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はみだしものたち、野獣の生業 .1 *

 

「よーお、バケモノ野郎。景気どうだ?」

「あ?」


 獅子の頭、山羊の胴、蛇の尾。異形とも言える姿を嗤い飛ばす声に、それは眉間にシワを寄せて振り返った。

 ギルドと併設された食堂では、不穏な空気に他の冒険者が、一瞬だけこちらにちらりと視線をくれた。すぐに、興味を失ったようで、食事の穏やかなひとときに戻っていく。


 交流のある数少ない冒険者のヒューマンの男は、あからさまに不機嫌そうなレバンデュランの様子に吹き出した。


「ははっ! 冗談だよ、レバンデュラン。そう怖い顔してくれるなって」

「…………チッ」


 面倒な奴に会った。言葉にするまでもなくて、レバンデュランはその場を去ろうとした。

 しかし、相手にされないのは解りきっていたのだろう。


「おーっとー? いいのかぁ? ギルドで依頼を受けさせて貰えないお前のために、わざわざ持ってきた仕事なのに? そーんな態度で、いーいのかねー?」


 にやにやとわざとらしく絡み、隣に座り込んで来ながら肩に手をかけてくる姿を、レバンデュランはするりとかわして奥に詰めた。

 思わず溜め息がこぼれてくる。


「よく言いやがる。どうせまた、そこらの奴らの手に負えないもんだろ」

「あっははは! 解ってるじゃねえか。けど、お前にとって少なくとも朗報になると思ってるよ、俺は」

「俺は、ね。お前の主観じゃアテにならねぇ」


 ふんっと鼻を鳴らして半眼で隣を睨むが、飄々とする伝令の男に効果はまるでない。男はくくっと喉を鳴らして、「まあ聞けよ」 と宥めた。


「スタニア商会を知っているよな?」


 恐らく聞くことを断っても、彼が話を止めることはないだろう。確認でしかない問いかけに、レバンデュランは渋々頷いた。


「……最近よく聞くな。西から酒と塩の輸送を握った商会だったか?」

「そうそれ。なら、話が早い。最近急に規模を大きくしてるのは結構なんだけどな、ちょっとキナ臭い噂が出ていてね」

「はあ? そんなん事実だろうが事実でなかろうが、よくある話だろ」


 あまりにもありふれた噂だ。他の商売敵が流した妬みか、はたまた少しばかり後ろ暗い事をしているのか。どちらにせよ、いち冒険者であるレバンデュランにとって、気にかける様な話題に思えなかった。


 だがそこで、はたと気がつく。嫌な予感がした。

 まさかと思い当たる節に、レバンデュランは眉間にまた(しわ)を刻んで、目の前の男を睨んだ。


「まさかキナ臭いからって、叩いて埃でも立ててこいってか? そんな頭の悪い役回り、使いっぱしりでもごめんだ」


 外見のせいで、この手の願い出は少なくない。手っ取り早く営業妨害してくれと言われるのは、こりごりだった。

 しかし、予想に反して男は慌てた。


「違う違う! 誤解だって! 頼みたいのはそんなつまんない事じゃねえ! 頼むから、最後まで聞いてくれよ!」

「……なんだよ」

「お前さ、占いは好きか?」

「は?」

「うん、そんな露骨に『何言っているんだこいつ』って顔、しないでくれるか? 一応、真面目な話なんだ」

「そいつは悪いな」


 レバンデュランは、ひょいと肩をすくめおどけて見せた。苦い表情の男も、彼の様子に言い寄る事を諦めてしまう。


「危ない橋を渡るのはもちろん、商会の自由なんだがな。そこに何も知らないこどもが巻き込まれているそうなんだ。だから、助けてやって欲しいんだ」

「へー……」

「気のない返事だなぁ。どうでもいいって思ってんだろ」

「実際、『だからどうした』って思ってるが?」

「お前、それ依頼に対して言うか?!」

「依頼ねぇ……」


 悩みの種にしか思えなくて、レバンデュランはこめかみを揉んだ。


「なんでそんなこども相手の依頼が、こんなバケモノ野郎のところに来るのかなって、思ってね」

「そんなん、()()だと思ったからだよ」

「作為しか感じねぇ」

「またまた。そんで朗報はだな」


 男はレバンデュランの睨みもなんて事ないらしい。しれっと話を続けた。


「この依頼をこなしてくれたらな、お前をギルドマスターに推薦してくれるってさ」

「おいおい……それのどこが朗報だ? 上の連中はお守りで成り上がったギルドマスターと、ヒトの来ないギルド作るほど、懐に余裕があるってか」

「バッカだなぁ。お前がギルドマスターなら、少しくらいのはみ出し者が利用しやすくなるだろ? 面倒見の良さをアピールするにも、お守りって絶好だと思わねぇか?」

「…………あほだろ」


 つまり客寄せか、と、口に出そうとして止めた。言えば余計に、苦いものが込み上げる気がしてならなかったからだ。

 依頼自体は理由の為のきっかけのだろうと、嫌でも気がつく。


「少し、考えさせてくれ」

「いい返事を期待しておくよ。依頼はこれ」

「拒否権は」

「はは! あると思ったか? 仕事しろよー、バケモノ」

「クソが」

「なんとでも。それじゃ」


 ぽんっと肩を叩いた男は、皿の下に紙切れを挟むとさっさと席を立った。


 レバンデュランはヒトの出入りに混ざっていく姿にちらりと目を向けた後に、また一つ溜め息をこぼした。

 面倒だと思わずにはいられない。しかし、少なくとも依頼はやらざるを得ないだろう。無意識に、肩を落としていた。


 残されていたメモに目を通すと、とある食堂が指定されている。


「ちっ。子守りなんて、どうなっても知らねぇぞ」


 子供に泣かれるだけならまだいい。自警団や冒険者に絡まれるのは、面倒でしかない。

 やれやれと、レバンデュランは重たい腰を上げたのだった。

 

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