新人研修って、俺もやらなきゃダメなのか?.5
オレンジ色の薄い雲のある空は穏やかで、緩く吹く追い風が急かしたてている。遠くの空に輝く、朱色の太陽が眩しい。
初めてお客を乗せて空を飛ぶ感想? ただ飛んでいるだけなのに物珍しげに喜ばれて、なんだか嬉しかった。
深月君は飛行機みたいだって騒ぎながらも、直接風を受けた事はないなあと感慨深そうだった。
初めて見た世界の縮図に、あそこに大きな街がある、あの山は何か巨大な力を持った生き物がいそうだ、あの湖の色は赤いけど何があるのかと。何とも忙しなく辺りを見回して、その都度何かメモをとっていた。
今後の行ってみたいリスト、かな? 解らないけど、深月君が楽しそうだったからそれで良いだろう。
普段は障害物を避けれる程度にしか高度を取らないエクラクティスも、ここまで高いところから世界を見るのは初めてだと言っていた。自力で飛べるとは、ほんと羨ましい。けれど、ギルドマスターでもまだまだ行ったことない所があるのだと知ると、まあ、悪い気はしない。
ただ……。早々に座っているだけに飽きて、うろうろ、うろうろと、じっとしていなかったのは、正直迷惑だった。あぶねぇから座ってろっつっても駄目だった。
飛ばされても追いつけるから大丈夫〜って……大丈夫じゃねえよバカ野郎。
はあ……鬱陶しい。
途中、シャラさんが「日中でも空は冷えるのですね」 と呟き、俺は、飛行中の寒さをすっかり失念していた。慌てて、客用のものではないが毛布を出したのは、要反省ものだ。
その点は申し訳なかったけれども、それ以外は楽しんでくれているみたいでほっとした。
普通の運行であれば多分、数時間に一度は手頃な街に下りて休憩を取ったと思うのだけれども……。「ガンガン行こうぜ!」 を出されて、従う他になかった。結果、トイレ休憩以外地上に降りることはなく、めちゃくちゃ飛ばす事になった。
エンマは長距離を高速で飛べて楽しそうだった。振り落とされそうでひやひやしたのは俺だけだってのはここだけの話だ。
お陰で、予定していたよりもずっと、早くつく。
ラズは当然のように、ずっと俺の隣に座っていた。どうやらご機嫌斜めはすっかりなくなったみたいで、エンマ共々楽しそうだった。
やれやれ。本格的に客を乗せるようになったら、ちゃんと後ろに座ってもらわねぇとだな。安全のためにも、な。
昼はシャラさんが用意してくれた軽食を、エンマの背中で頂いた。これならわざわざ街に降りなくても食べられるでしょう、って言われたときはホント、シャラさんが気配り上手過ぎて感動した。
出されたのは、いわゆるサンドイッチ。セリーア草原に住む、シカやイノシシ系の動物の肉をソテーしたものと、新鮮な野菜を挟んだものだ。簡単な料理ではあったが、ソテーにはコショウの実か何かが使われていたみたいで、ピリッとしたアクセントがすごく癖になる。うまい。
まあシャラさんが作ったものなら、何だってうまいだろうけどな! 当然だろ!
エンマには、ラズに頼んでサンドイッチを分けてもらったり、ここ数日の間にエンマが捕ってきた動物の干し肉を届けてもらったりした。
ただこちらは親切のつもりがエンマには迷惑だったみたいで、後でたらふく食べるから飛んでいる今は持ってくるな、邪魔だと怒られた。……確かに飛行中の生き物が、何か食べながら空飛んでいるとか聞いたことないよなあ、なんて。
そして陽が傾きかかった頃。俺たちは断崖の森付近に到着した。……本来なら俺はここでお役御免なんだけどなあ、なんて思ったのは内緒だ。
俺らが降りた場所は、森から少し距離を置いた木の側。ぽつり、ぽつりと平野部に佇んでいる。
森から離れたその木は、周りに光を遮るものがないせいか、空一杯に枝を伸ばしている。お陰で、葉がつくる樹冠が丸い。
遮蔽物のない木ほど、空間を気にすることなく大きく、そして丸く育つと何処かで聞いたけれども、本当の事だったんだな。
遠目に見る断崖の森は何とも鬱蒼としていて、高低差のある緑の塊をつくっている。森の分類はよく解んないけど、火山の近くにあるから、比較的暑さに強いタイプではないだろうか。
地続きの森は、崖の方である森の奥へと入るほどに、その背を高くしているらしい。こりゃ、下手に方向見失うと迷子になりそうだな。
崖の上では、森の断面図を見せてくれている。お陰で『崖も木も高い』って事がよく解る。その代わりと言っては難だが、崖も木も高いせいで、その奥がどうなっているのかさっぱりわからない。
唯一、この大陸の中で一、二を争う高山と聞いていた、エルド火山が後方にそびえているのが見える。これだけ視界を遮るものがあるのに見えるって、どんだけ高いんだよ、あの山。
陽が暮れかかっている中、山頂や中腹がちらちらと赤いのは、そこで溶岩が煮えたぎっているからだと聞く。怖いなー。
「さて、どうしよっか、ズッキー?」
「俺は深月だっつの。……今日はここらで夜営して、明日明るくなってから、森に入る」
未だエクラクティスに主張する深月君。うん、まあ、頑張ってって感じだ。
流石に日の暮れた森に入って行こう、だなんて、非常識は持ち合わせていなかったようで安心する。どう考えても、今入るのは迷子必須だからな。
仮に行こうって言われても多分、全力で止めた事だろう。……エクラクティスは『深月君がそう言うなら、じゃあ行こうか』 って言いそうで怖い。
ほんと、よかった。
地面を軽く掘って、そこで一番に火を起こした。
念のため、燃やすための燃料や薪を持ってきておいてよかった。森っていうから多分、薪に使えそうな枝を探す方が大変だと思っていたからな。
現にこの一本生えていた木の周りに落ちている枝は、全部湿っていた。とてもじゃないが、すぐに火はつかなかっただろうよ。更に言えば、焼べたとしても逆に火を消してしまうだろう。
陽が落ちるよりも前に食事は済ませてしまうべきだろうと思って、早速道具を引っ張り出していた。そしたらなんと、エクラクティスに止められた。
「ズッキー、君が作って」
指名されて、深月君は凄く難しそうな顔をしていた。
いやいや。何言っちゃってんの、こいつ。深月君、絶対料理したことない、って…………。ああ、だから、か?
シャラさんに何気無く目を向けると、やはり頷かれた。だよなあ……。
「ズッキー、本当は一人で来る筈だったんでしょう? 甘えてどうするの」
まあ、言っている事は間違ってない。間違ってないけど……。
いきなりの夜営、いきなりの料理。しかも火力調整不可能って、かなり難易度高いんじゃないかって思う。消し炭を大量に精製するのが関の山、じゃないだろうか……?
……うん、こっちはこっちで何かしら用意しておくべきとみた。
「深月君。昼間買った食材は、自由に使って大丈夫だよ」
一言そう添えてやれば、渋々ながらもこくりと頷いていた。
ま、そもそも深月君に出された援助金で買ったものだもの。好きなだけ、好きに使ってくれ。
「ああ……、ありがとうディオ。確かに、おっさんの言う通りだ」
まあ彼の中で反省やら葛藤やらしている所だろう。なら今は、そっとしておくべきだ。これ以上何を言っても、攻め言葉にしかならないだろうから、俺は俺でエンマの元へと向かう。
適当な食材と調味料を下ろした後に、ラズとエンマには手頃な獲物をお願いした。これだけの森が側に有れば、何かしら肉は期待できるだろうからな。エンマも自分の腹を完全に満たせるくらいの獲物を得られるだろう。
更に言えば『任せてよ!』 なんて、ラズも嬉々として出掛けていった。これはかなり期待できる。
三十分と経たずに、深月君は何か野菜の残骸のようなものを、ラズ達はシカみたいなものを仕留めてきた。
「深月君。これは……何?」
「何って、野菜の皮剥いただけだけど?」
まな板なんて無いから、そこらにあった大きめの石をきれいにした後に、そこで調理を始めたところは誉めておこう。
けど。
けど、さ。皮剥いたつっても、どちらかと言うと、皮ごと身を削ぎ落としたって言う方が、ぴったりくるような……?
うん、主夫として一言。この子にどうして誰も、料理を教えてあげなかったのか……。
っていうか、高校生くらいならば学校で一回は調理実習くらいやっている筈だよね?! なんでこんなに酷い有り様なんだ?! 不器用にも程があるだろ!!
絶対この子、調理実習の時は全部女子にやらせて、自分遊んでいるタイプだよ! オレ食べる専門だからさ~、とか言って。で、周りに睨まれちゃうやつ。
「ディオ君、ラズ君がお待ちかねみたいだよ?」
色々、言いたいことはあったけれども、手出しするなとエクラクティスにやんわりと言われてしまっては仕方がない。
こいつ、ギルド出て初めてそれっぽくないか? なんか、怖い。
「兄ちゃん、血抜き終わったよー」
「ああ、すぐ行く」
こら、ラズ。なんつータイミングで呼ぶかなあ、もう!
結局、「頑張って」 とも、「心配しなくても大丈夫」 とも言えず、すごすごその場を退散した。ってか、そうするしかなかった。
仕方なしに、ラズとエンマが血抜きまでしてくれたシカもどきに向き直る。なんか、俺はすっかり食肉づくりに慣れてしまったなあ……なんて。
毛皮と生皮を剥ぎ、腹をかっさばいて内蔵類を引きずり出しながら、そんなことを思う。
ああ、生臭い。
この臭いも、家追い出された直後は、嗅ぐだけでものスッゴク気持ち悪くなっていた。けれども最早「くさいなー」 くらいにしか思わないんだもんな。
慣れって、怖いわー。
火が通りやすいように、ある程度小さく刻む。このあとは深月君が刻んだ野菜の皮(ほとんど身)を一緒に炒めるかな、なんてぼんやり考えながら手を動かした。
初日の夜営くらいなら、野菜炒めで十分だよな。ジャガイモみたいな穀物類を、追加で入れたから腹持ちはいいはず。
途中、使わない分をエンマの食事に回したり、夜営が楽しくなってきたらしいラズのつまみ食いからの攻防をしたりで、周りを気にする余裕がなかった。
――――んで、結局。
深月君は、エクラクティスに「自分のご飯は自分で作れるようになろうね」 なんて言われながら、俺が作った料理をかき込んでいた。
まあ、深月君は頑張ったと思う。うん。
例え出来上がったのが、『野菜くずの入った塩味の熱湯』だったとしても。うん。
初めての料理は、海の味でした、とさ。ははっ。
他の調味料も使っていただろうに、見事に塩の味しかしないから不思議。どんだけ入れたらこうなるのか、逆に聞きたい。
一口飲んだだけで何リットルも水が欲しくなりそうだよ、これ。実際水が欲しくなって、慌ててお湯沸かしたよ。
日持ちは凄くしそうだけど。
あと、魔除けになりそう。むしろ生き物避け?
駆除できそう。殺人的。
………………………………。
…………こほん。さておき。
辺りはすっかり陽が落ちて、都会に住んでいると絶対に見られないような満天の星空が頭上に輝いている。
三日月の光は少しだけ弱々しく、星の輝きが隠れないせいだと思う。お陰で、とても明るい夜だ。
手元の明かりだけならば焚き火も、もしかしたらいらないかもしれないな。最も野生の動物やモンスターを避けようと思うなら必須だから消せないけど。
食事を終えたら俺らは簡単に場を片付けて、明日の作戦会議としゃれこんだ。
ああ余談だけれども、深月君のスープはまだ鍋に残っている。あれ、どうしたらいいんだろうか。
解らない。明日の朝ごはん……には、したくないなあ。
…………うん、どうしたらいいのかは明日にでも考えよう。そうしよう。
「ではまず私から。ギルドから提供できる、サラマンダーの生態についてご説明させていただきます」
「お願いします」
ぺこり、素直に頭を下げる深月君。どうしてそれ、ジジイのギルドでは出来なかったのだろうか……?
しっかりと、生徒手帳にシャーペン構えている姿は、聞く気万全って感じだ。というか、深月君。君ってやつはそういうのちゃんと持ち歩くタイプなんだね。少し、驚いたよ。
「サラマンダーは、エルド火山に生息する火の精霊種です。その体は常に高温で、姿形はトカゲに似ております」
うん、それくらいなら俺も聞いたことがある。
シャラさんは、深月君がきちんと理解した頃合いを見計らって、先を続けた。
「その高温の身体の為に、いつ、森が焼け始めるかが解らず、このまま放置することは大変危険です。サラマンダーの生活圏の都合上、火山地帯から出てくる事は滅多にありません。ですが今回ははぐれたサラマンダーが森に誤って住み着いてしまった為に、こうしてクエストになっていた訳ですが……」
一瞬ためらった様子を見せたのは、深月君を気遣ってか。
まあ、シャラさん。ここまで来たら、せめて彼が死なないようにするのが関の山じゃないかな……。
「気を付けなくてはならないのは、彼らが身に危険を感じた時です。彼らはトカゲと同じように、尾を切って自分の身代わりとして逃げます。……ですが、そのしっぽが、自立して襲って来る事だけは、念頭に置いておいて下さい」
当たり前の事をシャラさんは説明しているつもりなのだが、それを聞いた深月君はぽかんとしていた。
そりゃ、そうだよなあ。しっぽが自立して襲ってくるとか、どんなホラーだって話だ。
まあ、しっぽを切っておとり、って言うよりも、切れたしっぽが、本体とは別の個体を形成して襲いかかってくる、ってのが正しいと思う。分裂、に近いのかな?
そのしっぽ製捨て兵がまた強いこと強いこと。捨て身の攻撃でガンガン襲ってくるらしいから、危険なんだと。
……ていうのが、俺の図鑑知識。
知っていたところで俺は戦えないから、役に立たないけどな。
「再生力が異常なので、切り離したしっぽは数十分程度で戻ります。なので、確実に仕留める為にも出来るだけ、頭を潰すようにしてください」
「……うん、解った」
神妙に頷いているが、本当に解ってんのかな……。皆が忌避する所以がここにある、ってこと。
じっと、そのメモに目を落とす姿は真剣そのものだ。先程、沸騰した海水なめて悶絶していた姿とは思えない。
「ありがとう、ございます。…………えーと、少し、考える時間が欲しいんだけど」
「うん、よーく考えるといいよ」
シャラさんに変わり、にこにこと笑って頷いたのはエクラクティス。
それじゃあちょっと失礼すると、深月君は席を立った。
咄嗟に何か言おうとして、開いた口は何も言えなかった。『あまり、離れすぎないようにね』なんて、お節介にも程があると思ったせいだ。
「じゃあ、取り敢えずは解散だね」
エクラクティスの言葉を皮切りに、食後の会議タイムは幕を引いた。あっさりと。
深月君に出来るだけ協力はしてあげたいけれど、戦力にはまずなれない。せめて相談くらいは乗ってあげたいけれども、多分、深月君が自分から聞きに来ない事には、エクラクティスかシャラさんに止められる気がする。
やれやれ。仕方がない。
さて、ならば俺は、使った食器や道具類でも片付けるかね。
* * *
近くに水場がないってのは、こんなにも不便なんだな。今世で初めて痛感した。
それこそ蛇口がないなんてって、震撼した事もあったけれども、それ以上にショックは大きかった。
少し離れていたところに川が流れていたことに感謝しないと、だ。 勿論飲み水は結構用意していた。けれど生活用水の事は、すっかり失念していたから助かった。
夜営も案外、場所さえ選べば悪くないかもな。そんなことを思いながら歩いていたら、ふと、月に照らされた木の影に、人の姿を見た。まばらに存在している木の上に、深月君の姿を見つけて、つい、足を止めてしまった。
ぼんやりとして、空を見上げている様子を見ていると、日本の事を考えているのかな、なんて、勝手に可哀想に思っている自分がいる。
……ダメだな。最低だわ、俺。
「何しているの、深月君」
「ディオ……」
そんな思いを振り払いたくて声をかけたら、なんとも間抜けな表情が返ってきた。
うーん、悩みすぎて疲れているのかな、こりゃ。
なんて思っていたら。
「……いやさ、星、凄く綺麗だなって思って」
「あっはは、深月君って意外とロマンチストだね」
思っていたよりも元気そうで、つい、吹き出してしまった。
満天の星空なんて、夜はちゃんと暗いこっちでは、当たり前だ。宇宙から見た地上が島の形に光っている、なんてことはまず有り得ない。
「ねえ深月君。そういえばさ、君の旅の目的はなんなの?」
「ええと、それは……ほら、オレさ、異世界から来たからさ、この世界の色んなもの見たいんだよね!」
一瞬、今までになく視線が泳いだ。何か、後ろめたい理由があるらしい。嘘つけないもんなあ、深月君。
「…………オレ、さ。保健室で体育さぼって寝ていたら、カミサマ名乗る変な女に襲われてさ。それで、ベットから突き落とされたら、一瞬で……気がついたら異世界だった。…………なんて言っても、信じられないだろ?」
まるで、その話から反らすようにそんな事言われて、返答に一瞬困った。
「さあ、俺には何とも言えないな。解るのは、深月君が、服装の文化が違う、凄く遠くから来て、冒険者として一山当てたいって事くらいだから」
「……そっか。そういう考え方もあるんだな」
うつむく様子は何処か泣きそうだ。ここに来て、寂しさがつのったとしても不思議ではない。
「旅の目的は、さ。この平和な世界を、少しでも面白おかしく引っ掻き回すことだって、言われている」
唐突に呟かれて、びっくりした。さっきは誤魔化したのに、どうしてまた。
彼の姿を見上げると、月を背にして陰ってはいるけれども、決意に満ちた表情がそこにはあった。
「へ? どういうこと?」
「知らない。ただ、オレが世界をめぐっていれば、自然とその目的は果たせるから、この世界で旅をしてくれって言われたんだ」
面白おかしく引っ掻き回すって、マジで何? 波乱を撒き散らせって、事?
えー、何それ。深月君が会ったの、本当に神様なのか? 邪神様じゃねぇの?
それを聞く訳にもいかず。
「ディオ」
いつのまにか、考え込んでいたらしい俺に、深月君は呼び掛けて「下りるからこれ、ちょっと持ってて。汚したくないんだ」 なんて、何かを放り投げられた。
「え? うわっ!」
それを受け取ろうとして、手にしていた食器類一式のバランスが崩れてひやりとした。
いやさ、木製の食器だから割れるなんて事にはならないけれども、洗ったばっかりのそれらを落とすのは、誰だって嫌だろう?
どうにか事なきを得て受け取ったのは、生徒手帳だった。
ああまあ、数少ない筆記できるものだもんな。紙ってそれなりに貴重だし。
懐かしくてまじまじと見ていたら、書き込み可能な部分に書かれている手書きの題名に目が留まった。
『海賊版英雄譚 作成マル秘メモ』
――――って書き足されている。けど。
海賊版……?
海賊版って、なんの?
ええ? どういう事?
めちゃくちゃ問い詰めたいところなんだけど、日本語で書いてあるせいで下手に聞けない!
じゃないと、俺が転生者だってバラさないといけなくなる!
それは断る!
多分、じっと見ていたのが、物珍しさから見ていると思われたのだろう。
「それ、生徒手帳っつって、学校の決まりとか書いてある、学生皆に配られる手帳なんだ」
「へ、え…………」
いや、知ってるけど! じゃなくて!
君は一体、何をしようとしているの?!
悩んでいたのって、明日のサラマンダー討伐についてじゃなくて、何か作ろうとしているものの事で悩んでたの? うわ、何だそれ!
え? え?
明日の事ってほんと、心配全くいらないってこと? 神様(邪神様?)にチートもらってるから?
俺が混乱している横に深月君は下りてきて、晴れやかに宣言した。
「やるぞー! 誰もが認める冒険者に、オレはなる!!」
……はい。
深月君がよく解らないです。
杞憂。これは、杞憂なのか?
考えすぎて、こっちが気疲れしちゃったよ?
――――夜は、そうして更ける。




