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飛竜と義弟の放浪記 -Kicked out of the House-  作者: ひつじ雲/草伽
二章 開業、ドラゴンタクシー
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新人研修って、俺もやらなきゃダメなのか?.6

 

 朝だ。


 東の空が輝く星の明かりを薄くして、夜の濃紺を薄水に溶かしている。黄色がかった水色の空が広がっていく。

 今日もいい天気の予感だ。絶好の、狩り日和!


 そんな太陽に向かってラジオ体操しているのは、ブレザーを脱いだ制服姿の深月(ミヅキ)君。気合いは十分のようだ。

 「次はー、身体をひねる運動~」 って、解説付きで深月君が歌ってたのには、流石に笑ったけどな。

 不覚にもここが転生先だって、一瞬忘れかけた。もう十何年もここで生きているって言うのにな。不思議。


 昨晩はもっぱら、シャラさんとエクラクティスが火の番をしていたらしい。

 深月君? ああ、一応彼も、起きていたらしいよ。話では。


 俺? もちろん爆睡さ!

 ぶっちゃけエンマとラズがいるから、普通の獣であれば寄ってこないんだけどな。すっかり忘れていた。

 言えばよかった。今日も泊まるようなら言うか。


 でもシャラさんもエクラクティスも、ついでに深月君も。俺らより睡眠時間短いはずなのに、とても元気だ。

 エクラクティスなんて、朝っぱらに「ねえねえねえ、陽が登るよ! 見ないと損だよ」 だなんて言って、俺を叩き起こしたくらいだ。


 恨むぞ。眠い。

 俺は、夜がっちり寝たい派だ。

 早く一戸建て欲しいな……。


「おはよう、シャラさん。早いね」

「おはようございます、ディオさん。夕べはよく寝られましたか?」

「うん、お陰さまで」


 シャラさんは身仕度を終わらせているだけでなく、昨日放置していた深月君のスープ(?)に手を加えていたところだった。

 驚いたことにこのスープ。夜の間に虫に(たか)られなかったらしい。虫が来ないスープって……。昨日、それを飲んでいたと思うと、俺は恐ろしいよ。


 …………うん、うん。冒険者の朝って、早いのな。



 まだ眠っているラズと、布団変わりにされているエンマを置いて、小川に顔を洗いにいく。

 昨日はすぐに暗くなって気がつかなかったけれど、この辺りには動物、もしくはモンスターが結構いるらしい。川辺のぬかるみに、蹄や足跡がついていた。

 水面に写る顔は、寝ぼけている。あ~……長い一日になりそうで嫌だなあ。


 戻ってきた時には、もうすっかり朝食が出来上がっていたらしい。

 俺の姿を確認するのと、シャラさんに微笑まれた。胸キュン笑顔、朝から御馳走様です。幸せ。



「朝食に致しましょうか。お二人を呼んできますね。ディオさんは、ラズさんをお願いします」

「うん、解った」


 シャラさんがエクラクティスと深月君を呼んでいるのを聞きながら、取りあえずその場を離れてラズを起こしに行く。


 寝ぼけたラズを起こすのは、少々骨が折れる。

 いつもは、もう少し俺共々寝ている時間だってせいでもある。けどそれ以上に問題なのは、寝ているラズは全く力加減出来ないって事だ。すなわち殴られないようにするのにこちらは必死だ。当たりでもしたら、たまったもんじゃない。

 『もうちょっと』 なんて言われたが、布団剥ぎ取ったら渋々身体を起こしていた。



「おはよう、ラズ。朝だ」

「ん~……おはよ……」


 全く、呑気なもんだ。俺も人の事言えないけどな!


 余談だけど、エンマには「飯どうする? 何か用意するか?」 って尋ねたら、ふらっと何処かに飛んでいった。つまり、あっさり外食を選択していた。

 うーん、早く同じ席で食べられるようにしてやりたいけどな。量的な問題で、それはなかなか難しいのがツラいところだ。



 さて。シャラさんが手直ししたスープと、日保ちするよう焼きしめられたかったいパンで朝ごはんをとる。

 驚いた事にあの殺人的塩スープは、甘味すら感じる野菜スープへと化けていた。


「シャラさん……! これ、どうしたの?」


 驚いて聞けば、「内緒です」 と、いたずらっぽく笑われた。


 ああ……嫁に来てくれないかなあ。この美麗スマイルをずっと眺めていたい。

 ……なんて。

 気持ち悪いって、シャラさんに言われたら立ち直れないからやめよう。


 んー……それにしてもだ。こんな事なら、パンは普通のパン買えば良かったな。

 このかったいパンはスープに浸けて食べるもんだって解っていても、酵母使ったふっくら柔らかなパンが恋しい。米でも可。シャラさんのスープにかったいパンは、勿体なさすぎる。

 食べ物は、美味しく食べてなんぼ、だよな! うん。



「夕べ、考えていたんだけど」


 食事の間、ふと手を止めてそんな事を切り出した深月君に、自然と注目が集まった。


「なんだい?」

「あのさ、森の端っこを焼いちゃ駄目かな」


 …………はい? 何言っちゃってんの、この子。

 火事の危険があるから討伐しよう、つってるのに、先に燃やそう??


 いやいやいやいや! 本末転倒だろうが!


「そしたら、森の端までそいつ、誘き出せないかなって思ったんだけど」


 確かに火を住処として、火を餌にしているサラマンダーを誘きだそうって言うからには、的を射ている案だと言えば、そうだけども! 流石にダメだろ!


 なんて、真剣に反対を考えていた俺とは裏腹に。


「うん、まあいいんじゃない? 悪くないと思うよ」


 おい!! ダメだろ!

 おい、エクラクティス! なに誉めちゃってんの!


 でも、どうやら驚いているのは俺だけらしい。え、何? それってそんなにポピュラーな方法なの?

 エクラクティスは言わずともがな、シャラさんもそうですねぇ、なんて肯定的に頷いている。ラズなんて、我関せずスープに夢中だ。


「ですがミヅキさん、それには危険が伴う事を、よく理解されていますか?」

「火遊びは危険ってこと? そりゃ、下手したら森が丸焼きだけど……」

「勿論、その危険もあります。ですが、サラマンダーに火を与えると言うことは、水を得た(うお)に同じです」

「ああ、成る程。ま、なんとかなるって」


 あっけらかんと言う深月君が信じられない。


「ははっ、信じてないって顔だな、ディオ」

「うん、まあ……」

「俺が持っている特殊なスキルがさ、『海賊版』って言うんだけど……これがさ、えーと、他人の能力コピー、することが出来るんだ」


 えー何ソレ。ひっどい名前だな。ふつーにスキルコピーでいいじゃん。……それだけじゃない、ってことか?


「この能力のお陰で、オレは剣を扱うことが出来るんだよ」

「へえ……」


 包丁や果物ナイフはからっきしだけどな。とは、言わなかったけど。


 ……まあ、いい。それで剣技のコピーは済ませているから十分、戦えるよ、と?

 ってか、この世界にスキルって概念があったことに驚きなのだけど。知らないの、俺だけか? 俺も欲しかったなあ……特殊スキル。転生した特典が皆無なのだが。


「兎に角、そのスキルのお陰で、一応オレは戦える。あとは少しだけ、皆に手を貸してほしいんだ。お願いします」


 そういって、深く頭を下げた深月君。まさか彼がここまでするなんて思わなかった。


「おっさんの言う通りだった。一人じゃ、食事もままならなかった。確実に討伐するための作戦も、どれだけ考えても一人じゃ出来るものが出ない。……だから、お願いします。手を、貸してください」


 あくまで真剣に言う様子を、エクラクティスはじっと見ていた。


「本来はどうなっていたか、君はちゃんと、解っているのかな?」


 心底呆れ果てたと、腕を組む姿の反応は正しいだろう。

 エクラクティスは、ここに来る前にパーティーを募るかと聞いていた。けど、それを断ったのは他でもない深月君だ。多分、あそこで頷いていればまた、結果は違ったと思う。


「解っている。オレは、断られても仕方がない事をしたって。でも、今さらだけれども、一緒に目標に向かってくれる奴は必要なんだって、強く実感したんだ」

「…………ふうん? まあ、解っただけいい、かな。でも、やっぱり僕は協力しないよ。そうでなければ、君は同じことをしかねないからね」


 教訓も兼ねて、あくまで深月君の力でやれるところまでやってみろと、そう言うことか。


「でもほら、僕はめんどくさくて嫌だけど、シャラ君やディオ君が勝手に手伝う分には目をつぶってあげてもいいよ」



 …………おい。

 本音言うにしても、もっと言い方ってもんがあるだろうが。


「エクラクティスさん。そう言うことは、思っていても言わないでください」


 シャラさんからも同じようなセリフ。こいつ、そういうところで人望無くしているんだろうなあ……。


 やれやれ。戦闘はごめんだけど、一肌脱ぎますかね。


 え? 俺が脱いでも、ひ弱じゃあ誰も得しないって?

 うっせえな。


 こういうところは頭脳戦だろ、頭脳戦! みてろよ、取って置きの(おとり)にからくり、考えてやろうじゃないか!

 数学だけは、得意、だからな!




 * * *




 さて。数十分かけたおかげで、下準備は整った。


 放物線の簡単な計算とか重力の計算とか、久しぶりにやった。かなり公式忘れていてショックだったけども……影でこっそり行ったから、俺の一喜一憂は誰にも見られていない筈だ。


 森の外れに拾った枝でやぐらを組んで、それを燃やす。

 そのやぐらを最後の餌にして、松明(たいまつ)をいくつも用意した。火を灯した松明を木にくくりつけ、誘い込むように道を作った。

 これ、松明が燃えすぎて木に移るよりも先に、サラマンダーがかかってくれないと大火事だな……。


 道半ばには、ジャンプ台が設置されている。その辺から持ってきた石と倒木製だ。無造作に置かれたそれは、俺の全力を尽くした計算をし尽くしてある。……とは言っても、距離や角度はおおよそだから、何度か練習して軌道は修正させてもらったけどな。

 一見すれば、罠とは解らない出来で、俺的には大満足だ。


 あとは深月君がこっちに追い込んでくれる手筈になっている。獲物が通りかかったら、吊り上げた石をジャンプ台の反対に落ちるよう設置した縄を切ってやる。それだけのカンタンなお仕事だ。

 そこまで上手くいけば、深月君だけでどうこう出来る、というのが今回の動きだ。

 あとは、この囮にかかってくれるのを待つだけと、そう言うこと。



 待ち時間については、割愛させてもらおう。ただひたすら息を殺して待っていた。それだけのこと。

 まさか、松明程度の火で、本当に誘き寄せる事が出来るとは、思いもしなかった。


「いたぞ! ディオ、そっちに行くぞ、気をつけろ!」

「ああ、いつでも来い!」


 深月君の声に、それまで退屈していた俺の気が引き締まった。



 緊張に目を見開いていると、ずっと見張っていたその場所に、すごい勢いで何かが通りすぎる。

 それ(・・)を確認するのと同時に、俺は仕掛けの縄を切り落とした。


 びいいいん、と。反りかえさせていた板が、振り子のように振れて音がなる。

 やった、大成功じゃねえか! ひゃっほーい!


 自分でも褒めたくなるくらいに華麗に打ち上げられた姿が、小川の方へと跳んでいった。



 ん? その為に何度練習したのかって?

 そんな野暮、聞くなって。


 辺りに散らかってる、縄の残骸の数々を見てみろよ。つまり、そういうことさ。

 数匹ばかり、鹿やら何やら犠牲にもなったけどな。南無。



 なんて、余所見している場合じゃねえわ! 俺の仕掛けの結末はどうなった?!

 慌てて森を出ていけば、丁度、その影が小川へと落ちていった。


 じゅっ、と、サラマンダーの火が消えたのか、小川が蒸発してしまったのか。一瞬でそこらに、真っ白な蒸気がもわっと広がった。


 第一段階、弱らすことに成功した。追い討ちで、シャラさんが放った矢が空を割いていく。

 蒸気の向こうからぐっと、何かが息を詰めた音がした。


 おお、凄いな。視界ゼロでも当てちゃうのか、シャラさん。

 がんばれー、深月君。がんばれー、シャラさん!



 なんて、思っていたら。先程からサラマンダーを追いかけ回していた深月君が、俺を追い抜いていった。

 息切れ一つなく、真っ直ぐにその水蒸気の元へと走っていく。


 ああ、これがチート力か。羨ましい……。

 ただの基礎体力の違いだ、なんて辛辣な言葉は聞こえないぞ。ああ、全く。


「はあああ!」


 斬っ、と。素人の割りには、思いきった太刀筋だったと思う。銀の閃光が、太陽の光を照り返していた。

 おおー! なんか、かっこいいな! 一枚の絵みたいだ。


 ただ、切り込みが甘かったらしい。胴よりも尻尾寄りを切ることはできたが、本体はびちびちしながらすごい勢いで遠ざかっていく。

 体液めっちゃ撒き散らして逃げていっているけど、あいつまだ生きてるのな。凄い生命力。


 後には、逃走経路よろしく、辺りに生えている雑草を焦がしている。


 って、尻尾、尻尾!

 とんでいった尻尾が、植物の組織培養した時のカルスみたいな、不定形の肉の塊になったかと思うと、次の時にはこちらに這い寄る火の矢に化けたみたいだった。


 っていうか、早いよ! 気持ち悪いよ! 何となくトカゲの形をとったものの手足が、かさかさ素早く動いてるよ!

 落ち(くぼ)んだ光の無い目が、こっちを見据えたまま匍匐(ほふく)前進してくるよ!

 来るー! きっと来……いや、よそう。


「うわっ……!」

「兄ちゃん!」


 逃げる間もなく、火だるまが俺に向かってハイジャンプ。ラズが慌ててこっちに駆けてくれているが、この距離で間に合いそうにない……!


 顔面狙ってこちらに飛んできたその火の塊に思わず頭を庇い、目をつむってしまった。

 いやいや、目を反らすとかダメだろ! それ、一番アウトなやつ!


 ……なんて、頭では解っていても、無理だった。


 直後。

 ぶちゃっ、と。嫌な音だけが耳に届いた。



 俺と火だるまの衝突は、無かった。変わりになんか、凄く生々しい肉の潰れた音がした。

 頬に飛んできた、なんかべとってしたもの。拭いたくないなあ……コレ。なんだろうなあ……理解したくない。うわあ……。


「兄ちゃんに襲いかかるとか、ほんと、いい度胸してるね? これしきの火で僕を焼こうとか、ぬるすぎ」


 どうやらすんでのところでラズが追い付いてくれたらしく、素手で、尾の捨て兵を潰していた。ゴミでもついたと言わんばかりに、その残骸を投げ捨てる。


 ……助かっ……、っていうか、怖っ! 普段のくりっとした瞳ではなく、獲物を狩る竜そのものにしか見えないよ。

 いや、でもうん。ちゃんと、お礼は言わねぇと。


「ラズ……」

「ディオ兄ちゃん、大丈夫?」


 ぱっと、振り返ったラズは、また、いつものラズだった。うーん、あの肉の残骸。俺や親父殿の未来の姿みたいで、見ていたくない。ヤダヤダ怖い。


「ああ、お陰で助かった。ありがとうな」

「これくらい、当然だよ! 兄ちゃんは僕が守るもん」


 無理矢理ながら笑って言えば、ラズはにぱっと得意気に笑っていた。これだけならば、普通に可愛い弟で、通るんだけどなあ。


 ふと、深月君の方を見ると、サラマンダー本体を逃がした事と、尾の捨て兵に俺が襲われかかった事、その二つの事実にがっくりしていた。


「ごめん、ディオ。オレ、絶対お前に被害でないようにするから、なんて言っておきながら……」

「いや、気にしなくていいよ。大丈夫だった訳だし」

「……ごめん」


 しょぼん、と、肩を落とす姿は年相応所か幼く見えて。なんだか、ずっと自信に溢れていた深月君からは考えられなくって、つい、笑ってしまった。


 ただ、それが油断になってしまったらしい。

 がさりと、深月君の背後が揺れたかと思うと、尾が切れたままのサラマンダーが飛びかかっていた。

 こいつ……! 逃げていたんじゃないのかよ!


「深月君!!」

「あっ……!」


 瀕死の獣の最期の攻撃を、俺は、俺たちは甘く見ていた。


 サラマンダーは、深月君に覆い被さるようにしながら、その身に纏う火をどんどんと大きくしていて。その様子が、やけにスローモーションに見えていた。

 危ない! と。そんな言葉も動きも、俺が間に合う筈もなく。真っ赤に燃え上がった炎が、倒れこむ彼を焼き尽くそうとした。


 ああ、くそっ! こんな緊急時でさえ、俺は何も出来ないクズのままなのかと。

 失われようとしている命を、やっぱりただ、見ている事しか出来ないのかよ!


 そんな、刹那の事。

 ごうっ、と。空気の塊が動いた音がした。


「え……?」


 同時に、燃え盛っていた炎はぶっ飛んだ身体もろとも、塵のように砕けて消えていく。

 はらはらと空中で崩れたのが、サラマンダーの身体だと気がついたのは、随分と後だった。


 そして、森の端っこ。先ほどまで数メートル先にあった森の境界線が、倒木と共に随分と後退していた。



「全く、肝心な所で気を抜いちゃうんだもんなあ」



 呆れたように、その足元にて丸まった深月君を見下ろしているのは、他でもないエクラクティスで。何が起こったのか、俺には解らなかった。


 それは、俺だけではなかったようだ。


「あ、れ……?」


 ぱっと顔を上げて、戸惑ったように自分の身体に異常が起きてないかを見ている深月君。やがて、隣に立つ姿を見上げた。


「ズッキー、怪我は?」

「え? あ……ない、です。…………その、ありがとう」

「だから君は、飛び級なんてしない方がいいんだよ?」


 えー……。それを教える為だけに、今回これを強行したって言うのか?

 ないわー。マジで、ないわー。


 取りあえず、討伐対象の確認は――――本当は、俺が行くべきではないのだろうけど、確認しない訳にはいかないだろう。

 そろり、近づくと、飛んでいった残骸はぴくりとも動くことはなかった。それどころか、森の一部とともにひき肉にされていた。

 胸から上の部分、木っ端、身体ぼろぼろ。むしろ、塵? 必要部位も全てぶっ飛ばしちまってる。


 ……あれ、これってクエスト失敗、と。そういうことか? でも、一応討伐したにはした、訳だよなあ、なんて。


「あーもう、やっぱ潰れちゃった? 加減できないんだよねえ、僕」

「そうなる事は解っていた筈でしょう? エクラクティスさん。手伝わないとか言ってたくせに、これでは意味がありませんよ」



 後から来たエクラクティスは、軽く、手についた肉片を払いながら、なんてことを(のたま)って、笑ってる。

 …………おい、誰だよ。こいつが無能だからって言ってたの。えー、ひょっとして、オーバーキルだから、ってこと?

 怖いわー。ギルマス、怖すぎなんすけど。


 あれ、でも、俺の義弟も似たような事をした、ような……? うん、気のせい気のせい。


「そんな……。オレの、一躍(いちやく)最強冒険者計画が…………」


 がくっと、今度こそ膝をついた深月君。あーあ。ほんとにエクラクティスの奴、深月君の自信打ち砕いちゃったよ。

 ……気の毒。かける言葉すら思いつかない。


 とはいえまあ、これでクエストは完了だろう。森を焼く脅威は、ギルドマスターが自ら、文字どおり()()()()()()訳だし。

 ひき肉に。


 …………うん。ひき肉に。



 まさか過ぎる送迎タクシーになっちまったけど。ま、結果的には、初運行、初クエスト完了。悪くなかったのかもしれないな。

 いや、深月君的には何もよくないだろうけれど、少しは反省、してくれるんじゃないかな?


 無謀な事はやめて、パーティーを作った方が絶対いい、って。深月君なら『コミュ症ヒト無理』、なんて事もないだろうし。


「さあて、取りあえず帰ろうか。事の成り行きを報告するまでが、クエストだからね?」


 エクラクティスの言葉に、帰るまでが遠足です、と。そんな懐かしのフレーズが過る。

 遠足……か。久しぶりにどっか、行きたいな……。


 なんて事を、思っていたら。


「ふ、ふふふふふふふ……そうか、そうか……」


 項垂れていた深月君が、唐突に笑いだした。大丈夫かな、この子。ショックが大きすぎて、いよいよ気が触れたか。

 え? そこまで言うことないだろって? ……だって、そうとしか思えない奇行を散々――――げふんげふん。


「はは、世界がどれだけ大きかろうと、絶対に上り詰めてやろうじゃないか!」


 堂々宣言する様は、クエスト前の勢いある様子と変わりない。どうやら、立ち直りが早いみたいだ。

 うん、ポジティブシンキングって、大事だよな。俺も、見習わないと。


「オレは、やり遂げて見せるからな、おっさん! そして、いつか必ず沢山の……!」


 うーん、反省点がちゃんと見えていればいいのだけれど……解っているのかな、この子。それよりも『むふふ』 だなんて、なかなか気持ち悪い笑い方する。どうせ、ろくなこと考えていないんだろうなあ……。なんて。


 やれやれ。もう、疲れたよ。


 さて、今日の記憶を忘れない為にも、初心と共に教訓をここに記録しておこうと思う。


 教訓一、受注クエストは、身の丈に合ったものを選びましょう。背伸びしてはいけません。

 言わずともがな。人生、命あっての物種って奴だろう。当たり前すぎて何も言えねえわ。


 教訓二、新人一人でクエストは出来ません。団体行動を学びましょう。

 技量を持たない新人だからこそ、真っ先に学ぶべき事なんだろう。本来は。

 でも、異世界転移してばっかのあいつは、その仲間をどうやって見繕えっていうのか。なかなかシビアな話じゃないだろうか。

 ま、だからこそエクラクティスが心配(?)して、研修なんてもんをやったんだろうけどな。


 教訓三、夜営は冒険者必須スキルです。出来るようになりましょう。※生食は危険です。

 うん、まあ、新人が何もかもに慣れない内に、やることじゃないなってのは、俺でも解る。流石に。

 むしろ、この世界の事を多少なりとも知っている分、そんな無謀をしようなんて思わなかったからこそ、宿屋に身を寄せたんだと思う。

 我ながら、ナイス判断力!


 ……はあ、我ながらアホだろ。こんなもんかね。

 あーあ、やっと終わったよ初仕事。もう、明日は休みでいいや。


 ……仕事始めて二日目でダウンとか、今後俺、やっていけるのだろうか。

 不安。不安しか、ない。



「兄ちゃん、また明日頑張ろーね!」


 ぐるる、と、御者台に座るラズに、同意したらしいエンマの声。そんなラズ達の声ですら疲れすぎた頭に響く。

 うー……。二日酔いみたいで気持ち悪い。


 帰り道。俺を守れたと、御者台に座るラズは妙にご機嫌だった。張り切ってくれるのは、有り難いんだけどなあ……。俺が、振り回されるから勘弁して欲しいんだよなあ、なんて。


 え? 御者台にラズがいて、俺は、さっきからどこにいるかって? ………………一番後ろの席で、横にならせて貰っているよ。


 シャラさん達? 勿論、いるけど?

 ……なにそれ、カッコ悪いって? んなもん、俺が一番解ってるっつーの。

 例え一番寝かせて貰ったとしても、俺は夜営なんて出来ない軟弱なんだよ。戦闘が終わった途端、自分が戦ってた訳でもないのに身体ががたがただった。


 ああ、ああ、深月君にも劣る体力値だよ! 悪かったなあ? ふん! 精々、筋トレでもさせてもらうよ!

 いつか絶対、シックスパックを手に入れてやるんだから!

 

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