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飛竜と義弟の放浪記 -Kicked out of the House-  作者: ひつじ雲/草伽
五章 いつも通りの災難
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穏やかなひと時は続かない .1 **

お待たせいたしました!

一先ず公募の方が落ち着きましたので、不定期鈍足発進になりますが再開いたします

楽しんで頂けると幸いです!

 

 水のせせらぎのような音に、朝の街のにぎやかさが重なった。ふと目を開ければ、窓辺でカーテン変わりの薄手の素布が揺れている。

 しばらくむき出しの木造の梁をぼんやりと眺めて、穏やかな時に深いため息が零れた。



 昨日は結局、祭壇を後にした俺はラズを探して街をうろつき、人混みにくたくたになりながら宿屋に戻った。気分はさながら、休日のお父さんである。


 宿屋に戻ったら、リテッタにはやっぱり小言を言われ、手入れの話を長々と聞かされた。あんた掃除の邪魔だからどっか出てって言われた挙句、返ってくるの遅いって、テレビでよくあるやつみたいだ。

 疲れたところに、追い打ちである。


 ……ん? なんか、今すごく語弊のある例えしてしまった気がするな。

 まあ、いいや。



 宿の店主に頼んで早めの夕食とお湯をもらい、身体を清めて俺らは間もなく眠りについた。日が暮れた後に、やる事もないからな。特筆するような出来事もなかった。


 強いて言うなら、ラズが買ってきた花飴をリテッタ共々、みんなで食べた事くらいだろうか。彼女も噂程度に聞いた事のある有名な屋台のようで、大層喜んでいた。

 うん、口にいれるとふわっと広がる甘さは、俺もつい手が止まらなくなるおいしさだった。


 連日の疲れが出たのだろう。少し硬めのベットに倒れこんだ途端、泥の中に引きずりこまれるように睡魔に襲われたのだった。後はもう、爆睡した。

 メイさんのところを後にして、まだ五日と経っていないのに、俺らの身に起こった出来事が怒涛過ぎる。たまにはのんびりと過ごすのもいいかもしれない。



 あーでも、シングルベットに二人はいい加減狭いかもしれないなあ、なんて。天井をこうして眺めている間に薄々感じつつも、変えようとは思わない自分がケチ臭くて嫌になる。


 ふと、隣で未だにすやすやと間抜け面さらして眠る姿に、苦笑せざるをえない。

 いっつも俺を振り回してくれるラズも、こうして静かでいてくれると可愛く思えるから小憎たらしい。


 それでも束の間の平穏に、『こんな風な毎日なら悪くはないな』って思える自分がいるから不思議だ。



 さて。

 時刻は夜も明けて、すっかり窓からは日差しが差し込んでいるけれども、このままもう少しだけ惰眠を貪らせてもらおうか。そう思って寝返りを打った時だ。


 まるでそうはさせないと言わんばかりに、扉がノックされたのだった。


「おはようございます、ディオ殿。朝早くから押しかけてしまい申し訳ない。起きていられますか?」

「あ、はい。今開けるので少し待ってください」


 聞こえて来たのは、昨日の日中に別れた女性騎士であるエニスさんの声だ。


 昨日ラズが随分と彼女たちに対して機嫌悪くしていたし、今日もまたそうなってはめんどくさいから、受け流してもよかったと言えばそうだ。だけど、どことなく切羽詰まっているような声色だったので、つい答えてしまっていた。


 盆に溜めた水に映して、ささっと身なりを軽く整えた。

 一応、な。俺だって女性に会うなら気になるさ。



「おはようございます。お待たせしてすみません。よくここが解りまし――――あれ、どうしました?」


 間もなく扉を開けて、思わず尋ねてしまっていた。扉を開けた先には、眉も肩も落として困り顔のエニスさんがいたせいだ。

 俺の問いにハッとしたのだろう。一瞬ぼうっとしていたエニスさんは、わたわたとすっかり慌ててしまっていた。


「ああ、いや。宿屋の店主殿に無理を言ってしまいまして、その……」

「なるほど。ああ、気にしなくていいですよ」


 出来るだけ彼女を追い詰めてしまわないように、優しく笑いかける。それでようやく、彼女も少しは落ち着いて来たらしい。

 エニスさんは昨日の鎧甲冑姿では無く、今日は簡素なチュニックに乗馬でもするようなパンツ姿だ。後ろで束ね上げた金髪が今日も美しい。うなじが……。


 いやいや、そんなことよりもだ。

 彼女が落ち着いて来たのはいいけれど、言い淀む姿に何だか嫌な予感しかしない。


「ええと、お休みだったところ大変申し訳ありません。少々お尋ねしたいのですが、リ……アルマ様を見かけてはいないでしょうか」

「アルマさん? いや、見ていないですけど。どうかしましたか?」

「あ……それが、いらっしゃらなかったもので……」


 何の気なしに尋ねれば、途端に言うか言わざるべきか迷ったように視線が泳ぐ。


「実は、置手紙だけ残されていたんです。留守にします、と。それで……」

「もしかしたら、俺らのところにいるかもって?」


 尋ねれば、途方に暮れたような表情をさせてしまった。


「はい……。てっきりディオ殿を頼ったものかと思ったのですが、やはり、急ぎ帝都に……」

「え?」

「え? あ……!」


 ぽつりと呟いた言葉に首を傾げれば、エニスさんは露骨に慌てふためいた。余程慌てたらしい彼女は、難しい顔をしたり困った顔をしたりと、暫く忙しなくその表情を変えていた。


 昨日の凛としていた様子は、一体何処に行ったのだろうか。

 どう声をかけたものか迷っていれば、先に彼女が顔を真っ赤にさせながら両手で覆っていた。


「あああっ、すみません! こんな事なら兜だけでもしてくるべきでした!」

「ええ?」

「すみません……私、どうにも鎧を着ていないとダメなんです」


 自嘲気味に笑われて、俺はそれにどう答えればいいって言うのだろうか。


「ええと、エニスさん。よければ話、聞きますよ?」


 どうにか考えた末に出てきた言葉に添えて、部屋の扉を大きく開いてやる。……そうしてから気がついたのだが、野郎の泊まっている部屋に『話を聞く』って、女性を招き入れるなんて誉められたもんじゃなかった。

 でも何かしら決意したらしいエニスさんは、大人しく招かれてくれた。ただ、振り返ったエニスさんは、部屋に備え付けのテーブルにつかずに片脇に立ち、昨日と同じ騎士の――――胸に拳を当てて頭を軽く下げる礼を取っていた。なら、俺も立ったまま聞くしかないだろう。


「お心遣い感謝します。少々込み入った話になるのですが、聞いていただきたいのです」

「え、あ……はい。聞きましょう」


 何だろうなぁ、ホント嫌な予感しかしない。

 けれども腹を括るしかなくて、俺は彼女を招き入れた扉をしっかりと閉めた。



「先に、謝罪をさせてください」


 部屋の真ん中でそう切り出した彼女は、決意に満ちた声ではっきりと()()した。


「私は帝都の王室、リリアンナ・サン・エストール・メル・アルマ様が修道院入りする頃より、近衛騎士を勤めさせて頂いております。『双頭』の称号に誓い、リリアンナ様をお守りする役目を負い、リリアンナ様に手向かう敵を穿つ矛、エニス・レイバールと申します」


 朝の日差しを受けた金糸が透けるように輝いて、久しぶりに凛とした姿勢に俺は思わず圧倒された。ラフな格好のお蔭で、彼女に威圧感がないのが救いだ。


「正式に名乗れば、否応なしに貴殿方を巻き込むことになります。故に、助けていただいた貴殿に名乗れなかった主人の非礼を、どうぞお許しください」

「…………あ、はい。いや、え?!」


 いや、驚いたというよりも、最早、何処に注意を払って話を聞けばいいのか解らなくなってきた。混乱する俺に、エニスさんは畳み掛ける。


「昨日ディオ殿達が手を貸して追い払って下さったのは、帝都から遣わされた者です。リリアンナ様に城下に戻るよう伝令があり、一日でも早く戻らせるために彼らは来たのでしょう」

「ええと……」

「追い払っていただけて、とても助かりました。リリアンナ様はこの音祭りをとても楽しみにされていましたので、どうにかここまでたどり着くことが出来ました。……昨日は本当に、ありがとうございました」


 深く頭を垂れた最敬礼。それを向けられて、なおさら俺はどうしたらよかったのか解らなくなってきた。


 ……って、いうか!

 昨日の灰色インバネスは帝都の――――しかも城から遣わされたヒトたちだったのかよ!

 関わるな、気を付けろって言われていたのに、思いっきり関わっちゃってるんですけど?!


 これはどうしたものかと、ひとり冷汗を感じていたら、申訳なさそうな視線がまっすぐにこちらを捉えた。


「突然このような戸惑いしか与えない話をしてしまい、ごめんなさい」

「いや、その……自分のやらかした事に頭を抱えたいだけなので……はい。どうぞ、話を続けてください」

「ありがとうございます」


 俺の言葉に不思議そうだったのは一瞬の事。彼女にとってはここからが重大らしい。

 俺としては既にやらかした後なので、何が来ようともこれ以上落ち込むことはないと、そう思っていた。


 ――――けど。


「ディオ殿は、崩都(ほうと)思想の集団をご存知でしょうか」

「え……? いえ」

「彼らの真の目的は私も存じ上げていないのですが、帝都を陥れようとしている輩がいることは確かなのです」


 先日も、帝都の管轄である地方の情報塔が落とされたそうです。……なんて、どこかで聞いた覚えのある話をされる。


 あ~れれえ? なんて、記憶を漁るフリをして、わしわしと頭をかいてしまったのは不可抗力だ。


 それってあれか?

 帝都に届く希望の灯火どうこうってやつだろうか?


 違うよね? 違うって、信じては、いる。儚い望みかもしれないけど。


「噂程度には……聞いた事あります」


 違うって祈りながら頷けば、エニスさんはそれならば話は早いとわずかに表情を明るくした。


「その輩は常々、帝都の陥落を目論んであちらこちらに手を出して来ていましたが、その脅威がいよいよ帝都に向かう所まできているようなのです」

「ええと……それならお姫様なんて、なおさら外に逃げさせておいた方がいいんじゃないかな」

「それが出来れば、どんなに良かったことか!」


 困って思い付きを口にした刹那、彼女に悲痛な声を上げさせてしまった。こちらに迫る勢いだったから思わず身を引くと、彼女も冷静になって取り繕うように引いてくれた。


「大丈夫ですか」

「はい、すみません。……リリアンナ様は『使い道のない末姫』故に、城を出て修道院入りされていたのです。ですが、その……」

「あー、言いにくければ言わなくてもいいですよ」

「いえ、ここまで来たら言わせてください」


 言いづらそうに口籠る彼女の為にというよりも、俺の為に提案したのに、きっぱりと断られてしまう。巻き込まないで欲しいんだけど。

 切実に。

 お願い。


 俺としては少しでも面倒な情報を回避したかったというのに、彼女にとっては既に巻き込まれた者とみなしているのだろう。巻き込んだからには、必要最低限の情報はすべてくれようとしている……んだと思う。


 ……うん、結構迷惑。

 とはいえ、今更突っぱねることも出来ない、気の弱い自分がつらい。


「修道院入りしたリリアンナ様は、大気と調律の巫女として力を得てしまい、それがここ数年でやっと評価されて、城に戻る手はずになっておりました。そこに……」

「崩都の噂?」

「はい。陥落を本懐とする輩が動いた事で、アルマ様は戦力として、一刻も早く戻るよう言われていました」

「それを伝えに来たのが、昨日の賊だったってこと?」

「いえ、情報はリリアンナ様が風の噂を集めてくださるお蔭で、つぶさに解るのです。帝都の陥落はリリアンナ様の望むところではありませんでしたので、本陣が動き出すよりも先に戻られるおつもりではありました。この地に最後に足を運んだ後に、必ず戻る、と」


 でも、と。続き言われなくても解った。

 今日起きてみれば自分を置いて姿を眩ませていた、という事ね。はいはい。


 何かあってと逃げ出した方なのか、しびれを切らした帝都に者に連れていかれた方なのか。そのどちらかじゃないかって事なのだろう。

 どっちでもいい。どっちでもいいから……俺、今から部外者になりたい。


 ……はあ。

 仕方がない。


「でも、置手紙はあったんでしょう? まさか昨日の男たちがそんな手紙書く時間くれるようには見えないのだけど」

「はい、私もそう思います。なので、少なからずリリアンナ様は自ら出て行ったのだと思います。……ですが、解らないのです。どうして私を置いて行かれたのか。私はリリアンナ様の為の矛で、盾でもあるといいますのに……」


 しょんぼりと肩を落とされて、つい宙を仰いでしまった俺は悪くない。

 俺ホントに、このヒトに無理矢理巻き込まれたのかって、今漸く理解した。くそったれ。


 つまり、こういうことだ。

 彼女は主人に置いて行かれて、途方に暮れたワンコである、と。

 起きたらご主人様が居なくなっていて、でも置いて行かれた理由が解らなくって、どうしたらいいか解らなかった。

 だからとりあえず、思いついたように俺を巻き込んできやがった。と?


 なあ、怒ってもいいよな。


 身分や事の顛末を話せば、例え俺が断ったとしても、俺が巻き込まれるって解ってエニスさんは話してきたって、確信犯以外の何者でもないだろ! ふざけろよっ!


 ………………どうしよう、泣きたいのはこっちなのだが。


 いや、きっと。

 きっとだよ?

 主人のことを第一に考えて、使えるものを使って『お守りする』っていうのは、このヒトにとって正しい正義なのだろう。


 けど、けどさ?!

 何でよりにもよってそのお鉢が俺に回ってくるかなあ、もう!



「あの、ディオ殿……?」


 漸く、俺が頭を抱えている事に気が付いてくれたらしい。


 恐る恐るこちらを伺う様子は、叱られるのを恐れ解っていつつも、『いやいや、可愛いわたしにそんな事しないよね?』って、自らのあざとさを武器にしてくるこざかしいワンコにしか見えない。

 どこまでも確信犯臭い、このすっとぼけた美人にイラっとしつつも、深く溜め息をついただけに留めた俺は偉いと思う。


 ふと、思い出したのは親父殿の溜め息をついていた時の姿だ。エニスさんがあの時に自分に見えて、余計にうんざりした。

 ……ああ、きっと、親父殿もこんな気持ちだったんだろうなって、やっと解ったような気がする。


 親父殿、マジでごめんなさい。

 俺、世間の荒波にだまくらかされて、漸く大人になれた気がする。



 強く、生きようか。

 頑張れ、俺。


「……それでエニスさん、一体俺にどうして欲しいって言うんですか? ハッキリ言って、どんなに話を聞いたところで、俺にはお偉い様方お抱えの騎士様に敵うような戦力になんて成れないんですけど?」


 一つ何か学んだからって訳じゃないけれども、少しあの姿を真似ようと思った。


 これ以上こちらにとって不都合になり兼ねない話は聞きたくない。出させたくない。

 出来ればちゃんと、この話を()()()()()()()に実りが欲しい。


 ……ぶっちゃけ今、気持ち的に損しかしてない。


 でも、俺の目論見なんて知ったこっちゃない彼女は、途端にパッと表情を輝かせていたのだった。


「いえ、貴方に無理をして欲しいって事じゃないんです。ディオ殿は、ヒトの運送を請け負っているっておっしゃっていましたよね? でしたらお願いします、リリアンナ様が帝都に向かわれたのでしたら、城に入られるよりも先に、私は真意を確かめたいのです。私を帝都まで運んでください。料金は、迷惑料も兼ねて言い値の倍用意します」

「い……はあ?!」


 ――――そこで漸く、上手い事『出来ない事』を言わさせらていれたって気が付くも、もう遅い。出来ない事では協力出来ないなら、出来る事で協力してくれってか。


 馬鹿じゃないだろうか、俺。親父殿の真似事とか、百年は早かったわ。


「………………そう、ですね」


 もう、精根は燃え尽きた。


「いや……はい。仕方ありません。承りました」

「ありがとうございます! ディオ殿! この御恩決して忘れません!!」


 諦めて頷いた途端、エニスさんに嬉しそうに手を掴まれて、余計にげんなりした。美人にお近づきになれて、こんなにうれしくなかった事はない。


 今更断ることも出来なくて、ひきつった笑みで頷き返す事しか出来なかった。

 はーああ。

 

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