そしてオレは異世界の頂点に立つ! .1 *
「じゃ、そういう訳でテキトーによろしく!」
「いやテキトーって?! オレは今から寝るの!」
ばっと室内履きを脱ぐこともせずに、保健室のベットにダイブする。先生に見つかったら間違いなく怒られるけど、今は構っていられなかった。
「転移と言えばどっかから落っこちるのも定番だよね。とりあえず、落っこちとこうか。ほら、ベットから転がり落ちるといいよ」
「だからなんでそんな雑なんだよ?! オレは今から寝るんだって!」
先生がいないのをいいことに、サボりを決め込もうとしたオレが悪かったのか。そうだ、そうに違いない。今凄く反省してるけど、きっと遅いんだろうなぁ。
突然保健室の窓が勢いよく開けられたかと思うと、変な女が入って来たのはさっきの話だ。
なんで変な女かって、明らかにここの学生って年じゃないのに、ここの体操着着てたから間違いない。あ、でも自称卒業生って言ってた。
自称卒業生だと言っていたが、卒業生なら何故窓から入って来るのか意味が解らん。しかも、開口一番が「異世界に転移してもらおうか!」 とデンパ仕様だ。今時こんな事言うアタマの可笑しい人がいるなんて思ってもいなかった。
うん、でも、そんなアタマの可笑しい奴の言葉に一瞬でも興味惹かれて、ちょっとときめいた自分が憎い。思わずそんな女に「なにそれ、テンプレかよ!」 って喜々としてツッコミ入れてしまったのが、オレの運の尽きだったんだろう。
そいつは丸まって抗議したオレの背中を、ぐいぐいと押すように蹴ってくる。じわじわとベットの端へと追い詰められて、ついに爪先の方でベットの感覚が消えて焦った。
「ちょ、待てって! あぶな、やめろよ! なんでオレがそんな訳わかんない目に合わないといけないんだ?!」
「えー? そりゃ、『なろう』だから?」
「はあ?! なにそれ?! 意味わかんねえ!」
「意味わかんなくても、『なろう』だからいいんだよ」
「だから意味わかんねえよ?! せめて日本語喋って?!」
「だいじょーぶだいじょーぶ。行く先もみんな日本語しゃべってるから言語に不自由はしないよ。だって『なろう』だもん」
「だから意味わかんねーよ?!」
「大丈夫、テンプレだから」
「だからもっと解る様に言って?! あんた一体何なんだよ!」
「えーと」
慌てて背中を振り返る。
よよよと視線を反らしたそいつは、やがてにっこりと笑って、オレの背中を蹴る足にぐっと力を入れたのが解った。
「かみさま?」
なんかとんでもないこと聞いた気がする。
予想の斜め上の返答に、あっけにとられたのがいけなかった。
「じゃ、逝ってこーい。大丈夫、面白おかしくテキトーにやってくれればいいから」
それと当時に、オレはベットから蹴り落された。がくっと身体が落っこちて、あ、やべって思った時は遅かった。
変にシーツに潜っていたから、落ちた拍子に絡まった。じたばたしている間に、尻から床に落っこちて痛い。
「おい、ふざけん……!」
ばっと体に絡まったシーツをかなぐり捨てたところで、オレは息を呑んだ。
「え?」
右に怪訝な顔したいかつい浮浪者ども。……いや、浮浪者にしては皆たくましい体してる。
なんか、めっちゃ怖い。強そう。
ひっ、何その凶器!? じゅーとーほー違反じゃねえの?!
「え?」
左にひそひそと着心地悪そうな色の薄いワンピース? 着てるおばさんたち。
やけに質素というか、着にくそうな感じだ。それに、おばさんたちも何だかがっしりして見える。
「え?」
周りの視線に流石にビビッてシーツ握りしめたら、バサッと何かが落っこちた。
慌てて拾うと、ウチの生徒手帳だった。けど、オレが知っている生徒手帳よりも、なんだか分厚い。慌てて開くと、校則の代わりにポップな丸っこい字で『☆異世界転移の心得☆』って題字されていた。
しかも、『一、異世界は死んだら終わりです。気を付けてね☆ 以上』の一言だけ。
その下に一応小さな文字で、『本当に死なれたら困るから、ちょっとやそっとじゃ死なないけどwwむしろご都合主義?ktkr』って書いてある。
馬鹿じゃないだろうか。多分あの女の字なのだろう。すごく、いらっとした。うざい。
「いや、でも……マジ?」
震える思いで次のページ見たら、『☆特典チート☆』って書いてあって、本当に少しだけホッとした。
でも、それ以上にハッとした。周りの視線を思い出した。
ぐるっと見回して、目があった人たちに思わず曖昧に笑ってしまった。これぞ日本人スキルだっ。
慌ててその場から逃げ出して、通りの端っこに身を寄せた。
繰り返し、生徒手帳を確認する。
残念ながら、さっき以上にオレの状況を説明してくれるナイスなコメントはされてない。
くそっ。どうしろっていうんだよ。
あれ、でも。ちょっと落ち着け。これってさ、キタんじゃね?!
異世界だぜ? 異世界!
オレtueeee! して、ハーレム作って、いちゃこらほいほいして、魔王さくーって倒して、オレこそ世界一! ってやれるんじゃね?
「キタコレ……!」
気がついたら、生徒手帳とおんなじこと呟いてしまっていた。
すごい、萎える。自分でも気持ちが落ち込んだ。
「ええい、落ち込んでる場合じゃねえや」
こうなったら、やけっぱちだ。何でもいいからものは試し。動いてみた方が早いってもんだ。
特典チートのページに改めて目を通す。うん、丸っこい字が読みにくい。
けど、どうやらオレはコピー能力を与えられたみたいだ。海賊版とかよく解んないし、理屈は細かい字過ぎて読みたくないけど、生徒手帳を使えばカンタンにスキルは写せるらしい。
習うより慣れろ。そんなニュアンスで書かれているから、一先ず書いてある通りに従ってみる他にない。
生徒手帳のカバー面は、一部ビニール製で中の印刷を見ることができる。そこを窓にして、写したいスキルを持ってるヒトに向ければいい、との事だった。
胡散臭いけど、死んだら終わりのこのゲーム。生き残るには使えるものを使うしかないってもんだろ!
一先ず、往来の熊みたいなおっかない顔した、強そうなおっちゃんを覗き込んでみる。
怪訝な目を一瞬向けられた。ええと、ごめんなさい。
でもビニールの窓越しに見て、驚いた。覗き込んだおっちゃんの頭の上に、スキル名らしきものが浮かび上がっていた。上から『剣技・六』とか『野営技術・八』とか、如何にも冒険者って感じのスキルが並んでいる。隣の数字はよく解らないけど、それっぽい。
そして、何も起こらない。んー?
何も起こらない事に首を傾げつつ、先を急いでる様子の別のおっちゃんを見てみる。そのヒトの上に、やっぱりスキル名が浮かんでいる。こちらも、『剣技・三』と……あとは体力とかそんなの。
あれ? 体力ってスキルなのか?
うん、わからん。
それよりも、写すってどうやるんだろ? って首を傾げていたら、ぱちっと、使い捨てカメラのシャッターを切った時の様な音がした。
慌てて中を確認したら、『☆特典チート☆』のページに『剣技・三』と『体力・三』『殴りあい・四』『索敵・一』の項目が増えていた。
……数字ってランクか何かかな。ま、そのうち解るだろ。あと項目が凄く微妙だ。殴り合いって……ええ。
ま、いいや。考えていても仕方ない。
ページが少し賑わったけど、何かが劇的に変わった感じはしない。もう少し検証の為にも腰を据えたいところだけど、最低限の下準備が出来た時点でもう、じっとしてられなかった。
「習うより慣れろ、か。少しはいい事言うな、あの女」
つまり、そういう事。
取りあえず、やってみて壁にぶつかったら考えてみればいいだろって、そういう事。
そうと決まればやる事も決まる。
おばちゃんたちの背中を追いかけて、市場を探す。売り買いの様子を眺めながら物色したら、銅貨や銀貨が主流のようだった。中には鉄かな? って思うようなものもあって、思っている以上に貨幣の価値がオレの知っている市場よりも安いのかもしれない。
握ってたシーツは邪魔だったから、布を売っているお店を探して買い取ってもらった。
市場で見かけた大きさの違う銀貨と、いくつかの銅貨。店のおばちゃんは、大きくてきれいで手触りの良い布だって事で、五グラム銀貨三枚で買ってくれた。単位が解らなくて首を傾げたら、売値に悩んでると思ったのか、五枚に引き上げてくれた。ラッキー。
結局どれくらいなのかは解らなかったけれど、そこそこいい値段で買ってくれたみたいで、オレとしては満足だ。初期資金としては、それなりじゃないだろうか。
ほくほくしながら、今度は武器屋を探す。周りに気を付けながら歩くって、思ったよりも難しい。
「こういう時って、すれ違う相手に気を付けないとだよな」
人混みのお約束ってなんだろな。
やっぱ、スリの浮浪児かぶつかって来るか、因縁つけてくるごろつきかな。
あの女、テンプレだからって言ってたから、きっとどっちかだと思うんだ。
途中露店のおっちゃんたちに尋ねつつ散策していると、どうやらこの近くなら、一本奥まったところに武器屋はあるらしい。
少々迷いつつも、それらしい建物にたどり着く。扉は閉ざされていて、やっているのかもよく解らない。
入りづらいな……。とりあえず、不法侵入って言われたくないから、ノックしてみる。
「えーと、ごめんくださ――――――」
その時だった。
突然、おっさんがこちらに駆けて来たかと思うと、すごい勢いで俺の腕を掴んで、武器屋の前から連れ去った!
すぐに路地を曲がると、そのおっさんはオレを隠すみたいに押し込んだ。向こう側を睨むそのおっさんに、くってかかったのは当然だ。
「おっさん何なんだ――――!」
「しい、静かに。危ないとこだったな、ボウズ」
言われた言葉の意味が解らなくて、勢いはそがれる。
オレはきょとんとしてしまった。
「え?」
「みたところボウズ、この辺のモンじゃねえな?」
「え? まあ」
そんなに浮いてただろうか。
あ、浮いてるか。制服なんて、さっきの街の人たちとの服装見比べたら一発でおかいしいって思うか。
「なら、知らねえのも仕方ねえ。あそこの店はな、粗悪品をいかにも高価な武器だと言って売りつけて来る、とんでもない店なのさ」
「え、そうなのか?!」
あれ、思っていたイベントと違う。
でも、教えてもらえて驚いた。そんなとんでもない店が普通に商売しているのも、異世界ならではってことだろうか。
「それは……、ええと、教えてくれてありがとうございます。お蔭で余計な出費をしないで済みました」
「いいって事よ。コウハイを守るのも、センパイの務めってやつさ」
ぱちっとウインクされたけど、見なかった事にしよう。
小汚いおっさんにそれされても、ときめかない。
まあ、それはいいとして。
「けど、困ったな。武器、どうしよ……」
思わず心の声がこぼれた。
当然、ばっちりとおっさんにも聞こえていたらしい。まとったぼろ切れの下から、一振りの剣を取り出した。
「本当はこれ、兄ちゃんに譲るのは惜しいけどなあ。あんたの為だ、喜んで譲ってやるよ」
「え? それは?」
「引退前にこの俺様が使っていた、宝剣さ」
「ええ?!」
驚いておっさんとその剣を交互に見ていたら、得意げに胸を張っていた。
「お前、今、こんなのなまくらにしか見えないって、そう思っただろう? これだから、甘ちゃんは困る」
「いやいやいや! そんな事思ってない!」
慌てて手を振ってみたものの、言い訳にしか聞こえないだろう。でも、おっさんの言う通りなら、ここで譲ってもらえないと、必要なものをそろえられない事になる。
恐る恐る、おっさんを伺った。
「けど……そんないいもの、オレなんかが貰っていいのか?」
「構わないさ。後輩に優しくしてやるのも、先輩の役割さ」
「わあ、ありがとう! あ、そうだ。お金を……」
慌てて、ブレザーの内ポケットの奥の方に押し込んでしまった、銀貨を探そうとした。
けど、慌てたのはオレだけじゃなかった。
「いやいや! これから大成するはずの後輩から、金なんてもらえねえよ!」
「でも……! あんたから大切なもの譲ってもらうのに、タダで貰うのは気が引ける」
思わず唇を尖らせていたら、オレを安心させるように、そのヒトはにかっと笑った。
あ、歯が抜けてる。
「なら、兄ちゃんと知り合った記念にそのきれいなピン、譲ってくれよ」
「ピン?」
指さされた先に目を向けると、校章だった。
こんなのと交換でいいのだろうか。いや、本人がオレに気を使ってくれて提案してくれているんだ。逆にこれ以上食い下がるのは失礼ってもんだろう。
「解った。こんなでいいなら交換しよう」
いい人もいるもんだ。
騙される前に教えて貰えてよかった。
ベルトにそれを留めてみたら、なんだか急に、冒険者の仲間入りした気分になってくる。嬉しい。
「おっさん、ありがとうな」
「なあに、気にする事ないさ! へへへ」
資金と武器。それに戦うためのチート。これで必要なもの揃った。
なら後はもう、行く場所なんて決まってる。
親切なおっさんと別れると、オレは通りにまた戻った。ほくほくとしながら、まずはさっきの広場を目指す。
ガタイの厳ついおっさんたちがたくさん居たあそこなら、きっと目的地も近いに違いない。
そう思って、元来た道を辿ろうとした時だった。
「なあ、兄ちゃん。ちょっと待てよ」
「うん?」
呼ばれるままに振り返ったら、小道からわらわらと六人ほど。いかにも『立場の弱い人に悪さして暮らしてます』って顔したおっさんたちが、にやにやとやって来るところだった。
「来たか、テッパン! 絶対、横取りイベント起こるって思ってたんだ!」
初めての街、初めての乱闘イベント!
これでわくわくしなかったら、異世界転移なんてウソだ。
オレがひとりでうきうきとしていたら、一瞬おっさんたちの間に動揺が走った。
「なっ……! こいつ、俺の事知ってるのか?!」
「くそ、どこかの手先か?! ええい、構うもんか。やっちまえ!」
うん。まあ、よく解らないけど、自己防衛って事でいいよね。
最初に突っ込んで来た相手の拳は、カンタンに避けられた。それどころか、反射で身体が動いていた。
相手の脇腹に、俺の拳が炸裂する!
あ、肋骨に当たって痛い。
慌てて膝蹴りに変更したけど、上げかけた足に突っ込んで来たおっさんが、勝手に引っ掛かって転んでくれた。顔面着地は流石に痛そーだけど、オレは悪くないよね。だって、たかられてる方だし。
「ぐっ」
「くそっ。こいつ、間抜け面してるくせにちょこまかと!」
「気を付けろ!」
でも。
「ふぉおおおおっ! 我ながらイケる! これはいける!」
殴り合いのケンカなんてした事ない、現代っ子のオレがここまで出来るなんて信じられない。
どうにかなる、大丈夫だって、瞬間的に理解した。
数分後、オレはこの戦いをカンタンに制した。
圧勝といえる。
……まさか、これが『殴りあい』スキル?
すごくね?
ま、なんでもいいや。
これだけの人数を一人で相手出来るなら、怖いものはない。
なら、やる事は一つだ。
事を遠巻きに見ていた、いかにも冒険者っぽいおっさんを振り返る。オレが意外と出来るって慄いたのか、すこしだけびくってしていた。
にやにやが、止まらない。
「すみません、道を聞きたいんですけど」
通りすがりの厳つい浮浪し――――じゃなくて、冒険者のおっさんに話しかけたら、変なものでも見たような顔をされた。
どういう意味で変な顔をされたのかはあえて気にしない。
さあ、待ってろよ!
オレの独壇場よ!
深月は基本的に脳内お花畑




