御宅訪問には手土産が必須のようです.4
階段上がってギャラリーへ。ぐるりと見回し、真っ先に出られそうな窓を探した。
中庭に面した壁に目当てのものを見つけるも、近づく途中で進路を変える。
ダメだ。どこもかしこも、外側に鉄格子がはめられている。とてもじゃないが、壊して出るだけの余裕がない。
「ラズ! 窓探せ、窓! 蹴破れそうな所!」
「うん、解った!」
俺の全速力はたかが知れているとはいえ、流石にドレスの美少女よりは勝る。それが唯一の救いだ。
ラズに引いてもらっている腕は、正直とれそうだ。けどまあ、捕まるよりかは幾分かマシだってものだ。
「お待ちください! お兄様!」
いやいや。待てと言われて待つ奴があるか。ジャイ◯ンに追いかけられたのび◯だって、懸命に逃げるだろ?
だが、俺らは後ろにばかり気を取られていた。そのせいで、完全に油断していた。
「はいはい、ストーップ! 建物内を走ってはいけないよ、愛し子達」
「いっ、うわ?!」
「ひゃ!」
間の抜けた声がしたかと思うと、通りかかった脇道からぬっと何かが出てきた。
「うわっ?!」
「ひゃあ!」
かと思うと、その何かに足を取られた。俺の手を引いていたラズをも巻き込んで、共々派手に転ぶ。
「痛ってぇ……」
「いった……兄ちゃん、大丈夫?」
くそっ! 何なんだよ。
打ち付けた腕をさすりながら、俺が押し倒してしまったラズを見たら、ラズもラズで痛そうに鼻を押さえていた。お互い散々だな、うん。
「悪い、ラズ。大丈夫か?」
「う、ん……」
「大丈夫ですか、お兄様方!!」
そしてこんな時にでも、俺らの心配をしてくれるのか。
……何だろう、少し、罪悪感がする。
何が起こったのか、想像はつかなくもないが、考えたくない。
振り返れば案の定、ラルフクルスが長い足を差し出している姿があった。
「おや、そこまで派手に転ぶとは。すまなかったね」
すっとぼけた様子で軽く謝る様も腹立たしい。ぷるぷると、怒りに手先が震えているのが解る。
前世同様、今世も大してコンパスの無い俺に対しての挑戦と見た。
この野郎。いつか必ず、達磨落としの如くその手足、切り落としてやる! 無理だけど!
「お父様! 帰っていらしていたのですね」
そして、結局追いつかれてしまった。
くそっ。何もかも全部、ラルフのせいだ!
「うん、さっきね。知らせてくれてありがとう、エリスメリーナ」
「いいえ、お父様の為ですもの。お安いご用でしたわ」
「え?」
知らせたっていつの間に?
いや、けど。
疑問が沸くより先に、怒りの方が前に出た。こいつが余計なこと吹き込んだせいで、俺らがこんな目に合ったって事だよな?!
「ラルフ……てめぇ、城から出すなだなんて、よくそんな事言えたな?」
ヒトの事転ばせてくれた、何処ぞの野郎の襟首に掴みかかる。
……が、絶妙に身長が足りてない。く、くやし……くなんか、ない!
背伸び? しているけど何か? 見栄えなんて知るか!
ラルフもきょとんとして驚いていようが、知ったことじゃない。
俺は今、無性に腹が立ったいる! 怒り震盪、怒髪天を衝く!
「え? 城から、かい?」
「すっとぼけんなよ! あんたが彼女に頼んだんだろ!」
「いいや、なんの事――――――……ああ、成る程」
もう少し怒鳴ってやりたかったけれども、それよりも先にラルフは別の所に視線をくれていた。
俺の目の先にある表情は、仕方がないな、と言わんばかりだ。
つられてラルフの視線の先を伺うと、ドレスの少女はしゅんとした様子で肩を落としていた。
「エリスメリーナ」
「…………はい、お父様」
何だ? 先程まであれだけハキハキしていたって言うのに、今のエリスメリーナは、こちらと目すら合わせようとしない。
「自分で、謝れるだろう?」
「はい……」
ラルフに促されて、項垂れた姿が一歩、前へ出る。
どういう事かと考え倦ねていたら、深く、頭を下げられた。
「申し訳ありません、ラズお兄様、ディオお兄様」
プラチナブロンドの髪が一筋、前へ落ちる。
「えーと……」
これは、一体何て返すべきなのか。
いやそれよりも、足引っ掻けてくれたくそ野郎に謝って欲しいのだが。
いやいや、そんな事よりも……一体、どういう事、だ?
混乱する俺を他所に、ラルフはよく出来たねと、エリスメリーナを誉めていた。
おい、こら。そこで家庭教育してんな。
「おい、ラルフ。どういう事か説明してもらおうか?」
「ああ、すまないな。では、まず、見て欲しいものがあるんだ」
来てくれるかな、と、訪ねられて、頷くしかない。拒否させるつもり無いくせに、卑怯な奴だとつくづく思う。
「好きにしろよ」
「ははっ、拗ねたところも可愛らしいな」
「気色悪い」
「君達にも関係のある話なんだ。諦めてくれるかい?」
仕方がなさそうに笑われたのも癪に障る。
ま、こいつの扱いなんて、これで十分だろ。
案内されるままに、城の何処かに向かっていく。その間、ロクに会話も無かったのは仕方がないのかもしれない。
やがてたどり着いたのは、先程のギャラリーの側だった。見向きもしないで通り過ぎた、部屋の扉だ。
「さ、狭い場所だけどね。どうぞ」
「ここは…………?」
颯爽と扉が開けられたそこは、大食堂のようだった。
ただ、その広さが異常だ。
部屋のど真ん中には、長くて大きな食卓が置かれている。少人数のパーティーか会議でもするのか? ってくらいに、椅子が並んでいて、いつぞやの帝都の会談(?)を思い出す。
ざっと見、十は下らない。
何、これ? これが、狭い場所?
普通、こういった城には、客を招いて行う晩餐会の為の大食堂と、家族で食事を取るための食堂があると聞く。
結局は、お茶しながら話そうって事かよ。
って、思っていたら、俺の想像はあっさりと裏切られた。
「ここは、私の家族の為の、食堂だよ」
「は?」
うーわ。はい、王様発言ありがとうございます。
そうだよねー、一国の主となれば、こんだけでかい部屋も、『小さい方の部屋だ』とか、言えちゃうんですよねー。解ります。
いっぺんくたばれ。ふぁっきゅー。
「普段から私達はここで、顔を合わせて食事を取っているんだ」
「…………それにしては、椅子の数、多すぎだろ」
「いやなに、家族の分だけ椅子があるのは、当然だろう?」
「はあ?」
家族の数だけっつったか?
この『会議室』の椅子が、か?
おい、待てこら。
このちゃらんぽらんは、一体どんだけの事しているのか、視覚化されていても解らないのか?
バカなの? 絶対そうだろ。
「家族が増えると、椅子が気がつくと増えるんだ」
……なんだ、その摩訶不思議。
枕元の妖精さんは、コインじゃなくて、椅子でも置いてくのかよ。
「……それが何なんだ」
「全員そろう、なんてことは一度もなくってね。子供達には、寂しい思いをさせているばかりなんだ」
のほん、と。そんな事を宣う。
困ったものなんだよなあなんて、腕を組んで言っているが、絶対こいつ、バカだろ。
呆れて物も言えないでいると、エリスメリーナがおずおずとやってきた。
「あの……がらがらの食堂で食事する度に、わたくし、とても寂しかったのです。だから、ラズお兄様と、ディオお兄様がいらして下さると聞いたとき、本当に嬉しく思いまして……本当に、申し訳ありませんでした」
「成る程……そうだったのか」
理由を知った以上、また逃げて距離を置くのは酷い仕打ちになるな。流石にそれは、不本意だ。彼女は悪くないのだから。
だから。
「悪かったよ。いきなり逃げたりして」
そんな言葉が自然と出たが、向き直った時に涙をたたえた姿は首を横に振った。
「いいえ、お兄様は悪くありませんわ。悪いのは、感情を抑えきれなかった、わたくしの責任ですもの……」
しゅんっ、と、効果音が付くとしたら、正にそんな感じだ。
「だから、せめて……嫌わないでくださいませ」
消え入るような声で懇願されて、正直参った。
ああ、もう。そんな顔をさせたかった訳じゃないのに、そうさせてしまっている自分に腹が立つ。
「エリス」
そう呼んでくれと言っていたように呼んでやると、とっても驚いてくれたらしい。目が、まん丸と言っても過言ではなかった。
少々笑ってしまいそうになるのを、誤魔化すのは大変だった。
申し訳なさそうに眉を落とし、一歩、今度は自分から距離を積める。
「ここに来るのが、全く嫌だった訳ではないんだ。俺も、会いたかった」
本当は嫌だったけど。
……とは、口が割けても言えない。言わない。
やっぱり、俺までもを『兄』と呼ぶ理由がよく解らないが、今はただ、泣かないで欲しかった。
「そうだ。良かったら、これを」
「え? は、はい」
手を出して、と言ってやれば、素直に出された。そこに、竹を切り出して作られた筒を置いてやる。
「これは……?」
きょとんとして、不思議そうに竹を眺めている。ドレスの美少女に、竹筒だ。
うーん……、なんかミスマッチな気がしなくもないが、いっか。
「俺が好きなお茶。仕事があるから、ここにずっと居れる訳じゃない。だから、寂しくなったらこれでも飲んで、気を紛らわせてくれると嬉しいな。また、遊びには来るからさ」
「あっ………………」
その表情は、また驚きに目を見開かれている。
「ありがとうございます!! ディオお兄様! 大切に飲まさせて頂きますね!」
誰もが目を奪われるに違いない、蕩けるような微笑みを見せてくれた。
「あれ、兄ちゃんそれ、自分用にって新しく買って――――――イタッ!」
「気に入ってくれたのなら、良かった」
瞬間、ごすっと良い音がする。流石に石頭に肘打ちするのは痛いが、お陰で雑音は黙らせた。
全く、今まで大人しかったくせに、こういう時だけ口を挟んできやがる。何度余計な事を言うなと教えても、こいつはちっとも覚えやしない。
「嬉しいです……とても」
エリスメリーナが嬉しそうなのは何よりだ。頬を染めて喜ぶ顔を見ていると、こっちまで嬉しくなるのは必然と言える。
ただ、さ。
ああ、いや、エリスメリーナが笑ってくれたのは、勿論嬉しいよ?
ただ一つ、腑に落ちない事がある。
確かにこれだけでかい食堂で、来る日も来る日もポツンと食事してたらそりゃ、寂しくもなるだろう。むしろ、他の部屋で食事すりゃいいだろ、とさえも思う。
まあ、それはマナーが云々、あるのかもしれないが。
しかも、それが解っていた上で、ほっつき歩いているようなのが父親なら、尚更だろう。
けど。けどさ?
そもそも、テーブルの席が増えているのは、決して俺らのせいではないよな?
確かに俺らは、嬉しさの余りに過剰反応してしまったエリスメリーナから逃げた。それが、余計に彼女を傷つけたのは事実だ。
でも。
そもそもは、このちゃらんぽらんがフラフラさえしなければ! こんな事にはならなかったんじゃねえのか?!
あれ?
よくよく考えてみれば、全部ラルフが無責任な事ばっかやってたせいじゃねぇのか?!
俺が親父殿に追い出されたのも、ラズの事を考えると、巡り巡ってこいつのせいじゃねえか?!
ふわふわしているように見せかけて、どんだけ傍迷惑な奴だよ!!
なんだよ、こいつ!
イライラのやり場に困ったのは、仕方がないと思わないか?
だから、ぽん、と、少し前に立っていたその肩に手を乗せてやると、思い出したみたいにラルフはこちらを振り返った。
「ありがとう、ディオ。最近エリスメリーナは塞ぎ混んでいてね。君たちの話をしてやってから、ずっと会いたがっていたんだ」
「……さいで」
この際お礼を言われたのも何だか不本意だ。
ああ、いや。そうだ、俺からもお礼をしたい。
お礼っつても、お礼参りの方だけどな!
「おりゃっ! これでもくらっとけ!」
精一杯の掛け声と共に、大して強くもない腹パンをかます。
「おわっ?! 何だ、どうしたんだい?!」
「はっ! さあな」
やっぱり、効果はなかった。
ふんだ、効果はなかったよ!
けど、驚いた所に俺の素っ気なさが手伝って、心当たりのない魔王は、疑問符を飛ばしまくっていた。
ほんと、軟弱すぎて自分にもイラッとする。少しだけ、いい気味だったから、溜飲は下そう。
「ねえ、それで、私にはお土産、ないのかい?」
「はあ?」
何、言っちゃってんの? こいつ。
んなもん、有るわけねぇだろ!!
さあ、用は済んだんだから、さっさと帰らしてもらおうか。
これ以上ここにいても、俺の弱小さが露骨に出て、イライラするばっかりだもんな!
次回、番外編その2
とある賢者のお話です




