《番外編》 銀幕は落ちて *
青い風が頬を撫でる。微かに混ざる砂のかさつくような臭いは、眼前の街が上げる狼煙のせいだろう。
飛竜の咆哮と、建物が崩れる音が地を轟かす。終焉のような光景を知らない草原は、柔らかい風に身を踊らせて、さわさわと変わらない穏やかさを演出している。
その、あまりにも記憶と変わらない光景に、彼女は視界を滲ませた。
「アルベルトお兄様……」
呟いた事すら、当時のまま。
どれほどの力を手に入れても、自分はこの城を出た時と何ら変わる事はなかったのだと思い知る。
そんな彼女の背後から、ゆったりと下草を踏み来る足音が聞こえた。
「殺しやしねえよ」
ハッとして振り返り身を固くした彼女に、赤髪の長身は喉の奥でくつくつと笑った。
「あんたも、王子もな」
「チル…………いえ。崩都の一派ですね」
彼女は喉まで出かかったものを飲み込み、一つ声のトーンを落とした。目に見えて警戒した彼女に、その男は嫌味っぽく笑う。
「おっと。戦おうなんて気、起こすなよ? 俺は、駄々こねるバカを連れてきてやったに過ぎないんだからな」
怪訝に柳眉を釣り上げていたら、途端にふっと影が落ちて来た。吊られて彼女が視線を上げると、大きな翼を広げたグリフィンの優雅な姿があった。
「っ!」
音もなく着地してきたそれに思わず身を竦ませていると、羽毛に覆われた、彼女の腕では抱えられないような大きな頭をすりつけた。ぽかん、と、目の前で起きた事が把握しきれずに、されるがままになってしまう。
「意地を張るのは終わりだ。いい加減、解ってるんだろ?」
くつくつと喉の奥で笑われて、少女は怨めしそうに男を見た。
「貴方の顔で言われると、幼き頃を思い出して腹が立ちます」
「そいつは結構。ご本人様の言葉だからな」




