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飛竜と義弟の放浪記 -Kicked out of the House-  作者: ひつじ雲/草伽
五章 いつも通りの災難
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穏やかなひと時は続かない .2 **

 

 かつての運送で、これほど気が重かったことはあっただろうか。

 こんなにも、移動中の空の旅がしんどいと思ったことはあっただろうか。いやない……く、ない。

 いや、ない。


 『そういやあるなあ』なんて。一瞬心当たりがぼんやりと過りもしたが、あまりにも今更過ぎるので、大人しく黙っておこう。過去より今が苦しくて仕方がない。



 ラズがここまで静かだったせいもある。

 珍しくぐっすり寝ていたところ、寝起きのラズに出かける旨と目的地を伝えた瞬間、一気に機嫌が悪くなったのは言うまでもない。

 そうなるだろうなって事は薄々解っていたから、エニスさんに代わって事情を話そうとすれば、「兄ちゃんの好きにすればいいでしょ」 ってそっぽを向かれてしまった。


 それっきり何を話しても機嫌は低下したままで、扱いに困ってしまう。……まあ、自分が寝ている横で勝手に決められたのが面白くないのだろう。仕方ない。


 珍しく座席の最後部に陣取っていたのも、不機嫌故にそうしたのだろう。

 いや、本来お客様が乗っている時にはそれが正しいんだ。あとでちゃんと褒めてあげなくちゃな。



 ちなみに、リテッタに出発を伝えに彼女の部屋を訪ねたら、見慣れた先客がいて驚かされた。


「よう、ディオ。この前は世話になったな」

「グロウ……お前、どこにでも現れるなあ」


 呆れてその名を呼ぶと、得意げな笑顔が返された。

 リテッタには「知り合い?」 と聞かれて、一応ねと答えたら、グロウに少し不満そうにされたのは言うまでもない。


「それでグロウ。また、どうしてここに?」

「ああ、ちょっと遠そく――――じゃなくて、大量輸送を請け負ってくれるヒトを探していてな」


 こいつ、今『遠足』って言わなかったか?

 つまり、あのモンスター幼稚園のお出かけの足を探していたって事か。


 どうせなら、厄介事(エニスさん)よりもそっちがよかったなって思った俺は悪くない。


「なんだ、言ってくれれば引き受けたのに」

「いや……お前に頼むと高くつくだろ……。どうせ金かけるなら、移動よりも、皆にいいもの食べさせるわ」

「あ、そ」


 ダンマスのくせにけち臭い野郎だな。


「うるせえ! 余計な事言うな!」


 って、思ったつもりが、しっかりと口から出ていたみたいで、リテッタには苦笑され、グロウにはおふざけ程度に加減された腹パンをされた。


 リテッタは、グロウがダンジョンマスターだろうが、客なら問題ないらしい。

 一度、ダントのおっさん達と合流してからグロウの依頼を受けるそうだ。


「用があるなら、大きな街のギルドで聞いてみるといいわ。パパに依頼でって言えば連絡してくれるから」

「ああ、解った」


 些細な絡み合いは、待ちわびたエニスさんの登場によって終了させられ、二人とはそこで別れた。

 用があるって言ってもな……暫くは無いと思いたい。というか、その連絡網俺も使いたいなって思う。エニスさんを運び終わったら、ちょっと模索してみるとしよう。



 帝都周辺にたどり着くまで、おおよそ二時間かかる。遠いと言えば遠いし、普通に考えるよりも早いと言えば早い。


 時間がかかった理由に、広大で二度と近寄りたくない例の森を大いに迂回し、大草原の空をひたすら抜けていったせいでもある。あと、時折街を見かけたる度に、迂回したせいだ。なのに『お客様』がやれ急げそれ急げの状態だったので、エンマには嫌がらせのレベルで高速飛行してもらった。


 お陰で驚くほど早く大地は流れ、けれど、エニスさんがそれにすら気が付いて様子もなかった。ただ喜々としてアルマさんの話をしてくるので、話を聞かされるばかりの俺はすっかり疲れ果ててしまったのは言うまでもない。

 ……いやいや、風圧が強すぎたせいもあるかもしれない。そういうことにしておこう。



 お陰でアルマさんの事で解ったことがいくつかある。……別に知らなくてよかったけどな。


 日の出前は礼拝堂できっちりとお祈りをしてから、その日課を日替わりでこなしていること。

 巫女に選ばれてからは更に早く起きて祈り、そして訪れる者たちにその優しさを分け隔てなく配り慈善活動に勤しんでいること。

 特に子供やお年寄りに人気で、アルマさんも大好きな歌を歌ってくれとせがまれていたこと。

 地方の民謡が特に気に入られていた事、などなど。


 ――――――まあ、つまり、知らなくてよかった上に、心底どうでもいい事しかなかった。



 そんな事よりも気になっている事がある。


 俺が知る限り今のところ、飛竜使うよりも早い移動手段があるなんて聞いたこともない。つまり現状、相手の移動手段も飛竜でなければ、完全に追い越しているはずなのだ。

 それなのにこんなに急かされるなんて……果たしてそれは、突っ込んでいいところだろうか? ここまで急ぐ必要ってあったのかって、大層謎である。


「あの、エニスさん。馬車が相手なら、ここまで急ぐ必要ないって思うんですけど……」


 だからそれをそのまま尋ねれば、なんだか言い辛そうな顔をされた。


「ああ……ディオ殿はご存知ないのでしたね。……リリアンナ様だけならば、この長い距離をあっという間に移動する事が出来るのです」

「はい?!」

「信じられないのも無理はありません。……私も、目の当たりにするまで半信半疑でしたが、……なんと言えばいいのでしょう。音に乗って現れる、とでも言えばいいですか?」


 音に乗って? コエカタマ……げふん。音痴のガキ大将の専売特許じゃないかって思ってなんかない。

 っていうか、ナニソレ怖い。そんな音速で移動できる奴がいるなんてどんな異世界(ファンタジー)だよ。チートじゃねえか。


 あれ? っていうかさ?

 そんなことが出来てしまうなら、本来は護衛いらずなんじゃないだろうか? 音が武器って最強じゃない?

 ……でもきっと、それを言うとこのヒト酷く落ち込むような気がして、とてもじゃないが言えなかった。『護衛(貴女)は必要ないから置いてかれたのでは?』なんて、言えるわけがない。


 なんだか疲れがどっときた。


「解りました。……ならば、急ぐに越したことないですね」

「はい。よろしくお願いします! それでディオ殿、このままあそこに見える崖を、回り込むように飛んで貰えますか」

「あ、はい」


 北に向かえば向かうほどに、緑の海のような草原に藪の島がぽつぽつと生まれて、島の面積が増えていき、そして気が付けば針葉樹林帯へと変わっていた。

 平面だった大地は、次第に高低差を増して入り組んだ崖になっていった。例えるなら、海から山へ日本の川でもさかのぼっている気分だ。

 ……いや、崖ならロッキー山脈か? まあ、いいや。


 気が付けば、森林帯の渓谷の中を飛んでいた。


 不意に遠くの方から、生き物の鳴き声がここまで聞こえて来た。遠く、というよりも、渓谷の先と言った方がいいだろうか。


「ああ、もう少しです! もう少しで帝都です!」


 それを聞いた途端、エニスさんは嬉しそうに身を乗り出していた。それどころか、御者台に飛んで来て先を見ようとするから、焦ったなんてレベルの話ではない。


「ちょ……! エニスさん! 座ってください、危ないですって!」

「いえ、私は平気ですのでお構いなく」

「お構いなくって……!」

「私これでも、飛竜の騎乗には慣れているんですよ?」

「いや、慣れているって言っても、ちょ――――」


 いや、そうじゃない! そうじゃない!

 このヒト目の前のことに夢中過ぎて、俺が言いたいこと全部潰してきて質が悪い!


 ああもう、言うだけ無駄ってこういう事か。


「……も、いいですけど。落っこちないでくださいね」

「心配いただき感謝します。でもきっと、帝都の近郊を見て頂ければ、ディオ殿も納得していただけると思いますよ」

「あ、はい……」


 ねえ、一体何を? 何を納得するって?

 俺ちょっと、エニスさんの言葉が理解できないみたいだなぁ。あれぇ? おかしいなぁ……?


 まあ、うん。

 気にしたら敗けだって、解ってるさ。

 ニコッと笑う様子は、確かに可愛らしいと認めよう。でも、振り回され過ぎて、そろそろツラい。


 一体いつまでこんな調子なのだろうかと思っていたその時、大きな影が俺らの頭上を抜けていった。


「え?」


 つられて見上げると、そこには悠々と飛ぶ飛竜の姿があった。

 その姿がこちらに一瞥くれたかと思うと、あっさりと抜いて崖の向こうに消えていった。エンマがつまらなそうに鼻をならしているのが珍しい。


「エニスさん、今のって……」

「はい、ここらには飛竜が住んでいるんです。帝都では昔から身近な生き物として飛竜がいて、竜騎士団は帝都の中でも華の部隊で有名なのです」


 はにかみながら教えてくれたのは、昨日俺をその竜騎士と間違えた事を恥じているのか。


 なんだかなあ、そんな騎士に見てもらえたのは光栄だけど、気持ちは複雑だ。喜べない。


 嫌味に聞こえてしまったのは、俺が実際のところ戦えないからそう感じてしまうのだろう。

 崖に反響した、どこぞの飛竜の鳴き声に笑われた気がして、なんだか苦々しく思う。


 複雑な思いのまま、エンマに先の飛竜が超えていった崖を超えてもらうと、途端視界は開けた。



 真っ先に目に入るのは、盆地に広がる低地の平原だ。足元にあった針葉樹林は突如として消え去り、山を縦に割ったような絶壁が遥か下方まで続いていた。

 森は絶壁の麓でまばらになり、リシリカの街を出た直後のような平原が、街の側まで広がっていた。風に揺られて、梢や草原が波打っているのがここからよく見える。


 平地に陣取る大きな街は、連なる屋根の向こうに、石造りの城壁の向こうに城が堂々と鎮座している。

 大きな街にしてはめずらしく、街は塀で囲んでいなかった。きっとこの崖そのものが、城壁の役割をしているのだろう。空を飛ぶ手段を持てば出入りは容易だが、そうでないならば断崖絶壁に囲まれたここは天然の要塞なんだと思う。


 牧場でもあるのだろうか。

 街の外れに行けば行くほどに、屋根は途切れ途切れになって、平原を柵で囲っているのが解る。のんびりと草を食んでいる大きな姿が見受けられる。恐らくマーセだろう。

 中には柵で囲われた中に、飛竜と飛竜を世話しているヒトの姿まで見られて、大層驚かされた。


「あ! あちらの兵舎に一度、お願いします」

「はい」


 エニスさんの指示でまっすぐに、その飛竜のいる牧場を管理しているのであろう建物を目指した。パッと見は、軒を連ねる長屋と、大きな厩が併設されているような建物だ。

 外で世話をしていた何人かが、こちらに気が付いて手を振っていた。飛竜を見ても歓迎的なのは、それだけ密接に関わりがあるからだろうか。何だか新鮮だ。



 エニスさんはそれに応えながらも、エンマが高度を落としきるのを待てないらしい。そわそわとして、今にも飛び出しそうになるから、慌ててエニスさんの服を掴んで取り押さえた。


 このヒトすぐに目の前のものしか見えなくなるみたいで、すごく恐ろしい。危なっかしくて放っておけなくなってくる。


「リリアンナ様はいらっしゃいますか?!」


 なんか、叫んでる。


 エンマが足を地に着くのと同時に飛び降りて、建物へと向かっていってしまった。

 前のめり過ぎてびっくりしたことと、いる筈もない姿に向かって突っ込んでいくこと。唖然として見送れば、騒ぎを聞きつけたらしくて建物の扉が開けられた。


 ――――途端。


「何を騒いでいるんだ、レイバール女史!」


 扉の向こうから低い声に一喝されて、エニスさんが飛び上がっていた。

 

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