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飛竜と義弟の放浪記 -Kicked out of the House-  作者: ひつじ雲/草伽
五章 いつも通りの災難
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正義の破壊者 .3 **

一方ラズ達

 

 むき出しの石畳に、硬質な足音がいくつも響く。そこらかしこで軽装備の従卒(じゅうそつ)が、慌ただしく各々の隊に伝令を持ち帰ろうとしているせいだ。

 慌てる姿達の邪魔にならないように、城に仕えるメイド達も廊下の端にひっそりと並び息を殺した。そうして往来が失せるのを待っている。


 遥か階下では跳ね橋が降ろされているのだろう。がらがらがらと、重々しい音と共に城全体が微振動した。地響きに混ざって、軍馬が引く馬車の轍が地を揺るがし、蹄鉄(ていてつ)は警鐘の様に響いている。

 この地を揺るがす戦いは、城が迎え撃つ体制を整えた事で本格的に幕を開けたのだ。



「……何で、隠れないといけない訳」


 そんな場内の慌ただしさをこっそりと伺いながら、ラズはぷくりと頬を膨らませた。

 よもやこの状況で不貞腐れると思っていなかったレイトがぎょっとしたのは言うまでもない。


「普通に考えたら解るだろうが……! ヤナ、僕らはあくまで部外者なんだから。無闇矢鱈に目立つものじゃないよ」

「そっちはこの城の関係者なんでしょ。だからさっきの(サミュエル)、問題ないって言ってたのに」


 叱りつけられるのが面白くないのだろう。湿度の籠ったラズの視線に、レイトは息を呑んだ。だがそれも一瞬で、気まずそうに先に眼を反らす。


「気づいてるだろ。さっきからこの城の中にはヒューマンしかいないって」

「それが何?」

「それが、って」


 すげなく返されて、レイトの方が苦い表情を浮かべていた。やがて、諦めたように頭を振る。


「…………なんでもない。丁度静かになったし、行こう」


 人気が切れたところで、柱の影からレイトはするりと出ていった。残されたラズだけが、腑に落ちない。


 レイトは城の空気をたっぷりと吸い込みながら、慎重に道を選んだ。イヌの獣人故に誰よりも優れた嗅覚で、沢山の情報を感じていた。


 一番は鉄と強烈な汗の匂い。鼻を刺すようなそれが、城にまだ残っている兵たちの居場所を手に取るように教えてくれる。皆、隊が整い次第城の外を目指していた。

 お蔭で城に降り立った直後から感じていた窒息感も、匂いの元凶たちが居なくなるたびに薄らぐ気がしてホッとした。


 多くの兵は忙しそうに外に向かって動いているが、城の警護を任されているものは様子が違う。訓練こそすれ、動きの少ない見張りの兵は、鉄と武器の手入れに使っているのであろう、磨き油の香りの方が強かった。


 次に多いのは城に仕える女たちの、洗濯糊の香りだろうか。微かに甘いその香りは、レイトにも馴染みがあってすぐに解った。

 ぱりっと糊の効いた制服に身を包む彼女たちは、このような有事の際でも己のやる事に大きな変化はないらしい。

 人目に付かないように廊下を移動し、影が動くように仕事をこなす。城内の戦闘になればあるいは、彼女たちも戦うのかもしれないなと、人知れず考えた。


 階段を降りて、微かに知った匂いを感じる。尋ね人のものではない事は確かだが、何か花のような香りにレイトは首を傾げ心当たりを探した。

 もう少し先に行けば香りの正体が解るだろうか。尋ね人の所在の手がかりがここらで掴めずにいる今、少しでも知った匂いを辿った方がいいかもしれない。そう思って進路を少し変えた。



 だがその横で、不満の声は上がった。


「ねえ、本当に兄ちゃんの場所、解るの?」

「……煩い。ちゃんと近づいているから、ちょっと黙って」


 割り込むように声をかけられて、ムッとした。

 ヒトの多さに辟易としながらも、レイト自身懸命に探しているのだ。文句を言われる筋合いはないと思っていた。だからこそ、その後ろで溜め息をつかれていても、黙殺して歩みを進めようと努めた。


「はあ……こんな事ならちゃんと目印つけておけばよかったなあ」

「っ、目印って、ディオさんを物みたいに言うな!」


 どうにも、我慢ならなかった。

 声を荒げて足を止めたレイトに、流石のラズも驚いたようだった。だがレイトが振り返った先にあった姿は、直ぐに不機嫌そうに眉を顰めていた。


「兄ちゃんは僕のだ。ヘタレ犬のくせに知った風な事言わないでくれる」

「違う。ディオさんにはディオさんの意思がある。ヤナ、お前の言ってる事は奴隷商人と同じじゃないか!」

「なっ……!」


 突きつけるようなレイトの言葉に、ラズは僅かに目を見開いた。途端、互いに触れられたくない意地に、火が付いたようだった。


「冗談じゃない。僕をあんなのと一緒にするな!」

「同じじゃないか。目印をつけるって、行動を制限して見張る事と、一体どう違うんだ」

「同じじゃない!」

「同じだ! 無理やりつなぎとめないと心配になるのがいい証拠じゃないか!」

「無理やりなんかなじゃいもん! あっさり売られて今更のこのこ出て来た程度のお前に何が解るって言うのさ?!」

「ああ、ここに来る経緯なんて知らないとも! ヤナ、お前が何していたかなんて僕の知ったことじゃないからな。でも、僕だってずっとあそこでのディオさんの事は知ってる。手のかかるお前と違って僕はちゃんと、少しでもあのヒトの役に立てるようにって頑張ってたんだからな!」

「ふんだ。今も奴隷の身分のそっちと一緒にしないでくれる。僕と兄ちゃんはずっと――――」


 言われれば、言い返す。聞くものが聞けば呆れても仕方ない言い合いに、ふたりはすっかり当初の目的も忘れているようだった。

 その時だ。


「おい、お前たち! そこで何をしている!」


 低い声に鋭く怒鳴られ、レイトだけが飛び上がった。

 ラズがそちらに目だけを向けると、蓄えた口ひげを神経質そうに撫でる男が肩をいからせてやって来た。


 ひざ丈まである鎖帷子(チェーンメイル)に、王城の常駐であることを示す麻木色のサーコートを纏ったその男は、城に残る兵士に相違ない。近づくほどに、彼らから男が見上げるほどの大男で有る事を知る。


 自然と口論も収束する。先に面倒くさそうに男に向き合ったのはラズだ。


「……僕たちはこれを届けるように頼まれただけ」


 ラズはずっと手にしていたものを差し出しながら、大人しく男の反応を伺った。

 訝しみながらも、男はラズから受け取ったリボンの端を持ち上げた。そこに刺繍されていた名前を見て、ついと言った具合に鼻で笑った。


「はっ、あの野郎ついに死んだか。いい気味だ」


 あっさりとした返答に驚いたのは、ラズだけではない。渡されたものに意味があるとは、レイト自身も信じていなかったからだ。

 男はそんな彼らに気が付いた様子もなく、途端に興味を失ったらしい。


「おいお前、もう行っていいぞ。精々届け先に泣いて貰え」


 おざなりに投げ返し、邪魔だと言わんばかりに手で追い払った。


 ラズは腑に落ちない様子でそれを受け取り、すぐに自分の知った事ではないと思いなおして肩を竦めた。レイトに声をかける事を不本意に思いながらも、隣で不安そうに立つ姿に目線で合図し、男の開けた先を急ごうとした。


 だが、同じように横を抜けようとしたレイトに、男はさっと首根っこを捕えて持ち上げた。


「犬っコロ、てめえはダメだ。一体誰に了承を得て城に上がり込んでいるんだ?」


 自然と首が締まり息を詰まらせてしまうのを、レイトは必死につま先を伸ばして訴えた。


「っ……ボクは、竜騎士団に従事しており、この通り腕章も預かって、彼と共に届けるようにと仰せつかっております! なので――――」

「従事? 黙りやがれ。家畜が何をごちゃごちゃと」

「ぁ、く……」


 苦しそうに呻いたレイトに一瞥をくれ、ラズは小さく肩を落とした。


「おじさん、僕たちふたりで任されているのは本当だよ。一緒に届けてくれって。だから、あまりいじめないであげてくれる」

「ハ! 仕方がねえなあ? だが、こちとら城で家畜を好き勝手にさせられなくてな。仕事を任されたお前はともかく、一緒に頼まれただけの犬っコロは、あっちの待機室に預かってやるよ」


 嫌な笑みを浮かべるその姿に、レイトは一度目を伏せた。すぐに、じわじわと増している息苦しさも構わずに、面倒くさそうにこちらを見上げている姿に向かって唇の端で笑って見せる。


「っ、そういう事だよヤナ。僕はちょっとこのヒトのお世話になってくる、から。さっさと行、け」

「……あそう。じゃ、僕は行くから。覚えてたら、後で迎えに行ってあげる。大人しく待ってるといいよ」


 これ以上行動を共にするのもうんざりとしていたところの提案に、ラズはあっさりと頷いた。僕は兄ちゃんじゃないからと、態度がありありと語る。


「それじゃあね――――痛っ!」


 だがくるりと踵を返した直後、邪魔者を排除しようとしたツケが回った。いつの間にか背後に立っていた姿に気が付かず、鼻からぶつかる破目になる。


 何なんだよと文句を言おうとして目線を上げたそこに、その男はいた。高身長で存在感があるにも関わらず、今の今まで誰も気がつく事が出来なかった、その姿。


「なっ……?! 何者だ」

「よもや未だに理解の足りていない奴がいるとはな。上はこの戦いを、貴様ら駒になんと伝えて戦場に駆り立てているのだろうな」

「何をごちゃご――――――」


 誰よりも慌てた兵士の男を、呆れた声が黙らせる。

 否、忽然と姿を消した事で、話の続きすら出来なくなったのだ。どこか遠くの場所で、がしゃと何かが落ちた音がしたが、それが何の音なのか、確める術はない。ラズが思わず音のした方を振り返ったが、見えるところには誰も居なかった。


 首根っこを捕まれていた力が失せて、レイトは膝から崩れた。肩で荒く息をつくレイトに、ビリジアンの爪の手が差し出される。


「けほっ……っ、は……たすかっ…………ありがとう、ございます」

「礼を言われる事でもない。目に余っただけだ」


 ちらとぶつかった姿に目をくれて、淡々とした返答に、先を急ぎそびれたラズが舌打ちする。


「余計なお世話なんだけど?」

「お前には、そうだろうな」


 笑うこともなく、ただ同意を示しただけのその男は、これ以上この場に留まるつもりはないらしい。疲れきった様子のレイトの手を掴んで一息に立たせると、そのまま横抱きにしていた。


「え?! あ、あの?」

「ちょっと! それをどこに連れてくつもりなのさ!」


 今回ばかり慌てたのは、レイトだけじゃない。声を上げるラズに、男は一瞥くれ歩みを進めた。


「言ったはずだ。お前は目に余る。だが、部外者を巻き込むつもりは毛頭もない。残りの必要ないものを回収しに行くだけだ。悪いようにはしない」

「意味っ、解んない! ()()()あんな事しておいて! 今回も好き勝手するつもりなの?」

()()に関しては感謝されてもおかしくない筈だがな。わがままを押し通すお前に言われたくないな。……時間が惜しい」


 つと、思い出したように、男はラズの手元に目線を落とす。レイトを抱えたまま器用に指を鳴らすと、途端弾かれたように、ラズが手にしていたサミュエルからの預かりものが飛び出した。


「あっ!」


 リボンはほどけ、かりそめの遺書は独りでに燃えた。リボンは羽を広げた蝶の形を取ると、はたはたと男の側を舞っていた。


「案内しろ」


 一言男が告げれば、意思を受け取ったリボンの蝶が舞う。その後を、レイトを抱えたままゆるりと追った。


 ラズは呆然としていた。あっさりと、自身の持ち物を取り上げられた事なんて、過去に数度となかったせいだ。


「どうした。お前が何より渡したくない奴なんだろう?」


 数歩先でそんな事を言われて、かっと頬を赤くする。

 否応なしに、男がどこに向かおうとしているのかが解ってしまった。


「手を出すなら、許さない」

「ふ、それは取り越し苦労だな」


 釘を指せば、初めて楽しそうにくすくすと笑われる。どうやってもやり込められてしまう悔しさに歯噛みしてるラズの様子を、レイトだけが気まずそうに見ていた。

 

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