はみだしものたち、陰謀は隠すものです .6 *
騒ぎは何事もなかったかのように、夜は明けた。
「お、来たか。今回はお疲れさん」
書類からちらりと視線をくれたギルドマスターは、己の部屋に誰が来たのか確認すると、すぐにまた書類へと目を落とした。指先だけで、座れと示す。
至っていつも通りの姿は、昨日の事なんて何も気に留めていないみたいだ。
対して、レバンデュランは気を抜くと零れる溜め息に疲れていた。示された椅子に座る事を拒否して、少しでも疲労感を誤魔化そうとして眉間を揉んだ。
「ああ。俺も、てめえに言いたいことがある」
「ん、そっちを先に聞こうか。少し待て」
低く告げると、相手はやはりこちらに目を向ける事無く頷く。
ギルドマスターの男は書類を捌ききってから、ようやく顔を上げた。
「で? 何だったかな」
「手短に言わせてもらう。お前はどうしてもオレにギルマスやらせてぇみたいだが、今回の事ではっきりした。俺は、今回の申し出を辞退する。冒険者家業はこれきりだ」
そうか、と。頷いただけで、男の表情は変わらない。いつも通りの、飄々と笑うばかりだ。
「一応、訳を聞いても?」
解っているだろうに、澄ました表情が余計に腹が立ってくる。
「助けてやってくれ、って、言っていたのはどこの誰だった」
訳を告げなくとも、言いたい事が解ったのだろう。ひょいと肩を竦めていた。
「ああ、そりゃね。現行犯である以上、対応が変わるのは仕方ない事さ」
「仕方ない? お前がそうし向けたんじゃねえか」
「ヒト聞きが悪いな。どう考えたって『仕方ない』、だろう? 言いたいことはそれだけか? ま、引退は好きにしてくれ。一先ずはお前にも関係ある話だからな。大人しく聞いててくれよ、レバンデュラン」
事の顛末だけは聞けと。有無を言わせない相手に、反論は時間の無駄だ。レバンデュランは諦めて壁に寄りかかり、聞く体勢を取った。
改まった様子で、ギルドマスターの男はデスクの上で腕を組んだ。
「さて、彼女の処遇についてだ。懲罰かねて、マミーのところで強制労働がいいかなぁって考えていたんだけど、いざって時マミーじゃ手に負えないからね。俺の監視下が一番いいかと思ったんだけど、どうかな」
「監視下? つまり今のまま檻に繋いでおくってだけだろ」
レバンデュランは吐き捨てるように告げた。だが、そんな言葉も、相手は気にした様子はまるでない。
「手っ取り早いからな、その方が。まあ、檻から出すなら奴隷商でも呼ぶかねー」
どこか遠くに視線をやったまま一人言のように呟く姿に、レバンデュランは露骨に舌打ちした。そう言うことかと、漸く目の前の男の目的を理解する。
「……俺が引き取る」
気がつけば、唸るほど低い声で告げていた。
レバンデュランの内心を知ってか知らずか、ギルドマスターの男は肩を竦めた。
「あのなぁ、レバンデュラン。いち冒険者……違うな。辞めるなら元冒険者か。元冒険者になるお前に、はいそうですかって任せる訳にはいかないさ。相手はあれでアサシンだからな」
「ただの冒険者なら、だろ」
「ん? どういう事だ?」
「ギルドマスターの件引き受けりゃ、問題ねえよな」
きっぱりと言い切ったレバンデュランに、ギルドマスターの男は思わず「へえ」 と嘆息した。
「それは、あの罪人の為に今、自分のやり方を変えるって事か? ははっ。異形の蛮人が聞いて呆れるあまっちょろさだな、バケモノ?」
白々しい言葉に、今度はレバンデュランが嫌みっぽく笑った。
「ハッ! バカ言え。お前が言わせたんだろ。悪役になりたいなら、さっさと奴隷商呼ぶなりあいつをむち打ちするなり、好きにすればいいだろ」
「……さてねぇ」
とぼけた言葉とは裏腹に、にやりと笑ったギルドマスターの表情は雄弁だ。そんな姿を、レバンデュランは何度でも鼻で笑う。
ギルドマスターの男は、今度こそわざとらしく肩を竦めただけで答えた。
「ま、いいさ。お前が辞めるの撤回して、ギルマス引き受けてくれるなら、こんなに都合のいい話はないね」
「ハッ! 貸しはでけぇぞ」
「安上がりに済ませてくれると助かるな」
「ほざけ。てめえの誠意はその程度か」
「ははっ! 耳が痛いねぇ。んじゃまあ、手続きはこっちに任せてくれ。手始めに、あの子を丸め込むところから、お前の手腕を拝見といこうかね? レバンデュランギルドマスター?」
「ハッ! お前じゃあるまいし、丸め込むんじゃねぇ。あくまで提案だ」
「どうだかなあ? 期待してるよ」
もう話は終わりなのだろう。ひらひらと手を振った姿に同意見のレバンデュランは、さっさと壁から身を起こした。向かうのは、少女の元だ。




