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飛竜と義弟の放浪記 -Kicked out of the House-  作者: ひつじ雲/草伽
番外編2 とある賢者の嘆き
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憂鬱な依頼 .2

 

 夜は明けた。あまりにも爽やかな朝だ。


「ユナン、早く早く!」

「うるさい。少し静かにしてくれ」


 昨日運送屋の者達と会った建物に、アルバと連れだって行く。日の出まもない早朝の街は、既に冒険者や朝市に足を運ぶヒトで賑わい始めている。もう少しでも太陽が昇れば、表の通りは人でごった返す事だろう。


 だが彼らの店のある通りは、未だ静かなものだった。ちょっとした別次元だと感じつつ、店の戸を開いた。


「おはようございまーす!」


 りんと涼やかな音と共に、アルバが声をかける。しかし、カウンターにもラウンジにも誰もいなかった。


「流石に早かったかなあ」

「当たり前だろう、バカ」

「まあまあ、そう怒らないでよ。確か、ここに居なかったら奥の庭だったかな」

「そうだな」


 だから言われた通りの廊下を通って中庭の方に出た。すると、丁度荷物を用意していたらしい、弟の――――ラズの姿がそこにはあった。昨日はそこにいた筈の、深緑色のワイバンが今朝はいない。


「あ、おはよう! アルバさん、ユナンさん」


 私たちに気がついたラズはぱっとその表情を輝かせた。礼儀正しく客に接する兄とは対になるようにか、彼は随分人懐っこいようだ。


「おはよう」

「おはよう、ラズ君。ディオさんはいるかな」


 アルバが笑い返して訪ねれば、困ったように頬をかいてワイバンがいた筈の場所に目を向ける。


「えっとー、ごめんね。兄ちゃんは今、仕事前の散歩に出かけてるんだ。そろそろ戻ってくると思うんだけどさ」

「ううん、僕たちが早く来すぎただけだ。気にしないで」


 それもそうだ。約束の時間よりも、一刻は早い。

 単にアルバが早く行ったらワイバンを見せてもらえないかとか、ラズと手合わせ出来ないかとか、アホみたいな理由で私を急かしたに過ぎないのだから。


 それにしてもワイバンに乗って、散歩か。成る程。それはなかなか楽しそうだ。

 これからしばしの間それが堪能できると思うと、やはり心が踊る。



「それなら二人とも、ラウンジでお茶でも飲んでゆっくりしてよ! 勿論、通りのお店見てきても構わないよ。市場はもう開いてる頃だから! それにどうせ、他のお客さん達はまだ来なさそうだし」

「そうだよね。なら、お言葉に甘えて、ゆっくりさせて貰おうかな?」

「はーい、喜んで!」


 それじゃ、ラウンジの方にどうぞ、と。スキップを踏みながら、恭しく扉を開けてくれる。

 その姿は実に楽しげだ。朝方叩き起こされた不満も忘れてつい、微笑んでしまう。


「えーと、何にしますかー?」

「何に、とは?」


 まさかそんな事を聞かれるとは思わず、つい聞き返してしまう。


「飲み物入れるときは、お客さんに好みを聞けって言われてるんだ。と、そうだった。メニューはこちらです」


 そういって渡されたのは、メニュー表とかかれたボードだった。各地を回る運送屋の為か、そこに並ぶ飲み物の種類の豊富さに驚かされる。酒にお茶、見たことのない名前の飲み物まで書かれている。


「うわ、凄いね。こんな南寄りの街で、北の酒が飲めるのかい?」

「うん、あるよー。でも、兄ちゃんがいないときに酒は出しちゃダメって言われてるんだ。酒癖の悪い人は特に、家具壊しちゃうからって」


 成る程。あのしっかり者そうな御仁が言いそうな事だ。


「ならラズ、この脳筋には、あなたのおすすめのお茶を入れてやってくれ。こいつの酒癖は、すこぶる悪い」

「ええっ?! 酷いよユナン! 第一僕は、酔う程飲みは――……」

「酔う程に誰構わず決闘を申し込み、その癖酒が入るほど実力が出せないバカは誰だ?」

「あははっ! そうなんだ。じゃ、いろんな地方のお茶、片っ端から入れたげるよ。お茶も、飲み比べれば楽しいし、きっと、好きなのが見つかるよ」

「ならば、それでお願いしよう」

「ちぇっ」

「はいはーい、了解!」



 お茶が入るまで、しばしご歓談を。兄に仕込まれたらしい台詞の後に、席を離れる。

 未だにぶつぶつと文句を言うアルバは無視だ。この機に少しは、酒から離れろ。


 それほど経たずして、様々なお茶の香りがラウンジいっぱいに広がる。花のような甘い香りから、ミントのすっとした香り、あるいは如何にも薬湯のような香りまで様々だ。


「お待たせいたしましたー!」


 盆一杯にカップを乗せた姿が表れ、危なっかしくてハラハラする。


「原地の異なるお茶、各種に、兄ちゃん特製クッキーをどうぞー。お茶っ葉が沈んでるから、かき回さないようにして飲んでね」


 手際よく並べられれていく様子は、如何にも慣れているようだ。それほど彼が、兄の手助けをしているのだろう。

 私達の前に並べながら、一つずつ、教えてくれた。


「こっちの、ピンクや青いお茶は、お花から作ってるんだって」

「うおっ、これすっぱ!」

「ハーブとか、スパイスを使っているから、好きなヒトと嫌いなヒトとが出るって、兄ちゃんがいってた」


 途端、饒舌になったのは、彼が好きなのかディオが好きなのかのどちらかだろう。


「それで、こっちがお茶の葉をほとんどそのまま乾燥させたやつで、兄ちゃんが一番気に入ってるやつ。僕は苦すぎて飲めないけどね。こっちは、多少手が加わっていて、寝かせたり、煎ったりして風味をつけたものだよ」


 ……恐らくディオが好きで集めているのを見ている内に、知識をつけたのだろう。にこにこと嬉しそうに笑う様子から、容易にそれが想像つく。


「あ、このクッキー旨いな」

「そりゃね! 兄ちゃんが作ったクッキーだもの、不味い訳がないでしょう?」

「ははっ、それもそうだな」


 添えられていたクッキーは、ナッツの香りが香ばしい。

 少し甘めのそれは、どんなお茶にも合うのではないだろうか。


 豊富な茶をの知識に、上品な菓子。……彼らは貴族の出なのだろうか? 私の知っている貴族連中と比べたら、随分と品も落ち着きもがあるが。

 ――――最も、そんな事を聞くわけにもいかないから、疑問は胸にしまっておこうと思う。



 次から次へと入れられるお茶と茶菓子に舌鼓を打っていたら、すっかり時間の経過を忘れていた。どれほど経ったか解らないが、中庭の方の窓が、風に叩かれてがたつく。直後、裏口の方で扉が開いた音がした。


「ラズ、ただいま。……と、おはようございます。アルバさん、ユナンさん」


 颯爽として入ってきたのは、他でもないディオだ。


「おはよう。邪魔してるよ」

「おはよう、ディオさん。早々にすまないな!」

「いえ、お気になさらず。その為のラウンジですから、寛いでください」

「ありがとう」


 にこりと笑うこちらは、昨日と変わらない。ただ旅用の厚手のマントを纏っていた為か、商人と言うよりも旅人のような印象に見えた。

 空を自由に駆る旅人、か。今の私たちとは対照的で、少し羨ましい。


「お、ラズ。随分入れるの上手になったね」

「ほんと!?」


 テーブルの上を眺めて一言。今までで一番照れたようにはにかんだのは、言うまでもない。


「ああ、そうそ。さっきラルフに会ったんだ。あいっかわらずフラフラしているみたいだったよ」

「へえ……一回痛い目合えばいいのにね」


 先程までにこにこしていたかと思ったら、嫌そうに眉をしかめている。ころころと変わるこの表情は見ていて飽きない。


「全く、そういう事を言うんじゃない」


 ディオにたしなめられてラズは不満そうに、唇を尖らせる。そんな姿に仕方なさそうに笑うディオを見ていると、ふと、故郷に置いてきた兄を思い出してしまう。

 最後の最後まで、私が冒険者になることを反対していた、優しい兄の事を。彼は元気にしているのだろうか。今の厄介ごとが片付いたら、アルバに帰郷を提案してみるのもいいかもしれない。


 センチメンタルになってる私の隣で、能天気に貪り食う姿につい、溜め息をつきたくなってしまう。


「それにしてもこのお茶も菓子も、本当に美味しいね。ついクセになってしまいそうだ」

「よかった。そう言っていただけると、私も集めた甲斐があります」


 ああ、なんというか、情緒も哀愁も吹き飛ぶ。

 この手のかかる男にも是非、ラズと同じ躾をしてやって欲しくなる。



 どれくらいそうしていただろう。他愛もない話をしていたら時間が経つのは何とも早い。

 店の入り口でりんっとベルが鳴った。恐らく、同乗者とやらが来たのだろう。


「おはようございます。いらっしゃいませ」

「昨日来たカルゴと、他二名だが」


 ぶっきらぼうに告げようが、ディオの対応が変わるわけでもない。


「はい、お待ちしておりました。こちらのお席にて、しばしお待ちください。ラズ、お茶を三つ、入れてきて」

「はーい」


 ディオの言葉に通されてやって来たのは、間違いなく同業者だと解った。

 如何にも厳つい強面達は、悪く言えば賊のように汚い。ラズが見たら、泣いてしまうのではないだろうか。余計なお世話にしかならないな。大人しくしてるとしよう。前向きに言えば、それほど風貌があるとも言える。


 珍しく大人しく茶をすすっていたかと思ったら、不意にアルバに小突かれた。


「なんだ」

「……あのヒト達。なんか気になるから、ユナンも気を付けて」


 囁かれた言葉が不穏で、つい、眉を潜めてしまう。


「……ん? ああ、解った」


 見た目で相手を判断するのはあまり好かないが、せいぜい気を付けておくとしよう。腹は立つが、アルバの勘はよく当たる。腹にいちもつ抱えた相手ならば、なおさらだ。


 とはいえ、我々もそこそこ実力があるし、今まで大事があったという噂すら聞かないこの運送屋なら、何も心配は要らないのではないかと思ってしまう。

 まあ、気を配るくらいの事で済むのなら、配っておいて損はないだろう。



「それでは、皆様お揃いになりましたので、これからの運航行程と緒注意を話させていただきますね」


 ラズがお茶を配り、周りが落ち着いたところで、ディオはそう切り出した。


「まず、魔大陸の外れにある街に行くまでに、休憩時間を挟みながら、おおよそ四日がかりになると思います」


 地上ルートで駿馬を駆っても、四日ではとてもじゃないがつかないだろう。それに加え、海を渡るのに一体何日かかるやら。改めて、この運送屋の早さを知る。


「途中の休憩として、本日は三回ほど街に降りる予定です。勿論、何かございましたらいつでも私達に言っていただければ、その都度対応させていただきます。夜は皆様お急ぎではないと言うことで、三つ目の街の宿にあらかじめ連絡を入れて起きましたので、そちらをご利用下さい」


 まさか既にそこまで手を回されているとは思わなくって、脱帽ものだ。言葉を失ったのは、私だけではない。アルバも驚きを隠せない様子だった。

 私たちの予想の上を行くこの運送屋が、面白い。


「フライト中、予期せぬ事態が起こることが稀にあります。その際には私達がしっかりと対応致しますので、指示に従って頂くようにお願いいたします。その変わり移動間、安心して空の旅をお楽しみください」


 予期せぬ事って一体なんだ? と、思ったが、陸路の道中、アクシデントなんて付き物だ。空なら空で、天候に左右されるものもあるのだろう。


「説明は、以上となります。質問等はありますか?」

「へっ」


 ぐるりと見まわしたディオの目に、嫌味っぽく笑った男の顔が目に留まったようだ。遠慮せずに言ってくれと促す彼に、同業者の男は鼻で笑った。


「宿屋って言われてもな……そっちの兄ちゃんたちはともかく、俺らに上等な宿屋の料金は払えねえぜ?」

「ご心配いりません。料金に含んでおりますので」

「そりゃ困るな。俺らは寝泊りするところに金はかけたくない主義なんだ」

「私と提携していただけている宿屋ですので、そこらの宿屋に泊まるよりも、余程破格なのに上等な部屋にご案内していただけることを約束しますよ。必要であれば、宿泊予定の宿屋も開示しておきましょうか? 詳しい料金については先方との約束があるため詳しくは話せませんが、きっと満足して頂けると思いますよ」


 にっこりと笑った彼に、流石の男も言葉を失った。


「そう、か……。なら、文句はねえよ」

「ご理解頂き、ありがとうございます。では、早速皆さまをご案内いたします。こちらへどうぞ」


 そう言って、裏口から案内されたのは、件のワイバンの元だ。ワイバンの背中には、上がる為の縄梯子がかけられていた。

 先に上がったディオに通されて、ワイバンの背中の広さに驚かされた。奥の座席へと、座らされる。

 上等そうなクッションのソファは、以前、依頼を受けた金持ちの家にもあったと思う。座り心地がとても良い。むしろ、こちらの方が手入れが行き届いている分、快適かもしれない。


 落下防止の柵がもうけられているが、空というのはそれほどまでに危険なのか?


「兄ちゃん、戸締りしてきたよ」

「ありがとう、ラズ」


 全員が乗り込み、最後にラズが上がった所で縄梯子が上げられる。最後方に座るアルバの隣に用意されていた椅子に、ラズが収まった。


「それでは皆様、魔大陸に向けて一回目のフライトを始めます。特に上昇中は危ないですから、シートベルトをして、席はお立ちにならないようお願い致します。なお、ご要望がありましたら、いつでも私達に仰ってください」


 ああ、いよいよか。アルバではないが、やはり、わくわくして仕方がない。

 上昇は、思っていた以上に滑らかだった。飛竜の力強さを肌で感じる。


 吹き付ける風が少しばかり冷たいが、全員に配られた膝掛けの暖かさが心地よい。いつもより雲が近くて新鮮だ。

 眼下に広がるパノラマの大地は、遠くに行くほど霞んで見えて。世界が丸いと、誰かが言った言葉がほんとうであると裏付けるかのように、地平線がなんだか丸い。



 はじめての空の旅も順調だったから、アルバの気になると言っていたのも、取り越し苦労じゃないかと思い始めていた頃。

 ()()は、起こった。

 

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