そりゃ、タクシー運転手に愚痴るしかないですよね。解ります。でも何となく、そうなるんじゃないかなって、思ってました。.2
「成る程、そんな事があったんですね」
「ああ、とんだ無駄足だったよ」
神妙に頷いてくれる隣に愚痴をこぼしながら、私は琥珀色の液体に満たされたグラスを煽った。舌が焼ける感覚が、喉から滑り落ちているのが解る。
全く、これしきの酒じゃ酔えもしない。
「ユナンさん、飲み過ぎなのでは?」
「まさか。私よりも、あのバカを止めてくれ。酒代よりも損害費が高くつく」
まあ既に、その酒代も相当な額になっているだろう。
今夜は俺の奢りだ! なんて、やらかしてくれた後だ。いつもの事だから構わないが、時々、首を絞めてやりたくなる気持ち、解って貰えるだろうか。
今回の依頼の前金、かなりの金額だったのだが、恐らく今夜でふっとんだ事だろう。
やれやれ。
そして、めきっとまた一つ、木製テーブルがダメになった音がした。途端、どっ、と店内が野次と笑いに包まれる。喧しいこと、この上ない。
その騒ぎの中心に、自分の相方がいると思うとうんざりだ。
また一枚、目の前でグラスを黙々と磨いているマスターに、金貨を押し付ける。
すまない、マスター。これで、今夜の騒ぎは目を瞑ってくれ。
「さあーさ! 次は誰かな。僕と勝負だー!」
素面のように、顔色が全く変わっていないウチの脳筋は、相当酔っているらしい。力加減の出来ないバカが、酔っぱらいを相手に、腕相撲に勤しんでいる。
留めたところで無駄なのは解っているが、ほとほと愛想も尽きてくる。
「こんな事なら、ラズも連れてきたんですけどね……」
あれを留めるのは、自分ではムリだと。流石に、本当にそうして貰う事を望んだ訳ではないのだが、生真面目な彼の返答に、思わず笑ってしまった。
「それで、呼びつけて申し訳ないのだが、急ぎ戻らなくてはならないんだ。引き受けてくれないだろうか」
改めてお願いすると、彼は笑って頷いてくれた。
「急にこの街から連絡が入った時は、流石に吃驚しましたけどね。大丈夫ですよ。夜間飛行も出来ますので、急ぎも間に合うと思います」
「ああ、助かる」
本当に、有り難い。
こんな事ならば、魔大陸の片隅ではなく、この街があるもっと中枢まで乗せて貰えば良かったと思うほどだ。
「まさか私も、この地に貴方への連絡手段を置いている店があるとは、思ってもいなかったんだ」
「あはは! まあ、その道具を調達したのが正に、そのお店でしたからね」
成る程。確かに魔族の街ならば、良質な魔道具が多いと聞く。それならば、彼の仕事に欠かせないその道具を売る店と、親しくなるのも道理、か。
なんて考えていたら、小脇に抱えていた布袋をいじる姿があった。何処か遠くを写している目は、一体誰を思い出しているのか。
ふと、こちらに視線が戻ってきた。
「それに、この街に義妹がいるんですよ」
「ほう、そうだったか。顔が広いだけではなく、妹まで。余程、慕われているのだな」
「あはは、ありがとうございます。彼女と会えたのも、ある意味皆様にご愛用して頂いたお陰ですから」
はにかみながら謙遜する様は、流石だと思う。商人らしくないこの商人は、そうして一体どれだけの味方をつけてきたと言うのか。
全く、畏れいる。
「それではまた、もう少しアルバさんが酔い潰れて動けなくなった頃に、迎えに来ますね」
そう切り出した運送屋の主は、また騒いでるアルバを見て苦笑していた。
恐らく、義妹の所に行ってくると、そういう事なのではないだろうか。となると、先程気にしていた布袋は、妹殿への土産物か。
茶化してもいいが、あまりにも隙がない御仁だ。
「ああ、よろしく頼む。……なんなら、それまで一緒に飲んでくれると有り難いのだが」
「誘っていただいたのにすみません。どうしても、義妹の所に顔を出さないとなんですよ。この街に来たら、絶対に顔を出して欲しいって、お願いされてまして」
やはりそうかと納得する。まあ、この御仁に付き合わせるのも悪いから、断ってくれてよかった。
「そうか。なら、義妹殿によろしく伝えてくれ。無理言ってすまなかった」
「いいえ。お二人の事は、私も自慢出来ますから。義妹も喜びます」
最後にそんな、嬉しい言葉を残してくれる。
「はは、ありがとう。貴方にそう言ってもらえると嬉しいよ」
柄にもなく照れてしまい、残っていた酒を一気に煽った。
……どうやら少し、酒がまわったらしい。憂鬱も忘れて、もう一杯、マスターに同じものを頼んだ。




