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飛竜と義弟の放浪記 -Kicked out of the House-  作者: ひつじ雲/草伽
五章 いつも通りの災難
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悪の聖姫 .2 **

 

 威圧されて、嫌な脂汗が背中に滲む。

 俺の知るアルマさんが花歌と共に踊る春の妖精なのだとしたら、そのヒトは連峰の雹や吹雪を自在に操る冬将軍じゃないだろうか。少なくとも、俺にはそのように感じた。


 赤みがかった茶色の短髪はきちっと後ろに撫でつけられていて、いかにも武人っぽい。

 温かみのある頭髪とは裏腹に、氷みないな無表情は、今にも眉間に渓谷が現れそうだ。どんな事態が目の前で起きても変化に乏しそうな表情は、石膏像のイケメンみたいに動かない。

 魔除けだろうか。真紅の丸い石のピアスに目に留まる。

 ぴりっとした空気はこのヒトから製造されているに違いない。それくらい、そのヒトとの距離が縮まるごとに寒気を感じた。


 あまりの威圧感から逃れたくて視線を落としていったら、ぎくりとした。腰から下げているロングソードや、革製で武骨なのに上質そうな編み上げのブーツには、見覚えがあった。


「……ひっ」


 情けない声が、喉を鳴らした。


 忘れられる訳がない。

 すれ違った時にいろんなヒトの服装は見かけた。けれど、牢屋に入れられていた時に目の前にあった組み合わせを身に着けていた奴は、誰も居なかった。

 つまり、だ。……そういう事なのだろう。そもそもエニスさんも『殿下』って言ってただろうって、そんな事に気が付かない程、俺は動転していたようだ。


 ただ、相手はそんな俺の事なんて全く眼中がないと言わんばかりに、俺の遥か背後をまっすぐに見ていた。


「お兄様、陛下は……」


 静かに尋ねたアルマさんに、無機質にも聞こえる声が先を遮った。


「上々だ。先程玉座から退席頂いた。憂いる事は最早ない」

「解りました。では私も手筈通りに彼の者たちを迎え撃ちましょう」

「ああ。後はお前の働き次第だ。期待している」

「ご期待に沿えるよう最善を尽くします」


 法衣をつまみ裾を軽く引いて礼を取ったアルマさんに、俺は間抜けにもぽかんと口を開けている事しか出来なかった。

 今、聞き間違えたのだろうか。『お兄様』って、そう聞こえた。


 いいや、言葉の意味はもちろん解ってる。状況的にも、解っていたはずだった。

 彼女はお姫様で、血縁者だってそりゃいるだろう。

 でもさ、今更妹を呼び寄せて置いて、期待してるって。実の妹にそれ、いう事なのか?

 仰せの通りにって、それでいいのかよ。アルマさん。


 いやね、うん。俺にも前世今世でキョウダイいたけど、こんなにも割り切った付き合いでいいのだろうかって思う。……あ、今世の実の兄弟とは淡泊だったけど。


 でも、俺の中ではキョウダイって特別だ。両親よりも近くて、気が置けなくて、大切だって思っている。

 不謹慎だけどな。それに、俺の考え方は少数派なのかもしれない。キョウダイが最大のライバルってヒトも中にはいるだろうけど、少なくとも、俺にとっては特別なんだ。


 でも。でも、だからこそ。この光景に泣きたくなった。


「市街の方はいかがなさりますか」

「竜騎士たちに許可は出した。あちらはあちらでどうにかするさ。逆もまた、な。お前は気にする必要はなく、ただこの城に歯向かうものどもを打ち払えばいい」

「出過ぎた事を申し上げました。間もなく私も整いますので、誰が立ち塞がろうとも問題ありません」

「ふっ、頼もしい限りだ」


 だが、と言葉を切ったあと、初めて翡翠の目が俺を捉えた。その目が『誰だ、俺の目に触れる場所に、こんなでっかいネズミが居座っているのに放置している奴は』って言っている。

 ついでに言っておくと被害妄想ではないからなっ! 本当に目がそう言っている。


 思わず身構えた途端、何も見なかったかのようにふっと視線を反らされた。


「レイバール、やはりお前が招いたようだな」


 俺の存在は放置。

 矛先はエニスさんにだった。


「っ……畏れ多くも殿下! 招いたと申し上げましても彼は此度の件とは」

「黙れ。貴様に発言の許可を出した覚えはない」

「ですが……っ、いえ、大変失礼いたしました。処罰は如何様にも」

「愚鈍。お前がそれでリリアンナ付きだとは驚きだ」


 これ以上話す気もないのだろう。呆れた様子で肩を竦められて、エニスさんは息を呑んだ。顔を真っ白にしながら微かに唇を震わせた後に、慌てて膝をついて礼をしていた。


「どいつもこいつも。まあいい。この先の指揮は私が取れる。奴らを沈めた暁には、お前の事も含めて体制を改めるからそのつもりでいろ」

「……御意に」


 いやね、うん。

 別に俺の事は今更気にしないでくれて構わないんだけどさ。絞り出したみたいなエニスさんの声聞いたら、居てもたってもいられないってもんじゃないだろうか。


 ここまで来たら――――っつか、ここにいるからこそ、さ。首、突っ込んでもいいよな?

 そう思ったら、さっきまであった恐怖心もどこ吹く風だ。


「なあ、王子様さ。目の前で俺の話してるのに、俺には話聞かないんだ?」


 だから、ずっと燻ってた疑問を口にしてやった。周りが敢えて避けていた禁則事項(タブー)に、わざわざ片足突っ込んだ感覚が可笑しくて笑ってしまう。

 実際『王子様』には白い目を向けられた。けど、始めてちゃんとこっちを見てくれた気がして、いたずらが成功した子供の気分になってくる。


「俺は、あんたたちが気にしている連中の関係者でもないよ。大体、実の妹を道具みたいに言うなんてどうかしてる。それにさ、エニスさんはいつだって『ご主人様』の事しか考えてないっていうのに、一方的に決めつけるのはどうかと思うな。そりゃ、かなりひとりで先走って、暴走気味である事には違いないけどな」

「っ、ディオ殿!」


 どうやら忠犬さんでも、俺の為に焦ってくれるらしい。そんな彼女を安心させようとして、うっすら笑ってみた。対してエニスさんは、苦いものでも噛んだみたいに形容しがたい顔をする。

 ……うん、効果は今一つのようだ。余計にエニスさんをはらはらさせてしまったようで、俺や王子様、あるいはアルマさんに視線を世話しなく向けていた。


 エニスさんになくとも、少しは効果があったのだろうか? 不意に王子様が、溜め息をこぼして俺との距離を詰めてきた。


「なんだ、よぇっ」


 咄嗟に身構えたものの、あっさり襟首を掴まれた。怒気を孕んだどアップの石膏無表情に、俺の威勢も空気の抜けた風船のように一気に萎む。


「そのよく油ののってそうな舌を切られたく無ければ、弁えろ。この神聖な場に下賤がいるだけで虫唾が走るわ。与えられた恩恵に胡座かくような奴に、我ら兄妹の考えをとやかく言われる筋合いはない」


 捲し立てられて、ちょっと、イラッとした。


「……恩恵に胡座かいてて悪かったな。けど、俺を脅したからって、あんたたちが温室で実験してた事がなくなる訳じゃねぇ、だろ!」

「黙れ。陛下の意向はこの地の発展だ。光陰なくして成し得る事ではない」


 どこか含んだもの言いに、俺は今度こそ鼻で笑ってしまった。


「陛下の意向? じゃああんたの考えは違う訳だ?」

「ハッ、笑止。我らは陛下の御心一つを掲げる一枚岩だ。個の考えなんぞに価値はない」


 淡々と返されて、どうも俺の頭は馬鹿になったみたいだった。


「…………意味がわかんねぇよ。それってつまり、あんたたちが思考停止してるだけの話じゃねえのかよ!」

「元より貴様の理解が及ぶものではないとも。無知の部外者が表層を知った程度で私に説教を垂れるな。精々騒ぎが収まるまで大人しくしていれば、貴様の図々しい物言いにも目を瞑ってやるものを。忌々しいにも程があるな」


 そう言って、王子様は俺を捨てるように襟首から手を離した。お陰で、格好悪く尻餅をつく。

 でも、それも仕方がない。王子様の言葉が身に刺さっているみたいで、上手く立ち上がれそうになかった。自然と強く引き結んでいた唇を意識的にほどいて、深く吐息をこぼす。


 俺がどんなに上っ面で訴えても、この王子様の考えを改めさせる程響かないのは確かだ。でも、そこに他にも理由があるって、そう聞こえた。

 言葉の端々はきついものの、害意を感じなかったのは俺が日和っているせいだろうか。


 ……解らない。でも、これ以上責め立てるような言葉をぶつけるのは違うって事は確かだ。

 何というか、そう。王子様たちだって従わざるを得ない状況で、今漸くそれを打開出来るだけの準備が整って、最後の後片付けをしようとしている、そんな感覚。



 ――――その時だ。


「なるほど。つまりこの場を掌握してしまえば、この地の首は我々の手中同然という事か」


 誰も予測していなかった声に、周りすべての空気がびしりと凍りついたみたいだった。両開きの扉を優雅に押し開けた姿に、否応なしに皆の目がいく。



 あの日。図らずとも俺らを助けてくれた、そいつが。

 あの日。俺とラズとの在り方を一瞬で変えてしまった、そいつが。


 〈ブレイン〉。そう呼ばれていた争いの火種が、癖の強い藍色の短い髪の隙間からこちらを睨んでいた。

 誰もが動けないでいると、一歩、そいつはこちらに踏み込んだ。


 瞬間。


 風が空を切り、そいつの首を切り取った。ゆっくりと、その身体が扉の向こうへと倒れていく。


「口ほどにもありませんね」


 はるか後方で、アルマさんが溜め息をこぼした。

 冗談だろ? って、言えなかった。目の前で起きた事が衝撃過ぎて、言語がどこかに逃げ出したみたいだった。


 俺は、どこかで信じていた。アルマさんが、この城のやっていた事に加担する事はないだろうって。

 なのに。

 ……なのに。


「こんな事……って…………」


 震える唇が出した音に、アルマさんは眉を顰めていた。


「嫌ですね。貴方が私の事をどう思っていようが勝手ですが、その勝手の内で幻滅されるのは心外です。私はこの地の巫女にして守護者。この城に仇成す者は、如何なる理由があろうとも薙ぎ払うまでです」


 刃のようなアルマさんの言葉に、つい先程まで『もしかしたら』って思っていた俺の甘い甘い考えも、砕かれたような気がした。

 

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