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飛竜と義弟の放浪記 -Kicked out of the House-  作者: ひつじ雲/草伽
番外編2 とある賢者の嘆き
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憂鬱な依頼 .3


「なあ、あんちゃん。次の街まではあと、どれくらいだったかなあ?」



 手綱を取るディオの為の席に手をかけるその姿は、この空の旅に退屈したのか。何でも構わないが、投げ掛けた質問が質問だけに、ついつられて目を向けた。


「そうですね、三分の二程進んだところですから、あと、三十分かからないくらいです。今回は、思っていたよりも順調に進んでますよ」

「そーかい、そいつはいいな」


 その時の私は、彼らが何をしようとしているのかを、全く理解していなかった。

 だから。


「ちょっと?! 何を――…………!」

「おおっと! 勇者サン達よ、動くなよお?!」


 御者台から引きずり下ろされたディオの姿に、驚かない訳がなかった。

 完全にくつろいでいたアルバも、初動が遅れる。座っていた長椅子をひっくり返す勢いで立ち上がったものの、慌てて動きを止める羽目になった。


「さてと。運転手のあんちゃん、ごくろーさん。こっからは、俺たちの指示の元、フライトして貰おうか?」

「ちょっ……お客さん! 落ち着いたください。危ないですから、冗談なら、こんなこと止めてください」

「黙りやがれ。てめえは人質だ」


 ディオの訴えも空しい。後ろ手に捕まれ、膝をつかされたディオの喉元には、鈍い光を返すナイフが突きつけられてしまった。


「兄ちゃん!」

「ラズ、来るな!」


 駆け寄ろうとした姿の間に、残りの男たちが各々の武器をちらつかせながら立ちふさがる。


 くそっ! もっと早くに気がつけなかった、自分が憎い。

 少なからず、この空の旅に浮かれてしまっていたのだろう。散々勇者一行だどうのって持て(はや)されておきながら、人っ子一人もろくに守れないなんて、ボンクラもいいところじゃないか!


「動くなよ? ぼうや。おにーちゃんの命が惜しければな」

「っ……」


 そんな事を言われてしまえば、ラズとて動けないのだろう。身を硬くして震わせた姿を見たくなくて、私も自然と彼らを睨んだ。


「それと魔術士のねーちゃん、勝手な事してくれるな? 少しでも魔術の気配をさせてみろ、こいつを盾にさせてもらうからな」

「……解っている」


 悔しそうに唇を噛むのは、何もラズだけではない。歴戦の戦士でもあるアルバだってそうだ。アルバにしてみれば、出し抜かれて人質を取られるなんて、間抜けの他に何と言えるだろうか。


「人質だと言ったね。お前達の目的はなんだ」

「はっ! 天下の勇者サンともあろうお方が、そんな事もわかんねぇのか? あんたらに魔王倒されちゃ困るんだっつーの」

「魔王……そうか」


 成る程、こいつら私達の妨害のために雇われた者たちか。予めどこで動くか、どう制圧するか、よく考えているらしい。


「兄ちゃん……」

「ラズ、落ち着け。俺は大丈夫だから」


 身構えながらも、今にも泣きそうな弟を宥める声は穏やかだ。自分の状況云々よりも弟が心配なのだろうが、私もしては彼自身の身が心配だ。

 せめて彼でなく私が人質であれば、まだやりようがあったと言うのに、口惜しい。手札の魔術はどれも威力が強すぎて、状況はひっくり返せても関係のない彼らを巻き込んでしまう。



 恐らく人質の交換を申し立てても、受け合うつもりはないだろう。随分と私たちが分担している役割を理解しているみたいで、下手に動くことが出来ない。くそっ。

 私たちに差し向けられるだけあって、彼らもやり手らしい。卑下た笑みを浮かべる頭の悪い蛮人に見えるのに、隙がない。


「卑怯だぞ」


 ぎりと、隣で歯を食い縛るアルバも同じ気持ちのようだ。隙あらば、こいつらを一思いに断ち切ると言わんばかりに、重心を前に倒している。

 私もいつでもすぐに動けるように、魔術式を立ち上げた。式だけならば、彼らも気が付く事はない。あとは、ほんの僅かな隙があればいい。


「卑怯で結構! てめえらを行かせるなと、とある方からのご命令でな!」


 成る程。他国同業者からの妨害か。我々が魔王を討って栄誉を得る事を面白く思わない者――――と考えれば、隣国の手の者に間違いないだろう。


 今までは刺客が多く、その全てを返り討ちにしてやった。だが一介の商人を巻き込むような外道だ。そうでなければ我々に勝てないとは、情けないの一言に尽きる。

 まだ、正面から立ち塞がれた方が、清々しく打ちのめせるというのに、甚だ迷惑な奴等だ。


「さあて、勇者を気取ってるお前は、動くなよ? ねーちゃん、その杖を捨ててこっちへ来な。そしたらこいつは解放してやるさ」


 これはチャンスに違いない。向こうからその様な提案をしてくれるならば、私は喜んで杖を捨てよう。

 所詮は魔術式を安定させる為の媒体。これが無くとも、こいつらを叩きのめす為の魔術なんて、いくらでも使える。それを知らないで居てくれるとは、有難い。


 だが。そんな私たちを、ディオが止めた。


「心配には及びません、お客さま。貴女が言うことを聞く必要な――――」

「黙らないか、クソヤロウ。てめえは、取引材料でしかねえんだっつの!」


 しかし余程、ディオの対応が気に入らなかったと言うのか。


「っ……」

「兄ちゃん!」


 奴らはあっさりと、ディオの首を掻き切った。咄嗟に駆け寄ろうとした姿を、アルバが慌てて留める。


「解った! 解ったからやめろ! 君達の要求は飲もう。僕たちはただちに国に戻る。だから、彼を渡してくれ! 無関係な者を殺す気か!」


 今ならまだ治療も間に合う。もう少し側に寄ることさえ出来れば、最上級の治癒魔術で一気に治してやれるというのに。

 こいつら、治癒魔術の有効範囲を知った上で、近づかせないつもりらしい。


「は、こいつさえ死ねば、あんたらが魔大陸に改めて行く術はねえ。はなっから、生かしとくつもりなんてないっつの」

「なんてことを……!」


 これ程怨恨が深い相手が居たとは。だからと言って、彼らを巻き込むのはお門違いにも程がある! それがどうして、このボンクラ共に解らないのか。

 まるでもう用済みだと、彼らはディオの姿を打ち捨てた。次はラズだと言わんばかりに、卑怯ものたちがこちらにじわりと壁をつくってにじり寄る。


「この、外道が……」

「放して、アルバさん! 僕はこの運航中の護衛だ。あいつらには、目にものを見せてやる」

「君に相手は無理だ、ラズ君。僕たちに任せ――――」

「関係ない。兄ちゃんに手を出すやつは、みんな、僕が殺してやる……!」

「ラ、ズ……君?」


 ぎりっと歯を食い縛る姿を見れば、竜人の特徴とも言える竜紋が浮かび上がっていた。怒れるときの彼らの気性は激しいと聞く。

 アルバがいつまで彼を押さえておけるだろうか。


「アルバ、私が奴らの気を引こう。その隙に」

「あ、ああ。すまない、ユナン」

「構わない。風に気を付けろ」


 軽い段取りを囁く。後は、アルバが合わせてくれるだろう。

 ラズには申し訳ないことをしたが、今我々が守るべきはこの子の身だ。ラズには申し訳ないが、逆上して、人質(ディオ)を手放してくれたお陰で、いっそのこと動きやすくなった。


 小さな姿を背中に隠して、卑怯もの達と対峙する。


「いくぞ、ユナン」

「ああ、目にものを見せてやる」


 本気の戦闘に魔導の杖を構える。

 立ち上げていた式に魔力を込めて、一瞬の内に風魔術を編み上げた。今度こそ臨戦態勢を取る。


 それを展開させるタイミングを伺っていた……の、だが。



「ラーズ? そのすぐにカッとなる癖、どうにかしろっていつも言っているだろ?」



 不意に、どこか呆れた様子の声がした。途端、あり得ないものを聞いた周りが、凍りついたのが解った。


「……あー、大丈夫とはいえ、へったくそ。ナイフの使い方くらい、もうちょっと練習しといてくれよなあ。適当にめった刺しとか、信じらんねぇわ」


 ぶつぶつと、そんな声がしたかと思ったら、のそりと倒れた姿が起き上がる。先程確かに首を切られた筈だった、運送屋の兄に他ならない。


「全く、マナーのない客を乗せるのも、考えものだな」


 ぐいと首元を乱雑に拭い、深く溜め息をついて身体を起こしている姿に、誰もが動けずに居た。


「だったらちゃんと、断ってよね兄ちゃん!」


 こうなる事は解っていたのか。拗ねたように頬を膨らませているラズは、特別不思議と思ってはいないらしい。

 苦笑いするディオは困ったように頬をかく。


「……ははっ、悪い悪い。つい、昔のクセでさ。押しに弱いのは元日本人のさがかもなー」


 運送屋の兄弟は、まるで、普段と変わらない調子だ。遠い目で笑っていたディオが賊共を真っ直ぐに捉えると、底冷えする笑顔で言い放った。


「さてと。取り合えず、運行を守れないおバカさん達には、お仕置きが必要かな?」

「兄ちゃん、兄ちゃん、血祭りにしてもいい?」

「だーめ。他のお客様に迷惑だろう? あと汚い。それに確か、この人たち手配書もらってたからな、生きて渡せば賞金高くつくよな?」

「だったら空に出る前に引き渡してよ、もー!」

「しょうがないだろ? 街中で事を起こして、ラズに不要な怪我させたくなかったし、家で暴れられて壊されたりでもしたら、たまったもんじゃないんだから」

「……それ、ほとんど兄ちゃんの都合じゃん」


 ぽつり、呟く声は脱力して項垂れる。彼らがのんびり話す程に、この場の温度がどんどん下がっている気がするのは、何故だろう。


「でも、自分が怪我してたら世話ないよねー?」

「はは、そう拗ねるなって。さ、文句はしまって。まずは――――」


 その先は、私達には聞き取れなかった。何かを発しているように、その唇は動いている。だと言うのに、だ。

 ただ、弟のラズには聞き取れたらしい。それを聞いた途端、弟はにっこりと笑みを深くした。


「おっけー」


 身体を軽く傾けるように。私たちの間からすり抜けて、たった一歩踏み出した。

 だけだというのに、小さな風が起きた。気がついた時には、ラズの姿は賊共の側にあった。

 ――――刹那。


 ギィン! と。剣と剣が鍔迫り合いをし、重くぶつかった時のような金属音が響く。その音の正体が、衝撃を受けた剣が音叉のように鳴ったものだと、一体誰が思うのだろうか。


 同時に、彼らが手にしていた短剣が、蒼穹に打ち上げられていた。ぶらんと、剣を握っていたらしい、賊の手が力無く下がっている。


「あっはは! 腕の骨、折れちゃった? ねえ、折れちゃった? ごめんね? 僕、加減できなくってさ!」


 何よりも驚かされたのが、ラズが動いたモーションが全く見えなかった。事が終わってから、彼がそいつの得物を蹴り上げたのだと知る。

 剣を蹴り上げられた反動で腕が砕けるだなんて、なんて豪脚なのだろう。護衛の肩書きも、あながち嘘ではなかったと、そういうことか。


「でもさ、でもさ? 兄ちゃんに手をあげたんだもの、これくらいの代償は、覚悟してた筈だよね?」


 にっこりと笑う姿は小悪魔のようだ。

 かわいらしい笑顔とは裏腹に、歴戦の戦士のようなプレッシャーを放っている。


 こんな奴が、冒険者以外にいたというのか。

 息が、自然と止まっていた。



「っ……アルバ!」


 止まった呼吸を無理やり取り戻すために、その名を呼んだ。


 私たちが戦闘に置いてひけを取ってどうする。悔しさを感じながら、普段よく使う高火力の魔術を放つ変わりに、奴らの動きを圧力でキツく止めてやる。


 それは、アルバも感じた事らしい。


「ああ、解ってる! せぇいやあ!!」


 いつもよりも数段力の入った声が、一息の間に間合いを積めた。

 鞘を抜かない峰打ちが、ひとりの鎧を打ち砕く。その衝撃は内蔵にまで達している事だろう。糸の切れた人形の如く、正体をなくして崩れ落ちる。


「ごふっ……」

「ちっ、クソが!」


 あれだけ重い一撃をくらって、まず動ける筈もない。

 即座に剣を返したアルバの剣は、ふたり目の足の骨を砕き、主犯格の男の横っ面に、剣の柄を叩きつけた。

 アルバが動いてしまえば、事は一瞬だ。


「僕らの事が気にくわないなら、それでもいい。けど、無関係な者を巻き込むな! この外道が」


 決まった、と。そう言わんばかりに胸を張っている、私の相方が本当に恥ずかしい。

 仕上げと言わんばかりに、半ば意識を失っている輩たちを隅に追いやり、意味もなく威圧している。


 この際はっきり言っておこう。


 なんでこの脳筋は、したり顔で彼らを御するのか。まあ、いつも通り過ぎるのだが。

 ……(いささ)か、恥ずかしすぎる。


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