御宅訪問には手土産が必須のようです.1
レーセテイブ島から、陸と海を越えて三日ばかりの所に、その街はある。
「おー、ここが魔王城のある街か! 思っていたよりもふつーの街だな」
眼下に広がる石造りの大都市は、白亜の城壁にぐるりと囲われている。昔テレビで見た、ギリシャの街みたいだ。
その中央には、白亜の魔王城まで続いている、街を貫く大通りが見てとれる。色鮮やかな天幕が、真っ白な街に彩りを添えている。
その整備されきっている街並みをみていると、不意に、京都の街を思いだした。
……少し、郷愁の念にかられているのかもしれない。全く初めて見た街だというのに、何処か懐かしく感じてしまうから、不思議だ。
大通りは市場として機能しているらしく、人通りも多く、活気に溢れている。そんな様子を見ている限り、魔族だ魔王だって恐れられている理由がさっぱり解らないな。
至ってフツーの街だ。
「ディオ兄ちゃん、あんま乗り出すと危ないよ! まだ、慣れてないんでしょう? 眼帯」
「ん? ……ああ、わりぃ」
服の裾を引っ張って、柵の内側に留めようとするラズについ、気のない返答をしてしまう。
やれやれ、最近妙に心配されてばっかだ。
誰のせいだと思っているんだか。
ああ、そうそ。ちょっと聞いてほしい。
魔王――――ラルフクルスと初遭遇した後の話だ。
ラズにたっぷり説教垂れたのはまあ、よかった。気が少しは晴れたくらいだ。
ただ、その後の事を、俺はあまり考えてなかった。
そう、あの後何が一番困ったかって、普通に冒険者のおっちゃん達が待っているっつーのに、俺の風貌が一夜で――――というか、一瞬の間に変わってしまった、って事だ。
特にこの、爬虫類化した右目! 左腕!
……っ、自分で言ってて厨二がイタい。
ぐああああ、恥ずかしい!!
いやいや、今そんな事はどうでも良くってだ!
拠点があるから、まだ、室内に引きこもろうと思えば、人目に触れないよう引きこもる事も出来たけども!
生憎、仕事なんだよ! 悲しいかな、気分で仕事を休めるほど、俺は日本人捨てられていないんだ。
家帰って、ソッコー自分の部屋に駆け込んだのは言うまでもないねぇよな?!
ラズがエンマの影で震えていたが、生憎知った事じゃねぇ!
まだ比較的暖かい時期だって言うのに、長袖引っ張り出した俺! 長袖の羽織に手袋っていう、如何にもくそ暑げな格好!
マジで有り得ねえ!
そして、隠しようもない、青みがかっちまった黒髪に、何よりも右目! どうしろと?
髪の色は、ほら、『染めたんだー』で、ギリギリ通用する。幸いな事に。不自然さ極まりないとか、この際置いておこう。
まあ、鍋かぶったり、ターバンの真似事したりはしたけどな!
あと、坊主も悩んだけど、ちょっとまだ、頭は丸めたくないから諦めた。
けど、目! カラコンなんて、この世界にねぇよ!
仕方なしに、手拭い(という名のぼろ切れも良いところの布)をかぶって、前髪を出来るだけ下ろしてみた。
これならいけるか? なんて、考えていたさ。
……どうにか右目が隠れるようにしてから、はたと、気がつく。
これ、余計に酷くなってねぇか?
厨二に拍車がかかっているような?
なんて。
思った瞬間から、もう、手拭いはむしりとって投げ捨てたさ。
どうしよう、どうしようって、部屋の中を右往左往した。
端から見れば挙動不審だったと思うが、それどころじゃなかった。マジで。
悪目立ちなんて絶対やだ。
実は人間やめたとか、周りに絶対バレたくない。
恥ずかしすぎて痴死する。
ってか、討伐対象なんかに指定された日にゃ、どうしたらいいか解ったもんじゃねえ!
あああああ、どーしよ!
なんて、やっている内に、時間はどんどん過ぎていった。
もう、あと数十分後にはおっちゃん達来ちゃうよ! ってところまで追い詰められた。
ラズ?
ああ、あいつなら誰か来たら接待するつもりらしくて、その時は店の表の方にいた。俺が荒れているから、近づかない腹積もりだったらしい。
こなくそ。
いいけどな? 今こっち来たら、確実に、ぶん殴る自信あるから。
情け? 無用だ。んなもん。
あの時の俺には必要ない。
そんな事よりも、今の俺は自分の心配だけだった。
結局どうしたかって、その日は諦めてボロ布かぶる事にした。どう頑張っても、右目を隠す方法が思い付かなかったから。
まあ、お陰で人間やめた右目は隠す事が出来たのだが。代わりに手拭いと髪の方は、おっちゃん達に散々からかわれた。
なんで今日は変なのかぶってんだ? って聞かれて、俺が採用したのは『前髪切りすぎちゃったから』だ。
我ながら、もっと他にマシな言い訳あっただろって思ったけど、その時の俺は、兎に角焦っていた。
今思えば、女子かよって感じだ。けど、何度も言うけどその時は、この一点張りを貫き通すだけで、冷や汗だらだらもので必死だった。
ひそひそと、俺の頭の中身の心配や、別に髪色似合ってるなんてフォローを囁かれた時ほど、ざっくり心を抉られた事はなかった。
その時ばかりは、俺の周りだけ気温が氷点下切ってたと思う。
で、俺が言い訳を主張すればするほど、ラズが青い顔していた。挙げ句、『もうやめてー!』 と、おっちゃん達にすがりついて涙目で訴えていた。
あの時のラズの顔と言ったら! マジで笑えた。愉悦。
ざまあみろ。
ああ、なんか、あの辺りから、より一層自分の性格がひねた気がするよ。多分、気のせいじゃねぇが。
……え? 元々だろうって?
失礼だな。そんなことないって。
そこ! 鼻で笑うな!
まあ、取り合えず、そんなこんなでその日は乗り越えた。
同時に、出掛け先の街で雑貨店や服屋回りまくって、眼帯を探した。
眼帯。
たどり着いた結論、そこ。
散々厨二がどうこう言っておいて、結局はそれだ。
だってもう、これしかないって思った。
ボロ布かぶる方が、よっぽど精神的ダメージがデカいって解ったから。
実際、冒険者の中には激闘の末に、失明する人だっていなくはない。だから防具屋で各種見つけた時は、ガッツポーズものだった。
ってな訳で、右目はそれで隠したし、髪色も吹っ切れた。
それからは、もう、堂々とすることにした。
下手に隠そうとするよかいいかな、って判断だ。
で、初めは俺が隠したがった理由を解っていなかったらしいラズも、今では俺を諌めるくらいになりやがった。
ああ、これだけは言っておこう。こうなったのも全部、愚弟のせいだからな!
腕は、話の流れで魔王に吹っ飛ばされたけど! 無事だった右目をちぎったのは、他でもないラズだからな!
ま、過ぎたことをごちゃごちゃ言ったのは、あれっきりだ。
もう、今は気にしてないさ。ほとんど。たまーに憂鬱にはなるけどな。
憂鬱にね、なるんだよ。
どうしてこうなったんだ、ってさ。
………………止そう。悲しくなってきた。
ま、いいんだ。そんな事よりも、魔王城城下町の事だったな。
そもそもここに来たのも、ラルフクルスとの口約束を果たすためだ。
挨拶。ただ、あいつが居なかった場合は、出直す、なんて事はしないが、な。
城なら、誰かしらいるだろう? 言付けておけば、最悪向こうから来るだろう。っていう、算段だ。
上空から見る限り、ワイバンで近づく俺らに警戒している様子はない。外壁にある関所を通れば問題なさそうだ。
前に、空から来る俺らを見て大騒ぎされた事があったしな。説明するのもめんどくさい。
ま、それが無いだけでも随分と有り難い。ついでに、エンマが入っても騒ぎにならなければなおよし、だ。
「エンマ、あの辺りに頼むわ」
関所らしき場所から程よく離れた場所に降りてもらい、手綱を下に放り投げる。連れて歩く時はそうした方がいいって、おやっさんに言われたからだ。
馬の散歩みたいだなって、初めて聞いた時にはふと思ったっけ。
日中の関所は暇らしい。のろのろ歩いて来る俺らを、関所の番兵さんが出迎えてくれた。
鎧甲冑、かっこよすぎる。貫禄が滲み出る初老辺りの番兵さんの渋さと、甲冑がベストマッチだ。
いい! 今更かもしれないけど、これぞファンタジーってもんだろう!
ギルドの美人もサイコーだけど、いぶし銀な騎士も憧れる!
ヒューマンの冒険者と見てくれは似ているが、もっと、たくましく見える。しなやかに見えるのにたくましいって、表現は変だろうか?
変だろうな。言ってみてから変だなーって思った。
けど、まあ兎に角、筋肉達磨には見えないって話だ。日焼けた肌ですら、強靭な肉体美の飾りに見えてくるから不思議だ。いいなぁ、俺もあんな風に成りたかった……。
ま、無理だけどな! そんな根性、前世から持ち合わせていない!
自慢じゃないが、俺のヘタレは筋金入りだ! 肌だって、昔っから生っ白いし。
ほら、無い物ねだりって、言うだろ? それだよ。どーせ。
…………最近、脳内言い訳増えた気がする。しゃーないか。
「こんにちは」
先手で挨拶したのは、勿論俺だ。これで挨拶が返ってくれば、少しは友好な関係を築けるのではないか、っていう指標になる。
「ああ、こんにちは。関所の通行を希望かい?」
にこやかな返答。
白い歯がステキです。
じゃなくて! うん、ふつーに有り難い。
「お願いします」
「うん、それじゃあ、書類を作るから少し待ってくれ」
番兵さんは、俺と、ラズと、エンマと。見比べて多分、普通の運送屋か何か、とは思われなかっただろうな。
じゃあどう見られたかって? ……うーん、何だろうなあ。残念ながら、俺もお世辞にも『歴とした大人』とは言い難い見てくれだ。
精々、商人の見習いが良いところだろう。
ああでも、よくよく考えたら、見た目が若いのに何百歳なんて、この世界にはごまんといるんだった。
現に、魔王なんて二百歳オーバーの子持ちには、とてもじゃないが見えねぇし。……あれ、そういえば、兄もいたよな? マジで魔王いくつだよ。
ま、いっか。今さら、俺が気にすることもなかったわ。
「何か、身分を証明できるものはあるかい?」
今日の日付や必要事項を記入していた番兵さんが、顔を上げた。
「他の街が発行したものでも構いませんか?」
「問題ないよ」
頷かれたのを確かめてから、首に下げているパスメダルを渡した。
その、渡したパスを見て、一言。
「おや、ギルド公認の商人さんか。若いのに大したもんだ」
なんて、驚いて褒めてくれたようだが、正直、特別何かした訳じゃないから複雑な気分だ。
ありがとうございます、と、返されたパスを受け取りながら、当たり障りのない自分の返答に、思わず苦笑してしまう。
「ええっと、通行者は、ディオさんと、ラズさんと、エンマさん、で、よろしいだろうか?」
「あ、はい! そうです」
これには、驚かされた。
ジジイのギルドから支給されたパスには、エンマの名前も入っている。でも、大概は、お前ら二人しかいないのに、三つ目の名前は誰? って言われていた。その度に、エンマはワイバンでって、うんざりしながら説明していたもんだ。
だと言うのに、この番兵さんは一発で解ってくれた。なんというか、感動的だ。
多分、俺が驚いているのが解ったのだろう。
勿論わかっているともと、言わんばかりにウィンクされて、不覚にもときめいた。
ああ、出来る甲冑騎士とか、かっこよすぎるだろ……。ホント、憧れる。
どうぞと、渡された通行手形に、番兵さんのサイン欲しい。
なんて、考えていたら。
「それにしても、……おかしいな。君たちは初めてこの街に来たんだよね?」
「え? えっと、そうですけど……」
何だろう、急に不穏な気配がする。過去のログをめくる姿に、心臓ばくばくだ。
え? 何? 全くおんなじ名前の組合わせの奴等がいた、と?
……いや、まず有り得ねえだろ。
って、事は、だ。なりすまし? ドッペルゲンガー? それとも寝てる間に寝ぼけて来た…………んな訳あるか!
「なんか、最近この名前を何処かで見た、よう、な…………?」
髭を貯えた顎をさすり、ぱっと、デスク脇の壁にて、ところ狭しと張られた張り紙に目をくれていた。
「……あ!」
声を上げて何かに気がついた。かと、思っていたら、ガタタ! と、椅子をひっくり返す勢いで立ち上がったかと思うと、最敬礼された。
「殿下ともあろうお方に対して、大変失礼いたしました!」
「…………はい?」
殿下、つった?
……ああ、ラズが一応そうなのか? 一応、魔王の息子な訳だし。
ラズが、でんか? 殿下。
うん、間違っちゃないけど、ウケる。
俺が内心で笑っている間にも、番兵さんの中では話が進んでいたらしく。
「直ちに城へ知らせをお出ししますので!」
「いや、あの……」
「直ぐに戻りますゆえ、しばしお待ちを!!」
「ちょ、あの……!」
気持ちは有り難いけど、事を大きくされるのは有り難くない。
そう思って、番兵さんを止めようと思ったのだが。あっという間に、番兵さんは馬を駆って詰所を飛び出して行ってしまった。
ええぇー……、マジか。
この関所、無人になっちゃったけど、いいのか? 職務怠慢、とかにならないのか?
そして何より、この、やり場のない引き留めようとした手は、どこにやろうか?
ってか、俺としては城下町で物を仕入れるついで、くらいに、城に行こうと思っていたのに。
「ラズ、お前は行ってこいよ。俺は、市場回ってくるからさ」
「……兄ちゃんが行かないなら、僕も行かない。大体、僕はパパに用事なんてないもん」
取り合えず、ご用はラズだけかなーって思ったから、遠慮したのに。家族水入らずに入る野暮をするくらいなら、時間でも潰して回避しようって気遣いしたつもりだったのに!
ラズの反応冷たいっ!
……いや、うん。だよなぁ。そう言うんじゃないかって、思ってた。大体、ラズが自分からラルフに会いたがる光景っていうのが、想像つかない。
それはさておき。一つ、気まずいことがある。
さっき、番兵さんが待ってろって、叫びながら走り去った時、がっつり周りの視線を集めていってくれたってことだ。
少なからず、会話の内容を聞き付けたらしく、ひそひそと噂話されているのは確かだ。現に、魔王様がどうのって、聞こえた。
あーあ。なんか面倒な事になってきたな。
やっぱ、来るんじゃなかった。
キャラクターの設定を公開しました
下の『目次』にとび、そこの最下部のリンクからどうぞ!
※ネタバレてんこ盛りです。
苦手な方はご遠慮ください。




