「天命霊」
俺は、生まれたときからツイてない。失ってばっかりのダメッダメな人生だ。俺ももう諦めてる。だからこれからもきっと失い続けるんだろう。でも、ある日俺は考えた。得る物があるから失うんじゃないか、と。そう思ったその日から、俺は何も得ようとせず、いや、むしろ得ることを拒んで生きてきた。
そんな生き方を選んでから3年目…だろうか。その会社を見つけたのは、もうそろそろ季節も冬に変わろうとしているそれはそれは寒い日のことだった。
【迫り来る災厄から貴方をお守り致します!~退魔災厄事務所~ お電話[0120―xxx―xxx]まで ※神や幽霊、宇宙人、etc…信じている方大歓迎!】
「退魔…災厄事務所?」
限りなく胡散臭ぇー。あと宗教の臭いがする。神とか宇宙人の辺りからプンプン臭う。
「胡散臭ぇ…。」
あ、声出ちゃった。
「ですよねー。」
げ、中に人居たのかよ…。中に連れ込まれて変な勧誘されたりしねぇかな…。
「やっぱ名前が悪いのかなぁ…。」
いや、どう見たって※の後ろが悪いです。いや名前も悪いけど。
…にしてもこの人…店員か?顔整ってんなぁ…ひょっとして中に入ったらとっても怖いお兄さんに囲まれて変な教材買わされちゃうんじゃないの。……。
「すいませんでした。宗教も教材も勘弁して下さい。」
「何で初対面の人に謝られてるんでしょう…。」
良かった。この反応からするとどうやら宗教も教材も無いらしい。
「あの…張り紙見たんですけど…退魔災厄事務所って…?」
「これですか…?…気になります?」
何その言い方。気になるわ。
「まぁ…少し。」
「そうですか!まぁまぁ詳しい話は中で!!」
えっ。コレやっぱり怖いお兄さん出てくるだろ。断ろうかな…。
「あ、あの…やっぱ急用思い付いたので…。」
「思い付いた!?切り抜けるにしたってもう少し上手い切り抜け方あるでしょう!?」
ですよね。言ってて自分でも思った。うーん…もっと上手い切り抜け方…。
「あっ…なんか急にお腹が…痛くなりそうです。」
「なぜ未来予知までして逃げようとするのか…。」
「だって…教材代高そうだし……。」
「代金…やだなぁ、お金なんて取りませんよ。」
おい教材代自体を否定しろよ。っていうか…お金なんて…?まさか金以上の物を狙っているのか…。となると…。
「ホントにすいません。内臓だけは勘弁して下さい。」
「何でそんなウチを超グレーな会社だと思ってるの…。そして店の前だし恥ずかしいので土下座はやめてください。」
「その…じゃあココは何の会社なんですか?」
「な…土下座の態勢から話を変えてきますか、普通…?ま、まぁでもコレで本題に入れます。ココは簡単に 説明すると…派遣会社です。」
「派遣会社…?それが退魔とか災厄に何の関係が?」
「良い質問ですねぇ。」
池上彰さんはもう古いと思います。
「その質問に答えると…ウチは普通の人材を派遣する会社じゃないんです。」
「というと…?」
「俗に言う…幽霊を派遣するんです。」
「そろそろ母さんの知り合いの弟の会社の同僚の妹の同級生の車で撥ねちゃった猫の具合を見に行くので… 失礼します。」
「全く関わりが無いじゃないですか…。血縁って言うか性別っていうか生物として違うじゃないですか…。」
中々的確なツッコミ…できる。
「幽霊っていっても…思ってるのとかなり違うと思いますよ?」
いや幽霊って大概予想通りだろ。個人的には禿げた落ち武者のイメージ。
「んー…見てもらった方が早いですかね。」
そう言うと…ペチッ。カスッ。…ひょっとして、アレ指パッチンしようとしてるのかな…。
「いや…もう十分です。帰りますよ。」
「そんな…360000、いや、14000年ぶりのお客さんなのに…。」
はいはい。………そんな経営状況で大丈夫か?
「そろそろNHKで見たい番組があるので…。」
「しかもNHKに負けた…。夕方アニメならまだしもNHKに…。もぅマヂ無理…。」
頼むから破道の九十とか使ってくるなよ…。
「じゃあ…失礼します。」
「…あ…待って下さい。」
彼女はそう言うと、俺の顔を見つめだした。何コレ。恋に落ちそう。
すると彼女が、
「やっぱり…。」
なんて言うから、
「…?顔になんか付いてます?」
ベタな返し方をしてしまった。
「いえ…あの…帰り道、気を付けて下さいね……本当に。」
やっぱり怖いお兄さんに闇討ちされるのかー。せめて最後まで話聞くんだったー。
なんてこの時俺は悠長に考えていた。だけど、その言葉の意味を知るのは、もう少し後のことだった。
半時間後。俺が帰り道を何の気兼ねもなく歩いていた時。
街灯の下で少しは明るかった足下に…急に影が出来た。上を向くと、工事現場であろう場所から、鉄骨が5、6本落ちてくるのが見えた。この大きさなら完全に即死レベル。
なのに俺は、どこか安心したような気持ちになっていた。
やっと…ようやく俺の番が来たんだと…そう思ったんだ。
―――――ホントに俺はツイてない。生まれた時だってそうだ。俺を産んだ母親は、難産だったらしく、俺が産まれてすぐに死んだ。
生まれて8年。父親が死んだ。過労死だった。親父は、男手一つで俺を育ててくれた。だから泣いた。それはとても無様に。でも、俺は親父が死んだから泣いたんじゃない。自分の、それも周りの人だけを不幸にしてしまう体質を呪って泣いたんだ。いつだってそうだ。周りの人だけが嫌な目に遭う。それなのに俺は、俺だけは失った物の代わりか無事に、何事も無かったかのようにのうのうと生きてきたんだ。それが…許せない。
だから、この時俺は、ようやく俺の番が来たんだと…心のどこかで安心していたんだ。
なのに。
「…ッ!?」
いつまで経っても鉄骨は落ちてこない。とっさに閉じてしまっていた目を開けると、
「ふぅ…何とか間に合いましたね。無事で何よりです。」
そこには、月明かりを背に、どこか凛々しく、しかし儚げなオーラを纏った少女が立っていた。
……綺麗だ。ついさっきまで死ぬか死なないかの瀬戸際に立っていたのに、俺はそんな事を思っていた。
いや、そんな事より。この人…誰だ?見る限りじゃ歳は俺と同じか一つ二つ上…くらいだろうか。だが、彼女の凛とした雰囲気が、どうしても年上という印象を与えてくる。
そして、格好。剣士や騎士…俗に言うナイトという表現が正にピッタリな中世ヨーロッパ風の格好。
で、ナイトと言うからには剣を背負っている。見る限りではあの剣…かなり重そうだ。小学生並みの感想だが、地面にまで着きそうな長さだ。4~50kgは優にあるか。
しかし。それより。そんな事より。いや、そんな事で済まして良い話では無いが、俺にはそれより気になることがあった。勿論30分くらい前に入ったあの店だ。完全にこの剣士様はあの店主絡みだろう。そう当たりをつけた俺は、彼女を連れて2人店へと向かった。
その道中、あまりにも息苦しかったので、ナイトさん(仮)に話しかけてみることにした。
「…あ、あの……。」
「はい。何でしょう。」
「さっきはどうも…。助けてもらって…。」
「いえ。私の使命は貴方の災厄を祓うことですから。」
完全にビンゴ。あのイーノック店長絡みだわ。
「失礼ですけど…あなたの名前は?」
「…ジャンヌと言います。」
「そ、そうですか…。」
もう無理。息苦しくて死にそうだ。っていうかジャンヌって。見た目まんまじゃねぇか。しかし…まだまだ気になることがあるし…聞くしか無いか。
「それで…その格好は?」
「…私の格好が何か?」
何か?じゃねぇよ何その普通の格好してますけど?的な言葉。ちっともまともじゃねぇよ。
「いや…珍しい格好してるなぁと思って…。剣士か何かですか?」
「この格好で農民と答える人が居るのですか?」
「で、ですよね。」
すっごいイラッとした。誰かクリスタルの灰皿持って来て。…まぁ灰皿片手に殴りかかっても一刀の元に切り伏せられるのは目に見えていたので、質問を変えることにした。
「じゃあ…その…何で俺を助けたの?」
「………はい?」
「いや…何で俺を助けたのかな、って。」
「貴方が呼んだのでは無いのですか?」
「いやいや。」
「では一体…。」
っと…着いたな。電気は点いてるが…。
「すいませーん。」
「嗚呼…また今日も夜の帳が降りる…。」
「あ、すいませーん。警察ですか?」
「謝りますからその尋ねて来たフリして実は電話掛けてました的なフェイントは止めて下さい。」
「冗談ですよ…。あ、不審者は見間違いだったみたいです。はい。すいません。」
「じょ、冗談じゃなかった…。」
「まぁ、冗談はさておき。俺が来た理由は分かってますよね?」
「あぁ、ジャンヌの事ですか。」
えらいサラッと言うな…。
「この人は誰ですか?目的は?」
「その人はジャンヌで、目的は貴方を護ることです。」
「守るって…俺を、ですか?」
「私貴方って言いましたよね?耳が悪いんですか?」
コイツならクリスタルの灰皿で大丈夫だろ。誰でも良いからクリスタルの灰皿持って来て。
「まぁ冗談は置いといて…その子は貴方を護るために居る、というのは事実です。」
「何で助けたんですか?」
「人を助けるのに理由がいるんですか?」
この人ホントゲーム好きだなぁ。まぁ別に良いけど。
「要ります。あの時ホントは助かるべきではなかった…俺はそう考えてます。」
「ふむ…何故?」
「俺は…昔からそうだった。他人に不幸を撒いて生きる疫病神だったんです。」
「それが貴方が死ななければならない理由とどんな関係が?」
「…!俺は、他人の屍を踏み越えて生きてきたんだ!ソレがどれだけ罪な事か!十分な理由じゃねぇか!」
「そう熱くならないで…。そうですね…確かに貴方の持っている災厄は、十分な罪かも知れません。でも。貴方が死ななければならない理由は何処にも無いはずです。」
「…何故!そう言えるんだ!」
「だって…貴方死にたがりの顔してませんよ?」
「…!?俺が死にたいか死にたくないかの話じゃない!死ぬ理由があるか無いかの話なんだ!」
「無いです。」
「…何で!何でそう簡単に言ってのけるんだ!!」
「貴方の災厄が罪でも、貴方が生きている事は罪じゃない、私はそう思います。だって…貴方と喋った時間少なくとも私は楽しかったですから。」
「…ッ!!」
「人が生きる理由を無くす原因は二つ。その人が世界から捨てられるか、その人が世界を捨てるかです。」
「俺が…前者では無く後者だと言いたいんですか。」
「はい、そうです。」
「俺は…世界を捨ててなんて無い!世界が、俺を拒んでいるんだ!!」
「そう考えているのは貴方だけです。そうですね…世界という物の定義について考えましょうか。」
「世界…?」
「そう、世界です。世界という物は、ありとあらゆる小さな物から出来ている。」
「それは…そうですけど。」
「語気が荒くなくなりましたね。良い事です。話を続けますね。そう…世界を小さな…例えば1と言う物が集まって構成していたと考えましょう。」
「…その1って言うのは?」
「私や貴方、そこに居るジャンヌもです。」
(ジャンヌが完全に空気になってた…)
「なるほど。無数の人…1が集まり世界は構成されている、と。」
「その通りです。」
「…結局何が言いたいんです?」
「私は、貴方を必要としています。」
「…!!」
「貴方が初めてこの店に来たとき、私は貴方と話せて楽しかった。嬉しかった。前に言ったとおり、360000、いや、14000年ぶりのお客さんだったんですから。」
「……。」
「世界を無数の人が集まって作っている、と言うことは私も世界の一部ですよね?そして私は貴方を必要としている。私が言いたいこと…分かりましたか?」
「……はい。つまり…世界を……拒絶していたのは…。」
「そう。世界が貴方を拒絶していたんじゃない。貴方が世界を拒絶していたんです。貴方という人を必要としている人はここに居たのに。きっと貴方は他にも見落としているはずです。」
「……死んだ親父が、言ってました。『お前は世界を知らない。お前がいつかこの世界を嫌いになっても、それは間違いだ。嫌いになった世界は、お前の中だけの世界だ。』って。こう言う意味だったんですかね…。」
「…良いお父さんだったんですね。」
「……っ…う…うぅ……。」
「さっきも言ったように、私は貴方を必要としています。そして、貴方のお父さんも貴方の事を心配していた。コレで、まだ世界から必要とされていないなんて言うなら私怒りますよ?」
「……………………はい。」
この人は多分、凄い人なんだろう。俺の心に巣くっていた闇を、こうまで簡単に消し去るなんて。この人には多分俺は一生頭が上がらないだろう。
「じゃあ、その…次の質問良いですか?」
「はい、どうぞ。」
「ジャンヌを…貴方が…よ、呼んだ?よく分かりませんが呼んだ理由もそれですか?」
「違います。私はあくまで経営者ですから。ちゃんと計算があります。」
「そ、そうですよね。」
「でも。」
「?」
「正直なところ、半分はそうなのかも知れません。」
「ッ!」
「貴方と話せて、私は楽しかった。そして、私は今日あの時間貴方が死ぬはずだった事を知っていた。そういう偶然だったのかも知れませんね。」
「じゃあ…もし、俺が貴方を突き放して家に帰っていたら…。」
「死んでました。」
「……。」
KOEEEEEEEEEEYO!!!!!!なんつーこと言うねん。良かった。ちゃんと話聞いて。若干マジキチか池沼だと思ってたけど。
「さぁ、話を戻します。私が貴方を助けたもう半分の理由…それは貴方のその呼び込む災厄の強さにあります。」
「災厄の、強さ…?」
「そうです。私たち『退魔災厄事務所』の親会社では、呼び込む災厄の強さをその強さによってランク付けしています。」
ランクとはコレまた厨二ですな。俺Fランクだけど実はSランク相当の異能者だったりしないかな。
「当社の計測による貴方の災厄のランクは…Xランクです。」
XwwwwwwwwwwwwwSランクwwwwwww超えてたwwwwwwwwwwwwwwwwww
「凄いです。馬鹿にしてる訳じゃ無いですけどXランクなんて私初めて見ました。」
「そりゃあXですからね。」
「ちなみにXランク、という強さはアルファベット順のXの位置じゃありませんよ。」
「えっ」
「貴方の災厄のランクはX…数学で言うXです。」
「未知数…って奴ですか。」
「そうです。貴方の災厄は大きすぎる。背負っている物に対して貴方がココまで生きて来れたのが不思議…おっとコレは言ってはいけないと言われていました。」
気になるわ。
「それで…俺がXランクの災厄持ちだったとして、貴方に何の得が?」
「むむ…貴方するどいですね。良いでしょう。その質問に答えます。説明長くなりますよ。」
「えぇ、結構です。」
「貴方に殺して欲しい人が居るんです。」
「俺やっぱりあの場所で死んできます。」
「ちょ、ちょっと待って!言い方が悪かったです!!」
なんだよ言い方が悪かったって。言い間違いじゃないのかよ。殺して欲しい人が居るなんてどう言い換えたって良くはならねぇだろ。
「あ、あのですね…えぇと…その……殺して欲しいのは、正確には人じゃないんです。」
「…はい?」
「貴方に殺して欲しいのは…ジャンヌと同じ、幽霊です。」
ゴーストバスターズ(笑)ってか。冗談じゃねぇよ。
「無理ですよ…。俺がそんな強い災厄を持ってたって、幽霊と戦える訳ないじゃないですか…。説得でもして成仏させろって言うんですか?」
「いえ、戦うのは貴方じゃありませんよ。」
「…まさか……。」
「お察しの通り。ココでジャンヌの登場です。」
「………なるほど。そういう訳だったのですね。」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!肝心の俺が納得できてませんよ!!納得のいく説明をプリーズ!」
「大丈夫。この子、こう見えて超強いですよ。多分。」
「多分の時点で納得は行ってないんですが…説明を。」
「そうですね…この子はジャンヌ、幽霊って言ったけど幽霊の部分は正確には間違いです。」
「や、やっぱり幽霊じゃないんですよね!」
「いえ、幽霊です。」
おい。
「じゃ、じゃあ…何が違うんですか?」
「この子の正式名称は…『天命霊』です。英訳してDestiny Lofts Spirit…略してDLSです。」
ディスティニーとか…スピリットとか…厨二乙。…って言いたいけどココはとりあえず話を聞こう。
「その…天命霊?が幽霊と違う所はどこですか?」
「この子達は普通に物質に干渉できます。」
こええよ。
「…ん?この子…達?」
「むむむ…更にするどい。その通り。この子達と言ったように、天命霊はジャンヌだけではありません。」
「マジッスか。」
「大マジッス。そしてその天命霊が最近仕事の邪魔なのです。」
「だから殺して欲しい、と。」
「そうです。あ、ジャンヌはちょっとやそっとじゃやられないと思いますよ。」
「その根拠は?」
「言い忘れてましたね。『天命霊』の強さは契約した人の呼び込む災厄の強さで変わるんです。」
「俺の災厄を祓ってくれる為じゃ無いんですかね…。」
「まぁ、ソレもあります。でも、それだけ強いんなら、副業の二つや三つ。」
「なるほど…俺の災厄を祓うついでに、その幽霊狩りも兼業してほしいと。」
「まぁ、ざっくり言うとそんな感じです。どうですか?やってくれます?」
まず、仕事の邪魔だから殺すって完全にスイーパーとかそっち系の話だよね。怖すぎ。
そしてどうですか?やってくれます?って俺が普通にはい!是非!って言うとでも思ってんのか。
「そして、その前にもう一つ質問があります。」
「許可する。」
何でこんな偉そうなのこの人…。いや、多分…この人……偉いんだろうな。まぁさっきの事で感謝もしてるし、態度くらいは別に良いか。
「『天命霊』の強さは契約した人の災厄の強さで変わる、と言いましたよね。」
「はい。」
「契約したのは、正確には貴方なんじゃ…?」
「いいえ、一応契約したのは貴方、仲介人が私、と言うことにさせてもらってます。」
なるほど…。
「それで…改めてどうです?やってくれますか?」
「ベタですが…嫌って言ったら……?」
「殺します。」
おい。シャレんならん。
「是非是非幽霊狩りやらして貰いたいッス!!」
「素直なのって良い事ですよ~。」
どこが素直だよ。脅迫じゃねぇか。
「分かりました。じゃあ…どうしたら良いですか?」
「ジャンヌの話とか…まぁ色々積もる話はあるので電話ででも追って連絡します。」
「了解です。って番号知ってます?」
「はい。」
はい?
「深くは聞かないことにします。怖いですから。」
「賢明な判断ですね。素晴らしい。」
「じゃあ…ジャンヌの事…仕事のこと…その内連絡下さい。」
「はい。分かりました。」
「それじゃあ俺は帰りますね。さよなら。」
「いやいや、ちょっと待ってくださいよ。」
「…?何か言い忘れたことでも?」
「いやいや、言い忘れたっていうか貴方がジャンヌを忘れてますよ。」
「…はい?ジャンヌさんはココで仕事が来るまで待機してると思ってたんですけど…。」
「ウチにジャンヌを飼う余裕なんてありません。」
犬みたいに言うなや。
「じゃあ…?」
「貴方の家で面倒見てやって下さい。」
「はいィ!?」
「大丈夫ですよ。その子凄いおとなしいし、料理だって掃除だって出来ます。というか家事全般出来ます。一家に一人くらいどうですか?」
怖いから量産されてるみたいに言わないで。
「……じゃ、ジャンヌさんが良いなら。」
「ですって。ジャンヌ。」
「分かりました。私の契約者は貴方ですので、貴方を護る為に貴方の家に住みましょう。」
「ど、どうも…。」
「あ、それと。私のことはジャンヌ、でお願いします。喋り方も敬語はやめて欲しいです。契約者の貴方にさんを付けられると…。」
「う、うぅん…ソレはちょっと難しいかもだけど、善処していくよ。よろしく。」
「はい、これから宜しくお願いします。」
こうして、俺の脳天気ライフは崩れ去り、不穏な日常がやってきた。でも、俺はもうこれ以上不思議な事なんて起こらないだろうと思っていた。
しかし、俺のそんな常識的な考えはある日あっさり打ち破られる。
そんな出来事に出会うのはもう少し日が経ってからだった。