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飛竜と義弟の放浪記 -Kicked out of the House-  作者: ひつじ雲/草伽
五章 いつも通りの災難
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拝復、街の外れより .6 *

 

 一瞬地面から立ち上がった光は、転移の魔法陣だった。その陣に消えた義兄の姿に唇を噛みつつ、そうしなくてはいけなかった原因を振り返る。


「ねえ、どういう事なの?」


 兵舎の扉を叩き壊す勢いで建物に戻ったラズは、つまらなそうな表情でこちらを見下ろす姿を睨み上げた。


「兄ちゃんをこのまま行かせても大丈夫だから、大人しくしていてくれって。そうじゃなければ飛竜がって言ってたけど、エンマに何をしたの」


 僕が大人しく聞いてあげている内に答えてよ。

 子供の声がどんなに低く告げても騎士であるサミュエルが気にするはずもない。しかし、傍で身震いしたレイトの様子に、彼はこっそりと溜め息をこぼした。


「何も。あれはただの方便」


 ひょいと肩を竦めた後、「話しても?」 と断った。

 その対応に、ラズはにこりと笑う。


「納得出来なかったらこの一帯全部消すけど、いいよね?」

「…………じゃあ、やめておこうかな」

「解った。消さずにちょっと潰してくる」


 思わず目を反らしたサミュエルに、レイトが慌てた。


「さ、サミュエル様! お願いですから話してやってください!」

「いやあ、だって、ねえ? 不穏な事言われちゃあな」

「お願いですから! 後生ですから! ヤナなら本当にやりかねませんから!」


 誤魔化そうとするサミュエルに対して段々と表情をなくしていくラズの様子に、レイトは顔を真っ青にしながらも真剣に訴えた。

 当然、険を増していく様子にサミュエル自身も理解してはいた。だが面倒くさそうに、頬を掻く。


「んんーと、取りあえず、こっちからがいいかねえ」


 サミュエルは踵を返すと、裏口からラズを手招きした。はらはらとした様子でレイトがふたりの間に視線を巡らせていたら、ずっと睨みつけていたラズが仕方なさそうに肩を竦めた事でこの場は収まった。



 彼らが連れ立って向かったのは、竜騎士たちが集う兵舎と共に建てられた竜舎だ。(うまや)の様に壁で仕切られた空間が並んでいるが、そのほとんどが空だ。

 唯一、色味の鮮やかな朱色の飛竜が、ラズの気配にちらりと伺い、関係なさそうに背中を向けて丸まっていた。その小柄な背中を見て、サミュエルが苦笑する。


 サミュエルに連れられて、ラズもレイトも長い竜舎を通り抜けていった。やがて、格子が解放されたままになっている個室にて、その姿はあった。


「××××××! 大丈夫だった? 怪我してない?」


 焦った様子で駆け寄るラズとは裏腹に、エンマは背中に荷物を満載したまま至ってのんびりと伏せていた。

 エンマはラズの声に答えるものの、直ぐに違和感を理解したようだった。喉の奥で唸った声に、ラズもぼそぼそと周りに理解出来ない言語で早口で告げる。


 あらましを聞かされたのだろう。睨み付けるラズと共に、砂金を集めたような金の瞳をそちらに向けた。じっと観察するような目を向けられて、レイトがそわそわと所在なさそうに身体を揺すっていた。



 サミュエルは落ち着かないレイトの背中を宥めるようにさすりながら、真っすぐにその目を見返した。


「悪いね。ウチの関係者の為に、あんたたちのおにーさん、ちょっと借りたんだわ」


 端的に告げると、エンマが喉の奥を鳴らした。威嚇するようなものではなかった事に、ラズがその姿を見上げて苦い顔をする。エンマがゆるりとラズの姿を見ている様子を、周りはただじっと待った。

 やがて、諦めて代弁した。


「だから、何で」

「言っただろ? 一般人に情報駄々漏れの軍人とか、恥で死ねばいいってさあ? あいつはもう一度城に入る為に、あんたたちを利用せざるを得なくなったんだ」

「っ……だからってなんで、兄ちゃんが連れていかれないといけないわけ! 関係ないのに!」

「ぼんは物分かり悪ぃな……」


 どこか遠くに目を向けて、どうしたものかと頭を悩ませるサミュエルの様子に、尚更ラズはいきり立つ。


「煩い! じゃあ、いいよ! 僕が勝手に兄ちゃんを助けに行くだけだから!」

「この街一帯を破壊しながら、か?」


 ラズは行こうと後ろに声をかけて、竜舎を飛び出そうとする。それを、エンマが首根っこ抑えた事で阻止した。暴れようとして、すぐに抵抗を諦めたラズは、エンマの首根っこにかじりついた。ぐずぐずと何か告げているようだが、周りに理解が及ぶことはない。


 サミュエルは苦笑した。


「やめとけって、それで困るのはおにーさんなんだからさあ。今ならエニスの苦し紛れな言葉の真偽を確かめるだけに済むけど、そこでぼんが暴れたら、危険人物の仲間だって言うようなモンさ。牢屋にぶち込まれるのが関の山だ」

「なら、その前に全部壊す」


 唯一聞こえた返答に、サミュエルは頭が痛い。


「だーかーらー、んな事したら完全にお尋ね者になるぞって言ってるの、ワカんねーのかな? いち地方国家とはいえ、お尋ね者になると後々かなり厄介よ?」


 俺だから言うんだよ、と続けられた言葉を、ラズが聞いていたかは解らなかった。ただ、エンマにしがみついたまま静かになった姿を代弁するように、金の双眸がサミュエルをまっすぐに捉える。

 言葉無くしても、サミュエルはその視線に答えて笑った。


「まあ、心配しなさんな。無茶苦茶しなけりゃ、やりようはある」


 その言葉には、ずっと不安そうにしていたレイトも飛びついた。


「サミュエル様、ほんと、ですか?」

「うん、その為にも一度、城にいる団長たちに合流しないとだけどねー」

「じゃあ、なら! 僕からもお願いします! 僕、ディオさんの役に立てるならっ……!」


 必死にしがみついて訴えてくる姿に、サミュエルは「解った、解った」 とあしらうように告げる。


「ぼん、それで構わないか?」

「……別に。それで兄ちゃんが無事なら」

「任せろー」


 何処か気の抜けた返答を聞きながら、誰も見ていないところでラズだけが頬を膨らませていた。



 * * *



 サミュエルの朱色の飛竜ヴィンを案内に、帝都の空をエンマが飛ぶ。目指す先は、街の中心に聳える城壁に囲まれた城だ。

 街を貫く大きな通りは露店の荷車や買い物客に溢れ、上空を通る彼らの静けさとは裏腹に、地上は活気づいて賑やかしかった。至ってありふれた街の喧騒は、時折頭上を過る飛竜の姿を見つけ、呑気に手なんて振っている。


「やれやれ、知らないでいられるって羨ましいねえ」


 サミュエルのぼやきに、答えるものはいない。

 初めてワイバンに乗ったのだろう、レイトはサミュエルの腰にしがみついて震えていた。エンマの背に乗るラズは聞こえていても、あえて答える事はしなかった。



 ――――そんな平和そのものの光景も、突如上がった爆発音によって塗り潰される。


 それは、まるで雨の様だった。

 町の向こうから()()()()雲がやって来たかと思うと、眼下でざあっと音を立てて降りだした。


「おいおい、なんだー? あれは……」


 通りの向こうから降る雨の弾幕に気が付いた誰かが、悲鳴を上げて逃げ出した。それがきっかけとなって、低い雲から逃げ出そうとした人々によって通りは蜘蛛の子を散らし始めた。


「……雨じゃない」


 ぽそりと呟いたラズの目は、一点を睨みつけていた。抜かりなく聞きつけたサミュエルが同じように伺うと、街の外れから地を這うように進む大群の先頭を歩く、アイスブルーのドレスを纏う姿に気が付いた。

 ほんの手の平ほどの大きさにしか見えないのに、彼女がこちらを見て微笑んだ気がしてならない。


「っ……あれは、死霊の……」


 サミュエルはハッとして、辺りを伺った。

 同時に、雨が立てる音がより硬質だという事に気が付き、苦い顔を浮かべる。羽ばたく雲の過ぎ去った後には、えぐられた石造りの建物が、あるいはそれから逃げきれずに蜂の巣にされたヒトの姿が、無残な姿を晒していた。

 それだけに留まらない。地を這う土塊や空から降りしきる凶器を逃げた先を断つように、対の街の外れでは、虫の大群が押し寄せていた。


「あれが、兄ちゃんが勘違いで捕まった理由なんじゃないの」

「……みたいだなー。嫌なタイミングで来なすった」


 不機嫌そうに告げたラズに、サミュエルは苦笑した。


「ちょいと急ごうか。おにーさんには分が悪い。ヴィン、頼むわ」


 サミュエルが片腕でレイトの身体を支えながら手綱を握りなおすと、途端に意を汲んだ朱色の飛竜は身を翻した。その後を、何も言わずしてエンマが的確に追いかける。


 街の悲鳴が遠ざかる彼らを責めるように、あるいはそんな彼らを追いかけて、わずかな逃げ場へと追い立てるように、阿鼻叫喚は地響きしていた。サミュエルが握りしめた手綱の震えを、パートナーだけが知っている。



 ラズ達が降り立ったのは、城の中心部から少し離れたバルコニーだ。そこには先客の飛竜が一頭あった。

 サミュエルの飛竜ヴィンとその飛竜は、見知った顔だと互いに鼻っ面を寄せていた。


 王城に指定された場所に飛竜が下りると、直ぐに王城の兵がやって来て、彼らの用件を上へと伺い立てる。――――筈だというのに、今日に限って誰も現れなかった。それが意味する事は、街で起きている事に城の対応が追いついていなく、人手も役も回っていないという事だ。

 伝令が、渡り廊下を走っているのが遠目に見えるが、彼らがこちらに気がついた様子もない。


 サミュエルは現状に頭を痛く思いながら、先に片付けなければならないことを優先した。


「レイ、竜騎士関係者のエンブレム持ってるな? 悪いけど、ぼんについててやって。多分、俺は一緒にいられなくなる」

「は、はいっ。必ず!」


 与えられた指示が、予想外だったのだろう。一瞬驚いた顔をしたレイトは、すぐに力強く頷いた。

 その後ろで、ラズとエンマが言葉を交わす。


「うん、解ってる。下手な事はしないから」


 サミュエルは時間がないことをひしひしと感じながら、自分の飛竜を振り返った。


「ヴィン、お前はここにいてくれ。団長達に話通したらすぐ戻る」

「サミュエル! 丁度いいところに!」

「っ、アレイスター!」


 同時に、先客の飛竜の主がこちらに急ぎ足でやってくる。副団長であるアレイスターだった。


「エニスとおにーさんの事で来たんだけど、状況はどうなってる?」


 彼がこちらにつくよりも先に、サミュエルは尋ねた。アレイスターはそれに頷く。


「ああ、ディオ殿の事はそもそもあいつの咄嗟の言い訳だと皆解ってる。だが、現状が思わしくない。今レイバール子女が責任もってそちらを保護しに向かったが、王太子が出した答えが否だ。今城から出せば冤罪被る」

「この状況をどうにかした後にしろって? 悠長な事言ってる場合?」


 眉根を顰めたサミュエルに、副団長は小さく肩を竦めただけだ。


「やむを得ない。今は街の事が先決だ。竜騎士隊には、街での迎撃戦闘の指令が出てる」

「おにーさんだって守るべき文民じゃなの?」

「サミュエル、火急の伝令に従え」

「んとに、クソだろ」


 いつも浮かべるへらへらとした笑みも、今ばかりはサミュエルから消えていた。


「ぼん」

「……その呼び方いい加減やめて欲しいんだけど」

「これ、貸してやる」


 ラズの要望もさらりと受け流し、サミュエルは胸ポケットから階級を示すリボンを結んだ小さな紙を出した。


「これ見せてエニス・レイバールに届けがあるって言えば、大体の奴なら通してくれる。レイがそこまで連れていくから、おにーさんと合流したらエニスに従って大人しくしてろ」


 命令しないでくれるかと言わんばかりに見上げるラズも、今回ばかりは大人しく与えられるものを受け取ろうとした。

 ただそれに、アレイスターだけが異を唱える。


「おい、サミュエルそれは!」

「アレイスター、城の都合はいつも勝手だよね? 俺の時もそうだった」

「……いいだろう。後の事はどうにかする」


 引き下がった姿に一瞥をくれたサミュエルは、ラズの手にそれを握らせると、通路へと送り出した。


「俺の分も、頼むわ。ちゃんと面倒見きれなくてスマンね」

「別に、十分。……ありがと」

 

ばったばたですみません

次回ディオに戻ります

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