新人研修って、俺もやらなきゃダメなのか?.3
冒険者達の為のカウンターに連れ立って向かうと、一つのカウンターだけ人の列が停滞しているようだった。
そして周りにいる歴戦の冒険者達は、その騒ぎの中心に自分達は関心を寄せていません、みたいな体を装っている。他人事を装っているけれども、どいつもこいつも聞き耳を立てている事はよく解った。
と、いうか、面白がっている野次馬が多すぎるだろ。
聞けば、高ランク受けようとして、受付嬢を困らせている子供がいる、とかなんとか。うん、間違いなく深月君だわ。
ああ、なんで冒険者達が他人のフリをしているか、って。
多分皆、受付嬢に無茶ぶりで『一緒に連れていってあげて』と、言われるのが嫌なのだろう。
「ちょっと、ごめんね」
そんな微妙な空気の中。エクラクティスがその人垣を割って入っていかなかったら、俺も間違いなく他人のフリをしていた。
「何をやりたいんだい、ズッキー?」
後ろから声をかけたエクラクティスに驚いたのは、何も深月君では無かった。
「エクラクティスさん?! いらしていたのですね」
受付嬢がその名を口にした途端、様子を伺っていた周りの冒険者達がざわめいた。別のギルマスがこんなところになんで居るのか、とか、ギルマスに親しげに話すあのガキはなんだ、とか。みんな言いたい放題だ。
って、いうか、ギルマスなだけあって、名前知れていたんだな、エクラクティス。びっくりだよ。
あ、俺も言いたい放題だったわ。
はっはっはっ! これも棚の高いところに入ってたわ。見えない、見えないぞー!
「ズッキー言うな。オレは、深月」
深月君は、どんな時でも自己主張を忘れないようだ。別に、ズッキーでもいいと思うけどな。
「まあまあ、ズッキー。細かいことは気にしていたら始まらないよ」
エクラクティスは、どうにか丸め込んで『ズッキー』を押し通したいらしい。
どうでもいい話だが、そう言われる度に、某やんごとなきお子様が出てくるアニメを思い出すのは、俺だけだろうか?
まあいい。
深月君が握っていたクエストの依頼メモを取って、エクラクティスは眺めながら笑った。
「じゃ、それやろっか」
途端。ぞぞぞと、嫌な予感が背中を登って撫でてきた。ぶわっと出た鳥肌に、一人腕をさする。
え? 何、今の。なんでエクラクティスが笑っただけで、こんなに嫌な予感がするのか。
「けれど、エクラクティスさん!」
そして俺の疑問を深めるように、受付嬢――――セナさんの非難めいた声に、エクラクティスはからからと笑って得意気にウィンクした。
「いいから、いいから。僕も一緒にいるんだよ? 心配しないで」
「いえ、そちらの方が尚心配です」
ただ、エクラクティスをぶった切るような返答をされた事に、当人はまた大笑いするって……。いや、どれだけエクラクティスは警戒されてんだよ。
「断崖の森に迷い込み、住み着いたサラマンダーを討伐、もしくは追い出し、ね」
さらっとクエスト内容が明記された紙を読み上げると、そんな事を言ってくれた。
…………って! サラマンダーとか、初心者が相手するモンスターじゃねえだろ! え?! それ本気で行くのか?
無理だろ、無理! 素人が戦える相手じゃないよ!
しかも森にサラマンダーって! 悪くすると大火事だよ、丸焼きだよ! くん製だよ!
俺、側にすら行きたくないんだけど!
「丁度足も引き受けてもらえたから、断崖の森まであっという間だね」
「当然だろう!」
逃げ出したいと思っている所に、止めの一言。ね、ディオ君? ……なんて、こっち見るんじゃねぇ!!
……深月君、無茶だって。胸張ってやる気見せても、無理なものは無理だろ!
ただ、本当に残念ながら、更に追い打ちをかけてくる。
「誰かパーティーでも募るかい?」
「友達いないから一人でいい」
うん。まあ、そりゃ、そうなるよな。
うん。なんか急に可哀想になってきた。
確かに俺も今世で友達らしい友達が居た試しは無い。無いとも。
……ああ、居ないよ?! 基本的に親父殿の店に売られてきた奴隷と、トラウマものの兄弟と、ご近所の商店のおっちゃん達やジジイぐらいしか知り合いいねぇよ!
コミュニティの狭さ異常だと思っているが、仕方ないと思うんだ、こればっかりは。
あとは……常連の金持ち、とか? いや友達、ではねえな。顔見知り、だ。
…………なんで奴隷商の常連になれるのか、なんて理由は正直考えたくないけど。
そんな事はよくって!
聞いた限り、昨日今日でここに来た深月君は、俺なんかよりもずっとホームシックになっている事だろう。なのに子泣き爺にからかわれ、冒険者達の見世物にされ……。
あれ、かなり嫌な目にしか合ってない。……よな?
それを感じさせない、彼のポジティブさ。きっぱり言い切る深月君の姿には思うところがある。
異世界という、それまで彼が積み上げてきた対人関係などが一瞬にして失われたのだと考えると、なんだか泣けてきた。……うん、話すようになったら、少しは優しくしてあげようと思う。
「エクラクティスさん、本当によろしいのですね。その……」
「うん、大丈夫。だってどうせ、森にすらたどり着けないと思うからさ」
「おい! オレは何度も言ってるけど、絶対やり遂げて見せるからな!」
「どうだかねぇ」
おいおい、エクラクティス。頼むからあまり煽らないでやってくれよ。今の俺は結構、深月君に同情的だからな。頑張れ、深月君。
応援は、してるよ。応援は。
「解りました」
がっくりと肩を落としたセナさんは、諦めたように溜め息をこぼしていた。もちろん彼女の言葉は間違っていない。でもドンマイ。相手が悪かった。
「それでは、クエストの手続きを行います。期間は特別ありませんが、討伐された場合は部位を一部持ち帰って頂ければ完了とさせて頂きます。討伐が出来ず、森から追い出す事が出来ましたら、おおよその逃走経路を報告して頂ければ、確認が取れ次第クエスト完了とさせていただきます」
おー、成る程。クエスト自体はよくあるパターンらしい。俺も初めて知った。
「うん、解った」
「通常であればクエストの放棄には罰則金が付きますが、今回はギルドマスターの権限を使用ということで、形式上正式な依頼にはなりません。その為、ミヅキさんが継続不可能と判断されましたら、ギルドマスターに報告して棄権して頂く事が出来ます。よろしいですね」
セナさんの笑顔には、有無を言わせない迫力があった。多分、受付嬢に出来る最大限の逃げ道を用意してくれたのだろう。セナさんマジ天使じゃないか。
「んー、解った。まあ、オレは、逃げないけどな!」
「健闘を祈ります」
深月君の宣言をさらりと受け流して、セナさんは深く頭を下げた。うん、まあ。研修って言ってたし、死にはさせないと思うから、大丈夫だろ。
……大丈夫、だよな?
「よし、じゃあ戻って作戦会議といこうか。ん~、わくわくしてきた!」
浮き足立つのは、エクラクティスだけだ。そしてエクラクティスに背中を押されてこちらにやってきた、深月君と目が合って、つい、会釈していた。
「あんたも、このおっさんの関係者なの?」
何と言うかこう、何処かトゲを含んでいる物言い。多分、エクラクティスの仲間と思われているんだろうなあ。遺憾である。
……うん、彼は学生。加えて言うなら見た目的には、ぶっちゃけ俺とタメだ。彼が俺の実年齢を知る術はないのだから、当然の反応だ。広い心で、この同郷の冒険者を受け入れよう。
「一応、ここの、ギルドのね。俺は、ディオ。こっちが弟のラズ。エクラクティスが言っていた足係だよ。よろしく、深月君」
つい、ひねくれた言い方をしてしまった。だって、一応俺は、レバンデュランに仕事やっていいって、認められたんだし。ちょっとな、エクラクティスの仲間ってだけは、思って欲しくない。
けれど深月君は大して気にしなかったみたいだ。
「よろしく、ディオにラズ。俺の為にありがとう!」
わー。ほんっと、ポジティブだなぁ。深月君の勢いに俺、負けそうな気がする。がっと、捕まれた手をぶんぶんと振られた握手。余った勢いに、肩が取れそう。
……特別頑丈な体にチートって、嘘じゃないのかもな。ところで、チートってどういう意味なんだ? ま、いいや。
早速ギルドのエントランスに戻ったら、ジジイを除く先のメンバーが顔を連ねた。
じじいはどこに行ったんだ? なんて、疑問に思っていたら、『少し席を外すから話をするならエントランスを使っていい』との伝言を、シャラさんは教えてくれた。
なんでここに集められたかって、エクラクティスがさっきも言っていたように、作戦会議だそうだ。やっぱ研修だけあって、もう少し詳細なフォローはしてやるつもりらしい。少し、ほっとする。
「シャラ君、地図はあるかな?」
「ええ、どうぞ」
カウンターから出したのは、この周辺一体の地図だった。
あれ? 俺この世界で十何年生きていて、タクシーやるために地図読み漁ったけれど、ここまで広範囲の地図、初めて見たぞ?
俺の住む街のある大陸が、丸々乗っているんじゃないかって思ってしまうような地図。そんなスケールで書かれているせいで、俺の街が豆粒程度だ。
あんなに広いセリーア平原が、手のひらに収まってしまうんだもんな。そりゃ、街も豆粒になりもするか。
街の範囲を出ると、ただひたっすらに山や海が書かれている。それがどんなスケールなのかはさっぱり解らないが、兎に角広大な海と山が広がっているという事だけは解った。
……隣の大陸らしいものが、地図の端に書かれているが、これ、本当に隣の大陸なのだろうか? わからない。
でも何でわざわざこんなでかい地図を……? なんて疑問に思ったのも束の間、そうでなければルートが確認しづらいからだと気がついた。おおよそ楕円形の島の端の方にある街と、大陸中心より少し北寄りの先にある森。二つを同時に見ようと思えばこうなるのも当然、か。
断崖の森の名前こそは聞いたことがあったが、ここまで遠い場所にあるとは知らなかったな。
断崖の森は名前の通り、昔は一つだった森を二つに断つように、絶壁がそびえている事に由来すると聞く。片側が隆起したのか、地盤沈下を起こしたのか。どちらでもいいけど、兎に角崖の上の森は、大陸北部にあるエルド火山の麓まで広がっている。
多分件のサラマンダーはそこから誤って下山してきて、何かしらの理由で火山に戻らず住み着いたと。そう言うことだろうか。
……こりゃ、一日で片付くクエストじゃねぇなあ。
取り敢えず後で少し時間もらって、宿引き払ってこないと、だなあ。
え? 何でって……。
どれくらい研修に時間を取られるか、解ったもんじゃないし。遠出している間に荷物無くなるのも嫌だから、全部引き上げて来ねぇとだし。
え? 研修中くらい宿代ケチらないで、部屋借りて荷物置いときゃいいだろって?
……あのな、言っとくが、人が居ない状態で荷物がほとんど無くならないのは、前世も今世も含めて日本くらいだからな?! 席取りに鞄置いていて平気なの、マジで海外もとい異世界では有り得ないから!
もう、平和ボケた疑問投げ掛けてくるのは勘弁してくれ!
……こほん。取り乱した。失敬。
俺も、この大分無謀な大冒険に、嫌気がさしているみたいだ。
「ディオ君、この距離なら移動にどれくらいかかりそうかな」
「ええと、そうだな……」
エクラクティスに訪ねられて、改めて地図と向き直る。エンマは平気で半日飛び続けるだろうけど、多分、乗ってる方が参ってくるだろうしなあ。
ざっと計算してみたところ、街から断崖の森まで直線で結んでもかなりの距離がある。その線の近いところにある街の数をおおよそ見ると、大体十は越えている。搭乗者の為に休憩を挟むことを考えたら、片道半日以上はかかるだろう。
「今から出たとして……ぶっ通しで飛び続ければ、今日中には森に一番近くの街まで行けると思う。けど流石にそれは難しいから、休憩を挟みながら行くと、恐らく半日以上は余裕でかかるかな」
タクシーが半日以上かかるって、日本だったら一体何処まで行けるんだって話だけども。まあ障害物の無い空とはいえ、生き物が飛んで運ぶんだ。定期的な休憩は安全面を考慮しても必要だろう。飛行機みたいな機械とはまた訳が違う。
「半日ちょっと! へえ、早いもんだね。と、すると、行って戻ってくるので大体一日。クエストをこなすのに多分、一日から二日かかるだろうから……まあ、三日で片付けば時間的には上々かな」
ここから徒歩なら三週間以上、馬車を駆っても往復すればやっぱり二週間近くはかかるだろう。それを考えると、確かに空路は格段に早いと言える。
うんうん、商売的な手応えはいいそ。これなら、少々高めに料金を設定しても、文句は言われなさそうだ。よしよし。
「三日……。夜は何処かに泊まるのか?」
深月君…………。解っているだろうに。わざわざ聞いちゃうのか、それ。
「やだなあ、ズッキー。着陸した場所によっては夜営なんて事もあるに決まっているだろう?」
「…………く、やっぱりそうなるのか……」
「ズッキー。夜営も出来ないで、本当に冒険者やるつもりだったのかな」
「まさか! そんな訳ねーよ! ただ単に、……大変そう、だなって、思って」
正直言って『大変そう』では済まないと思うな。
特に、深月君はこちらの布団の固さにすら慣れていないだろう。日本の布団やベッドのクオリティの高さには、つくづく驚かされるばかりだ。それがないと知った、かつてのショック感。あの衝撃は、結構でかかった。
なんて言うのも、今ではいい思い出だ。
それにしても『早速この世界の絶望を知れ』、なんて突きつけられたその問題。何処かに泊まるのも別に悪くはないと思うんだけれども……。多分、エクラクティスがそれをさせてくれないだろうなあ……やれやれ。
あ、れ……? と、言うか深月君。君は昨日、どうやって夜を過ごしたんだ……?
かなり気になるところだが、また今度聞く機会があれば聞いてみよう。
「用意するもの、沢山だね。その辺どうやって用意するつもりだい? よければ参考までに、聞かせてくれないかな?」
うーわ。またきらきらと楽しそうな笑みを浮かべちゃってるよ、こいつ。絶対わざと、やってるよなあ。
どれだけ行かせたくないんだ、って。親切が遠回しすぎて当人に伝わんないだろ。
「それは、そうだな……。これから考える」
「まさかと思うけど、行き当たりばったりでどうにかなるって、思ってないよね?」
にこにこと。端から見れば笑顔の鬼畜。緩やかに尋問している様は、真綿で首を絞めにかかっているようにしか見えない。
うーわ、おっかねぇ。なんて思っていたら。エクラクティスの背後に大きな影が落ちていた。
「エクラクティス、そういう言い方はないだろうが」
「あいたっー!」
刹那。じゃらりと何か重たげなものが、エクラクティスの頭に落とされた。
「痛いじゃないか、レバンデュラン」
「ふん、少しは加減しろってこった」
涙目に訴えていらっしゃるけれども、レバンデュランは全く取り合う様子もない。
「ディオ坊」
「……何?」
ちょいちょいと、手招きされてそちらに足を運ぶ。
余談になるけど、ラズは当然ついてこなかった。
「お前にこれを、預ける」
手渡されたのは、先程エクラクティスに落とされた袋。え、これでエクラクティスを撲殺しろ、ってことか?
多分、どんなに俺が腕力奮っても、打撲にすらならないと思うぞ? ……ラズにでも、任せるか?
なんて事を考えたいたら、ものすっごく眉をひそめられた。
「こら、ディオ坊。どうせ物騒な事考えているんだろうが、違うからな?」
「え? エクラクティスをこれで殴るんじゃないのか?」
「違う。これで、ミヅキが必要だと言ったものを買ってやってくれ。それから、こっちはお前への賃金だ」
「ええ?!」
これにはメチャクチャ驚かされた。え、研修ってそこまでお膳立てしてくれるのか?! びっくりなんですけど!
そしてジジイ、太っ腹だな。一回の運送でこんなにもらっていいのかよ! 渡された袋、じゃらっじゃらしてるよ、じゃらっじゃら。
なんて、思っていたら。
「…………まあ、驚くのも無理無いが。あのクエストは、冒険者達も受けたがらない。だから、元々援助金が出る事になっていた。これは、その金に過ぎないからな」
ああ、そう言うことかって、納得する。それにしても、この援助金の袋、重くないか?
……つまり、それがこのクエストへの重さって事か。
やだわあ。
「ええ~……。俺、そんなクエストに付き合わされる訳?」
「ああ、まあ……。お前は特に命を守るよう動けばいいと思うから、頑張れ」
「はあ?」
何処か気まずそうに目を反らして言いやがったジジイに、つい、イラッとしてしまったのは、仕方がないと思う。
ぷっつん、と。何かが俺の中で切れた。
「無責任に応援するなよ、クソジジイ」
なんだ、そりゃって、思いたくなったのも仕方ないと思わないか。
ほんっとムカつく! ほんっと腹が立つ! 俺が戦えないってことは、ジジイが一番解っているだろうに! なんでサラマンダーの退治に、俺が付き合わされないといけない訳?!
しかも送迎。ふざけんな! 結局俺がエクラクティス達と森まで行かないといけない事実は変わらねぇっつーのに。
しかも、命を守る行動を取れ、だ?! 一体何処の台風災害だよ。警報出すにしても、もっとマシな言い方があっただろうが!
警報出されようが、命を守れって言われようが、一体俺にどうやって気を付けて身を守れ、と?
ふざけてるの?
冗談だよな?
バカなの?
あっはっは。流石ジジイ。ジョークのセンスもギルマス級だぜ!
………………ふ・ざ・け・ろ・よ!
「深月君、行くよ」
つかつかと、彼の元に向かった俺は、相当不機嫌顔だった自覚はある。お陰でラズに少しビビられた。はっ、今の俺には全く気にならねえわ。
「ええと、ディオ。一体何処に――――」
「いいから。黙って来い。準備するぞ」
「お、おう…………」
クソ! こうなったら絶対、このクエストクリアさせて見せる!
「食料も忘れないようにねー」
「解ってるっつの!」
ああー! もう! エクラクティスぐるみでけしかけられたのが、ほんっと腹が立つ!
ええい、見てろよ! 例え俺自身が戦えなくても、戦うためのあれこれを持っているって、見せつけてやんよ!




