば、大陸の中央部を指示された。連山が連なるその中心部とも言える山奥、レイトリック高山だ。


「普段は陸路で山を登っていくのだけれどね。歩くよりも早いのであれば、そちらがいいと思って」

「こんな山奥に……一体、何があるんてすか?」

「……竜の暮らす里、だよ。丁度竜鱗をもらい受ける時期でね」

「ああ……」


 なるほど、と。つい、納得してしまった。だから申し訳なさそうにしているのかと。

 ラズが嫌がっている、その場所に行く、その事に。


「ラズ」


 一応ではあるけれど、確認を込めてその名を呼べば、恐る恐るこちらを見上げていた。こくりと頷いているところを見る限り、行ってもいい、と言うことだろう。


「どうしても嫌なら、お留守番しててもいいんだぞ?」

「やだ。兄ちゃんと行く」

「解った」


 真っ直ぐに向き直れば、どこかほっとしたような表情があった。


「それではマーヤセレルさん。竜の暮らす里まで、お送りいたします」

「ああ、よろしく頼むよ」




 * * *




 空を飛べない竜人であるおやっさんにとって、空というのは憧れがあったらしい。


「母方が飛竜の竜人だったにも関わらず、おれは地竜の親父の血を濃く受け継いでね。飛べる姉貴が羨ましかったよ」

「それで、空への憧れ、ですか」


 道中話してくれた内容に興味深く思いながら、相槌を打つ。同じ竜人とひとくくりにしても、色々あるものなんだなあ、なんてしみじみと思う。


「あ、そろそろ二つ目の休憩予定の街ですけど、どうします? 下りますか?」

「ああ、そうだなあ……。ここらで一度、休憩入れておくかな。エンマちゃんだって、ぼちぼち疲れただろう?」


 ぐるる、と、喉を鳴らして何やら答えているらしい、エンマ。

 おやっさんすげぇな……。ラズは竜だって見抜くし、エンマとは喋れるし。竜人の出来ることの多さに、少々妬ける。


 ……く、どうせ俺は、ラズの正体が見破れなければ、エンマとの意志疎通もまともに出来ないよ!


 悔しい。

 いや、いいんだ。今は一方通行なエンマとのコミュニケーションも、いつか絶対成立させてみせる! うん。俺の志は高いのさ!


 それにしても、だんだんと近づいてくるこの大陸中央にそびえる連山は、到底視界に納まってくれそうにない。何処を見回しても目に入ってくるその山脈は、この大陸を二つに断つように連なって、山脈を形成している。それが南側の何処まで続いているのかは、皆目見当もつかないくらいだ。


 一度、可能な限りエンマに天に登ってもらい、南側の地平線の向こうを垣間見ようとした事もあった。けれど、それを成し遂げる事は出来なかった。

 そもそもエンマが山を制す程に登ったところで、俺はダウンしてそれどころじゃなかった。空気が薄くて、顔や手足がパンパンにむくんできたのが自分でも解った。

 ああ、これ以上は気圧が低すぎて無理だ、と。そう判断してゆっくり降りてもらったのは、今でも強烈な思い出だ。


 つくづく、不思議が多い土地だと思う。北側は火山で、南は下れば下るほどに雪に閉ざされる極寒の山脈。

 唯一、俺らこの大陸の住人が『大陸』ととらえているのは、ごく一部だ。西側と東側にある、山脈地帯と比べるとささやかに思えてしまう平地がレーセテイブだ。


 誰か、この先を開拓した事は有るのだろうか? 謎だ。

 けど、まあいいや。世界は南方の連山だけじゃない。



 さておき。

 二つ目の休憩場所に選んだその街は、竜人が多くを占めていると聞く街だ。多くを、と言うのも、中にはラズみたいな竜が混ざっているからそう言った。

 まあどうせ、俺には誰が竜人で誰が竜かってのはよく解らないけどな。


 ああ、そういや竜人と(ラズみたいな)竜の定義、言ってなかったな。

 単純に言っちまえば、『ドラゴン』になれるか、なれないかの違いだろう。


 おやっさんは、竜の二足歩行みたいな姿をしているし、ラズのように怒ったときに竜鱗が浮かび上がる竜人もいる。

 その、どちらもが竜人に違いないんだ。定義なんて、そんなもん。


 ちなみにラズは、黒龍亜種なだけあって『ドラゴン』らしい姿になれるらしい。

 その内見る機会があれば、見てみたいもんだ。まあどうもラズは嫌みたいだから、特に見せてくれって頼んだことはないから仕方ない。別に強要しなきゃいけないような事柄でもないからな。



 さて、竜人の街だけあって、エンマを見ても皆歓迎的だった。

 中にはワイバンのその大きさに、眉根を寄せるやつもいるからな。ふ……、そんな奴いたら絶対黙らせてみせるけど、流石に俺だって不快に思う。ウチの可愛い(・・・)姉御を侮辱する奴は俺が許さねえ。


 ふふん、たまには言うじゃないかって? 失礼だな。俺は、ヤる時はヤるって、いつも言ってるだろうが。

 黙らせてみせるぜ! 金の力で!

 はい、ざんねーん。みたいな顔すんなよ、コラ。このご時世――――いや日本でだって、金の力は偉大だぞ。


 …………ま、とにかく、そんな心配はこの街では不要って話だ。


「それじゃあ一時間後、またこの場所で大丈夫ですか?」

「ああ、残りもよろしく頼むよ。この街に来るのに半日もかからないとはな、驚かされてばっかりだ」

「恐らく、目的地には日がくれる前には余裕で着けるんじゃないかと」

「へえ、本当に早いんだな。助かるよ」

「喜んで頂けて何よりです」


 軽い挨拶の後、散策を自由に進めようと解散する。

 そういえば、竜人が多くを占めている街って初めて来たなあ、なんて、自然と足取りも軽くなる。


 お客の為の休憩、とか言っておきながら、何だかんだ自分の為でもあったりする。その地域のうまい店、土産物に特産物。裏道にある隠れ家的な店を探すだけでも、楽しいもんだ。

 あと、街並みだな。その街に住んでいる奴らの内、中心になっている種族によって街並みは大きく変わっている。それを眺めるのも面白い。


 竜人の建てる家は石造りらしい。切り出した状態に見える石の一面を、隣の石とぴたりとくっつくようにして積み上げられている。多分、特別接着なんてせずに、石の重みと摩擦で積み上げているんじゃないか?

 ……ああ、あれだ。

 昔テレビで見たインカ帝国、だっけ。あれが栄えていた時代の頃に建てられた建物が、正にそういう技法で建てられていた、ような?

 んー……いかんな。情報は正確に伝えねぇと。けど、もう確かめようのない知識だし、どうにもならないなぁ……。


 とりあえず、繋ぎ材なく隙間ないように石を積んでいる製の街、というところでどうだろう?

 『わはは、こいつ地理も知らねぇのかバカだなー』 程度に思われてもいいわ。全然。

 気にならねぇ。地理は、専門外だ!



 モルタルすら使わずにぴっちり並べられている様は、なかなかに壮観だ。それが、ずらっと向こうの方まで続いている。

 賑やかな商店通り。それは、どこの街も共通らしい。たくさんのヒトが行き交っている。


 先に上げた竜人のタイプだけに留まらないこの街は、ほんと、人種のるつぼかなんかじゃないのか? って、疑いたくもなる。なるけれども、誰も彼も、間違いなく竜人なのだ。

 不覚にも、このファンタジーな光景に胸が弾む。


 さて、俺の行く場所は決まっている。まずは露天のおっちゃん達と『井戸端会議』だ! 噂集めは仕事の役に立つからな!

 なんて思いながら、早速エンマの手綱を引いて歩き出す。

 数歩進んでから、ラズがついて来ていない事に気がついて、振り返った。


「ラズ?」


 そこから姿を消していた、なんて事もなく、どこか遠くに目を向けていた。だからついつられてそちらを追うと、これから向かうであろうレイトリック高山を凝視していた。

 ……やっぱり、何だかんだ言って思うところがあるのかね、故郷に。


 もし仮に、ラズが山に帰りたいと言った時、俺は現状、快く『うんいいよって』、言ってやれるだろうか?


 …………うん、まあ、出来ないことを考えるべきではないわな。うん。

 ラズ保険、大事だからな。何だかんだ言って。今世の俺の、唯一の保険だから!


 だから。


「ラズ、どうした?」


 こういう問いかけの仕方が卑怯だっていうのは、十分に解っている。二度目に、漸く俺の声に気がついたラズが、何でもないと首を振るのを解っている上で聞いているのだから。


「何でもない」


 ほら、な。


「そっか、ならいいんだ。ほら、行こうぜ」


 なんて手を差しのべれば、うん、と、笑うラズにほっとする。俺のせっこい手の内が、まだラズにバレていない事に。

 ああなんか、こういう自分は嫌だな。今まで散々、俺の事を信じて慕ってくれていた奴隷達を騙して、いい人を演じて、結局利益を上げていたのに過ぎないのに。

 今になって、出来るだけ綺麗な部分を寄せ集めて、見栄張って。いいところだけをラズに見せてやらなきゃと思っている自分がいる。


 兄として、張り切っているのか? バカらしい。こんな茶番、ラズが知ったらどう思う? ……きっと、失望するんだろうなあ。



 なんて。この時の俺は、まだちゃんと、解っていなかった。

 ラズがどんな思いで、故郷の場所を見上げていたのか。どんな思いで、俺の手を握っていたのか。

 

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