御宅訪問には手土産が必須のようです.3
俺らは連行さながらにして、跳ね橋を渡った。
うーわー、堀とかマジで城っぽい。
ちゃぼんって、堀の何処かの水面で音がした。ついつられて目を向けたら、黒っぽい『何か』がすーっと橋の下に泳いでいったのが見えた。
……え、今の何? 怖いんですけど。
城壁にぽっかりと口をあけた、出入口に出迎えられた。入り口に取り付けられている上げ下げ式の網孔子に、開いた口が塞がらない。
跳ね橋に網孔子なんて、一体何処の要塞だよ。
魔王城だよ。
…………………………。
……こほん。
さておき。
入ってすぐは中庭のようで、『ああ、ここで出兵の準備をするんですよね。解ります』 なんて、バカな自己解決をする。
まあ実際のところ、『出兵』の為に騎士達が集められた試しなんて、無いんだろうなあ。
なんでって、そりゃな? 王城騎士が出るまでもなく、魔王様一人で十分強襲してきた奴を追い返せるんだ。だったらわざわざ兵を当てて、消耗戦に持ち込む必要すらないだろう。
おそろしやー。魔王、怖い。
中庭の周りには、ぐるりと回廊やら登り階段やらがあった。上階で見張りに立つ騎士様方に、最敬礼されて気まずい。
うーわ。自分の現状を知れば知るほど、嫌になってくる。
エンマ……心配するだろうな。早速あのバカ共帰ってこない! って。
うう、ここまで来たらそう言われてもしゃーないけど。こうなるって解っていたら、絶対に挨拶、踏み倒したのに。
中庭を抜けた先にあるのは、城の正面門か? 重厚感漂う大扉は、西洋の教会についている扉みたいだ。
年期の入った風合いの木製扉に、黒鋼の装飾がされている。模しているのは、植物かな? それとも紋章? 解らん。
真っ白な壁に、真っ黒な装飾。外から見た時は気がつかなかったけど、凄いゴシック感がある。……世界と時代を越えてんなー。
外面はギリシャっぽかったのに、ここに来て急にラスボス風。
なんだ、そりゃ。急にゲームっぽいな!
……ああ、一応ラスボスか。肩書き的には。
うん、まあ、ファンタジーと言えば城! そこは、間違いない。
ちなみに、城と言えば竜! ……古いか。
悪い竜に囚われたお姫様を助ける、なんて、王道もいいところだと思うのだが。
まあ、この世界では、成り立たないかもなあ。まず、悪い竜ってのが、探す方が大変だ。多分。
え? ラズでいいじゃないかって?
じゃあ、俺は囚われの姫、か?
…………自分で言って悲しくなってきた。
魔王も、遊び歩いていて、脅威と言えばそうだが……一応、一応! ――――大事なことだから二回言った!
他国を攻め入ったり滅ぼしたりって事はしないから、異世界の冒険譚での王道的ストーリーは歩めないだろうなあ。
そういや、この世界に『異世界召喚』はあるのかな?
日本人を、異世界に拉致監禁。やってる事、とち狂った某軍事国家と変わらねー。なんて。
……ああ。
きょろきょろと忙しなく辺りを見回し、そんな事ばかりを考えていた。どーでもいいことと、城のこと。
だってさ、城そのものに入るってのは、もの珍しいだろ? 城内見学は是非ともしてみたいところだが、生憎そんな余裕も持てる筈もないのが惜しい。
ラズをダシにしたら、見られないかな……。
更に打算を立てている内に、中庭抜けた先の大扉が開けられて、通される。
開け放たれた途端、真っ先に目に飛び込んできたのは、レッドカーペットさながらの花道と、直径三メートルくらいあるんじゃないかってくらい、大きなシャンデリアだった。
絨毯の引かれていない、大理石のフロアは、磨かれ過ぎて顔が映っている。当然、シャンデリアの光も返していて、きらきら、きらきらと眩しすぎる。
お伽噺で王子と姫が踊る、ダンスフロアみたいだ。
一瞬、柄にもなくそんな事を思ってしまった。
圧倒されて、魅入ってしまう。迫ってくるような勢いがあるっていうのは、こういう事か?
ホールの豪華絢爛さについ、後退しかかった。
庶民の俺には、強すぎるショック! ……うん、何だかくらくらしてきた。
赤色の花道を辿って見上げると、階段へと続いていた。
一段目線の高いところにある踊場は、パーティーならばそこで、主催者が朗々と挨拶をするのではないだろうか? 階段は、ホールを半分回るように緩やかに登り、二階のギャラリーへと消えている。
……これ、ここのホールがエントランスであるならば、魔王への謁見の間とか、相当遠くないか?
外観の全貌をあまり気にしていなかったとはいえ、改めてあのろくでなしが、この城の主なんだなあと思う。
そういや、よくよく考えたら、ラルフはこの街を統治しているんだよなぁ。あんなに遊び呆けている、ちゃらんぽらんなのに。
見えねー。つくづく見えねぇ。
それになんか、ちゃんと住人には慕われているみたいだし。
いやあ、騙された。詐欺だ、詐欺。
ちゃらんぽらんの癖に詐欺師だ、あいつ。そういや、実年齢と外見も詐欺だよな、うん。
……っていうか、俺ら本当にどうなる訳?!
うん、そうだよ? 今までの解説、全部現実逃避だが?! それが一体、何だって言うんだ?!
だって、現状が、自分の身に起こっている事だって、認識してみろよ! もう、土に埋まって隠れたいくらいだ!
トンズラしたい! 遁走を……、解離性遁走を発症したい!
俺は、前世でも今世でも、ただの一般人なんだよ!!
城なんて、観光でしか行ったことねぇよ!
何これ、何これ?!
困って辺りを伺っている俺を他所に、周りは何とも無情だった。俺らを花道に残したまま、騎士様方はサイドに散って、壁際の飾りの如く直立不動になった。
『なんちゃらのー、おなーりー!』とか、言われなくてほんっと良かったけど!
え、これ何。
どういう状況?
ダレカオシエテ。
…………うん。内心かなり焦っている俺の為にか、状況の変化は直ぐにあった。
かつん、と。誰かが踵を鳴らして、降りてきたらしい音が響いた。途端、ざっと騎士達が動く。
……いやほんとに、『ざざっ』って音がして、壁際の騎士達が膝をついていた。
わー、ナニコレ。
俺らもそれ、するべき?
あ、俺は、かな? ラズは、一応本来ならば、ここ『魔王の息子として』いる権利を持っている訳だし。
王位継承権を持っている、って言うのかね? ……多分。
よく知らんが。
ゆったりと降りてきたのは、ラルフではなかった。
薄い水色の、ロングドレスの裾が翻っていたんだ、ラルフではないだろう。……あいつに女装癖がなければ、だけど。
有りそうで嫌だなあ……。私の愛し子を驚かせたくて、とか。
…………しまった、言うんじゃなかった。本当になりそうで怖い。
なーんて、俺の邪推とは裏腹に、降りてきたのは、見目麗しい少女だった。
え、さっき降りてきた時はそうは見えなかったけど、思っていた以上に小さい。ラズより、少し年下くらいかなあ、程度だ。まあ、もう騙されねぇけど!
ウェーブのかかったプラチナブロンドの髪を編み上げて、少しだけなびかせている様子は、ちびっこのクセに様になっている。
悔しいけど、可愛いなと思ってしまった。
だがしかし!
俺は、ロリコンではない!!
でも、可愛いって思うのは、仕方ないだろ?! ないよな!
俺の内心荒れている間に、その子は先程見上げていた踊場まで来ていた。
その姿を見て、一言思う。
同じ、魔王の関係者だろうに……。愚弟との完成度に、雲泥の差だ。
いや、そもそも比べる事がおこがましいか。
俺の腕にしがみついている姿に一瞥をくれると、ぽかんとしてその姿を見上げていた。
こらラズ、口が空いてるぞ。バカ面は止めなさい。
諌めるのも間に合わず、彼女はほとんど階段を降りてきてしまった。
えーと、これは、どうするべきなんだ? ほんと。
こんな事ならば、もっと作法について勉強しておくべきだったな……。不覚ながら、悔しい。
だって、さ!
ラルフの様子からこんな、城らしい城とか、お姫様っぽい姫が出てくるなんて、フツー、思わねえだろ! どこまでヒトの事騙せば気が済むんだ、あいつ! 八つ当たり? 言いがかり? 知らねーよ!
なんか、段々腹が立ってきた!
俺の内心、熱り立っている事なんて露知らず、少女はにこりと微笑んだ。
「ようこそ、おいで下さいました」
鈴が転がるような、幼さを残した可愛らしい声だった。落ち着きのあるその声は、空気に溶けるように響く。
「ラズお兄様、そしてディオお兄様」
…………………………ハイ?
ソレハ、ダレノコト?
突っ込まずにはいられない。
そして、寒イボ。
まさかの、可愛い女の子に『お兄様』って言われて、寒イボ立つとは思わなかった。
何だろう、これ。……理由も解らず、何か怖い。
そんな俺の事なんて、彼女は知ったことではないのだろう。分厚い絨毯に足音を消して、粛々とやってくる。
うわ、伏せた睫毛長っ。
髪と同じプラチナブロンドの睫毛は、その下の潤む大きな青い瞳を隠している。
近づいてきた彼女を前に、ラズが立ち塞がるようにして俺の前に出た。
ああ、断じて彼女に親近感を感じて、側に寄った訳ではないだろう。その証拠にラズは、憂いを帯びて伏せているそのかんばせを、滅茶苦茶睨んでいらっしゃる。
人見知りモード、強制終了したらしい。
強制シャットダウン。後が面倒なやつ。ラズもそれは同じ。はあ。
ああ、修羅場。一方的な、修羅場。
……違うな、例えるなら、嫁・姑、みたいな。
嫁、『私、どうしてお母さまに嫌われているのかしら?』
姑、『あんたみたいな女はデストロイ!』
言ってみたけど、自分でも何言っているのかよく解らん。
「……誰?」
小さく呟かれたにも関わらず、鋭利な剣の如く言葉で斬りかかっていると思う。それに動じる王女様でもないらしい。
「申し遅れまして、わたくし、ラルフクルス魔王陛下が第二王女、エリスメリーナと申します。以後、よろしくお願いいたしますわ、ラズお兄様」
余裕のある笑みってやつかな? 立ち振舞いからして、ラズに勝ち目は無い気がする。
「……ふうん? 何でもいいけど、それ以上兄ちゃんには近づかないで」
「あら、お気を煩わせてしまったみたいで、申し訳ありません」
隠そうともせず、刺々しい物言いのラズに対して、事もなさげに一歩、引き下がりエリスメリーナ。
微笑まれて、余裕を見せつけられている。
うーわ、ますますラズが太刀打ち出来る相手じゃ無くなっていくぞ。
ってか、これが第二王女?!
やっぱり幼く見えるけれど、魔王の系譜はどれだけ若作りなんだよ!
それとも単に、男性家系なだけ? だから二番目のお姫様が若く見える?
お兄様って言ってたくらいだ、ラズより年下なんだろうけど……。
それでも、二百歳いっている可能性はあるんだよな? いやいや、ほんとに見た目通りの十代……、なんて事も……淡い期待でしかない。
マジか。 これが、合法ロリ――――――…………。
…………ぞくっ!
また悪寒が走った! ヤバい、見透かされている?!
まるで、『何か?』 と、言わんばかりにエリスメリーナは小首を傾げて微笑んでいらっしゃる!
そうだ、他の事考える!
そうしよう。そうしよう!
えーと、えっと。
ああ、そうだ。
なんで第二王女が出てくるんだ? ラルフはどうした?
多分、言わずとも、俺の考えをまた見透かしたのか。
「折角お越し頂いたのに、申し訳ありません。お父様は只今、お城の外に出て、見聞を広めに行っていらっしゃいますの」
なんか、上手いこと言っているが、要はまた女遊びに勤しんでいるんだろうな。
うーわ。なんか腹立たしいわ。騙された上に、敗北感。
どこまでヒトの事、虚仮にしてくれれば気が済むんだ、あの野郎。
次会った暁には必ず殴ってやる。
ってか、やっぱ予想通り居ないじゃないか。絶対居ないと思ってた。
まあ、だからこそ来たんだけど?
ならば、だ。さっさと来た旨伝えておさらばだ! 俺はまだ、あの市場を散策して回りたい!
何なら、暫くラズを家族交流に連れていってくれても、大歓迎だ!
その方が自由に回れて万々歳!! ひゃっほーい!
けど、折角今後の予定を立てていたって言うのに。
「その間にお兄様方がいらっしゃいましたら、直ぐに戻るので、お城にお引き留めするよう、言付かっております」
「……はい?」
えーと、今、なんて仰られたのか、よく解らないな。
引き留めろ? なんで?
「立ち話も何ですから、お茶でも致しませんか?」
うーんと、何だろうな。嫌な予感しかしない。
俺の虫の知らせは、意外とよく当たる。それによると、多分、断るべきなんだろう。けど、逃げ切れる気も、しない。
「もうじき、街に出てるお姉様やお兄様達も来ると思いますので。それまで、どうそこちらへ」
指し示されたのは、右手の方にあった廊下だ。
はてさて、どうしたものかなぁ。
『兄ちゃん……』
ラズも、何かしら感じ取ったらしい。竜の言葉で、呟いていた。
こっちを見るな。バレるだろ。
『ラズ。よく聞け』
最近、やっと使えるようになったこの言葉。お陰でエンマとのコミュニケーションも円滑になったし、他人に聞かれたくない話をするにも便利だ。
最も、竜により近い竜人相手には、使えない事もあるみたいだけど。
『このヒトを相手にするのはヤバそうだ。外に出るか、ラルフを探す』
『……いいけど、全員殺しちゃった方が早くない?』
『バカだろ。それこそ、騒ぎになる』
つい、溜め息をこぼしてしまったのは、仕方ない。
それはマズいから、俺に任せておけと、言外に示して王女に向き直る。
さて、ここからは俺の仕事。上手く、断れる方に向けられればいいが。
「申し訳ありません、王女様」
「エリスと、お呼びくださいませ、ディオお兄様」
俺が敢えて王女呼びすれば、その次に続けようとした断り文句を言わせまいと、即座に切り返しが返ってくる。
これが、貴族以上の連中が繰り広げていると聞く、言葉の応酬ってやつか?
……ちっ、面倒くさい。
腹の探りあいは、正直嫌いだ。やりにくいったら、ありゃしない。
「王女様、お戯れを。私は貴女の兄にはなれません。例えラズが希代の魔王様の実子であろうとも、それは、ラズまでの話。私は、そのラズに命を救われ、生かされている存在に過ぎませんから」
……ふ、多少は物事をねじ曲げているが、大した問題ではないだろう。
実際、ラズに命を救われているし、ラズの兄をやってるのも同じ理由。あと、自分が言い出した事だから。
まあ、強制的に、とか、望んでもいなかったのに、とか、余計な装飾がつくのは、仕方がないよな?
その旨を、はっきり言ってやれば、微かに肩を落とし、俯く姿があった。「そんな……」 と。睫毛の向こうに、涙ぐむ瞳を見た。
うーん……なんか、悪いことした気がしてならない。
けどなぁ。これ以上の面倒ごとは嫌なんだよなぁ。めんどくさいし。
ならば、多少良心が痛もうがなんだろうが、俺は俺のやりたいように事を持っていかせてもらうぜ!
――――と、思っていたのも、束の間。
「ふふ、ふふふふふ……」
ヤバい。
先程の反省も計画性の足りない考えも、一瞬で吹き飛んだ。
なんか、前にも、似たような笑い方してたヒトがいた気がする。
誰がって、聞くなよな? 言うまでもねぇだろうが。
「やはり、そう言われてしまうと思っていましたわ、ディオお兄様」
にっこりと。
この家系、どいつもこいつも悪いこと考えてつくと、ご機嫌になるのかね。
そりゃあ、もう。麗美に微笑まれた王女の姿に、普段の俺だったら間違いなく見惚れていたと思う。
けど。
「――――っ、ラズ! 走れ!」
冗談抜きでヤバい!!
本気で感じて、走り出した。
元来た方は、これでもかって騎士がいるから、その反対だ。
ふふん、誰も従者を着けずにやって来たのが仇になったな!
なんて事は口に出さないでおいた。そして、すれ違った後の王女を振り返る、なんて事もしなかった。
と、言うか、出来なかった。
怖くて。
だって。
「やっとお会い出来たんですもの。お帰り頂く訳にはいきませんわ、お兄様?」
騎士を侍らしてお姫様が言ってたら、捕まった時が怖くて仕方がないだろ?!
ああ、もう!
どうしてこうなるんだ?!
怖いよー!!




