新人研修って、俺もやらなきゃダメなのか?.4
ずかずかと、肩を怒らせ通りを行く。その後に続くのは、どうして俺が怒っているのか解っておらずオロオロしているラズと、俺に手を引かれるままについてきている深月君だけだ。
ギルド区画の通りを半分ほど過ぎると、冒険者らしい冒険者の姿が減っていく。ここまで来れば、ギルドで騒ぎを聞いた冒険者も少ないだろう、って魂胆だ。そこで漸く、俺は後続を振り返った。
「深月君」
「うん?」
そこにあった顔は、やっぱり何処か間抜け面していた。俺が立ち止まって振り返った事に、とても驚いていたみたいだった。
「このクエスト、絶対成功させるよ」
力を込めてそう言ってやっても、深月君はきょとんとしてまばたきするばかりだ。話、ちゃんと聞いてんのかよ、と、つい、イラッとくる。
「ディオに言われなくても、俺はそのつもりだって、さっきから言ってるじゃん」
にべもなく告げられて、そういえばそうだったな、なんて納得させられる。
バカは俺の方じゃねぇか。
イラッとなんて、する資格すらない。
「…………兎に角、絶対ジジイ達をあっと言わせてみせるよ」
「ああ、当然だろう?」
にやりと笑う様子は、どこか不敵に見える。ひょっとしたら、本当にどうにかなってしまうかもしれない、なんて思えるから不思議だ。
まあ、少なくとも、俺よりも深月君の方が強いだろうし。頼もしさすら、感じられそうな気がする。
成る程、これが人徳。
……ふ、どうせ俺には備わってないよ、そんなもの。
ぐすん。泣いてなんか無いぞ!
まあ、まあ。いいさ。
「それで深月君。これからクエストに向けて旅の支度をする訳だけど、君は何が必要だと思う?」
一先ず、最もお金のかかりそうな防具の新調かな、なんて思いながら訪ねた。流石にブレザーよりも冒険者の為の防具の方が強いだろうから。
でも返答はなくって、その表情を伺うと、てんで解らないって顔している。おいおい……大丈夫かなあ、ホント。
「ええと深月君、戦闘の手段は?」
「戦闘の、手段? 正々堂々、戦えばいいんじゃないの?」
えー……どんなボケだよ。それとも、俺の聞き方が悪いのか?
「武器は? て、聞いてるんだけど」
「ああ! なんだ、最初っからそう言ってよ。これがある!」
解せぬ。解せぬぞ。
それにしてもブレザーに帯刀っていう、結構気になる姿。多分、それが得物なんだろうなーて思っていたら、わざわざ抜いて見せてくれた。
抜いて見せてくれたのはいいんだけど…………。正直、錆び付いていてナマクラもいいところだ。むしろこれ、ナマクラどころか刃引きされているようにすら見える。これだけ錆びていたら俺の料理包丁の方がまだ、切れる気がする。
なんか、いやーな予感がするな。
「……深月君、これ、どこで手に入れたの」
「親切なおっさんが、武器持ってないオレの為に交換してくれたんだ。宝剣だから本当は渡したくないけど、手ぶらは危ないから譲ってやるって」
うーわ……、嘘だろ? 騙されちゃったのかよ、そんなのに。親切じゃないよ、その人。今時分、幼児でも騙せないぜ? そんな嘘。
「それ、何と交換してもらったのさ……」
「ああ、校章だよ。綺麗な飾り物だなって、高価なものと勘違いしてくれたみたいでさ。オレ的にはラッキー、なんて……。あー、つっても解んないか! えーと、学生の証って言って、解る?」
「うん、なんとなく」
うん、ばっちり解るけどね。とは言わず。
まあでも、校章か。確かに日本製ならば、何だって高価に見られそうな気がするけれど、もっと致命的な物が盗られなくて良かった。そういう意味では、深月君は幸運なのかもしれないな。
「うん。取り敢えず冒険者の深月君にはまず、武器と防具が必要だね」
「武器はいいって。それがあるから」
うわあ……めんどくさいなあ。
深月君、ひょっとして、日本にいた頃から料理なんてしたことないんじゃないかな? そうでなけりゃ、それだけ錆びた刃物が切れないって解らない筈がないだろ……。
もしくは、『宝剣』って部分、信じちゃってる? 戦闘時にだけよく切れる立派な大剣かなんかに化けるとか、そんな誤解してないよな?
あり得そう。
あー、もう。めんどくさいなあ。
……どう、丸め込んだものか。
「深月君、これは宝剣なんだよね?」
「そうだよ」
「なら、モンスターの返り血で汚して価値を下げてしまうのは、勿体なくないかな?」
「あー、なるほど! それはそうだな」
形式的な護身刀よりも、ちゃんとした武器を持った方がいい。クエスト成功の為には、当然の装備だろう。そこの所の理解が早くて、ほんと助かった。
っていうか、納得するの早すぎるよ!
もっと悪質な人に騙されやしないか、お兄さん心配だよ!
まあ、いいけど。
もうその錆び剣は、『宝剣(笑)』として、深月君の宝物になればいいさ。そのうちいつか、とんでもない価値を持った錆びた剣になれるだろうよ。
それはさておき、予定通りの防具屋にたどり着いた俺ら子供組は、堂々と店を構えるそこに乗り込んでいった。場違い間が半端なかろうが、今は勇者気分で乗り込んでいくしかない。
え、子供組って、何だよって? 俺と、ラズと、深月君の三人の事だよ。
深月君は言わずともがな。立派な学生で、日本でもここでも未成年だ。まあ、未成年だろうが冒険者になることは可能だから、防具屋だって邪見にはしないだろう。何より、金を持っているし。
ラズはまあ、年齢だけは無駄に高いけれど、見た目も中身も幼いからな。竜人の子供だっつっても、誰も疑いやしないだろう。
俺に至っては、一応商人の肩書きを持つことが出来たけれども、やっぱりこの世界では成人扱いされなくって。この貧弱容姿も手伝って、年相応に見られた試しがない。……はあ、ツラい。
だが、例えどんな目で見られようが俺は負けない! 深月君のため、そして何よりも俺の為に! 俺たちは重厚(に見える)扉を開き、堂々とその店に踏み入っていった。
* * *
解せぬ。
意味がわかんねえ。つい、日持ちする根野菜を眺めながら深く、溜め息をついた。
「えーと、まあディオ? あんま気落ちすんなって」
慰めて来るのは、ブレザー姿の深月君。俺が次から次へと彼の持つカゴに食料を放り投げていっても文句を言わず、ただ、俺の気が晴れるのを待ってくれているみたいだ。
クソッ! なんだ、これ。年下にフォロー入れられるとか、どんだけ情けない事か!
悔しさ反面、自分の感情の安定しなさ加減にイライラする。
……は、まさか! これが更年期障害?!
やだわー。
いや、うん。違うって、解ってるからな?
うん。結論から言おう。防具屋には、ブレザーを上回る高性能な防具はなかった。
驚く事に。マジで。
どうやら制服そのものに、強い祝福が込められていて、下手な防具よりもよっぽど身を守れる、らしい。羨ましい。
夜は冷え込むからっておっちゃんが言うんで、旅の為の厚手のマントは買ったけれども、防具屋ではそれだけ。
『そういえば深月君の格好は、ここら辺では見かけないね~。どこから来たの~?』
『日本って、所からから来たんだ~』
なんて、アホな会話すらなかった。と、いうか、聞かなかった。
武器は幸いな事に、武器屋と間繋がりの鍛冶屋に見てもらえた。
というか当初は、『こんな剣の形状で、もっと軽くて振りやすいのないだろうか。見繕って欲しい』とお願いしただけだった。けど、ボロっちい剣と、それを持つことになった経緯を話したら、鍛冶屋の親方が熱くなっちまったのだ。
お陰で、『宝剣(笑)』の錆を落として、滑り止めの皮を巻き直し、あっという間に潰れていた刃が直された。更にはそれまで『宝剣(笑)』を納めていた鞘もボロボロだったもんで、真新しいものと取り替えてもらっていた。
なんだかなあ。トントン拍子に話が進み過ぎて、途中で俺はついていけなくなった。
これが異世界転移して神様からチートもらった奴との格差、だろうか。……はあ。溜め息が深い。努力じゃ埋められない運、って、やつかね?
で、身辺や旅に必要と思われるその他を整えた所で、俺は『自棄買い』と言われてもおかしくない量の食材を、露天をはしごしまくって手にいれていった。
女じゃあるまいし、それで気が晴れる事もなかった。代わりに自棄買いにより、一店舗で買う量が量だったから大分安くつくことが出来た。うわあい、ラッキー。
………………うん、主婦ならぬ主夫が入っているのは認めよう。
大量の荷物を持ってギルドに戻ると、また、エクラクティスに大爆笑された。そんなに食べ物ばっかり買ってどうするの? って、うっせえのなんのって。
ああ、残念ながら、俺の知っている限り、四次元なポケット張りに物が入って重さを感じない、なんて便利な袋はない筈だ。まあ、ひょっとしたら魔道具の生産が盛んな都市に行けばあるかもしれないけれども……。
……まあ、ワイバン使って大量輸送の運送ルートがあるくらいだ。期待は、出来ないけどな。
え? ああ、ラズはどうしていたかって? 暇していたよ、ずっと。俺があんま構ってやらなかったせいもあるけどな。深月君が余りにも面倒かけてくるから、必然的に深月君に構いっぱなしになった。
マジで、手がかかる。早く自立してくれ。色んな意味で。
エクラクティスに笑われながらも、荷物を乗せさせてもらう為にエンマの元へと向かった。今の俺は他の冒険者に何事かと見られたけれど、何も気にならねぇな。
そしてエンマを見た深月君は、めちゃくちゃ喜んでくれた。
「これが異世界かあああ!」
なんて叫んでいたが、周りに気にも止められていなかった。
もう既に、周りは深月君の奇行に慣れたのかよ。びっくりだ。だからつい「異世界?」 って笑ってしまうと、「あっ」 と、バツが悪そうな顔をされた。
「えっと、その……ディオ。信じられないかもしれないけど、オレ、この世界の人間じゃないんだ」
唐突なカミングアウト。つっても、知ってたけど。
そして何でそんなに気まずそうな顔をしているのかが、さっぱり解らない。
「それがどうかしたの、深月君」
「どうかしたって……。変だって、思わないのか? 頭のおかしいやつだ、って」
わー。転移してきたって事、他の人にも言っちゃったの?
まあ、服装からして丸っきり文化の違う所から来たってのは、誰だって解るだろうけど。異種族が無数に存在しているこの世界でも、異世界人発言は、頭の異常を疑われるって事なのか?
……気の毒。
「変かどうかなんて、思うヒトそれぞれだと思うな」
少くとも、俺は変だと思わないからな。そうでなければ、自分で自分の事を変だって肯定する事になる。
「けど俺としては、数えきれないくらいの種族が住んでいて、奇跡を起こすような魔法が存在する世界だから、そういう人もいても不思議じゃないんじゃないかって、思うよ」
なんて言ってから、自分の失言に気がついた。
「ディオ……ありがとう」
深月君は気が付かなかったみたいだけれども、このセリフ……よくよく考えたら、俺自身も似たような境遇になければ出ないセリフじゃねえか。お礼を言われて、余計に冷や汗だらだらものだ。
外見が日本人と変わってない俺。お前もそうなんじゃねぇのって、いつ言われる事か。
なんて杞憂も一過性に過ぎず、エンマの背中から縄梯子を下ろしてやると大はしゃぎだった。やれやれ。
「オレ、ここに来て良かった……」
「大袈裟過ぎるよ」
つい、苦笑いしてしまう。
「ミヅキさん、用意は出来ましたでしょうか」
散々騒いでいる俺らに声をかけたのは、旅装束に身を包んだシャラさんだった。いつもは緩く結い上げている綺麗な銀髪は、ポニーテールの如く高く結んでいる。
そして今はギルドの制服じゃない。動きやすそうなベストにパンツスタイルだ。軽装な防具として胸当てや肘宛、グローブをはめている。
その背にある長弓は、エルフの血を引いてるから弓なのかな? 外套をさっとはおり、コンパクトにまとめられた荷物を開いた肩にかけている様子は、限りなく俺の中の『冒険者エルフ』のイメージを再現してくれている。
「シャラさん、弓使いなんですか?」
「ええ、まあ。ですが、短剣の方が得意ですよ」
弓に、短剣……。長距離派? 短距離派?
なんか暗殺者みたいだなあ、なんて。
……え、そんなことないよな? 多分。
麗しの受付嬢は、冒険者相手に時には乱闘を抑えないといけないから、必然的に腕が立つ必要がある、って事だよな? 美人の暗殺者とか、どんだけ美味しいの。
……はっ、ヤバい! くっだらない事考えていたせいで、シャラさんににっこり笑いかけられた。絶対零度のやつ、な。曖昧に笑い返して、さっさと荷物を積み直す事に徹する。
それにしてもシャラさん、ほんとに来てくれるんだ……。感激。
「おおー、みんな張り切ってるねー」
その後ろから現れたのは、先と全く変わらないエクラクティス。え、長旅になりそうだっていうのに、こいつ特別何か用意したって感じが全くしない。
ギルドマスターに登り詰めるまでに、やっぱり冒険者はやってたと思うのだが……。そこまで実力があると、身一つで何でも出来ちゃう、って事か? わー……羨ましい。
宿屋に置いておけなくなった俺なんて、エンマが居なかったらどうするのってくらいに荷物ばっかりなのに。
ああ、引き払ったよ、宿。宿屋の豪快なおばちゃんに、めちゃくちゃ心配されたさ。
あんたそんなに軟弱なのに、冒険者の行く先についていって大丈夫なのかい? って。
ははっ。もう、何も感じねえわ。
「気を付けて行ってこいよ」
「ああ、行ってくるよ」
エクラクティスと一緒に来たレバンデュランにそんな事言われて、手を挙げてそれに答える。
約束守ってくれよな! なんて身を乗り出している深月君のたくましい事と言ったら、羨ましいわ。マジで。
さて。ここにこうして頭数がそろった訳で。
後はもう、腹くくってやるっきゃない。
シャラさんに手を貸しながらエンマの背に上がってもらっていたら、横でひょいひょいっと、飛び上がったエクラクティスに先を越された。そういうの見せつけられると、こいつほんと、ギルドマスターなんだなあなんて、しみじみ思う。
疑っていた訳じゃないけど、なんというか、眉唾ものだったから、さ。
それぞれ適当に座らせたら、縄梯子上げていたラズは何も言わずにちゃっかり御者台に座った。呆れてじっと見ていたら、「いいでしょ? 兄ちゃん!」 なんて、可愛い子ぶって嬉しそうに笑った。
それをやっていいのは、女の子限定だと思うのだが。
……まあ、いいけどな。今日、朝置いていった分くらいは、甘やかしてやるか。
さあ、ここからが俺らの初仕事だ。絶対に、やりきってみせる。
「それではこれより、断崖の森へ向けて一回目のフライトを始めます」
「待ってました~!」
ちょっと。バスツアーのガイドさんに野次飛ばすおっさんと、同じ事するのはやめてくれ。一生懸命練習した口上の調子が狂うから!
「ありがとうございます。特に上昇中は危ないですから、必ず安全用ベルトをして、席は立たないで下さい」
聞き様によっては、インフォメーションの仕方で深月君にバレそうで怖い。そんな思いが先走って、練習していた通りに言えなかった。
うわー! シャラさんの時はちゃんと言えたのに!
咄嗟に深く頭を下げて、恥ずかしさから出たしかめっ面を隠した。どうにか体裁を取り繕って、御者台に上がる。
気がつくと、演習場にいるのは見送りのレバンデュランだけではなかった。沢山の冒険者達が、演習場にあるレバンデュランとワイバンとその他の姿に何事かとのぞき見ている。
ああ、これ。俺らには初っぱなのアピールすべき場だって事か。
だったら。
「エンマ、頼むわ」
俺の呼び掛けに答えるように、エンマは一つ唸る。そして翼膜を広げるように、ばさりと翼を振ると、同時に風が起こった。
次の時には、エンマは伸び上がった反動で地を蹴って。重力に引っ張られるような感覚に、思わず口元が緩む。
面倒な依頼ではある。けれども。
お客を乗せて、沢山のヒトに見てもらいながら仕事始めに空を飛ぶ。それだけの事なのに、嬉しくって仕方がない。
青い空がどんどんと視界一杯に広がって、あっという間に足元の街は地図のようになっていた。あそこからレバンデュランは見上げてくれているのだろうか。
親父殿。それから……一応、カミュ。
俺は、街を出るよ。
絶対に、大金持って帰ってみせるから。ぎゃふんと言わせてやるから。
覚悟、してくれよな!
……ああ、なんか、清々するな。




