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しゃーないな  作者: そら
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第2話  バイバイが多くてめんどうだ。

私はあまり学校には通わないが、時々むしょうに給食が食べたくなると、こうして町に一つだけある中学校にやってくる。


そこで机にぺたっとして惰眠をむさぼりながら、給食の時間を今や遅しと待っている時に、斉藤の話題が、酒屋の息子の口から飛び出した。


基本、クラスメートの顔は知らないが、井口酒店の息子の顔だけは知っていた。


うちの店に時々、家の手伝いで配達にくるから。


酒屋の息子は、身元不明の男の遺体が海辺のひもの加工場の倉庫のそばで発見された、と声高にしゃべっていた。


それにどうやら加工場の息子が、朝、うちのじいちゃんが倉庫に行くときに発見したと、これに重なるように話し出す。


わあわあ集まり話すクラスメートたちは、まるで、どこぞのアイドルの話しをするように、目をキラキラさせている。


私は目をつぶったまま、給食当番早く来い!そう思っていた。


念願の給食を食べた私は、さっさとお盆をかたづけると、もう用もない教室を出る。


その時、教室の中から幾つものさすような視線が追いかけてきたが、私は全然気にせずに、とっと教室を出た。


下駄箱に向かう途中、教師の幾人かに出会ったが、彼らは何も言わない。


お互い上手にスルーする。


これがあの教室にいるクラスメートにもできればいいのに、子供の「正義感」とやらの、別名「何であんただけ」のせいで、ひんぱんに文句を言ってくる時がたまにある。


本当にめんどくさい。


私はほとんどしゃべらないので、最後は何やらわめいている感がするが。


昔は中学校などいかずとも、義務教育とやらで、すんなり卒業だけはできたらしい。


シゲさんたちは、羨ましいことに酒にばくちに女であけくれて学校なんぞいかなかった、と言っていた。


何ていい時代だったんだろう。


昔の高度成長期に子供だった人は、上手に置き去りにされたようで、本当にうらやましいかぎりだ。


ところが、今は義務教育とて出席日数が足りなければ、そのまま夜間中学に通わなければいけない、とゲンさんが私に教えてくれた。


「テストなんて0点でもいいから、出席だけはしろ!余計めんどくせーぞ!」


と言うので、ギリギリ大丈夫くらいには、学校にはいっている。


ゲンさんは30すぎの、ちょっと長髪を、頭の後ろでしっぽのようにむすび、かすかに茶色がかった目を、ゆるゆると揺らしながら、どこか遠くを見ているような男だ。


時々酔っぱらっては、こうして私に、いらん知識を授けてくれる人でもある。


元どこぞの有名な学校の先生だったと、同じく店の常連のロクさんが言ってたのを聞いたことがある。


女ではなく男にひっかかって、ここに流れてきたらしい。


どちらがかっこ悪いのか考えるところではある。


不思議な事に、うちの常連さん達は、皆昼から毎日のように、店に入り浸ってるかと思いや、続けて数か月も行方がわからない時もある。


そうして、そのまま消えていく常連も多々いた。





私は、家にはまっすぐには帰らずに、海辺に向かった。


斉藤が発見されたという倉庫とは少し離れた寂れた小さな公園とも呼べない、その場所に向かった。


ブランコが2つあるだけのその公園の、すぐ後ろの松林に入った場所に、小さな四角いコンクリートの建物がある。


元は休憩所だったのかもしれないが、今や屋根の一部も崩落して、暗い松林にその灰色の姿をさらしている。


人が二人もすわればいい、中に、しつらえてあるむき出しのコンクリートのベンチの上に、私は制服も気にせず、コロッと横になった。


天井の屋根の壊れた所から、まるで絵画を切り取ったかのように、青い空が見える。


遠く波の寄せ返す音を聞きながら、ここでぼーっと過ごすのが好きだ。


私は、教室で話題になった斉藤の事を思った。


斉藤は順調に出世して、この小さな海辺の町を数年前に出て行った。


華々しい都会の匂いをまきちらした宅急便が、年に数度、忘れたころに、私宛に斉藤から送られてきていた。


洋服などは興味もないので、放っておいたが、何故か毎年12月24日に冷凍で送られてくるケーキの事は気に入っていた。


ふと、突然、ああ、これからは食べられないんだな、そう私は思った。


私は携帯などもっていないし、夜もふらふらこんな感じで過ごしているので、夜明けの海から家に今朝いつものように帰ったら、まだ常連のシゲさんとリカちゃんがいて、一緒に酒を飲んでいた母から誰かから電話あったよ、と言われた。


私の今日の目標は「給食を食べる。」だったし、それに、電話をかけてくるような相手など思い当たりがなかった。


店の常連などそんな電話代があれば、飲むか打つかに使う、その、たしにするだろうし、中学のクラスメートとなど、口をきいたこともない。


私が2階の三畳もないような、皆が言う所の自分の部屋、通称「番小屋」に入ると、今ようにしゃれた言いかたをすれば、「ロフト」か、そこで制服に着替えていたら、シゲさんが、酔っぱらいながら上ってきた。


「ヤス、ほら。」


そう言って差し出されるのを見ると、それはシゲさんの携帯だ。


シゲさんは私の着替えをじっくりとみながら、


「女の体になってきたなぁ。」と人の胸を平然と見てきた。


私が何だ?と見ると、留守電再生、そう一言言って携帯を私に渡した。


「何度か店に、ヤスいるかと電話きたから、3度目に俺が出たんだ。怒鳴ってやろうと思ってな。」


「そしたら聞き覚えがある気がしてよぉ。で、あの斉藤さんだった。」


「立派に出世した、あの斉藤さんだからなぁ、お前。こっちも恩を一つでも売っておこうと、俺の携帯の番号教えて、留守録させたんだ。」


相変わらず私の着替えを眺めながら、ニヤニヤするシゲさんは、私に、聞け、とまた差し出した。


それに、めんどくさいと思いつつ携帯尾を耳にあてると、確かに聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「・・・・康子、相変わらずだなぁ、お前、今どこにいる?」


「どうせこの浜のどこかだろう?なぁ。」


そう言ってくつくつ笑う声が聞こえた。


そのあと苦しく咳き込む声も。


「ちいっとポカしちまってなぁ。こりゃダメだとわかったとたん、どうしても康子に会いたくなって、車飛ばしてきちまった。」


「心配する上や、俺を慕ってる下には、一応連絡いれとくべきなんだろうがな、お前に会いたくてふっとんできちまった。」


「ここは、あ~、ホラお前に見せてやった、あの倉庫だ。」


「すっかり綺麗に塗装も塗り替えてんのな。」


「俺は忘れちゃいねえぜ。なあ康子、お前もだろう?」


それはそれは、甘い蕩けるような声で斉藤はうっとりとため息をつきながら言った。


「ここで、お前と二人、お前のクソ親父をヤッタんだからなぁ。」


またしても、くつくつ笑う声が聞こえた。


「なあ、康子、会いてぇなぁ。こんなことになるなら、無理して、我慢して、康子が大きくなるのを待たねえで、俺が出る時、連れていきゃあ良かったなぁ。」


それからも斉藤は何か言っているようだけど、康子は、人の胸に今にも頬ずりしそうなシゲさんを蹴飛ばして、倒れたシゲさんの上に携帯を放り投げ、さっさと給食を食べる為に家を出た。


それが朝の事だった。


確かに斉藤は自分にとって、忘れる事のできない男だった。


「ハンバーグ・カレーライス・ケーキ・・・・。」


斉藤が教えてくれた食べ物の数々を、暗いコンクリートの中で、ぽっかりとあいた、そこだけ明るい切り取った青い空をみながら思い出す。


斉藤はそれだけじゃなく、ギャンブルの数々と共に、その裏をも教えてくれた。


そして堕ちていく人間も同じくらい康子に教えた。


その中には康子の父親もいた。









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