表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
喰らい合い  作者: 鳴海歩
5/5

第四話 How To Work #3

だいぶ遅れました!本当に申し訳ありません!


風が強く吹いていた。7月下旬の生暖かい風は、汗をかいた僕のシャツの中を通り抜けて行った。ただ、緊張のせいか、ひどく冷たく感じられた。

僕とジャックは中華街の一つのビルの前に来ていた。ジャックはここについて何も言わなかったが、言わずともわかる。ここは敵のアジト。細長い、汚らしいビルだった。


「さて、ようやくここまで来たわけだ。」


ジャックが呟くように言った。僕は生唾を飲み込んだ。


「準備はいいか?」


僕は小さく頷いた。あまりの緊張でそのまま心臓が止まりそうだった。

ジャックが中に入っていった。僕は右手に持ったグロックを握りしめ、ジャックの後に続いた。

中は予想通り汚かった。入り口に三人たむろしていて、僕たちが入って来たのに気付いた。


「誰だてめぇら!」


三人がそれぞれ銃のスライドを引いた。その瞬間にジャックは三人に銃弾を撃ち込んだ。


神刑執行人パニッシャーだよ。」


僕は言った。ジャックは何も言わなかった。ただ舌打ちをした。

ジャックが階段にさしかかった時、一人がゆっくりと起き上がった。僕はそれに気付き、銃弾をもう一発背中に撃ち込んだ。男は何も言わず、そのまま又うつ伏せに倒れた。

二階は意外に時間がかかった。何故かと言うと、全員がショットガンだのサブマシンガンだの、(こう言っては何だが)腕が追いついていないのに装備だけは良かったからだ。おかしいと思った僕とジャックが部屋の中を調べていると、開けっ放しの金庫が見つかった。そこには案の定、ショットガンやサブマシンガン、ライフルがあった。僕とジャックはニヤリと笑った。さながら、イタズラの準備ができた子供のように。


「最高にラッキーだな。ランボーが見たら飛びつくだろうぜ。」


「いや、弓矢でランボーは十分でしょ。」


「そりゃそうか。ま、俺たちはランボーじゃないがな。」














三階に上がると、僕と同じくらいの少年が長いコートを着て立っていた。髪はボサボサで、顔立ちは、正直お世辞にも整っているとは言えなかった。そして何よりやせ細っていて、見ているこっちの気分が悪くなるほどだった。

こいつが、「青龍」か。


「人は居場所を求める。そして、その居場所に必死にしがみつづける。そこが本当の居場所でなくても。悲しいことに。」


青龍が独り言のように言った。何故かその言葉は僕の心に深く突き刺さった。その言葉は僕に当てはまるような気がした。


「お前が青龍か。本当にガキのようだな。」


「うん。」


青龍が頷くと同時にコートの中からナイフを取り出し、二本構えた。その時ちらりと、コートの中に夥しい数のナイフが見えた。それが見えた時、僕はナイフに釘付けになってしまい、そのせいか青龍がナイフを投げた事に気がつかなかった。

ナイフが空を切る音が聞こえ、後ろの壁の方で大きく、ゴッ、という音が聞こえた。僕の右の頬から血が垂れてきた。


「…今戻るなら見逃してやる。」


僕はその時寒気を覚えた。バーで銃を突きつけられた時以上に。まるで、目の前に熊が現れたように。いや、この寒気は熊じゃない。正に「龍」だった。


「それはお前の判断か?それともボスの命令か?」


ジャックが訊いた。なんの為に訊いたのかはわからない。


「…命令だ。」


「なるほど。だとしたらお前のボスは相当な役立たずだ。」


ジャックは銃を抜いた。











 


俺はさっき「お前のボスは役立たずだ。」と言った。相手を見定めもせずにそれを言うとは、判断力のない証拠だ。いや、ただの馬鹿だ。そうしていると、玄人の狩人が来たとき、ただ兵を失うだけだ。成金とかに有りがちな馬鹿だ。

…もしかしたら、狩人を返り討ちにする熊、いや龍がいるからかも知れないが。だとしても、俺が勝つ。

銃を構えた時、青龍はナイフを投げた。かなり正確に俺の額を狙ってきた。俺はとっさに顔を左に傾けてナイフを避け、冷や汗をかきながら引き金を複数回引いた。

勿論当たる訳がない。ここで当たるなら青龍はとっくに死んでいる。青龍は左側に回り込み、ナイフを構え直そうとした。しかし、コートの中に手を入れる、ナイフを取り出す、ナイフを構える、投げる。いくら修練を積んでもこの四動作フォーアクションには時間が多少かかる。俺はその間に青龍との間を詰め、銃口を突きつけようとした。

が、その時青龍はコートに入れていた右手を出し、振った。瞬間、俺は反射的に後ろに飛び退いた。青龍の右手を見ると、ナイフが握られていた。

危なかった…。なるほど、近づかれた時は元々のナイフの使い方になるわけか。それにこいつ、闘い慣れしてやがる。

青龍がナイフを構え直す。俺も銃を構える。だがさっきも言ったように、ナイフを構え、投げるには時間がかかる。一方、俺は引き金を引くだけ。どちらが早いかは明白だった。

銃口から龍が火を吹き出した。弾は青龍の腹に入り、ナイフが青龍より少し前に落ちた。投げきれなかったのか、落としたのかはわからない。青龍は腹を抱えて崩れ落ちた。














「終わりだ。」


ジャックは言った。その通りだった。青龍はうつぶせに床に倒れこみ、立ち上がる気力すら無いようだった。蝉の抜け殻のように、いや、脱皮した龍の抜け殻のように、そこに龍はもういなかった。

そして微かに、すすり泣くような声が聞こえ、何かを呟いていた。僕は青龍のそばまで駆け寄ると、青龍の言葉に耳を傾けた。その声はか細く、小さく、それでいて深い悲しみが宿っていた。…僕も、父に殴られた時は、こんな風に泣いていた。泣きじゃくろうとしても、傷が痛むのか痛々しい嗚咽を漏らしていた。僕は青龍の泣く姿を見ただけで、この子は僕と同じように虐げられてきたのだろうと思った。


「いつも…僕は…誰も…僕を…もう嫌だ…」


所々声がかすれ、何を言っているかわからなかった。けど、言いたいことは充分に理解できた。僕も一緒に泣いていた。そしてせめて今だけでも気分を楽にしてやろうと、慰めの言葉をかけようとしたその時、一発の銃声が響いた。青龍の頭から血が飛び出した。僕の顔にも血が飛び散ってきた。僕は何が起こったのか理解できず、目を見開いたまま、そのまま動けずにいた。


「行くぞ。」


ジャックの声が聞こえた。僕はジャックを見た。手には硝煙を出している銃があった。僕はその時やっと、何が起こったのかを理解した。


「ジャック…なんで…」


ジャックは何も言わなかった。

僕は納得がいかず、立ち上がった。


「どうして…!どうして…!この子は…そんな…!」


僕は涙を流しながら言った。その涙は、さっきの涙の続きか、別の涙なのか。

ジャックは僕を見て、遠い目をしながら言った。


「そんな、何だ?そんな仕打ちは酷すぎる、か?」


「そうだよ!」


僕はジャックに掴みかかった。ジャックは僕から目を逸らし、また僕を見て言った。


「言っただろう、ジュン。正義じゃねえ、仕事だ。こいつは俺たちの仕事の邪魔だ。だから殺した。」


僕は、納得がいかなかった。いくらなんでも殺す事は無い。邪魔だとしても、動けなくするぐらいでよかったはずだ。頭に銃弾を撃ち込む必要はなかったはずだ。


「ジュン。お前がこいつに同情するのはお前の勝手だ。だがな、まだ仕事は終わってない。弔いだのなんだのは仕事の後だ。」


ジャックはそれだけ言って先に階段へと向かった。部屋には僕と動かなくなった青龍がいるだけだった。僕は、驚いたように見開いている青龍の目をそっと閉ざした。まだ少し体は温かかった。その弱弱しい温度から、青龍…いや、彼の悲しい人生が感じられた。ふと手を見ると、まだナイフを握っていた。しかも力強く。

その時ふと思った。もしかしたら、この這いずりまわるような人生の中で、ナイフが彼の心の拠り所だったのかもしれない。そして理由はなんにせよ、戦う事が彼の、自分の存在理由だったのかもしれない。


『人は居場所を求める。そして、その居場所に必死にしがみつづける。そこが本当の居場所でなくても。悲しいことに。』


彼の言葉を思い出した。彼は、ただ居場所が欲しかったのかもしれない。自分を必要としてくれる場所が。

僕はまた涙を流した。そして、「ごめん。」と呟いた。












俺は踊り場で煙草を出した。あと二本か。また買わなきゃな、と思い、少しイライラした。

そんな仕打ちは酷すぎる、か。

俺はな、ジュン。ああいう奴らに必要なのは、慰めでも同情でもなく、勲章だと思っているんだ。こんなくだらない最低な世の中で、最後まで戦い抜いた、という勲章がな。俺はそれをやった。一発の弾丸に込めてな。

それにこれからこんなことは腐るようにある。まるで人がゴミを道端に捨てるようにな。それらにいちいち泣いてたんじゃ、嫌になってくる。だから慣れるしかないんだよ。

…こんな時に吸ったって不味いだけだってのに、なんで吸うんだろうな、俺は。これが俺の慣れか。

ジュンが階段を上ってくるのが見えた。あの様子だと、一応は治まったみたいだな。俺は八割がたのこした煙草を、嫌な気分と一緒に踏みつぶした。そして手に入れた武器はあのくそデブに使う事に決めた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ