新人研修って、俺もやらなきゃダメなのか?.1
シャラさんのお陰で、ジジイのギルドに商人として認可を受けられた。その嬉しさと言ったら!
シャラさんはエンマの背中に乗っての飛行を滅茶苦茶楽しんでくれたみたいで、俺的には認可されなくてもいいや、なんて思ってしまうくらいに幸せな時間だった。調子にのってエンマに宙返りさせたら、シャラさんは喜んでくれたけれども、他のヒトにやっちゃ駄目だと怒られた。ああ、それさえも至福だった。
え? 美人に怒られたからって、デレデレするな気持ち悪いって?
うっせぇな。羨ましいからって、僻むな、僻むな。
何言っても無駄だわ、このムッツリ。だと?
別にいいだろ! それくらい! ……流石に泣くぞ? 血の涙、流しちゃうよ?
ああ、俺のメンタル豆腐だって、忘れないで貰おうか!
メタメタになったメンタルを、挽き肉と一緒にこね合わせて豆腐ハンバーグに再形成するには、時間かかるんだからな!
なんて、馬鹿な談義はさておき。
「それでは、明日から利用される方をご紹介していきますね」
「はい、お願いします」
「お願い、します……」
ラズは空飛んでいる間、御者台どころか俺の膝の上にずっといた。お陰で機嫌もマシになったようで、シャラさんにお礼をちゃんと言えるまでになっていた。
うん、よかった。一人で胸を撫で下ろしていたのは、言うまでもない。
シャラさんの好意もあって、エンマはというと演習場の片隅で羽休めてるところだ。ありがたい。
だが、いつだって平穏は長く続かない。
ほのぼのしながら三人で入り口に戻ると、そいつはいた。
「やあ! お帰り、お帰り!」
だっ、と。それまで足を投げ出すようにしてカウンター前に座っていたというのに、俺らが扉を開けた瞬間飛んできた。
ああ、俺は完全に油断していた。先程のジジイがやられていたように、正面から子泣き爺のタックルをくらい、勢いに押されて尻餅をついた。
どしん! と。受け身を取ることもままならず、打ち付けてかなり痛い。涙目になってしまったのは仕方がないと、思わないか。
辺りを見ればクソジジイの姿も無く、止める奴がいないのかと落胆してしまう。
「もう、酷いじゃないかディオ君。乗せてくれって言っているのに置いていくのだもの。僕は悲しいよ!」
耳元でぎゃーぎゃー何か言っているが、俺はそれどころじゃなかった。じとりと、子泣き爺を見ているラズと、それから同じようにこちらを見下ろすシャラさんに、ひやりと冷たいものを感じたのだから。
ラズは解らないでもないけど、なんでシャラさんまで?! ――――って、思っていたら。
「エクラクティスさん、他の皆様の通行の妨げになります。さっさと退いてください。それに、何度その迷惑行為を止めてくださいとお願いすればお分かり頂けるのですか」
成る程。既に前科があるのか。なんて納得していたら、シャラさんの言葉は終わらなかった。
「ああ、その頭は飾りだったのですね。気がつかずに申し訳ありませんでした」
にっこり笑う麗美な笑顔はとても素敵で眩しいくらいなのに、美しいバラにはやはりトゲがあるらしい。
トゲっていうか、最早毒と言うか。気持ちいいくらいの毒舌に、舌を巻いてしまう。
シャラさんを敵に回すようなことは、絶対にしないようにしようと、心に誓う。
怖い。美人怖いよ……。
「ディオさん? 変なこと、考えられていないですか?」
「滅相もない」
その誰もが凍りつく天使の笑みをこちらに向けられた瞬間、本当に背筋が凍る思いだった。だらだらと、脂汗が浮かび、つい、激しく首を振ってしまう。
「全く、仕方がないなあ」
なんてぼやきながら、押し倒してくれたクソヤロウは俺の上から退いてくれた。
クソッ。早急に筋力つけなければ、たまったもんじゃねぇぞ!
お陰で、俺とそいつとの間にラズが無言で立ち塞がり、もう近づけないようにしてくれている。その背中しか見えないけれども、間違いなく子泣き爺を睨んでいる事だろう。
うん、情けなくて、涙がちょちょ切れる。
「おや、君は……」
内心で俺が泣いていたら、こいつもまた、ラズに何か気がついたらしい。
っていうか、なんでそんな直ぐに、解るんだよ! 俺なんて、言われないと解んなかったっていうのに。……悲しい。
「初めまして、君がラズ君?」
「……そうだけど、お兄さん誰?」
にこにこと笑うそいつは、ラズがどんなに仏頂面してようが、警戒していようが構わないらしい。
「僕はエクラクティス。山の近くの街で、ギルドマスターやっている者だよ」
ちょ、おい待て。子泣き爺がギルマスとか、初めて聞いたんだけど。
いや、確かにジジイの知り合いなんておかしいなーって、思ったけれども!
普通の冒険者じゃないって、どういう事だ? って、思ったけども!
そりゃ、道理でその筈ですよねー。はあ。
何でそんな奴が来ているのかホント、意味が解らん……。
「ギルド、マスター……」
ラズはラズで、思うところがあったらしい。多分、ジジイの事を思い出しているんだろう。一歩後退りながらも、いつでも戦ってやる、そんな気迫を背中に垣間見た。
……うん、それ普通、立場として逆だよなあ。兄である俺の、情けないことこの上ない。
一足触発。臨戦態勢のラズに、子泣き爺は有ろう事か吹き出した。
「あっはは! ごめんごめん、そんなに警戒しないで。今日はさ、レバンデュランから許可もらった君たちに、お手伝いして欲しいなって思ってね、待ってたんだ」
「手伝い?」
つい、眉をひそめると、心配しなくても大丈夫だと笑われる。
「そ。って言っても、ちゃんと料金は払わせて貰うよ? 大して難しいことを頼むつもりもないし。どうかな?」
「……兄ちゃん」
ラズは不安そうにこちらを見上げて来るが、残念ながら、ラズの期待に沿えそうにない。
「ああ、まあ、断る理由が無いからなぁ」
一発目の客を断ったとあっちゃ、流石に心証が悪いだろ?
「ありがとう、ディオ君!」
「ひゃあっ!」
「ぅわっ!」
ラズもろとも抱きつかれた俺は、二人分の体重に耐えきれずまた後ろに倒れそうになる。
と、思ったら。背中に添えられた柔らかな手に支えられて、事なきを得た。
「大丈夫ですか、ディオさん?」
「あ、ありがと、う……ござ…………」
……て! 何俺、シャラさんに支えられちゃってんの?! カッコ悪!!
うわ、なんだこれ、マジで最悪なのだが! うわー! うわああああ! 穴があったら入りたいよー!
「エクラクティスさん、本気で出禁にされたいですか?」
「あはは! やだなあ、シャラ君。こんなの挨拶じゃないか」
ははあ、成る程。どうやら山側の街では、日本と海外並みに文化が違うみたいだ。
おかしいな? 山側にある街なんて、そんなに離れた場所では無かったと思うんだけどなあ?
離れていたとしても、精々街三つ、四つそこらだ。無休で馬を駆れば、半日もかからない筈なのだがなあ?
まあ、いいわ。
「それで頼みたいことって、一体何処まであんたを運べばいいんだ」
「何処までって言うか……ね。新人冒険者の研修に、君たちに付き合って欲しいなって思ってね」
……はい? 今、新人冒険者の研修、つった??
いや俺、商人なんですけど。それとも、俺の聞き間違いか?
なんて、現実逃避も空しく。
「エクラクティスさん、それ、本気ですか?」
「勿論本気だとも」
シャラさんの確認によって、その逃避は打ち砕かれた。
えー。ウソだろ? もしかして、ギルドの認可を受けたら受けたで、必要最低限の冒険者的知識と技術は持っておけ、と。そういう事なのか?
いやでも俺、夜営するつもりもないし。クエスト受けて小遣い稼ぐ気もないし。
……なんて言い訳もきっと、無駄、なんだろうな……。
「ああ、実はね。ウチのギルドの新人君がさ、言うこと聞かずにレバンデュランのところで我が儘言ったみたいでね。ちょっと、反省させてやるのも兼ねて、扱いてやろうかなあ、なんて」
あ、れ? 何処かで聞いた話だな。
……あ?! まさか?! 昨日ジジイが言っていた、話を聞かないクソガキって、そういう事か?!
え、嘘だよな? 違うよな?!
つい、確認せずには居られなかったのは、仕方がないと思う。
「なあ、シャラさん。ひょっとして……」
「はい、ディオさん。貴方の想像は恐らく正しいと思いますよ」
マジかあ。ジジイをあんなにイライラさせるとか、どんな問題児かと思っていたが……。
ん? 俺もジジイを煩わせていただろって?
聞こえないなあー? ははっ、棚の一番高いところに入っていて、何の事だか解らないな。
それはさておき。これだけは聞かずにはいられなかった。
「……新人研修なんて事で、ギルマスが出てくるのか?」
「そりゃね。新人の面倒見るのも、ギルドマスターとしての責務だからね」
なんだ、そりゃ。凄く嘘くさい。
あの、比較的お節介で面倒見のいいジジイですら、そんな事やっている所を見たことないぞ? たまに、教育的指導はしているが。
基本的に下級冒険者の面倒は、上級冒険者に見させていた筈。それなのに、こいつは自ら出向いているっていうのか?
なんて、疑問に思っていたその直後に。
「まあ、ぶっちゃけ暇だったし、もののついでに面倒くらい見ていいかなって思っただけだけど」
……………ああ、うん。すごく、納得した。はっきりとおっしゃっていたこちらが、何よりも本音だろう。
包み隠さず明け透けてくれるのは結構だが、些かぶっちゃけ過ぎやしないか。
まあ、いいけど。突っ込んだ方がいいのか、これ。
「そいつ、そんなに問題児扱いされてるが、一体何をしたんだ?」
「ん? ああ、うん。どうもね、話の要領を得なくてね」
要領を得ないって、バカとの会話でもあるまいし。
なんて思っていたのだが。
「なんかね? 自分は特別頑丈な身体を神様から授かったから、ちょっとやそっとじゃ死なないし、チート? があるから、ちまちまクエスト受けてランク上げるよりもさくっと高ランククエスト受けさせて、自分の実力を認めてくれ、って言われてさ」
うーわ、なんだろう。ものすっごく、懐かしい台詞と言うか、展開と言うか? そのフレーズ、前に聞いた。って、奴だ。
普通に聞いているだけでも、厨二臭がし過ぎて嫌になる。全く意味を解ってない奴が淡々と告げているものを、意味の解ったこっちが聞いてて恥ずかしい。
結論。
一体何処の異世界転移者が、無謀を極めているのか、って話だ。いくら何かしらのチートを持っているからって、勝手も知らない異世界で『頂上極めちゃうぜ☆』 つっても、無理があるだろう。
「それまで剣も握ったことない子が夢見てしまうのも、解るけれどね? 流石に、放置するにも不安しか残らなかったからさ。それくらいに、気になってしまってね」
良かったな、問題児。お前、めちゃくちゃ心配されてんぞ。それも、恐らく出会ったばかりであろう、ギルドマスターに。
へらへらした頼りない奴だと思っていたけれど、意外とこいつ、まともそうだ。
俺がそいつの前に出張って、異世界とはなんたるか、の、いろはを説いてやる必要もなさそうだ。ラッキー。何せ、下手に広めたくないからな。
「それで、その新人冒険者ってのは、何処に居るんだ?」
突っ込んでも仕方のない事なんかは諦めて、さっさと本題に入らせる事にした。さっきからずっと気になっていたのが、これだ。
子泣き爺は新人研修に付き合ってくれと言うが、その新人が見当たらない。だから、当然の質問をしたに過ぎない。
――――の、だけど。
「さあねぇ? 解んない。この街に居る事は確か、なんだけどね? どうやら僕から本気で逃げ回ってるようで、これがさーっぱり、捕まらないんだ」
すっとぼけるように、そいつはあっけらかんと答えた。
おい、どういう事だよ。
って言うか、そこまで言っておいて逃げられているとか、少しは困れよ。
「彼を捕まえる所から、君達にはお願いするよ」
「はあ?!」
「あ、シャラ君もよろしくね。レバンデュランにはもう、許可取っているから」
「…………はあ、解りました。最も無能のギルマスと言われている貴方のために、手を尽くす事にしましょう。ディオさん、よろしくお願いいたします」
「シャラさん?!」
諦めた様子のシャラさんに、驚きを隠せない。
つまりこれは、一蓮托生と。そう言うことか? 諦めるしか、ないらしい。
依頼の達成条件は、新人研修の終了と。手伝ってっつってるけど、事実上一緒に研修させられる、ってことだよな?
それまで諦めてギルドに貢献せよと、そう言うことか?
なんだ、そりゃ。仕事初めにそんなのあるなんて、聞いてないぞ!
俺は、冒険者に成ること諦めたのに!
何が楽しくて、新人冒険者の研修に付き合わないといけないんだよ! しかも聞いた限り、かなりのダメ属性持ってるぞ、そいつ!
そんなのと一緒に、研修の終了まで付き合わないといけないのか?!
いいけど!!
……そこ! 『いいんだ?(苦笑)』じゃねえよ!
冒険者を諦めたとは言ってもな、やっぱり浪漫は捨てられないんだよ。剣を振ってモンスターを断ち切り、あっと驚く魔術を使って巨大な敵を焼き払う!
憧れるよなぁ。そりゃ。だからその一端を垣間見えるだけでも、俺としては嬉しい訳! お解り?
ただ、そう。この時の俺はまだ、ギルドの新人研修と言うものを甘く見ていた。
……まさかこの時は、こんなにも長い一日になるとは思わなかったが。後悔しても、時既に遅し、だ。
「で、その、勝手に話を取り付けてくれたジジイは、何処行ったんだ?」
「んー? そういえば、何処行ったんだろうね。さっき、僕の話聞いたら血相変えて外出てったよ?」
……こいつ。
自分は悠々とギルドのカウンターで寛ぎながら、ジジイにその問題児を捜させに行ったのかよ。
なんか、その問題児にこのギルマスあり、って感じだな。集まってくる冒険者の質も、程度が知れるって、もんだ。
とんだギルマスに絡まれちまったな……。
はあ。前途多難。
どっから手を着ければいいのか、わかんねえよ。




