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魔王襲来☆ディオの受難 .2 **

若干グロいです

ごめんなさい

 

 遠くの方で、誰かが()を呼んでいる気がした。


「――――てよ、……りにいちゃ―――」


 うっすらと目を()くと仁王立ちの魔王と、俺の右脇に座るラズがぼやけて見えた。


「――ねえ、ホントに大丈夫なんだよね?」

「――お前な、私も手を貸しているのに信じられないのか?」

「――だって、あんたの提案のせいでこうなったんだよ? ……ねえ、起きてってば、イオリ兄ちゃん!」


 返事をするよりも先に、ラズの頭が近づいて来た。

 と、思ったら、ヘッドバットをくらった。ごすっと、鈍い音がする。


 ……ちょ、なんでそんな中身入ってません、みたいな音がするんだ。ヤメテ。


「……痛てえ、何するんだよ」

「あ! 兄ちゃん起きた!」

「目が覚めたか、愛しきものよ」

「覚めたっつーか、叩き起こされたんですけど」


 その頭を掴んでやろうとして、空いている手を、左手を伸ばして、驚かない訳がなかった。


「なんだ、これ……」


 驚くだろ。

 さっき、確かに魔王に切り落とされたような気がするのに、その腕があったら。しかも、切り落とされたのが嘘ではない、みたいに、その腕が竜により近いタイプの竜人みたいに鱗まみれだったら。


 びっくりしすぎて、身体を起こすと、どこも痛みはない。むしろ、身体が軽い気がする。


 え? 俺、確かに腹、引き裂かれたよな?

 引き裂かれた反動で、腹の中身、減っちまったか?

 だから身体が軽いのか?


 え? 何が起こってるんだ?


()()()兄ちゃん、ちょっとこっち向いて?」

「は?」


 つい、そんな声につられて振り返ると、今度は右目に、衝撃が来た。


 痛い! って、思うのと同時に、ぶちっと、目の奥で何か神経が切られ、もろもろを引き抜かれた感覚があった。


 何が起こったか、さっぱり解らずに、つい、そこを押さえれば、触れる筈のものが、そこにはなかった。

 つまり、右目をえぐりとられたと、そういうこと、か?


 呆然と、それを実行した義弟を見上げれば、嬉しそうに笑って、『それ』を見せてくれた。黒い瞳の目玉が、こちらを見返す。


 え、マジでどういう事。


 そうこうしている内に、右目があったところが(うず)く。俺の右目が疼くぜ……!


 恥ずかしい! いやだぁああっ。


 リアル厨二が余りにもイタくて悶えていたら、押さえていた手に質感が戻り始めた。

 え? え??


「それじゃ、いただきまーす♪」


 戸惑う俺にラズは笑いながら、ぱくりと右目を口にした。

 ええ~っ。猟奇的過ぎて笑えやしないんですけど。


「これで、兄ちゃんにも見えるかな? 兄ちゃんに何かあったら、すぐに解るね」


 言われた意味が解らなくて、その表情をただ、見返す。

 ラズは、可笑しくて堪らないらしく、くすくす笑って俺の手を外させた。不思議なことに、フツーに見える。


「ここに、意識を集中してみて?」


 そう言って示すのは、先程ラズに食われた右目。意識を集中って、どうやって? って、思っていたら、急に、見慣れたような、俺の顔が目の前にあった。

 ただ、以前から見慣れたものと違う。


「なんじゃこりゃ?!」


 ラズに奪われた方の右目は赤くて、爬虫類みたいに瞳孔縦に切れてて怖い。

 真っ黒だった筈の俺の髪は、どこか青みを帯びている気がする。……これって、黒髪に魔王の髪と同じ色が混ざったって事、か……?


「何って、僕と兄ちゃんの視界を共有したの」


 つい、叫んだら、けろっと言われた。


「何しちゃってくれてんだよ?!」

「何って? 兄ちゃん、あっさり死ぬ気だったよね?」


 図星を突かれて、つい、黙る。


 確かに、足掻きもしないで生きる事を止めようとした。抵抗しても、所詮意味がないと思っていたから。


 けどなんで、ラズにそこを指摘されて、こんなにも気まずく思うのか。自分の事だと言うのに、自分が解らなかった。

 確信を得たラズは、にっこりと笑う。


「だから僕は、兄ちゃんをそのまま貰っただけだよ」

「……はい?」

「これ、なーんだ?」


 俺が余りにも理解しないからか、ラズはぷらぷらと何かを振って見せてきた。

 見覚えのあるそれは、いつぞやの、竹水筒。


「それって……!」


 それをきっちり密閉していた栓は開けられ、ひっくり返して見せられたそれは空だった。

 いや、なんでそれがここにあるの?!

 お? 嘘だろ?!


 ひくっと、俺の頬が引き吊ったのは、仕方がない事だと思う。


「まさか、と思うが……」


 嫌な予感は、ほぼ確信だ。確認でしかない。


「そ! そのまさか! 少しはパパも役に立つよね! 竜の再生力、なかなかでしょう? ずっとずっと、こうしたかたった! これで兄ちゃんも、お揃いだね!」

「嘘だろ……」


 誰か、これは悪夢の続きだと言ってくれ。

 っていうか、魔王を便利な道具みたいに言っちゃうラズが怖い。


「嘘じゃないもん! だって、ずっと、こうしたかったんだもん! いつ兄ちゃんがいなくなっちゃうかって、ずっと不安だったんだもん!」

「ほー……?」


 いや、そうじゃなくて。

 不老不死どころか、ヒューマンでも竜人でもないじゃねえか。化け物……そう、正に化け物と呼ぶのに相応しくないか。

 え、なんでこうなった? 訳がわからん。俺は今、錯乱しているようだ。


「なんだ、てっきり、我が愛しきものはそうなる事を望んで、(あらかじ)め身体を慣らしていたものだとばかり思っていたのだがね? 違うのか?」

「へ? なんだよそれ」


 それまで、ずっと静かだった変態の言葉が聞き捨てならなくて、その表情を見返した。まじまじと伺うほどに、聞き間違えではないらしい。


「君の身体に竜の血が馴染むのが余りに早かったのは、以前から定期的に身体に入れていたからであろう?」

「…………は?」


 ……成る程。どうやら俺は、一言、この愚弟を叱らないといけないらしいな。

 じろりと、その表情を睨むと、それまでへらへらと笑っていた表情が、初めて凍りついた。


「えっと、兄ちゃ……」

「ラズ。言いたいことは、他に何かあるか?」


 返答がないところを見ると、俺の推測もあながち間違いでないらしい。


 こいつ、会った当初に断っていた筈なのに、何かと自分の血を俺に盛っていたらしいな。


 急激に身体に入れれば、その変化に一発でバレるから、少しずつ与える、なんて悪知恵働かせやがって。

 多分、エンマも一枚噛んでいるだろう。さっきから、ちらちらこちらを伺っている。じろりと睨めば、私関係ありませんって体を装っていやがる。このクソアマ。


「ラズ。とりあえず一発ぶん殴られるコースと、一時間みっちりお説教コース。選ばせてやる」


 好きな方選べと告げれば、まだ、反省らしい色は見られない。

 このクソガキ。ヒトがいい顔してりゃ、許して貰えるって勘違いしてないか?


 おーおー。躾がなってないなあ?

 全く、どこのクズが育てたんだろうな?


 あ?

 俺か? 俺だな?

 腹立つわー。


 確かに今まで、 俺が本気でラズたちに怒った事はない。せいぜい、やめなさいって注意するくらいだ。

 けど。

 これは、マジで看過できねぇ。


「えっと……じゃあ、殴るほ」

「ああ、説教がご所望か。なら、そこに正座しろ」

「いや、殴る方って――」

「正座しろ」

「ひっ」


 勢いに押されて、ラズは慌てて正座した。


「けど、にぃちゃ…………」

「黙れ」

「ひっ」


 ふん、少しその体勢で反省しやがれ。


「ああ、魔王。あんたにも聞きたいことがある」

「う、ん……? 何だろうか」


 何故か逃げ腰になってる魔王。


 おいおい、あんた仮にも天下の魔王だろう?

 まあ、でも、こいつに対しても少なからずイラついている。見逃してやるつもりは、微塵もない。


「俺は今までに一度も、イオリの名は名乗った事はない」


 イオリは、俺の前世の名だ。今までに誰にも、親父殿にすら言ったことはない。


「どこで知った? どうせ、あんたの入れ知恵だろう?」

「あ……、ああ。とりあえず、先に謝るべきだろう。君に手を出していたとき、君の過去が幻視として見えた。見ようとして覗き見た事ではなく、私は時折、見えてしまうんだ。すまない」


 じっと、その視線を伺うも、嘘をついているようには見えない。


 まあ、魔力が強すぎる奴が時折、そういった現象を引き起こして過去や未来を視る、なんて話は聞いたことがある。

 魔王様とまでなれば、それが、そこらの魔術師なんかよりも視るのは不思議でもないだろう。


「……見えてしまったものはいい。なんで、それをラズに教えた」

「それなのだが。それを視たのと同時に、この記憶があるが故に、君は、君にとっての現実を見失っているのではないか、と、感じたんだ。君の価値観は、()()にはない。だろう?」


 余りに的を射ていた為に、つい、閉口してしまった。

 それは、魔王も解ったのだろう。俺の賛否を聞かずして続ける。


「私が惹かれるものは、いつだって心に何かしらの闇を持ったものだ。その原因を知れる事は滅多にないが、君が少なくとも、過去に捕らわれ過ぎている事が解った」


 闇とかウケるわ。

 けど余りにも、今まで俺が見ないフリをしていたところに、ずけずけと踏み込んでくれる。


 まあ、図星と言えば、そうだ。返す言葉が出る訳がない。俺の基準は、いつだって日本でのんびり過ごしていた時に培ったものなのだから。


 それは、こいつにも解ったのだろう。ふっと、その表情を緩めた。


「私は、私の愛しきものには幸せになって欲しい。だからこそ、我が息子に、君を思う気持ちがあるのか訪ねた」


 あながち、自分の息子を愛そうと言った言葉は嘘ではないと、そういうことか。

 訪ねるまでもなかった。


「答えは是。君の気持ちを無視して強行したのは、申し訳なかった。だが、こうでもしなければ、いつまで経っても君たちの関係は平行線のままだっただろう?」


 俺の為と、ラズの為。二つを考えた上で俺を瀕死に追い込むって選択肢しかなかったのだとしたら、下手にこいつを怒れないじゃないか。

 俺がこいつに言うべきは、文句では、ない。けど、何か悔しい。


「……教えて頂き感謝する、魔王」

「ラルフだ」


 即答で返されたのが彼の名前だと気がつくのに、暫しの時間を要した。


「ラルフクルス・カルディアナ。魔王になる前は、親しきものにそう呼ばれていた。君とはこれからも、良好な関係を築いておきたいものだ」

「それは、あんたの色恋対象として、か?」


 つい、そんな憎まれ口で聞き返せば、茶目っ気たっぷりにウインクされる。


「ははっ、私はそれでも構わないがね? 私は種族関係ないどころか、花すらも愛せるぞ? だが、我が息子がそれは許してくれなさそうだ」


 今更、こいつの男も愛せる発言が、ただの嫌がらせだとは思わない。まあ、実際事を起こされるのはまっぴらだが。

 だからこそ、今きっちり蹴りをつけて置かなければならない事に、巻き込むのは悪いだろう。


「……ラルフ。申し訳無いのだけど、少し席を外して貰ってもいいだろうか。今度改めて、あんたのところに挨拶に行かせて貰うから」

「あ、ああ。私はそれでも構わんが……」


 ま、この後俺が何をするつもりなのか、薄々気がついているだろう。

 気の毒そうな眼差しを、自身の息子に向けている。まあ自業自得だ。酌量の余地、なし。


「じゃーな、ラルフ」


 それっきり、ラルフが居ようが居まいがお構いなしに、ゆらりと愚弟たちに向き直った。

 一歩、詰め寄る毎に、顔を青くするラズが可笑しい。

 エンマは抵抗を諦めたのか、遠くを眺めながらウチの方へと進路を変えた。解っているならよろしい。


「さあて、ラズ、エンマ? 覚悟は出来ているな?」

「え、と……兄ちゃ……」

「だ・ま・れ?」

「ひっ」


 全く、こいつら、どーやって料理してやろうかね?

 

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