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飛竜と義弟の放浪記 -Kicked out of the House-  作者: ひつじ雲/草伽
二章 開業、ドラゴンタクシー
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新人研修って、俺もやらなきゃダメなのか?.2

 

 こうなったら、腹くくるしか無いだろう。


「兄ちゃん……ほんとにやるの?」


 不安そうにラズに聞かれたけど、もうどうしようもない気がする。「ああ」 ときっぱり頷いてやると、深く溜め息をつかれた。

 まあ、仕方がないと言えばそうなんだけどさ。


「ラズ」


 目線を合わせて呼んでやれば、渋々ながらもこちらに向いてくれた。


「初めてのお客は、少々予想外な奴だったけどさ。これから何度だって、嫌な客ってのは居ると思うんだ。けどさ、今回ほど本番の予行練習になる相手もいないと思うんだ。だろう?」

「……解った。兄ちゃん従うよ」


 真剣に言い聞かせたら、諦めてくれたらしい。がっくりと肩は落としているが、言葉通りそれ以上の反論もなかった。


 嫌な客とか酷いなあ、なんて空耳が聞こえたが、無視だ無視。


 勝手が解らない一発目の仕事に、少しこちら側から文句を言っても問題のない相手ってのは、逆に有りがたいことなのかもしれない。歴戦の戦士に戦ったことのない一般人、そして接客のプロと来た。これを利用して粗を見つけない手はない!

 そう思えば、この新人研修も悪いことばかりではないと思った。


 前向き思考、前向き思考! 全ての経験は、未来への踏み台に過ぎないからな!



 とはいえ、ラズの気持ちも本当によく解る。『なんで俺らが逃げ出した新人君を探さないといけないんだ』 という苛立ちと、『どうせこの子泣き爺に何を言っても無駄なんだろうな』 という諦めの境地に似た感情を持て余してしまうのだから。

 だが、まあ、引き受けてしまったものは仕方がない。一先ずその新人君の特徴を聞かない事には始まらないだろう。


 ――――そう、思っていたら。

 からんと、入り口のベルが軽い音を立てた。同時にラズが、扉から距離を少しでも開けようとして俺の後ろに隠れたから、誰が入って来たのか容易に察した。

 かと思うと、とんでもない会話が飛び込んできた。


「くっそー! 離せよ堅物ジジイ! オレは、自分の力で証明して見せるって、決めたんだ!」

「いい加減諦めて、大人しくしないか。お前さんみたいな奴が一番に死んでいくんだってのが、どうして解らない」

「だから、オレは死なないって、言ってんだろー!」


 ジジイに子猫のように首根っこを捕まれて姿を表したのは、茶髪に黒目の、(少々頭の悪そうな)学生だった。ブレザー着てるから学生ってのは、間違いない。


 え? 頭の悪そうな、とか、偏見はやめろって?

 ああ、悪い。つい、隠したつもりのモノローグがストレートに出た。


 俺もああいう風に見えていたのかな。もう、ジジイ呼ばわりは止めよう。うん。


「それだけ自信満々に言うんだ。さぞかしエクラクティスの所では活躍していたんだよな?」

「……ふん! そこのおっさんがちゃんとクエスト受けさせてくれていれば、とっくだったっつーの!」


 噛みつく勢いに押されて、ジジイは――――レバンデュランは、子泣き爺――――じゃなくて、エクラクティスに目を向けていた。

 エクラクティスはそれに促されるようにして、ひょいと肩を竦めている。


「迷子一日目で資金尽きたからって、冒険者登録して一攫千金狙うだなんて無茶だと思ったから、僕は止めただけなんだけどなあ」


 まあ、言いたいことは十分に解る。今回の事は子泣――――エクラクティスが正しいだろう。おまけに心配して追っかけてくれているくらいだ。こいつ、素直に言うこと聞いとけば絶対悪いようにされないだろうに。勿体ねぇなあ。


 普通新人冒険者っつったって、クエストを受けた先で危険がどうこうって話は付き物だ。だから、初クエストで命を落としたとしても、自己責任でしかならない。

 そんな薄情とも言える世界なのだけれども。これだけの心配を集めたこいつ、ある意味凄いと言える気がする。誉めてないけどな。


「止めた? よく言う! あんたは面白がって、周りのむっさいオッサン達をオレに焚き付けていただけだろ!」

「え? だって、ねえ? 言うより手っ取り早かったし、通じていないのかと思ってね。それに、その方が反応面白かったんだもん、仕方ないよね」

「エクラクティス……お前な……」


 うーん、なんだろう。どっちの言い分も容易に想像つくのだが……ジジイが呆れるのも解る。


 ……あ! あー、もう。いいわ。

 ジジイ呼びをいきなり直すのは、無理だわ。諦め、大事。



 それにしても、俺らには研修手伝えって言っていたけど、実際どうするつもりなのだろうか。


「さてと、ヒガミと言ったか?」

「違う! 比嘉(ひが)深月(みづき)! 深月が名前! (ひが)んでなんかない! 女でもない!」


 レバンデュランが話を切り出せば、即座に噛みついていった。おお、元気だなー。

 うーん、ただ。どうやらその手のネタで、散々からかわれて来ていると見た。名前ネタでいじられるのって、時として結構悪質なんだよなぁ。

 俺もそれ、嫌い。


「悪かった、悪かった。それで、ミヅキ。さっさと実力を証明したい、と言ったな?」


 レバンデュランが笑っていたのは始めだけで、至って真剣に問うていた。悔しそうに、深月君が顔を歪めていたのは言うまでもない。


「…………言った。けど、どいつもこいつも!」

「解った、落ち着け。そんなに受けたきゃ、ウチでクエスト受けりゃいい」

「本当か?! あんた、いい人だな!」


 食ってかかろうとしたのは一瞬で、ジジイの言葉を聞いた途端に纏っていた空気と共にぱっと輝いた。

 うーん、解りやすいタイプだな。ラズと一緒。現に「ただし、条件がある」 ってジジイに言われると、また暗くなった。(せわ)しない。


「……何さ」

「エクラクティスとクエストに行き、こいつの目の前で納得させな。それで認められたら、好きなだけクエスト受けられるようにしてやる」


 条件って……え? 研修じゃあ無かったのか? あれ?


 なんて、俺の疑問を挟む余裕なんてものもなく。


「ええ~……そこのおっさんとー?」

「おっさんとは酷いなあ~……」

「嫌なら構わないが? ただ、自分を否定した奴に認めさせる事程、楽しい瞬間はないと思うけどな?」

「………………なるほど。確かに! ならオレは、やってやろうじゃないか!」

「やる気になってもらえたようで、何より」


 ジジイにしては珍しく、にこりと笑っている様子が怖い。ライオンが牙を向いているようにしか見えない。……ジジイ的には、多分微笑んでいるだけなんだろうなぁ。


 あれ? これ、まさかと思うが、深月君の自信を根こそぎ折るつもり、じゃねえよな……?

 え、そんなのに俺、付き合わされるの? すっごい嫌なんだけど。

 下手するとこれ、(自称)チート持ちに嫌われる可能性が出てくるって、事だよな? 嫌だわー。


「奥にクエスト受注用のカウンターがある。好きなヤツを受けてこい。(ギルマス)が許可したって言えば、出してくれる筈だ」

「マジかよ! やった、ありがとうな! ジジイ呼ばわりして悪かった!」


 うん、なんだろう。心配になってくるほど、すっごいお手軽なのだが。

 ああ、こういう所なのかな。放っておくとロクな事にならなそうで、気になるってのは。


 まあでも、ちゃんとお礼は言えているし。根は、多分、悪くないんだろう。

 多分。


 頭は悪いが。


 え? だからそこで、深月君の評価を落としてやるなって? けどなあ……、ほら。その証拠に――――。


「オレの英雄譚の始まりは、こうして幕を開けた!」


 とか何とか叫びながら、奥へと走っていった。どー思うよ、これ。

 きっと、彼の中ではオンリーワンの物語紡いじゃってるんだろう。けど、端から見ている俺的には何だかなあ、って感じだ。



 うん。何と言うか、これ以上関わりたくないなあ。


「じゃあ、俺らはこれで」

「ちょっと、ディオ君。何処に行こうって、言うんだい?」


 言うが早いが行動するまで。しれっと、その場を去ろうと思ったら、深月君みたいに首根っこを捕まれて。あっけなく、話の輪に連れ戻される。

 取り敢えず、捕まれた手は振り払ってぺこりと頭を下げた。


「無理です、勘弁してください」

「そんなこと言うもんじゃないよー? 全く。新人冒険者にギルマス! シャラ君も来てくれるから、受付嬢も、だね。初っぱなの客には十分豪華じゃないか」


 ……それ、さっき俺も考えていたヤツ。新人冒険者は、紆余曲折あったらしい異世界転移者だったけど。


 あ、れ? よくよく考えれば、これは更なるチャンスじゃないか?

 だって、日本みたいなサービスしたいなって考えていた所に、丁度昨日今日来た日本人、ってことだよな? カモがネギしょっちゃった?


 まあ、搾取するのは金じゃなくて知恵だけど! そらならば本当に、断る理由が全くないぞ、これ。


「……解った。出来ることであるならば、出来るだけ協力する」

「ありがとー! ディオ君!」



 また抱きついて来ようとしたそいつ(エクラクティス)を、俺の全力を持って回避した。


「は! そう何度も捕まってたま、……るぅわ!!」

「痛っ!」


 結果。抱きつかれずには済んだのだけど、飛び避けた拍子に後ろにいたラズに足を取られて、共々転んだ。痛い。

 うん、いつかやるだろうなーとは思っていたけど、このタイミングかよ……。


 お陰でエクラクティスに大爆笑された。ジジイには残念なものを見るような目を向けられるし。くそっ。不本意。


「きゃっ! お二人とも大丈夫ですか?」


 なんて、シャラさんに言われてしまったことでさえ、不本意。


 っていうか!

 俺は悲しいよ!


 シャラさんには……シャラさんにだけは、俺のカッコいいところだけを見せておきたかったのに!

 ああ、もう! 踏んだり蹴ったり! もういいよ!



 ……ただこれだけは、恥ずかしがろうが何だろうが、ちゃんと主張しておくべきなのだろう。


「おい、エクラクティス。俺は『戦闘だけは』絶対に誰が何と言おうと無理だからな!」

「うん、解ってる解ってる」

「ほんっとうに、ダメだからな!」

「大丈夫だってー、ディオ君は心配しすぎだよ? 今回の研修、メインはズッキーだけだからね」


 ……本当に解ってんのかよ。


 ズッキー……。ああ、深月君の事か。いきなりそんな事を言われても、びっくりするだろうが。


「ワイバンの空中散歩に、()()()新人冒険者、か…………。なかなか楽しそうな演目じゃないか!」


 えー。っていうか、演目言っちゃったよ、こいつ。アトラクションじゃないっつのに。

 まあ、もういいけど。



 そんなしょうもない打ち合わせを駄弁っていたら、かれこれ待つこと十分強。


「それにしても……」


 エクラクティスから研修内容(悪巧み)を聞かされたけども、肝心の深月君が帰ってこない。クエスト取ってくるだけなのに、何にそんな時間くっているのか。

 …………どうしよう。どんどん、初めての異世界(お使い)レベルが下がってきている気がしてならない。


 いやさ。二度目の人生から来る余裕、っつーのかね? 自分が二度目の学生過ぎた年齢のせいか、リアルで学生の深月君が『子供』にしか見えない。

 例えるならば、テレビの中でお使いに出ている子供につい、エールを送ってしまっている時の気持ちだ。


 まさか、また逃げた?

 そう思ったのは、俺だけのようで。


「…………様子を見にいくか」


 疲れたように唸ったレバンデュランに、エクラクティスも同意した。


「だねぇ。ひょっとしたら、君の所の受付嬢はみんな、真面目過ぎるのかもしれないね」


 シャラさんを始めとする、麗しき受付嬢達を侮辱する奴は許さねぇ! なんて、一瞬思ったけれども……どうやら、それはそれで今回は困りものだったらしい。ギルマスが言っていた、っていう素人の話を聞いてやる耳を持って欲しかったと。多分、そういうことなんだろう。


 カウンターのお仕事って、難しいんだな。

 

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