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飛竜と義弟の放浪記 -Kicked out of the House-  作者: ひつじ雲/草伽
番外編2 とある賢者の嘆き
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そりゃ、タクシー運転手に愚痴るしかないですよね。解ります。でも何となく、そうなるんじゃないかなって、思ってました。.1

 

 とある白亜の街の、とある城。

 私たちは、その玉座がある部屋の扉の前で、荒く息をついていた。


「はぁ……はあ……、覚悟は出来ているよね、ユナン」


 訪ねられて、私は神妙に頷き返す。


「ああ、勿論だ」


 そう、覚悟なんてものは、とっくに決まっている。

 決まっていないとしたら、それは、ここまで来るのに打ち倒して来た者達への、申し訳なさ故に揺らぐ心くらいだ。


 だが、迷いはしない。している場合ではない。


「ここまで思いの外、戦闘を免れたからな。流石に騎士達は手強かったが、まだまだ行ける」

「流石。頼りになるよ」


 にこりと、爽やかに笑う姿はいつもと変わらずだ。そして、早くも息は整ったらしい。


 さあ。魔王討伐(ラストバトル)の時間だ。



「お待ちなさい! その先に、お父様はいませんわ! どうか、お引き取りを!」


 いけない。また、この城の姫君に見つかったか。

 我々と戦うつもりはないと言っていたから、せっかく撒いて、せめて犠牲者を減らそうとしたと言うのに。供の者も置いてきぼりにして、我々を追いかけてきたのか。世の中、なかなか上手くいってくれないものだ。


 だが、我々を止めることも、魔王との戦いに手を出させる事も、させはしない。

 こうなったら、奥の手だ。

 本来ならば、大量に魔力を消費する()()()は使いたくないところだが、四の五の言っている場合ではない。


「アルバ。結界が()()のは、扉を閉めて約十分だ。行けるか?」

「大丈夫。ここまで来てやれないことなんて、僕らにはないよ」


 揺らぐ心は、覚悟をもって今一度整えよう。一つ、息をついた後に、魔術式を立ち上げる。


 エリア結界。空間を遮断するこれを使えば、その空間は干渉を受け付けない。

 何が起ころうと、閉ざされた部屋は開かないのだ。外部からも内部からも。そしてそれは、私自身にも開けることは出来やしない。


 つまり必然的に、我々も逃げ道を失う。失敗は、許されない。


「行くよ、ユナン!」

「ああ!」


 これで、やっと。

 こんな胸糞悪い依頼を終わらせれる…………。



「覚悟は出来ているな、魔王!」


 バタン! と、アルバが勢いよく扉を開け放つと同時に、私も立てた魔術式を展開した。勢いのままに、玉座の間を半分ほど突撃していく。


 が、しかし。


「居ない?! そんな……馬鹿な……!」


 その玉座は、ものの見事にもぬけの殻だった。


「隠れていないで、出てきたらどうだ!」


 あたりを伺うも、魔王の姿どころか、家臣や近衛兵の姿もない。隣が慌ててくれていなければ、私も取り乱していた事だろう。


「アルバ、落ち着け。これも、何かの罠かもしれん」

「……っ。ああ、取り乱してすまない」


 アルバが冷静さを取り戻してくれた所で、私は彼に背中を預けた。油断なく、辺りを見渡す。

 少しでも物陰に動く姿があれば、一息の間に引きずり出してみせる。そんな腹積もりでいると、我々が入ってきた扉が、微かに動いた。


「アルバ、後ろだ」

「ああ!」


 けど。

 なんて言ったはいいものの、どうやら少なからず私も焦っていたようだ。


 ふらりと扉を押し開けたのは、白魚の手だ。その持ち主は、先程我々に帰還を呼び掛けていた姫君だった。


「ですから……はあ、はあ……お父様は、本当に出掛けていらっしゃいますと、はあ……はあ…………」

「っ……?!」


 どうやら姫君でありながら、なかなかのお転婆らしい。

 かなり距離があったように思うが、閉じる扉を押さえられる程に走ってこられたのだろう。


 まあ、そうでなければ魔術式は間違いなく発動しただろうに。機動力の遅さと条件の狭さが、仇となったか。


 ただ、危うくの所で、戦意のない姫君を木っ端にする所だった。魔王が姿を現した暁には、二度と隠れられないよう、風と重力の鎖で縛り上げてやるつもりだったのだから。


「姫君。貴女にこんな事を申し上げるのは心苦しいが、魔王は何処に。我々は、貴女の父君を討たなければ、祖国に帰ることも許されない」

「気遣って頂く必要もありませんわ。それに、わたくしにはそのご質問の解は、持ち合わせておりません」


 つかつかと、こちらにやって来る表情は凛としている。その立ち振舞いは、やはり王女である事に違いはないのだろう。


「お父様は自由なお方ですので、玉座に座っている事を好みませんわ。なので突然訪問されましても、お迎えすることすら出来ません」


 そんな眉唾物の事を言われて、一体誰が信じると言うのか。放浪癖のある王なんぞ、聞いたことがない。


 ……まさか、ではあるが。ある意味、私の隣に立つ脳筋と、同じ類いなのではないか?

 あちこち気が向くままに、新しいものを見に行こうとする物好きなのではないだろうか。


 私の疑惑を確信に変えるように、お姫様は告げる。


「それでも戦いたいと仰られるのでしたら、せめて日を改めて下さいませ。正式な決闘でしたら、お父様は喜んで受けられますので」


 そんな事を言われて、ますますしたくなかった確信に変わる。

 我々に口を挟ませたくないのだろう。立て続けて彼女は呟く。


「それに今回は、連絡先を教えて貰えませんでしたので、すぐにお呼びすることが出来ません」


 憂いって伏せられたまつげはとても長い。思わず同性ながらみとれてしまう。


 ……いかん。それだけで、一体何人の男を手玉に取った事だろうか。(あなど)りがたい。


「それまで、我が城のお客様としておもてなし致します。何でしたら、今は外交に出かけていらっしゃるのでやはりすぐにとはいきませんが、第一王子であるお兄様にもお戻り頂きます。ですから……!」

「いや、いいんだ」


 彼女が切に訴える矢先、アルバは剣を納めていた。

 まさかと思うが、こいつ、絆されているまいな?


「魔王は、居なかった。それでよくないかな、ユナン」

「は? 馬鹿な事言うな、アルバ。現実、魔王という脅威があり、民草の憂い事を軽くして欲しいっていうのが依頼だったじゃないか」


 つい、口調を荒げると、まあまあ落ち着いてと、宥められてしまう。アルバに諭されるなど、正直不愉快だ。


「だからその、『民草を困らせている魔王』っていうのは居なかった。だから、僕らが討つべき魔王ではない。違うかな」

「それは……」


 ああ、成る程……。アルバの癖に、良いことを言う。


 街の中を歩いていても、物々しさなんて感じることの無かった。商人や街に住む者達に元気のある、魔族の街だ。ヒューマンによって建てられた国なんかよりも、よっぽど健康的で豊かな街だと思っていた。


 腹の中身が腐りきった膿蛆虫(貴族連中)によって形成されている国なんかよりも、ずっと。


 その街には、()族の()がいて、そいつは自由を重んじている。そう言うことか。

 それならば、その地の王を害そうだなんてとんでもない話じゃないか。暗殺だと言われて逆に罰されても、致し方ないくらいだ。


 だが、我々が来たからいいものの、王が不在時に他国の軍が問答無用で攻めてきたら、一体どうする心積もりなのか。甚だ気になる。

 これで、街に住む者達を見放すようならば遺憾だ。



 それはさておき。アルバが、ここに討つべき魔王はいないと言うのであれば、私も杖を下ろすべきだろう。


「そうだな。討つべき魔王はいない。ならば、しかるべき罰を受け、報告を上げて、また、旅に出ようか」

「ユナン……!」


 よくぞ決心してくれたと、そういう事なのだろう。

 ばしりと背中を叩かれて、危うく骨騎士(スケルトン)の如く首が落ちるかと思った。

 この、脳筋が……!


 戦闘時においてこいつの指示ほど的確なものはないが、どうしてこう、普段は気の抜けた間抜けなのか。

 加減と言うものをして欲しい。


 とはいえ、我々の答えが余程嬉しかったのだろう。


「あ…………ありがとうございます」


 目にいっぱい涙を浮かべ、私とアルバは手を握られる。ふわり笑ったその表情は、心から安堵に満ちているようだった。


「罰なんてとんでもありませんわ。お父様が他国にとって脅威に感じるのは致し方ありませんもの。……貴殿方の温情を、わたくしエリスメリーナ、決して忘れません」


 父君を討つのを止める。そう言われれば納得の反応だが、些かオーバー過ぎやしないか。


 だがしかし、そもそもこの依頼には、我々も納得していなかった。意趣返しが出来るのであれば、こんなオチも、悪い気がしない。

 後々がめんどくさいのは予想できるが、倒そうが倒しまいが変わりはないんだ。今さら何も、問題はない。


 さて。もうこれ以上、この地に用はないだろう。アルバと一度視線を合わせ、意を決める。


「それでは姫君、我々はこれで失礼致します。その前に、打ち倒してしまった者達に治療を行いたいのだけど、顔合わせをお願い出来るかな」


 散々城で暴れた我らの責務が残っている。せめてそれくらいは手を尽くしてから、この地を去りたい。


「ありがとうございます。皆も喜びますわ」


 では、ご案内いたします。そう言って背を向けた背中を、思わず苦笑いしてしまう。


 先程まで敵対にあったというのに、後ろから刺される事はないと、信用されているのか。それとも単に、世間を知らないだけなのか。


 扉を開けようとして、その動きが止まる。

 がた、がたっと。何度か押したり引いたりしているが、そういえば、私がかけた魔術のせいで開かないのだった。


 恐る恐るこちらを振り返った顔は、熟れたリリの実の如く真っ赤になっていた。

 扉の向こうから微かに聞こえる、騎士達の心配する声が気まずさを煽っている気がしてならない。


「ええと、その。私の魔術のせいで申し訳ない」

「い、いえ……。とても優れた魔術使い様でいらしたのですね」


 申し訳なさから謝れば、完全に俯かれてしまった。隣に、呑気に笑われる。


「おっちょこちょいだなあ、ユナンは」


 ひゅん、と。私の杖が唸る。

 自らの手で殴る効果のないアルバ(無神経)に、風と重力の鎖をお見舞いしてやった。


「痛い?!」


 ふん、口は災いの元だ。

 バカタレ。

 

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