プロローグ
なんていうか、ジャンルとしてはアクションなんですが、冒険にしました。
では、よろしくお願いします。
「おもしれぇ。おい小僧。うちで働かねえか?」
金髪の、無精髭をはやした中年の外国人は、僕にそう言った。返り血でいっぱいの僕は、ただ呆然と立っていた。恐らく死んだ魚のような目をしていたろう。何も言わず、ナイフを強く握ったまま…
発端は些細な事だった。いや、父(あれを父とよべるのか疑わしいが)にとっては些細ではなかったのかもしれない。競馬の予想は大ハズレ、それに加えて僕がビールを買い忘れていたのが原因だろう。帰ってきて冷蔵庫の中を確認したとたん、いきなり僕を殴ってきた。
僕はたまらず家を飛び出した。父はナイフ(これで母さんを刺した)を持って追いかけてきた。
外は雨が降っていた。すぐにワイシャツはびしょびしょになった。靴もはかなかった。雨の音が、僕の叫びをかき消していた。もしも冬だったら、凍えてしまっていただろう。
十分ほどわけもわからず走りつづけた。路地裏に逃げ込み、座り込み、もう大丈夫だと思った。だが違った。僕は追い込まれていたのだ。路地裏まで父が追ってきた。僕をみつけた途端、にんまりと不気味な笑いを浮かべた。ナイフをくるくると回している。僕はもう体力はなかった。殺すなら殺せと思った。
しかし、あの野郎は信じられない言葉を吐いた。
「父さんはお前を愛しているんだ。母さんのように。家に帰るんだ。話はそれからだ。」
…なんだと?自分の酒癖が母さんを苦労させ、殺したというのに、“母さんのように、愛している”だと?
ふざけるな。
母さんを侮辱された、そう思った。その瞬間、激しい怒りと憎しみが湧き上がった。
僕は叫びながら突進し、ナイフを力ずくで奪い、腹を刺した。油断していたのか、父は一瞬何が起こったのかわかっていないようだった。腹の傷口を確認すると、僕を怒り狂った目で見た。
「この…クソガキがあっ!」
父が僕の服を掴んだ。僕はナイフに力を入れた。
ぬるりとした感触。体の隙間から、血が滴り落ち始めた。必死の思いで、ナイフをねじ込む。気がつくと、刃渡り十センチほどのナイフは根元まで入っていた。さらに服を掴む力が強くなった。僕はナイフを引き抜いた。血がほとばしり、僕の白いワイシャツを赤く染めた。すると、すぐに父は倒れ、死んだ。それで終わりだった。
雨は止む気配がない。世界は自分を捨てた。昼間はうるさかった蝉の声も、何も聞こえない。
…なんだ?この無力感は。これで終わりなのか?こんな簡単に、全部を失えるものなのか?
「ハ、ハハ、ハ…」
渇いた笑いが出てきた。いや、それしか出てこない。これで、誰も僕を知らない。僕は孤独になった。その時、実は僕は泣いていたのだが、雨のせいで、また、あまりの脱力感に、目が熱くなっているのもわからなかった。
その時だった。路地裏にはいって来た人がいた。傘を差している。
「ほー、今日びの日本でこんなものがみられるとは。やっぱどの世界にも同じようなやつがいたんだなぁ。」
外国人だった。多少の違和感はあるが、流暢に日本語を話していた。4、50代の男だった。僕はただぼうっと見つめていた。男は、僕をみて言った。
「なに人生に絶望しているみたいな目をしているんだよ。…まあ、昔の俺もそうだったのかも知れないな。…おもしれぇ。おい小僧、うちで働かねえか?どうせ身寄りもないんだろ?そうすれば、最高にハイでクールな事を味わえるぞ。」
これが、ジャック・ストラントとの出会いだった。