タクシー、はじめます。冒険者ギルドは(色んな意味で)おっかなかった.2
「落ち着いたか?」
ガックリと項垂れた俺の肩に、手を乗せてくるのはクソジジイ。……そこはせめて、シャラさんに慰めて欲しかった。うう……。
「オカゲサマデ」
「はは! 拗ねるな、拗ねるな。悪かったって」
ばしばしと背中叩かれて、正直頭が転がり落ちるかと思った。マジで痛い。このクソジジイ、自分が元S級冒険者だってこと、忘れてんじゃねえの?
力加減をいい加減して欲しい。昔はこれで、何度かぶっ飛ばされている。その度に、すまんすまんと謝られながら、大爆笑されるこっちの身にもなってくれってもんだ。
しっかしコミュニティーの狭さに愕然としてしまう。どこの田舎だよって、突っ込みたいが、こんなもんなのか?
俺、転生前も都会育ちだったから、そこんとこよく解かんねえわ。
「んーで? お前、今日は何用で来たんだ?」
漸くその、バカ笑いを止めてくれた。かと思うと、じろりと、ラズを睨み付けていた。
――――瞬間。二、三度。周りの温度が下がった。
「ぃ…………!」
初めてさらされたクソジジイの威圧に、肝が冷える。これが俺に直接向けられた物なら、間違いなく失禁ものだ。…………笑えねー。
ああ、そうだよ! 初めてだよ! そうじゃなかったら、元S級冒険者をクソジジイ呼ばわりしねえよ!
ずっと前から聞いてはいたけどよ、実際本当にそうなのかって、半信半疑だったんだから。
そもそも殺気に晒される事すらなかったからな! 俺の異世界ぬくぬくライフ舐めんな!
「はーあ……お前はまた、厄介な奴をウチに連れ込んだな」
なんて、俺の内心なんて知らず。クソジジイに溜め息つかれた。
――――え、なんで?
なんて、アタマで思うよりも先に、本当に無意識に、ラズを背中に庇っていた。
背中にしがみつく力が、にわかに増す。今のクソジジイは危険だと、本能で感じた。これが、初対面なら俺はとっくに逃げ出していただろう。
「ちょっと、ぴりぴりするの止めろって。こいつは、あんたが噂をバラ撒いてくれた、俺の奴隷だ」
「気がついてないなら呆れるぞ? そいつの魔力値は異常だ」
まあ、そりゃそうだろうよ。俺にはさっぱり解かんねえけど。
ある程度実力を伴ってくると、相手の力量を感じ取れるようになると聴く。普通なら自分よりも格上か、そうでないかを感じ取れるくらいらしいが。クソジジイなら、ラズの実力を『異常』と言える程度に把握するくらい出来るだろう。
「そいつは、形は子供だが、お前を殺す脅威になりかねねぇぞ」
そこまで言われてつい、反論しようとした口を閉ざす。改めて言われなくてもそれは、解っていることだ。
ラズは、奴隷に落とし入れた親父殿を恨んでいる。そして、この街なんて潰してしまっても、問題ないと考えている。その考えを持っていても実行していないのは、一重に奴隷魔法の制約で出来ないから、だ。それが破棄されれば、街の破壊を実行するつもりなのかもしれない。
それは、解っている。でも。
「……ラズはそんな事しない」
それでも俺は、気がつくと否定していた。
「俺の弟を、悪く言うのは、例えあんたでも許さない」
俺が睨んでも、迫力がないのは解っている。でもキツく、クソジジイにそう告げてやると、驚いたように目を見開くクソジジイがいた。俺が、こんなことを言うなんて、と言わんばかりだ。
俺だって、別にこんなことは言うつもりはなかった。けど、このジジイに言われっぱなしは、癪に触る。
「第一、親でも何でもねえあんたに、俺の事どうこう言って欲しくない」
「お前の心配をして言ったまでなんだけどなあ、この聞かん坊が」
あからさまに苦々しく眉を潜める様子を見る限り、心配は、確かにしてくれているのだろう。けど、全部今更だ。
「レバンデュラン」
「……なんだよ」
久しぶりにその名を呼んでやると、疑うような目を向けられた。
うん、まあ、最近はずっとクソジジイ呼ばわりしてたからな。しゃーない。大事なのは、そこではないからな。
「こいつは、この年まで、力をもて余しているせいで、ずっと一人で生きてきた」
そう切り出すと、クソジジイも流石に黙る。似たような境遇だったと聞いた、クソジジイならば、きっと、それなりの理解はしてくれるはずだ。
「異形の蛮人と後ろ指刺されながらも、己の実力だけでのしあがり、今の地位にありついたあんたなら、少しはラズの気持ちも解ってくれると思ったんだがな?」
「ディオ坊……」
少しばかり、落胆が滲み出たのはしかたがないと思う。なんだかんだ言って、俺も、ジジイに理解して貰えないのは不満に思うところがあるらしい。
ジジイがつと、視線をラズにくれると、後ろがびくりと身体を震わせ、裾を引っ張る。その表情は、どこか同情的で、少しは昔の自分を見ている事だろう。
――――嗚呼。
ああ、全部、計画通りだ。事が上手く運びすぎて、にやにや笑ってしまいそうになる。それを必死に堪えた俺!
ふ、ふ、ふ。そろそろ、商人らしくなってきたんじゃねえの?
……え? 悪徳な詐欺師の方じゃないかって?
解ってねぇな。会話を誘導して商品を買わせる、なんて、実演販売なんかでよくやってるじゃねぇか。それと一緒だ。俺は、至って普通の事しかしてない!
見てろよ、親父殿! 絶対見返してやるからな!! 最後の俺の評価が『目障り』とか! 絶対撤回させてみせる!
そして少なからず、ジジイは自身の過剰な力をもて余して、人一倍苦労している。ならば、大なり小なり似たような境遇に同情してしまうのが、人情ってもんだろ。
え? ジジイは『人』じゃねえだろって?
まあ、確かに? 獣人みたいなライオンっぽい頭をしているが? だからと言って、獣人じゃねえっていうのがクソジジイだからな。隠しちゃいるが、ヤギの胴にヘビの尾。……もう、お察しの通りだ。
なーんでこんな身近に本物の『バケモノ』がいるんかね? 異世界って、ホント、不思議だわあ。最も、バケモノだろうがなんだろうが、俺にとっちゃ口煩いジジイであることには変わりない。
ちなみになんでそんなバケモノがS級冒険者止まりかって、そのランクで冒険者を止め、ギルマスになったから。それだけ。
「…………まあ、そういうことも、あったな」
ぽつり、呟いたそれには先程の覇気もなく。そんなジジイの姿に、内心ガッツポーズする。
よし! やっと、納得したか。本題入るまで時間かかりすぎだろ、ったく。
いや、マジで。
そもそも、ここに来た理由として、冒険者ギルドなら、依頼をこなしに少なからず冒険者達は外に出る。そこで、その足として、便乗させてもらおうって訳。駅前で客待ちするタクシーと一緒だ。人が一番『乗り降り』してくれそうな所で待つ!
さあてと。だからこそ、ここでジジイに俺の開業に納得して貰わねえと、客が回ってこないからな。
頑張り時だ、俺! ファイトー、オー!
早速商談だ。
「それで、今日来た本題なんだけど――――」
「ヘタレチキンなくせに、いっぱしの口ききやがって……」
ん?
なんか、ぶつぶつと、聞こえた。空耳、か? 気のせい、気のせい。
「追い出されたのはあんたも知っての通り、だからこそ、開業しようと思――――――」
「昔っから可愛いげがねえったらありゃしねえ、このクソガキが……」
「は?」
ジジイが何、言ってるのか漸く解った。
沸騰前のヤカン。一瞬、そんな事が、脳裏を掠めた。
「最近のクソガキ共と来たら、年配者の話をききやしねぇな」
「ギルドマスター、それは今更だと思います」
ちょ……シャラさん煽んないで!
ってか、この様子だと、俺の前にも話を聞かない奴がいたと、そう言うことか。
うん、マズいな。
俺では、到底ジジイを取り押さえる事なんざ出来ねぇし、この状態でラズにどうにかしてもらう訳にもいかない。
そもそも、ラズについてどうこう、で説教くらってんのに、本末転倒だ。
シャラさんは多分、ジジイをどうにかしようなんて、思わないのだろう。愛想笑いは天下一品だが、今ばかりはそれに見惚れてもいられない。
さあて、どーするかなあ。
――――ああ、そうだ。何度でも言おう。俺は大人だ。
どうせなら、ビジネスライクな関係を築いていきたいと思うのも、当然だろう?
「なあ、ジジイ?」
沸騰ヤカンに声かけたら、じろりと睨まれた。
こわっ! どんだけ怒っているんだよ!
なんか最近、怒られてばっかだなぁ。俺、なんかした?
いやいや、そんなこと言っている場合じゃねえ!
「俺の心配をしてくれるのは嬉しい。けど、さ。ラズが問題あるって、早々に、決めつけないでやって欲しいんだ」
「………………」
無言かよ。そして仏頂面。
いいけど。
「俺は、俺について来たいと言った、ラズを信じてやりたいんだ」
いつぞや、ジジイも似たような事を言っていた。どんなにしょうもないくそったれでも、その当人が強く望み、行動する事が出来るならば、自分はその手伝いを限りなくしてやろうって。『出来る』と言って援助を望んだそいつを、信じてやりたいって。
少しばかり、ジジイの視線が揺らいだのを、俺が見逃す筈もなく。もう、あと一押し! ならば!
「ラズ」
首を回して見下ろすと、ラズは不安そうに見上げていた。
「自己紹介、出来るだろ。ジジイに挨拶しな」
「う、ん……」
あまり気は進まないと。多分、というか、そういうことなのだろう。だけどもう、つべこべなんて言ってられない。
俺の前に立たせてやると、励ますようにその肩を軽く叩いてやる。それに後押しされる形で、ラズも決心してくれたようだ。
「ラズ……です。僕は……兄ちゃんと一緒に、いたい。です。えっと、よろしくお願い、します」
じっと見つめるのは、不機嫌なライオン顔で。それだけなのに、厳つさしかない。
そろそろ威圧するの、やめてくれねぇかなあ。
「…………いいだろう。レバンデュランだ。ディオ坊に免じて、仲良くやろうじゃないか?」
そういって差し出された手に、ラズはまた怯えたように後退った。まあ怖いのも解るけど、これから何度となく顔を合わせる事になるんだ。諦めて、歩み寄って欲しい。
そっとその背中を押して促せば、諦めたように手を伸ばした。うんうん、どうにかなった。
――――と、思ったのは俺だけのようで。
ラズがその手に触れようとした瞬間に、ジジイは何かしらの魔術式を展開していたらしい。
「っ………………!」
ぱちっ、と。強めの静電気、みたいな音がしたかと思うと、その時にはラズは手を引っ込め、俺の後ろに隠れようとしていた所だった。
えっとー……、何が起こった?
「ああ、やっぱりな」
きょとんとしているのは、やはり俺だけで。
ラズを見下ろすと、ジジイが発した静電気に触れた手は、竜のものに戻りかかっているようだった。白い鱗に覆われたその腕は、微かに震えているのをどうにか隠そうとしている。
そこで漸く、ジジイがラズに魔術を使ったのだと気がついた。本当の姿をさらすような、そんな魔術。
ラズはラズで、竜の姿に戻ってしまう事を恐れているのか、その表情は真っ青だった。震えているラズを見ていられなくて、つい、身体を抱き寄せてやる。ジジイを非難するように睨んでしまったのは、仕方ないと思う。
「ディオ坊。よおく、覚えておきな。そいつは竜だ。俺と同じように、モンスターと言われて討伐されても、おかしくはない」
けど、そこにあったのは、珍しく大真面目なジジイ。そんなの、とっくに知っていると。反論すらも、憚った。
「そのせいでお前が危険にさらされたとしても、お前は隣にいてやれると言うのか?」
「それは…………」
言われて漸く、ジジイが何を言いたいのか解った気がした。
多分、だけど。ジジイは、ラズに同情してくれている。高確率で。そして、本気で。
バケモノだから、それだけでヒトが離れていく、なんて事もあったと聞いた。皆、自分の過剰な力を恐れて離れていくんだ、と。
もしくは側にいてくれたと思ったら、その力を利用してやろう、なんて輩もいたのだと聞く。
それでも、それこそ今はジジイにはジジイのギルドがある。人望も地位も名誉も、己の力で勝ち得てきた。だからこそ知っているのだろう。隣にいてくれる奴の、その存在の大きさについて。平坦でない道に、付き合ってやれるのかと、聞きたいのだろう。
もし、ここで俺が見捨てるような事をすれば、どう、なるか? …………考えるまでもねえが、街が半壊、じゃあ、済まねえ気がする。うん。
それが信頼から来ているのであれば、尚更お前とはいれない、なんて言えねえけど。
覚悟をもって隣にいられるかと聞かれると、正直『是』とは答えがたい。不安しかないからな。
――――でも。
この命の軽い世界で、信じられるものっつーのはとにかく少ない。隣人でさえも、信じられないなんて、ざらにある。
けれども俺は、ラズを信じたいと思った。それは、ここ二、三日でも考えていた事だ。
ラズと、エンマと。俺と共にいたいと行ってくれたこいつらと、三人で何かを成し遂げる。それならば、少なからずやっていけるんじゃないかって、直感ながら思った。
まあ、追い出されたのは、ほんっと不本意ながら、だけどな。
俺の心を見透かしたかのように、にやりと笑うのはクソジジイだった。
「ま、いいだろう」 と、上から目線なのは非常に腹が立つが。どこか、嬉しそうに見えたのは、俺の勝手な解釈か?
「それで、ディオ坊。お前は何がしたいっつったか?」
言われて始めて、ジジイが認めてくれたのだと解った。ああ、やっと。そこにたどり着かせて貰えるのか。
やっとすぎて、疲労困憊なのだが。でも、ラズの事を認めてもらえたようで、少し嬉しい。
「ああ、これさ、見てもらってもいいかな。俺達さ、ヒトを任意の場所まで運ぶ運送業やろうと思って」
そういって差し出したのは、俺会心の出来映えの広告だ。営業文句と内容、料金やサービスについて、おおよその事は書いてある。
連絡先は、一応まだ空欄だ。手段について、考えていない訳でもないが、ケータイなんて便利なもん、この世界にないからなあ。どうしようかなって、検討中だ。
「ヒトを? 任意の場所まで? どういう意味だ? 運送屋なら、既にルートがいくつかあるだろ?」
ああ、全くもって伝わってないらしい。……あれ? これ、実はラズにも伝わってねぇんじゃないか? 今更ながら、疑わしくなってきた。
「運送屋、とは違うんだ。冒険者のヒト達って、いろいろな場所に行くだろう? その、移動手段の一つの候補になれたらなって思ってな」
「移動手段、か。まあ確かに悪かねえだろうが、馬車でも買ったのか? それだけで稼ごうっつーのはなかなか厳しくはねぇか?」
にやり、と、笑ってしまったのは仕方ないと思う。その言葉を待ってました! まさに、そんな気持ちだ。
「馬車なら確かに、わざわざ乗せてもらおうなんて酔狂な冒険者もいねえだろ? 自分達で御せる奴ばっかだし。けど、ならば、ワイバンならどうだ?」
「は? ワイバン?」
驚いた表情は、期待通り。にやにや笑いが止まらない。いや、左手団扇で高笑いしたいって、こう言うことかね?
「そ。馬車みたいに椅子乗っけて、ヒトを空輸するって訳。どうだ? 最大でも一度に六人が限界だが、安全性は保証するぜ?」
冒険者相手に『安全』をうたうのは、現状なかなか難しい事は解ってる。それを説明しないことには、納得して貰えないだろう。
難しい顔で唸っている姿に、緊張から少々どきどきする。
「…………なるほど。だが、安全性って奴は、実用されてからじゃねえと解らないだろう。運行中に客が転落、なんてでもしたらどうするつもりだ?」
……と、想像以上に考えてくれるんだな。きちんと説明して言おうと思ってたこと、聞いてくれた!
だが、うん。説明しないとって思ってただけあって、それも対策済だ!
「座席にベルトを付けているし、周りに一応、柵も立てている。ラズと俺とで試したけれど、今のところ吹っ飛びはしなかった。空路なら、賊も出ない。だから――――……」
「だから、遠出する冒険者をお前に回せってか? ……ったく、考えたな」
「理解が早くて助かるよ」
遮られた時はどきっとしたがな!
「それに、あんたの所出入りしている冒険者ならさ、それなりに信用できるから、開業早々の客にするにはいいかな、って思って」
「……ふん、都合のいいカモにされろってか」
やっぱり皮肉っぽく言ってくれるが、その表情は笑っている。頼りないと思っていたディオ坊がなあ、とか何とか言われているが、それくらいでは俺は動じないぞ!
何故ならば、俺は! 大人だからな! ぐさっときた、とか、そんなこと、ない!
「解った、いいだろう。明日から少し、様子を見させて貰おうか?」
「やった! いいのか?!」
「ああ。ま、試してみる価値のある話だったからな。期待してるぞ?」
「ああ、任せとけよ!」
その許可が下りた事が嬉しくて、つい、声を弾ませてしまった。
うーん、俺の精神年齢下、肉体年齢につられて下がったかな……? 前はここまで声をはずませる、なんて事はなかったのになあ?
そして一つ、これだけは言っておかなければならなかった。
「ただジジイ、噂ばら蒔いてくれるのはいいが、親父殿の耳には頼むから入れるなよ? 俺が、殺されるから」
そう、この問題だ。
親父殿に見つかると、多分取っ捕まって鞭打ちにされるんじゃねえかなって問題。めっちゃ怖い。
俺自身は今までに鞭打ちされた事はないけども。あの音と、奴隷の悲鳴は、結構耳に残っている。笑えねー。
「解った、解った。そう顔を青くするな」
くつくつと笑われて、思ってた以上に俺の中で気になっていたらしい事に気がつく。
うっせ、と、可愛くもない照れ隠しは、ジジイに大爆笑された。くそっ。
「まあいいや、ジジイ。そしたら明日から頼むわ。俺らは今から明日の準備をするから、これで失礼するな?」
「ああ、解った。取り敢えず紹介はしてみるが、仕事はじめだ。期待はするなよ?」
「解ってる。でも、よろしく頼むわ」
ああ、と一つ頷くと、(主に)シャラさんに向けて一礼する。ラズの背中を押して、出るように促した。
「それじゃあまた明日」
「ああ」
ジジイに出来なかったのは……まあ、意地が出てしまったか。仕方ないので、出入口のとこで振り替えって手を上げておいた。
カラン、とギルドの扉の鐘が鳴る。
いよいよ明日、スタートラインか。緊張しないと言えば嘘になるが、やってやるさ。
ああ、そうだ。
「ラズ、大丈夫か?」
隣でずっと大人しくしていた――――いや、怯えていた? ラズを見下ろすと、ゆっくりこちらを見上げた。やっぱり、顔色が悪い。
こくり、とゆっくり頷く様子は、今までに見た事ないくらいによわよわしい。まるで、店にいた時散々痛めつけられていた時みたいだ。
……そんなにジジイが怖かったのか? だとしたら、早めにここを離れてやるべきだろう。ひとまず街の外れに向けて歩き出す。
「あのね、兄ちゃん」
ギルドから離れたと思える距離まで離れた所で、ラズは漸く喋った。
「あのヒト、ずっと、僕を見張ってた」
「ずっと?」
なんというか、今更過ぎやしないか?
「……まあ、警戒はしていただろうな」
「僕が建物に入ったときから、ずっと。……多分、兄ちゃんの返答次第では、あのヒト、戦うつもりだったと思うよ」
「は?」
戦うつもりだった? 一体誰と……なんて、聞くまでもなかったか。
それが、怖かったというのか? やっぱり、本物の『バケモノ』であれは、誰だって怖いと思ってしまうのは仕方がないのかもしれない。
――――俺? 俺にとっては、ジジイはジジイだ。やっぱり、口煩いジジイでしかない。
「まあ、でもほら、大丈夫だっただろ?」
だから、そんな風に軽く言ってやれば、呆れたように溜め息をつかれてしまった。なんだよ、急に。
「確かに、僕は兄ちゃんを守るって言ったけどさあ……」
呆れて物も言えない。まるで、そう言わんばかりにがっくりと肩を落とすばかりだった。
何だろう。なんか、釈然としないのだが。
……別に、いいけどよ。
「まあ、僕が頑張ればいい、って、事だ……よ、ぅわっ!!」
ちょっと、気に入らなかったから、ラズを抱き上げ、肩車してやった。その時ふらっとしかかったのは、ご愛敬だ。
うん、自分でやっといてあれだけど、重いわ。さすがに。ちびっこだと思って、やっぱ舐めてたわ。
とはいえ。
「っ、ほらどうだー、ラズ。眺め、いいだろ?」
「えっ? え? 何してんのさ、兄ちゃん!」
「何って? 肩車。あんま暴れんなって、落とすぞ」
ぴたっと、動くのを止めたラズが可笑しい。
おいそこ! ひそひそするな! 俺だって、これくらいの事は出来る!
貧弱扱いしないでもらおうか!
確かにジジイのシックスパックには負けたけどよ? 一応、この世界で生活するのに不自由でない程度の筋力はあるからな! 誤解すんな! くそったれが。
「なあ、ラズ」
「え? 何? 兄ちゃん」
あまり身体を動かさないようにしている、こいつが可笑しい。つい、くすくすと笑っていたら、非難するように、ぺしぺしと頭を叩かれた。
「頑張ろうぜ、明日から、さ。俺らだって、出来ることがあるんだって、ジジイにも、みんなにも、見返してやろうぜ」
「……うん!」
ラズの元気が出たようで、何よりだ。そうこなくっちゃ。
子供にはやはり、屈託なく笑ってて貰わねぇとな。俺も、頑張って肩車した甲斐がある。
――――ただ、さ。
肩車で歩き出して五分と経ってねえよ? ただ。
……やっぱり、子連れよろしくは悪目立ちするって事がよおく解った! 今、めちゃくちゃ早歩きしている自覚ある!
さっさと走り去りたい気持ちはあるのだけど、無理! こいつの重さ、舐めてたわ! マジで。
早く進めないのなんのって! あっ、あっ! マジで見ないで! すぐ去るから!
下ろしたいのに、何が気に入ったのか、ラズは頭にしがみつきやがるし!
ちょ、これ、マジでどうしたらよかったんだ?!
道端に溢れる、いかつい冒険者のヒト達に生暖かく見守られるとか、マジで恥ずかしくなってきた! わあああああ!
こんなとこに、明日も来ねえといけねえのかよ!!
恨むぞ、ジジイ!!
◇ ◇ ◇
立ち去った二つの姿に、溜め息をこぼす姿があった。
「シャラ」
「はい」
「ディオ坊の案、どうだと思う?」
「あら、マスターが心配しているのは、そちらではないでしょう?」
くすりと笑う、美しいその顔に一瞥する。その大男の表情は、苦々しい。
「占い、いたしましょうか?」
「……ああ」
頷かれたのを確認すると、受付嬢はポケットから出したカードを切った。
「スリーカード・オラクル。彼らの関係の行く末を教えてほしい」
ぽつり、そんな事をつぶやいては、三枚を選び出す。
それから、一枚目を表に反した。
「過去は正位置の十三。死神。彼等の出会いは転換期だったのかも知れませんね。それが良い方に向かったのは、ディオさんの力量でしょうか」
受付嬢がその表情を伺うも、ギルドマスターの眉間に刻まれた皺が和らぐ事はなかった。仕方がない、と、こっそりと溜め息をつく。
二枚目を、表に反す。
「現在は逆位置の十五。悪魔。彼らの強い意志と行動によって、これからが転じていくと思います。そういう意味では、ディオさんは成功への一歩を、自分の手で掴めたと言えるかもしれませんね」
「そうか? そういう風には思えなかったが……」
納得し難いように唸るマスターの男に、受付嬢はくすりと笑みをこぼした。
「でも、ギルドマスター? あなた結局許可されたじゃないですか」
「あ……まあ、そうだな」
「では、彼らの未来ですが……あら?」
三枚目を反して、彼女は声を上げた。
表に出たのは白い、カード。
「ブランクカードが混ざっていたみたいですね」
「おいおい、真面目にやってくれ」
失敗した。そう言わんばかりにちろりと舌を出した姿に、ギルドマスターは肩を竦めた。
「お前の占いは確かに当たるが、当人がうっかりじゃあなあ……」
「あら、マスター? 私は、これはこれで、彼らの未来だと思いますよ?」
解りかねると眉をさらに潜めるその姿に、くすくすと笑ってカードを取った。
「白紙。つまり、よくも悪くも、彼らの未来はこれからつくられると、そういうことではありませんか?」
その手に無理矢理握らされた白紙のカードを、じっと眺める。
ね、と。小首を傾げているその姿に、一体何人が騙されたものかと、つい、呆れてしまう。
「シャラ……。自分のミスを上手いこと言って誤魔化すのは、どうかと思うぞ」
「もおー! マスターやめてくださいよ! 台無しです!」




