はみだしものたち、怪しいフード .2 *
指示されたその食堂は、大通りから少し外れた場所にある。
酒場を兼ねた小さな食堂には、流石に真昼時から入り浸る者はいないらしい。レバンデュランが店に入ると、昼時を外したそこに客はまばらにしか居なかった。
ぐるりと店内を伺って、カウンター席の一番端にあるマントの姿を確認した。店内にも関わらず、すっぽりとフードをかぶっている様は、怪しいの一言に尽きた。
本当に目的の人物なのだろうか。身動ぎ一つしない背中は、置物にマントで埃避けをしているだけにも見えてしまう。
「いらっしゃい。好きに座ってくれ」
「……ああ」
何て声をかけたものかと僅かに迷っていたら、カウンターの奥から顔を出した店主に助けられた。
「適当に飲み物を。……それと、そいつに食いたいもの食いたいだけ出してやってくれ」
レバンデュランの言葉に、店主は僅かに動きを止めた。
そしてもう一つ、マント姿の背中がぴくりと動く。どうやら置物ではないようだ。
「はいよ。ごゆっくり」
グラス二つに果実水を注いだ店主は、カウンターにそれを置くと奥へと消えた。
レバンデュランがマント姿を伺っていると、のそりと動きグラスに手を伸ばした。
袖からちらりと見えた手は、ほっそりとして小さい。どことなく骨が浮いているように見えるせいか、レバンデュランは気がつくと深く溜め息をついていた。
依頼通りのこどもかという悩みの種と、まだ親に守られていて当然のこどもがこんな事にと思うと頭痛がして、こめかみを揉む。
「参ったな……」
思わずぽつりと漏らすと、フードの影から視線が向けられた。同じ椅子に座っても、優に頭二つ分はある身長差に、レバンデュランからはその表情は伺えない。
じっと、何かを言うわけでもなく見つめられて、レバンデュランは身動ぎした。
ごくごくと喉を鳴らして彼を観察している姿は、余程渇きに飢えていたのか、間もなくグラスを空にしていた。何気なく、レバンデュランが自分の手付かずのグラスをそちらに寄せると、幸いと言わんばかりに小さなマントは飲み干しだす。
そんなマントの様子を見ていたら、何をしに来たのか、目的を忘れそうだった。
「……占いは、これで受けてもらえるんだったか?」
沈黙が気まずくて尋ねると、フードがこくりと頷いた。その間に、二杯目のグラスもすっかり空になっていた。
丁度、大きな包みを持ってきた店主が、奥から戻ってきた。それをマント姿の前に置くと、受け取った呪い師のこどもは席を飛び降りた。
「きて」
端的に呟かれた声は、やはり幼い。
危うくその背中を見送ってしまいそうになったレバンデュランは、慌てて銀貨をカウンターに置いた。つりはいらないと店主に目線で伝えると、店主の浮かない表情に気がつく。
「なあ、あんた」
「……なんだ」
既にマントのこどもは店を出た。見失ったらどうしてくれると思いつつも店主を伺うと、言うか言わざるか迷っているように口を開けては閉じていた。
「早くしてくれ」
「いや……、引き留めてすまない。なんでもないんだ」
促したら、今度こそ店主は首を振った。
なんでもないと言いつつも、物言いたそうにする。そんな姿に、レバンデュランも自然と苛立った。
「取って食いやしねぇよ」
「あっ……いや、違うんだ。その……あんたの気になっている事、解決するといいな。出来れば……あの子を、あまり変な事に巻き込まないでやってくれ」
申し訳無さそうに眉を落として笑った店主に、レバンデュランも合点がいった。同時に、店主も滅多な事を口に出来ないのだと知る。
「ははっ、ガキのお守りが仕事でね。あんたが気にするような事にはならねえよ」
にやっと笑った笑みは凶悪で、かえって店主の不安を煽っただけかもしれない。
颯爽と店を出たが、すぐにあることに気がついて眉間にしわが寄った。お守りはごめんだと言いながら、思いの外乗り気な言葉が出たことに愕然としたせいだ。
仕事を押し付けてきた同僚が、どこかで適材適所だろうと得意気に笑った気がしてならない。舌打ちが、自然と出てしまう。
「まんまと乗せられてるってか。腹立たしいわ」
どうしようもない溜め息ばかりついていても仕方ない。気持ちを切り換えようとして眉間を揉みほぐしていたら、ふと視線に気がついた。視線を辿って顔をあげると、店の脇に入っていく道から、先程のマント姿がじっとこちらを伺っている。
「ああ、悪い」
あまりにもじっと見つめるから、思わず謝ってしまう。
小さな姿は、レバンデュランがついてくるのを待っていると言わんばかりに、ぱっとその身を通路に引っ込めた。
こどもらしき姿を追いかけようとしてる自分がどう見えるのか、気にならないと言えば嘘になる。辺りを何気なく伺うが、大通りから離れているだけあって、往来は少ない。
ついて行かない理由を結局見つけられなくて、仕方なく、その背中を追う。
マント姿はちらちらとこちらを伺いながら、細い路地を選んでどんどんと行く。
何を話せばいいのか解らなかったせいで、彼は始終無言だった。そのせいだろうか、マント姿も黙々と先を行くばかりだ。
人気どころか建物も少なくなってきたところで、レバンデュランはその姿がどこを目指しているのか気がついた。
街の外れには、あまりヒトが踏み入れない森林地帯が広がっている。冒険者とて進んで入ろうとしない森は、番人達によって守られているからだ。
排他的なその種族は、エルフと聞いている。彼らは森を荒らす外部を許さず、通り抜ける事すらもいい顔はしない。
ならばと、マント姿もまたエルフだろうかと思うのは、自然だった。
幼いながらも街に出るのは、好奇心から来ているのか。そうだとしても、決して治安がいいとは言えないヒトの街に、エルフのこどもがひとりで歩いているなんて、レバンデュランは怪訝に何度目か解らない眉をひそめた。
踏み均された道はやがて、獣道に変わる。
薪を拾いにヒトが入るのだろう。木の枝に刈られた跡の残る林へと、彼らは踏み入った。
定期的にヒトの手が入るそこは、エルフ達が守る森に通じているとはいえ、とても明るい。
それでも、森の奥からどことなく吹いてくる風は、緑の匂いが濃くて、ただならぬ気配を感じさせるようだ。
バケモノと呼ばれる事の多いレバンデュラン自身ですら、森の奥から漂う雰囲気に、とても近づきたいとは思えない。
どこまで連れていくつもりなのか、にわかに不安になっても仕方なかった。言われるままについてきたのは、失敗だったかもしれない。
もう少し、こんな面倒事を押し付けてきた同僚に詰め寄って、情報を集めた方が得策だったか。そんな今さら過ぎる事を考える。
ただ、ここまで来てしまったら、身一つで依頼をこなすしかないだろう。
そんな事をつらつらと考ていたその時、少し先を歩いていた姿が、藪の前で振り返った。
「はいって」
入り口を隠す布をたくし上げられるまで、そこに『それ』があるとは気が付かなかった。
マント姿が案内したのは、まるで冒険者が野営しているかのように、森と同じ色の天幕が張られ場所だった。
随分と長い事、その場所に住んでいるのだろう。天幕の上にはつる植物が陣取っていて、すっかり森に馴染んでしまっている。いっそ、地べたに設けたツリーハウスと言っていいかもしれない。
「ああ……邪魔する」
戸惑いながらも、レバンデュランは精一杯身体を掲げめて入り口をくぐった。すると、彼には高さが足りないものの、一般的な冒険者三人くらいならば、優に大の字で寝られるくらいの空間が確保されていた。
周りの景色が遮断されているせいで、ここが森の中だという事も忘れてしまいそうだ。
「くつ、ぬいで。すわって」
「お、おう」
地面に直接敷かれたラグは、パーティを組む規模の冒険者が使っているものに違いない。ラグのない地面は掘り返されており、いつもそこで火を起こしているのだと解る。
最奥には、ここの主とも言えるマント姿が寝泊まりしているらしき、一人分のテントも見受けられた。
あまりにも生活感が伺えて、また眉を顰めた。
レバンデュランが呆然として入り口で立ちすくんでいる間も、マントはせっせとこぎれいなクロスをラグに広げた。その真ん中には、木箱が一つ置かれていた。
そのまま、天幕の端に置かれた小さな台の上に並べられているロウソクを吟味しだす。
フードの影からレバンデュランを伺い、やがて一つを選んだ。燭台替わりの底の深い皿にロウソクを据えると、慣れた手つきで魔術による火を灯した。ふわりと、さわやかな花の香りが立つ。
「これ、きらい?」
「……いや」
わずかに首を振ると、ほっとした様子でクロスの側に戻った。
クロスの外側にロウソクを置くと、準備が出来たらしい。未だに立ったままだったレバンデュランに、不思議そうに首を傾げた。
その仕草はあまりに幼く見えて、何か言われる前に、思わず口をついていた。
「お前の」
親はどうした。
言いかけて、黙る。聞こうとした言葉は、あまりにも直接的すぎた。
「うらない、するんでしょ? すわって」
苦い表情のレバンデュランに、マント姿は気にしていないのか、あるいは本当に気が付いていないのか。ただ促して、木箱を開けた。
「……ああ」
身一つで依頼をこなすにしても、さてどうしたものか。
レバンデュランは言い様のない疲労感に溜め息を零しつつ、促されるままに、長旅を共にしている編み上げのブーツの紐をほどいた。




