第4話 なんてめんどうな
武道館のコンサートから、やっとトロトロと日付が変わってから帰ってきました。
うまいこと更新できるといいなあ。
あの町はずれの、海と隣り合わせのように建っていた加工場の脇に、もたれるようにして死んでいるのが発見された男は、やはり斉藤に間違いがなかった。
死因は銃創による失血死だった。
新聞に大だい的に取り上げられて、しばらく巷をにぎあわせていたが、吹く風に、海の町独特の、塩が混じったような、ほんの少しねっとりとした重さと、べたつきを感じるような風が冷たく感じるようになった頃には、もはやその騒ぎも忘れ去られていた。
そうしてやっと、めんどくさがりの私も重い腰を上げ、斉藤が倒れていた現場に、あまり詳しくは知ろうとしなかったせいで、どこらへんで死んだのかわからないので、自分で適当に決めた場所に腰を落として追悼した。
元は倉庫の建物が2つある境目の隙間にその身を押し込んで、建物の壁に、斉藤が発見された時と同じように、もたれかかる。
狭い隙間から見る夕闇は、この暗い狭い場所から見上げると、はるかかなた、まるで手の届かないものの象徴のようだった。
そっと手を天に伸ばし、一度きつく目を閉じて、しばしじっとして、私は静かに斉藤に別れを告げた。
そこにしばらくいたが、既に自分の興味は、松林の中から見える、この町にある通称ケーキ山と呼ばれる小さな山に行くことに移っていた。
イチゴオレのパックを、今まで座っていた場所に置き、本当にそれで私の中から、斉藤という思い出は消えて行った。
ところが、それからしばらくして、私の家に、数人の男がやってきた。
私が学校から帰ると、うちの店で、どうやら私に会うために待っていたとの事だった。
あまり、いや、ほとんど他人に関心がないので、その男たちを見た私の印象は、ちょっと年取っている男に、30くらいに見える男、それより幾分かは若い男、そんな感じだった。
珍しく常連たちの姿がないのに、店に入ってすぐ気が付き、それと同時に、母のあんたにお客さん、の声だった。
信じられないことに、うちには、家人専用の玄関なんてなく、店を通り抜けて家に上がるのだ。
お客だというので、そのまま私は、その客人たちに目線を動かし、「何の用ですか?」と視線で促した。
挨拶を見ず知らずの人間にするなんて、ひどくめんどくさくて嫌だった。
母が、「ちゃんとご挨拶しなさい。」なんて、私に言ってきたので、それなりに金回りのいい人間なんだろうと思った。
私は母がうるさいので、おざなりに、ぴょこんと頭を下げた。
そうして彼らは、それぞれが名乗った。
少し年配のラフなトレーニングウェアに身を包んでいるのが、兵頭圭吾、何と日本屈指の裏社会の組織のトップだそうだ。
斉藤は彼を庇って撃たれたらしい。
そして30がらみの、ぴしっとしたダークスーツを着ている男は、その息子。
あの若い男は、斉藤直々の下についていた男だと言う。
斉藤を直属の部下として悼む男に、兄弟分として惜しむ男、そして崇拝していたという男がここにやってきたわけは、斉藤の遺産は全て私に、との事を知らせるためだった。
斉藤が、本当に親しい信頼に足る数人には、常々、私の話しをしていたと教えてもらった。
自分の夢は、私を早く引き取り、私を守りながら一緒に暮らしていきたい、と、彼らに話していたのだった。
そこで、周囲が落ち着くのを待って、それと同時進行で、私を引き取る準備をしていたのだ、とも言った。
母親には、私が学校から帰る前に、了承をいただいた、と、それはもう組織のトップの方がニコニコしながら言った。
全く、我が母ながら娘をいくらで売ったのか、まあ、いずれ今回の事がなくても、どこかのエロじじいに私を売る算段をしていたらしい。
この間リカちゃんが、「そろそろあんた売られそうじゃん。」と酔っぱらいながら教えてくれたのだ。
私だってバカじゃない、別に何がどうなっても大したことじゃあないが、いかんせん自由がないのは、絶対ムリだ。
この家から逃げ出す算段をしていたのは確かだ。
けれど、これは違うだろう。
私は店の入り口に立ったまま、「おかまいなく。」と返事して、そのまま背を向けて、そこから逃げた。