はみだしものたち、美女と野獣
その場所は、表が冒険者御用達のギルドであるならば、裏側にあたる。
受付嬢たちがカウンターで冒険者たちを待つエントランスから、そこに行くことは出来ない。ギルドマスターの管理の元、依頼に上がった罪人から泥酔したどうしようもない冒険者の折檻までが収容される牢である。
もちろん、あくまで一時的にヒトを入れておくための物だ。罪人が入る可能性があるからといって、外部の明かりも入らない閉鎖的な場所という訳ではない。ただ、少しばかり深く地面を掘り返し、モルタルさえ使われずに隙間なく石レンガを詰めたそこは、天上の高い井戸のようだ。
ご丁寧に、魔力を封じる仕掛けまで働いている。
誰かの性格をそのまま表したかのような造りに、レバンデュランは呆れて肩を竦めた。
天窓から射し込む日差しが、レースのカーテンのようだ。ゆっくりと舞い降りる埃をきらきらと輝かせている。
螺旋階段を降りる足音は、モンスターと闘うために意識的に消す冒険者と言えど、どれほど忍ばせても響いてしまう。
その足音は、部屋でのんびりとしているどこぞの男にも、恐らく聞こえている事だろう。
は、と息を吐いた拍子に、防具ががちゃつく。
奥で、小さく身じろぎした音がした。恐らく、向こうも来訪者に気が付いたのだろう。地上まで吹き抜けの風通しのよい収容場所で、にわかに緊張感が出る。
並ぶ鉄格子は物々しい。しかも、もしかすると定期的に磨いているのかもしれない。妙につややかで、一層気持ちが引いた。
入れたものは出入り口以外から出入りさせる気がない、と、言わんばかりの周到さを見せつけられた気がして、思わず眉根を寄せる。
鉄格子の向こう側は、驚くことに閉塞感はない。それは、入れられた者への配慮なのか。
ちらと目線を上げると、そこそこ自身の身長はあると思っていたレバンデュランでさえも、天窓は遠い。
はあ、と。今度こそ溜め息が出た。
あほじゃないか、と、思う。こんな設備をつくって、ギルドマスターではなく、一帯を自治でもしているつもりなのかと問いただしたい。
がらんとした牢の前を抜ける。
この辺りは折檻部屋としての牢なのだろう。檻の向こうと言えど、生活に困らない程度の最低限の設備が整っている。もしかすると、ギルドに併設されている宿泊施設の部屋よりも、整っているくらいかもしれない。一晩を過ごすには十分すぎる。
そして奥に向かう程に、物々しい雰囲気が増しているのは気のせいではない。
だが、レバンデュランが呆れていたのとは裏腹に、三つほど牢の前を抜けると、目的の姿があった。
中の様子を伺って、何度目かの溜め息をついた。思わず目をぐるりと回して天井を見てしまうのは、最早、仕方のないことだった。
中の様子は折檻部屋となんら設備に変わりない。気になる事と言うと、部屋のすみに置かれた簡易ベットと壁の隙間に、少女がうずくまっている事くらいか。
そんなところに座り込んでいたら、身体が冷えるだろう、とか。
使われた形跡のないベットに、よもや一晩中そこにいたのだろうか、とか。
出された食事や水にいっさい手をつけていないなんて、服毒でも恐れているのか、とか。
言いたい事は多くあるが、ぐっと飲み込んだ。
今、そんな事を言ったところで、彼女に届かないのは明白だ。
どうしたものかと眉間を揉んでいたら、ふと、視線に気がつく。うずくまって膝に顔を伏せていた姿が、そっとこちらを伺っていた。
「なあ、あんた」
なんて声をかけたものか、ここにくるまで散々迷った。
きっと、少女には恨まれている。
だって、騙していたのだから。彼女がたったひとつ大事にしていた居場所を、奪い取ってしまったのだから。
しかし。
しかし、奪い取った事に、後悔はしていない。少女が大事にしていた場所は、大事にするべきものではないから。
自分ならば、もっと正しい場所を与えてやれると思うのは、傲慢かもしれない。
でも。
それでも。
さしのべない。という選択肢は、既にない。
「占いをしてくれないか」
だから、尋ねた。
「お礼はこれだ」
檻の隙間に入るようにと、予め小分けにした小さな包みを置いていく。どんな種族を入れても出られないようにと、狭く鉄格子のはめられた檻は、レバンデュランにとって腕を入れるのが精一杯だ。
床に置かれた食べ物の包みに目を落とすと、少女は硬い表情のまま、唇を引き結んでいた。
疑っているのかもしれない。以前の様に、頼まれたからと動いていいのか、と。誰かに従ったらまた、悪い事が起きるのではないいか、と。
もしくは、食べ物の包みを受け取ったところで、出された食事と同じような目でしか見られないのかもしれない。
ならば。
「毒見が必要なら、俺が先に食べよう」
提案してみるが、少女は微動だにしない。唯一、感情の見えない碧眼が、こちらを見上げただけだ。
無理もないとは思う。自身は一度、彼女を裏切っている訳なのだから。
だが、引き下がるつもりなんて、レバンデュランには毛頭もない。言葉を探して、視線をわずかにさ迷わせたあと、さらに続けた。
「他のものがいいって言うなら、俺が用意出来るものを可能な限り用意する。だから、占ってくれないか」
静寂が、妙に耳に痛い。
ただじっと、こちらを伺う少女に応えるように、同じく真っ直ぐ見返した。
どれほどそうしていただろうか。もしかしたら、動こうとしないレバンデュランに、彼女の方が諦めたのかもしれない。
やがて少女はのろのろと辺りを伺うと、きれいにベットメイクされたままだったベットを見定めた。
ふらりと立ち上がり、躊躇うことなくシーツを引っぺがす。それをばさりと床に広げると、格子の側に陣取った。
それだけは唯一、取り上げられなかったのだろう。小さなテーブルの上に置かれていたカードの山を、シーツの上に乗せると自分もまた、その前に座った。
「座るところも、ちゃんとしたじゅんびもなくて、ごめんなさい」
申し訳なさそうに言われた言葉に、今度はレバンデュランが目をしたたいた。やがて、すぐにああと納得する。
そう言えば、初めて彼女に招かれてうらなってもらった時は、ロウソクやらなにやら用意していた。今更になってそれを思い出し、占いの為の一環だったのかと気が付く。
それが用意できなくて申し訳ないと言うのか。この謙虚さがほんのわずかでも、こうなった原因にあればいいのにと苦笑してしまう。
「気にしなくていい。こんなところで占ってくれって言ったのは俺のほうだ」
笑ってしまったことが不思議だったのだろう。訝しんだ様子で首を傾げた後に、小さな姿はぽそりと呟いた。
「…………なにを、うらなうの」
尋ねられて、『今度こそは』と息巻く。
あの時は、ただ押し付けられた依頼にうんざりしていた。とっとと終わらせたくて、けれども、そのためには踏まないといけない段階が多くて、イライラしていた。その割に、何も用意できていなかったのだと気が付かされて、愕然とした。
でも、と思う。
今は違う。目的は、はっきりしている。
「迷っている事があるんだ。何か、解決の糸口をつかめたらって思ってな」
「……わかった」
こくりと頷かれたのを確認して、レバンデュランは唇をちろりと舐める。自分でも、妙に緊張している事に気が付いた。
無理もない。たった一度きりの、それでいて彼女のための正念場だと思うと、失敗は許されないのだから。
「実はだな――――」
だが。
「だめ」
「え?」
改めて話を切り出そうとした刹那。きっぱりとした声に虚を突かれた。
「あなたの事、言わなくていい。わたしがそれ、知らなくていい。知っちゃダメ。代わりにカードは、答えを知っているから」
自分にそれ以上を告げるな、と。
知る必要ないから、と。
深く知ると、あなたに不利益が生じる相手に、余計な情報を与えてしまうかもしれないから、と。
淡々と理由を並べて、真っ直ぐにこちらを見返していた少女の眼差しに、レバンデュランも口を閉ざす。
「解った」
今はその時ではないのかと。一度様子を見ようと、引き下がった。
引いた彼のようすに、小さな姿もどこかほっとした様子だ。言い合いは、あまり好きではないのだろう。
少女は手元に目線を落とすと、手早くカードをより分けた。
「クレセントムーン」
丁寧にカードをシャッフルしながら、少女は告げる。
「月は、カガミ。あなたの心をうつしてくれる。もつれたなやみの糸を、ほどいてくれる。だから、強くおもって。あなたのなやみ」
「……ああ」
想うのは、目の前の少女の事。
思うのは、自身の決意。
どうか、どうにか。
彼女を檻から連れ出したい。
じっと彼女を伺っていたら、不意に上げられた彼女と目があった。
何か、今。呼吸が合ったと錯覚してしまう。
やがてレバンデュランに向けて、五枚のカードが右に弧を描く三日月の形に並べられた。
手始めに、と。一番近いカードが示される。
「これは、あなたの迷いが生じる前の、あなた。ワンドのキング。逆位置」
一呼吸置いた後に、彼女はこちらを見上げた
「迷いのタネは、ずっとあったみたい。……このまえも言ったことと同じ、あなたには気に入らないことが多すぎて、まわりを攻撃してた。そのせいで、よけいに迷いをふやしてた」
「ははっ、改めておんなじこと言われるなんて、カードって奴はすげえな」
思わず苦笑してしまうと、少女は当然と言った具合に小さく頷いた。
「カードは、うそつかないから」
そして、下から次のカードを示す。
「これは、あなたの悩みの原因。ペンタクルのナイト、逆位置。――――はっきりした邪魔、もしくは妨害があったみたいだね。でも、それだけじゃない。あなたの不注意、行動が裏目に出たせいで、その悩みがうまれたの」
どこか申し訳なさそうに告げられた言葉に、レバンデュランは吹き出した。
妨害は、確かにあった。けれどそれ以上に、自らの不注意が大きいのは事実だ。
「はっ! いやだねえ、違いねえわ」
「……あなたは、そのときにおちついて、しっかり考える時間をとるべきだった」
当たりすぎて、笑うしかない。
だが同時に、期待が持てた。
初めて占ってもらった時と、考えている事が同じで嫌になる。しかし、あのころとは心が違う。
「その通りさ。続きを頼む」
「うん。……三枚目は、あなたの本音」
「ああ」
「女帝の正位置。迷いはあるけど、でも、なんとかなりそうだって思ってる。その心は……幸運や成功がすぐ近くにあることを知っていて、身近なヒトへとやさしさにあふれている」
ふと、少女はそこで言い淀んだ。
「……なら、占いなんてしなくても、あなたは大丈夫だとおもう」
その声は少しばかり寂しさが滲んでいて、思わず仕方がないなと苦笑する。
「必要あるさ」
きっぱりと言い切ったレバンデュランに、少女は不思議そうに首を傾げた。
「俺と、そいつにとって、とても大事な事だから。俺は、どうしても失敗したくない」
「…………そう。そのヒト、あなたにとても大切にされているんだね」
ぽつと呟かれた言葉は、寂しさが滲んでいた。
羨ましいと言わないのは、そんな言葉さえも、今まで持つことを許されなかったせいだろうか。
少女はゆるく頭を振ると、気を取り直したように四枚目を示した。
「これは、悩んでいるあなたを、あなた自身がどう思っているか。……ソードのペイジ、正位置」
場に出たカードに、彼女は頷く。
「……うん、まだ、大丈夫って思ってる。あなたは、今の悩みを受け止めるだけのつよさがあるから」
「そうか」
「でも、そう思えるようになるために、努力したんだね」
「そう、だな」
果たして、彼女をはめた事を努力と言っていいものか。レバンデュランの苦笑の理由を、少女は知る由もない。
残された一枚を、表にした。
「さいごに、あなたのまよいや悩みをなくす糸口は――――吊るされた男、正位置」
そのカードには、見覚えがあった。
確かそれは、先日もあったものだ。
「動けないなら、動かないで一休みするとき。まわりを助けているうちに、状況はかわる。だから……」
「ぶっ……! はははははははは!」
カードの意味は――――確か、そう。
思わず笑ってしまっていた。
「どうか、したの」
「…………いや、そうか」
だからこそ、レバンデュランは深く溜め息をついた。
目の前の少女は、ただ、突然笑いだしたこちらを不思議そうに見返すばかりだ。そんな彼女に、声をかける。
「なあ。お前のカードは、その相手が誰なのかまでは、教えてくれないのか?」
「それはわたしが知るひつようない、ことだから」
「必要だったら、知ってもいいんだな?」
尚も引かないレバンデュランに、流石の少女も怪訝に思ったらしい。
「……どういう、こと?」
「俺にはこのカード、お前のことにしか見えない。吊るされた男、だったか。たしか、初めて占ってもらったとき、自分じゃどうにも出来ない状況って言ってたな?」
「言った……けど」
「俺の悩みはあんただ、お嬢さん。そして俺の悩みを解決できるのも、あんたなんだよ」
まっすぐに少女の目を見つめると、拒絶するように微かに眉を顰められる。
「うそ」
「俺の言葉が、か? それとも結果? けど、カードは嘘つかねえんだろ? あんたがずっと言ってた事じゃねえか」
「それは、言った。でも、ちが――――」
「違わないさ。俺が迷っていたのは、あんたをそこから出すための手段。あんたの事で、どうしても失敗したくなかった」
だから、と。
檻の鍵を、躊躇いなく開けた。それだけでなく、檻の扉も開け放ち、自身は一歩、二歩と、すぐに手が届かない位置まで後ろに下がる。
「なあ。お前ひとりくらい、オレが守ってやる。だから、一緒に来ないか? もちろん、ここであんたが俺の手を取らずに逃げたとしても、咎めはしない。ただ、これだけは解ってくれ。俺は、あんたの帰る場所に、なりたいだけだ」
レバンデュランの行動に、少女は戸惑った様子でこちらを見上げるばかりだ。状況が解らずに座り込んだまま、ただ迷子のような瞳を向ける。
「………………なんで」
やっと口に出て来た言葉は察するに、自由をちらつかせたことすらも罠にしか見えていないのだろうと理解する。それほどまでに、彼女の見えない傷が疑わせてしまうのだろう。
「なんで、そんな事、言うの」
「同情、って言ったら失礼かもしれない。けどな、大それた理由もないんだ。ただ、あんたを守ってやりたい。それだけだ」
「……それがあなたの、何になるの」
「損得じゃねえんだ。けど、そういうのがないと信じられないって言うなら、俺にも利益はある」
信じてもらえないのは仕方がない。ただ、今できることは、彼女の判断を待つことだけだと理解する。
怪訝な表情は、レバンデュランの瞳を見上げたまま、口を閉ざした。
どれほどそうして見合っていた事だろうか。
その時間はほんの僅かだったかもしれないし、とても長い時間だったかもしれない。少なくとも、レバンデュランにとってとても長い時間に思えて仕方なかった。
不意の事だ。未だに動けずにいるふたりの元に、軽い音が聞こえてきた。
ハッとして先に動いたのは、じっと見上げていた少女の方だ。まるで、今から恐ろしいものが来るのだと言わんばかりに、今度ばかりはすがるような目を向けた。
レバンデュランは彼女の様子に苦い思いを噛み殺しつつ、そっと彼女を隠すように、檻の前に立ちふさがる。
誰が来たのか、嫌でも解る。
間もなく、階段を降りてきたものと目が合った。
「よお、そろそろ未来の受付嬢を口説けたか?」
他でもない、ギルドマスターだ。
面白いものを見るように、碧眼を細めてわざとらしく告げる姿に、レバンデュランは改めて苦笑いする。すぐにそばで、先程までの難しい表情をなくした代わりに、目を丸くしている姿に気がついて、いたずらっぽく笑った。
「順番が狂っちまったな。あんたさえ良ければ、俺とギルドに来ないか。俺がギルマス。あんたが受付嬢だ。それが、俺にとっての利益さ」
「うけつけ、じょう……?」
「ああ」
「わたし、が?」
「そうだな。俺はこんなツラだから、冒険者が相手とはいえ逃げられちまう」
ぽかんと口を開いたまま、おずおずとレバンデュランを見上げて頷いた姿は、年相応に幼く見えた。未だに戸惑いは拭えてない小さな姿の前に、驚かせないように気をつけて膝をつく。
腕を伸ばしても、伺うような視線を向けられるだけで、逃げられはしなかった。その頭を、思わずぐりぐりと撫でてやった。
「だから、嫌じゃないなら、俺を助けてくれないか」
「たす、ける」
知らない言葉を言われたと、見返す表情は言わんばかりだ。初めての言葉を飲み込むのに、飲み込みかたが解らずに困っているようにも見えた。
撫でるままにされているのは、ひとえに彼女の理解が追い付いていないせいだろう。
「お前は腕も立つから、頼りにしたい。全部、お前さえよければ、だ」
「わたし…………」
ようやく、混乱した気持ちが落ちたいてきたのか。
大きな手に押し潰されるような気がして、嫌だったのだろう。身を屈めてレバンデュランの手から逃げ出し、途端にハッとした様子で身体を強張らせた。
まるで、逃げた事への報復を、恐れているかのようだ。
「大丈夫だ」
あまりにも怖がるから、思わず口をついて出た。
「お前の行動を、お前の考えを、怒ったりしねぇよ。もちろん、悪いことしたら叱るがな」
そんな言葉は、予想外だったのだろう。ぽかん、とまた口が開いていた。
だが先程とは違い、驚きから戻ってくるのは早かった。
「ほんとに…………ほんとに、いいの?」
不安そうに見上げてくる姿に、ただ力強く頷く。
「受付嬢か? 当たり前だ。むしろ、こちらからお願いしているんだ。選ぶ権利は、あんたにある」
「わたし…………でも……」
未だ迷っているのだろう。言って良いものか、言えばレバンデュランが離れていくのではないかと、答えを探して伏せた視線を揺らしていた。
だからもう一度、強く「大丈夫だ」 と言ってやった。
「言ってみな。そんな事で、怒ったりしねぇから。ちゃんと、あんたの答えがどんなものでも、受け入れてやるから」
遠慮しなくていい、と。
出来るだけ柔らかく聞こえるように告げたからか、目の前の姿は息をのんでいた。
次の瞬間、堰を切った。
「…………っ、わたし……! ここ……は、いやだ……! もう、やだ! ひとりは、やだ! 連れてって、欲しい」
絞り出された答えに、レバンデュランは思わずふっと笑ってしまった。
「もちろんだ。あんたをひとりにしないって、約束する。こいつのいるここが嫌なら、遠い場所にしてもらおう。……そうだな、海の向こうなんてどうだ? ここから離れた事がないなら、見た事ない場所の方がいいだろ?」
レバンデュランの提案に、幼い少女は口ごもってうつむいた。表情を隠すようにうつむいてしまうが、僅かに頷いたのはレバンデュランにも解った。
「そういう訳だ。こいつは連れてくぞ」
「ああ。さらっと失礼吐くお前が面倒見てくれるなら、こちらから言うことは何もないさ」
「ハッ! てめえは百倍失礼なんだから、こんなん可愛いもんだろ」
嘘臭い笑みを浮かべるギルドマスターに、レバンデュランは鼻で笑った。全てはこの男の思惑通りかと思うと、無性に腹が立ってくる。
皮肉や嫌味をもっと言ってやりたいところだが、その効果も大してない事が解っているせいで、溜め息しか出ない。
だが、武骨な男達の言葉にならないやりとりなんて、少女に関係ないことだった。
こちらに構った様子なく、ぽつと呟かれた言葉は、確かにレバンデュランの耳に届いた。
「ありがと」
彼女から出たこの言葉こそが、レバンデュランにとっての全てだ。
* * *
月日は気がつくと流れ、バケモノが取り仕切るギルドは本日も賑わっている。
扉を隔てたギルド本部のざわめきに耳を傾けると、かつての静けさが嘘みたいだ。
「……そういや、昔はお前も手に負えなかったよな」
「藪から棒にどうしました? マスター」
「いや、昔の事を思い出してな」
懐かしむように、レバンデュランは自分のギルド設立当時から共に過ごす表情を、まじまじと伺った。
月日を感じる事はなくなったと思っていたが、こうして思うと、随分と過ぎていたのだと気がつく。
「ふふ、気のせいですよ」
「気のせい、な。そう思いたいだけじゃないか?」
「さあ? お茶をいれてきますね」
まじまじとギルドマスターに見られて、その姿は微かに口許に笑みを浮かべた。
美しい受付嬢は、手にしていたタロットカードをカウンターの隅に寄せると背筋を正し、あくまで澄ました様子で部屋を出るのであった。
「やれやれ。すっかり誰かさんみたくなっちまったな。…………血は争えねぇってか」
溜め息を溢したレバンデュランも、仕方なさそうな口ぶりありながら、満更ではない様子で笑った。
― ― ― ― ― ― ― ―
【おまけ】
――とある酒場――
「お前にずっと確かめたい事があった」
「なんだ?」
「てめえ、あいつの父親知ってるんだろ」
「ん? 藪から棒にどーした?」
「しらばっくれんな。今回の騒動で、てめえの行動が一番腑に落ちねえんだよ」
「さーてなあ? 心当たりねぇなあ」
「ほお? ならなんで、いつもみたいに笑い飛ばして来ない? 如何にも何か知ってますみたいに、にやにや笑やがって」
「おーおー怖い顔しちゃって。秘密は隠してなんぼ、だぜ?」
「てめえの秘密主義にはうんざりだ」
「ははっ。なら俺の口、割らせてみるか? ――――おーい、おやっさん! こっちにドラゴンキラーを二本持ってきてくれ! 飲み比べだ! 開けたら次も頼むわ!」
「……やめろ」
ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました!
放浪記は、これにて一度〆とさせて頂きます
しばらくは、別の作品を書く予定です
またネタが出来た頃に、お会いできたらと思います
いずれも詳しくは活動報告にて
それでは!




