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はみだしものたち、化け物と占い .3 *

あけましておめでとうございます




 

 レバンデュランが対面に座ったのを確認して、マント姿は小箱を開けた。中から絵柄のついたタロットのカードを取り出し、彼を見上げる。


「聞きたいこと、おしえて」


 尋ねられて、改めて迷う。聞きたいことなんて、すぐに思い付くものでもなかった。

 占いなんて不確かなものに頼ろうと思った事のないレバンデュランにとって、今回の依頼を成し遂げる事以上の難題だ。


 ふと、それで思い付く。


「今……」


 これを当事者に聞くのは卑怯だろうか。しかし、妥当な質問は他に出なく、それでいて最も悩みの種だから構いやしないだろう。


「とても厄介な依頼を受けている。正直、もっと適任がいるんじゃないかって思うような、護衛依頼だ。…………オレはそれを、こなせるだろうか」


 こんなしょうもない事、占いで聞くものだろうか。

 訪ねておきながら、即座にばかばかしく思えてならない。


 しかし、レバンデュランの心境とは裏腹に、マントは神妙に頷いた。


「わかった。はじめる」


 マント姿はタロットを伏せたままクロスの上で混ぜ始めた。促されるままにレバンデュランもシャッフルしてから、一つにまとめられる。


「聖なる十字架と、四つのしるべがあなたの悩みの光を教えてくれる」


 集めたカードから、マントは十字に二枚、その四方に四枚。右手に四枚、縦に並べた。


「それぞれの場所に、いみがある」


 その内の、十字に重ねた一枚を表にした。


「これは今のあなた。カップの四、正位置。……お仕事、同じ事のくりかえしで、うんざりしてる。あるいは、周りの目もかわってないと感じるから、行動するのもいやになってる」


 心当たりのある言葉に、レバンデュランは思わずどきりとした。構わずに、続けられる。


「二枚目は、あなたの周り」


 そう言って、十字の横に置いたカードをあけた。


「カップの十。……あなたは、今にいらいらしてるみたいだけど、みんなの支えがあるから、いつもと同じくらしができてる」


 ふと、この仕事を押し付けてきた同僚の顔が思い浮かぶ。ただ、想像の中の同僚が、にやにやしながら胸を張っていたので、脳内から抹消した。


「これは、あなたの過去。吊られている男、正位置」


 マントは十字に重ねたカードの四方に配置したカードの内、下の一つを開けた。


「前は、自分の力ではどうにもできなったんだね」


 まるで知っているかのように言われて、思わず閉口した。


「…………否定はしない」

「そう。四枚目は、最近の出来事」


 唸るレバンデュランにマントは一つ頷くと、今度は四方の左を開けた。


「あ……カップのキング、逆位置。『やっかいなおしごと』って言ってたけど、おしつけられたんだ。でもやりとげないといけないなんて、たいへんだね」

「依頼なんてそんなもんだ」

「ふうん……」


 マントは興味がないかのように頷くと、十字の上に置いたカードを開けた。


「五枚目は、未来の可能性。ペンタクルの一の正位置。よかったね。あなたはとゃんと、仕事するための道筋をつかめる」


 よかったと言うわりに表情の動かない姿に、レバンデュランは呆れてしまった。


「……掴めていたら、わざわざこんなことたずねやしねぇよ」

「未来の、だから」


 少しバカにされたように感じるのは、レバンデュランの気持ちの問題だろう。つい、口元を歪めてしまう。


「……そうかい。また随分先の未来だな。どうせなら今日明日の未来を教えてほしいもんだ」

「へいき。六枚目がそう」


 十字の四方の内、右に残ったカードを開けた。


「ペンタクル八の正位置。こだわりをもって取り組むことが、さっきの未来につながる」

「ああ……まあ、そうだろうな」


 ふう、と、言い知れぬ疲れを感じて、レバンデュランは溜め息をついた。


 そもそも占いで、自分のやることをどうこう解るものではない。それは解っていた事だ。

 だがレバンデュラン自身も落胆しているのが、自分で解った。


 目の前のこどもを『助ける』手がかりを、当事者に聞くのは卑怯である。それと同時に確実な手だと思った。


 だからこそ、間抜けと言われても可笑しくない質問を、マントのこどもにぶつけた。


 思っていたような答えが得られなかったからといって、落胆する事は間違っている。そう理解していても、これでまた振り出しに戻った疲労感は拭えない。



 険しい表情で眉間をもむレバンデュランに、マントはフードの下で首を傾げた。

 ふと、思いついたように、十字の右側に縦に並べた四枚のカードのうち、一番下のカードを開ける。


「……このお仕事、あなたの責任でやるのがいやなんだね」

「は……?」


 唐突に言われた事に、驚かされて顔をあげた。


「太陽の逆位置。お仕事、だれかに頼ってしまいたいって、思ってる」

「はは、何をバカなことを」

「カードの並びにも意味があるっていった。ここのカードは、あなたが質問をどう思ってるのか」

「な、嘘をつけ!」


 思わず、吠えていた。けれども、マントは動じた様子はなかった。


「カードは、うそつかない。あなたがだれかを頼ってたら、あなたのお仕事はうまくいかない」


 吠えた拍子にはらりと落ちたフードに、レバンデュランははっと息を呑んだ。



 銀糸のような髪は土埃に汚れているものの、少しでも手をいれればすぐに美しく輝くだろう。整った無表情は、人形のようだ。


 ヒューマンよりも長く尖った耳は、間違いようもなくエルフの血を引いているのだと解る。



 だが、一際レバンデュランが気になったのは、彼女の碧い目だ。

 感情を乗せないガラス玉なようなその瞳は、レバンデュランを見返していても、まるで何も見ていないらしい。



 その目を、レバンデュランはよく知っていた。


 あれは、そう、掃き溜めのような場所の事だ。

 自分達が生きる為には、他人から奪うしか生活の手立てを()()()()スラムのこどもが、よくそんな目をしていた。



 もしかしたら、掃き溜めから抜け出せないこどもたちよりかは、少しは環境はマシかもしれない。


 しかし、より劣悪な環境と比べること事態が間違っているだろう。


「……家族はどうした」


 どうしても、声に苛立ちが混ざる。

 聞かないと決めたことを、結局聞かずにはいられなかった自分にも腹が立つ。


 そのせいで、怒っているように聞こえたのだろう。

 突然の質問に不思議そうにしていたものの、思わずびくりと身体を震わせたマント姿は、レバンデュランの様子に驚いていた。



 ただ、驚きこそすれ、恐れた様子はない。

 不思議そうに、首を傾げただけだ。


 ひとりで勝手に怒っている様ではいけないと、レバンデュランは一つ深呼吸して、気持ちを和らげた。


「親は?」


 尋ねれば、少し考えた様子を見せたあと、ゆるく首を振られる。半ば、解りきった返答だった。


「……父様は、しらない。ぼうけんしゃだってだれかが言ってた。母様は、森のおく」

「森の奥?」


 首肯が返され、天幕の一点を指差した。


「このさきの、里にいるよ」

「はあ?」


 レバンデュランには、意味が解らなかった。否、解ってて理解したくなかった。


「わたしは、半分エルフじゃないから、里にはいれられないだけ」

「っ……!」


 しかし、マント姿には怪訝に上げた声すらも、疑問だと受け取ったのだろう。事もなさげに、ぽつと呟いた。


 泣くわけでもなく、ただ当たり前のように告げるから、レバンデュランは言葉を失った。

 同時に、それでは余計に不安にさせると気がつき、「そうか」 と、どうにか絞り出すのがやっとだった。


 沈黙が、苦しい。


「……その、ひとりでここで暮らすのは、大変じゃないのか」

「たいへん?」


 無理矢理話を振れば、今度は今度で不思議そうにされる。それが、レバンデュランを堪らない気持ちにさせた。


「べつに、ふつう」

「…………そうか」


 どれほど言葉を探していただろうか。

 それほど時間は経っていないのかもしれないが、レバンデュランには随分と長い時間に感じてならなかった。


 にわかに天幕の外で、誰かが枝葉を踏みにじったような気配がした。それにマント姿も気がついたのだろう。


「あ…………ごめんなさい、次のおきゃくさんが来たみたい」


 その言葉は少し意外だった。


「ここに? 直接?」

「そう、いつも来てくれるヒト。あなたも、わたしがおじさんのお店にいなかったら、ここに来るといいよ」

「あ、ああ……」


 彼女の占いをそれほどまでに利用するものなんて、果たしてどれ程いるのだろうか。


「つづき、とりあえず聞く?」


 すっかり外の気配に気を取られていたレバンデュランを引き戻すように、彼女は訊ねる。


「……いや、もう十分だ」


 そう、十分。

 彼女に張り付いているよりも、まずは相手の尻尾を押さえたい。


「助かった。……あと、怒鳴ったりして悪かったな」

「べつに。またどうぞ」


 レバンデュランを見送る為に、あるいは次の客を迎え入れる為に、少女は入り口の布をたくしあげた。



 レバンデュランは履き慣らしたブーツの紐を締め上げて、気持ちも一緒に引き締める。

 入り口から入り込んだ空気は、森の中独特の、土と青臭い香りがした。


 室内と外の明るさの差に、僅かに目を細める。すぐ先に、彼女の次なる客はいた。



「すみませんネェ、ワタシの為に中断して貰っちゃって」



 真っ先に目に留まったのは、鮮やかな赤い外套だった。


 旅装束に身を包み、慣れたようすで森の土を踏んでいるところから、少なくとも旅慣れてはいるのだろう。

 それくらいは、容易に見抜けた。


「はいって、ファー・ジャルグ」

「ではお言葉に甘えて。シツレイ?」


 だが、背後で少女の声がするまで、すれ違った事にさえ気がつけなかった。


 逆に言えば、その赤を脱いでしまえば、恐ろしく特徴のない男だった。

 現に、顔の印象すらすでに覚束ない。


 種族は恐らくヒューマン――――と、予測しようとして止めた。何かが違う気がすると、レバンデュランの本能が感じた。そして、赤い男がヒューマンかどうかなんて、恐らく大した問題でもない。


 帰路に向かう足取りはのろのろと、他に収穫はないだろうかと耳をそばだてる。


「…………の、暗殺依頼を持ってきた」

「わかった。はいって」


 そして微かに聞こえた言葉に、思わず振り返った。


 聞き間違いだろう。そう思いたい。

 信じられない思いで見ていたら、男がちらとこちらに目を向け、微かに笑ったのが解った。


 さりげなく、少女の肩に手を乗せている。

 レバンデュランの行動によっては、彼女を自らの盾か何かに利用しようと暗に言っているのだろう。


 少女の方は、男の行動にそれほど疑問を持っていないらしく、自分を引き留めた男をわずかに見上げただけだ。



 レバンデュランが動けないでいると、入り口の布が落とされ視界は遮られた。

 最早、安易に突撃したところで、レバンデュランの不利にしかならないだろう。


「…………チッ、ざっけんじゃねぇぞ」



 苛立ちは、最高潮だ。

 いつもならば、不利だろうがここで決着をつけている。


 だが、脳裏を過った言葉が、レバンデュランを引き留めた。


「………………クソッ」


 今はただ、ギルドに戻ることが先決だった。


 『こだわりを持って取り組む』ために。そして、彼女が言った『依頼完了の道筋』を、確実に『掴む』為に。

 

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