縁結びの神様~宰相、部下をスカウトする~
(ほうほう、噂に違わぬ美丈夫だな、我が国王殿は。)
本日は国王陛下の在位10周年を祝福するパーティである。
零落したとはいえ私の家は王家の傍流であり、国王陛下の遠い親戚でもある。今回はそれに加え、国の要職に就いた伯父からの推薦という形で招待券を1枚融通してもらったのだ。
もっとも、当初このパーティに出席する予定だったのは、私の従兄弟にあたる人物だった。3日前に急に高熱を出し、大事をとって私が代理で出席する運びとなった。従兄弟が楽しみにしていた姿を見ていたので哀れには思ったが、パーティに病人を連れていくわけにもいくまい。門前払いを食らうだけだ。
だが私も、アカデミーが休校で無ければ断っていただろう。私だって暇ではない。卒業論文も書かなければいけないし、期末試験だって迫っている。
このパーティでコネを作って玉の輿になろうと張り切っている令嬢も多いみたいだが、男の私が、既に一般庶民と殆ど変わらないところまで零落している我が家を再興するだなんてことはあり得ない。
ことあるごとに、過去の栄光を私に説き伏せる親の目の前で言ったら泣かれるかもしれないが、ナンセンスな話なのだ。
せっかく一般階級になれて、安定した普通の生活を送ることができているのに、その幸せを手放すなんて、よっぽどの馬鹿者がやる行為だ。どんなに権力やお金がもらえても死んでは意味がない。普通の日常は替え難いものだ。常に暗殺を意識して動かなければならない上級階級になど、真の安寧があるわけがない。そこを両親は理解していないのだ。
(……ふむ。王の顔を見た後に他の者を見ると、流石に落ちるな。)
パーティには自国の上級階級だけではなく、近隣諸国の人間も招かれている。
凝ったドレスと、それを着る美女を眺めるだけで目の保養ではあるが、時間が経過するごとに早く家に帰りたいという気持ちが強くなってくる。通りすがる人通りすがる人、全ての人が名のある人物である。話しかけられて無言というわけにはいかない。しかし、何を喋るというのだ。このような場には参加した経験が少ないため、勝手がわからない。
(おっ、国王陛下が動いた。)
さあて、じっくりと眺めさせてもらうとするか。
一介の学生身分では到底顔を拝見するほど近寄れる方ではない。学校の仲間に話すネタにはいいかと思い、野次馬根性で1時間ほど前から遠目に見続けていたが、取り囲む人の群れが多すぎる。あきらめかけていたところ、偶然その群れの中に突入するメイド軍団が現れ、先ほどようやく垣間見ることができた。
人外なまでに整った顔も見ごたえがあるが、他者を圧倒する覇気を纏っている、その姿。国民の1人として自慢したくなる。
(ここまで国が平和になってきたのだ。国王としての技量もうかがえるものだ)
でなければ、一般庶民まで祝賀ムードになるわけがない。城下では浮足だった人々が、乾杯をしている姿をあちこちで見かけた。
現在の国王が若干15歳で就任した当時は、国内は疲弊し荒れ放題だった。一時は国という存在が解体され、無法地帯になるのではないだろうかと諸国から危惧された地域でもある。それが時を経て、ここ数年でようやく国力が回復してきたところだ。
私が幼き日に見た戦火は恐ろしいものだった。迫りくる炎、そして敵兵が町を蹂躙するその様子。偶然町に遊びに来ていた私は伯父上が助けてくれてなんとか生き延びたが、その町の住民は9割が虐殺されたと聞いた。未だにあの時の事を思い出すと身震いがする。
「兄上ぇ!こちら、ネルのお刺身ですよ!こっちには僕の大好きなケーキもあるんです!」
「レオン、わかったから口に食べ物をいれながら喋るな。食べ終わってからならいくらでも言いなさい。」
「はい!!わかりまふた!!」
…モゴモゴと頬いっぱいにケーキをむさぼるチビっ子に頭が痛くなる。いったいどうゆう躾をしているのだ。
このチビっ子は、実の弟ではない。伯父の息子だ。昔から私に懐いている。私のことは実の兄のように思っているみたいで、何か気になる事があると母親より先に私に聞いてくる。先ほど宰相と打ち合わせをしてくると言って伯父に世話を頼まれたのだが、やんちゃでちょっと見逃すと何をしでかすかわからない。
まだ年齢が幼いので、視線も痛くはないが、こういったパーティの食べ物は基本的にお飾りであるので、そうバクバクと食べて良いものではない。せめて食べるスピードを遅くしてもらわないと目に余ってしょうがない。レオンが食べる姿を見ていたら、小腹がすいてきたので私も一緒に食べようかと思ったのだが、そうもいかないようだ。
厄介なお客さんが近づいているのを視界にとらえ、軽くため息をついた。
「久しぶりね、フォルス。」
「お久しぶりです、ルナ叔母さん。」
互いに軽く会釈する。
……しかし、叔母さん。似合ってるけど、深紅のドレスはどうかと思うよ。
「学業のほうは優秀な成績で卒業できそうだという話ね。私達も鼻が高いわ。」
ルナ叔母さんは、ねっとりとした笑みを浮かべた。
ああ、すっごい嫌な予感がする。
「そう言っていただけるなんて光栄ですね、」
警戒しつつも、そう答える。
「そろそろ貴方もお嫁さん見つけないとね。相手がいないのなら、良い子を紹介しましょうか?」
「いえいえ、愛する者は自分自身の手で見つけたいですからっ。」
余計なおせっかいです!と、心の中で反発しつつも無難な回答をする。
伯父夫婦とは出逢う度に、この会話になる。人の良い伯父さまは、本当に心配してくれているのだろうけど、有難迷惑というものだ。
「『氷』のフォルスが来てるって本当なのか?」
「私の自慢の甥っこです、宰相。」
突然、凛とした声が響いて、声がした方に首を曲げると、伯父がいた。
伯父が誰か知らない人と喋っていたように聞えたのだが、と疑問に思っていると、伯父さまの大きい図体からひょいっと出てきた人物に驚愕する。
宰相。
このパーティの主役である国王陛下の右腕とも言われる、『戦慄』のリシェ様だ。闇と風を操り、噂では一個兵団一千人を単独で倒せるほどの実力者だと聞く。
国王の信頼も厚く、その権力基盤は国内外にあると言われているがー…
颯爽とこちらに近寄ってくる。カツカツと音をたてて、艶やかな黒髪が風に揺れる。全身黒尽くめだ。肩には金の刺繍が施されており、見るからに上質な生地を使って仕立てられている。その服は宰相の正装であるが、きっちりと着こなされている。宰相の容姿にあわせて、新調されたのだろう。5年前に前宰相がこの服を着用してるところを見たことはあるが、ここまで見目の良くなる服だとは思ってもいなかった。
リシェ様の薬指にはめている指輪が太陽の光を反射して輝く。おそらくは国宝級の代物で、大粒のブルーサファイアだ。女性なら泣いて欲しがる指輪だろう。
私が宰相を拝顔したのは初めてだが、なるほど、見た者をハッとさせるほどの美貌だ。
そして、有無を言わせぬその才気溢れる雰囲気は、あの国王を戒める事が出来る唯一の人といわれる宰相として、相応しいものだった。
……どうりで伯父さまがこちらに来た途端に人が増えたわけだ。
会場中の視線を浴びながら苦笑いをする。
「ふふ。『氷』を操れる者が国内に出たと、噂になっていたから暫くたつが、以前より気になっていてな。今日この場に来ていると知って、居ても立ってもいられなくなった。校長の絶賛ぶりは凄まじかったぞ。100年に1人の逸材とか言ってたな。出来たらで良いが、実際に見せてもらえないか?」
「今ここで、ですか?」
あまり見世物になりたくなかったが、宰相にお願いされて拒否できるはずもない。周囲も期待のまなざしで私を見ている。
…しかし、魔法のアカデミーに通っているというのに、情けないことだが未だコントロール出来ていないのだ。間違えると怪我人が出る。
「もしコントロールできないのであれば、私が風で叩き落とすから、安全だろう?」
私の心をくみ取ったように、宰相は語りかける。宰相ほどの熟練者がサポートしてくれるというのならば、安全だろうが…。
「はい、それなら可能です。…すみません、お水もらえますか。」
メイドさんにそう言って、水が入ったグラスを5杯確保する。
懐の中にも水は少量持ち合わせているが、それは護身用であり、人前で披露するには足りない。
「じゃ、これをですね…伯父さん、水をこぼさないように、もうちょっと高い位置に持ち上げてもらってもいいですか?」
「容易いもんだよ。」
伯父の風がグラスを空中に持ち上げて静止する。これだけの動作でも、かなりの技術が必要とされる。
今ではただのおでぶさんだが、若い頃は名をはせた魔法憑きだったらしい。
「そこでいいです。ひっくり返してください。」
「はいよ。」
勢いよく流れてきた水に向かって精霊達に指示をする。あとは自分の頭の中のイメージ次第だ。ピキピキっ、と空中で凍る水に、会場内がざわめく。
空中内の水分を凝結して凍らせたが、水を集めるのが苦手なので、やはり予想範囲外のところにも氷が出来る。氷の破片とグラスが落ちてくる前に宰相様が風を操って安全な場所に落下させてくれたから良かったが。
「ほう、これは見事だな!」
宰相は興奮して歓声を上げた。
いやー、美人の笑顔をこんな間近で見れるなんて役得ですな。
「引きこもりがちな王の妹君にも見せてあげたいものだ。」
……いやいや、陛下が聞いていないとは言え、不敬罪ですよ、宰相!
「ええ、機会がありましたら、ぜひ。」
心の動揺を抑えて、にこやかに作り笑いを浮かべる。
嘘も方便。誰がもう1回逢いたいものか。私はあと1カ月後に他国へ留学という段取りになっている。
「……気にいったから、陛下に言って私の部下にしてもらおうかな。」
「おや!宰相自らが陛下にお願いしたら、陛下も諾といわれる事でしょう。」
「陛下のせいで人員不足に陥っているのだから、このぐらいの人員補充は認めてもらわないと私が過労死する。」
「本来10名のところが3名しかおりませんからねえ。」
「と、いうことだ。フォルスと言ったか?お前、私の部下になれ。いいな?」
宰相は、有無を言わせぬ威圧感を携えて私に言い放つ。
って…………ええええええええ!
「も、申し訳ありませんが、1カ月後に留学する予定にー…」
「私直属の部下になったら余所で留学して学ぶよりも、勉強になるぞ。国の禁書扱いの本も借りれるし、魔法を学ぶ上で利点は多い。それに、私や他の国付きの者から学んでも良かろう。属性は違うが、魔法憑きにはかわりない。」
うぐッ。確かにこの機会を逃したら、ここまで条件の良い話は舞い込むかどうか微妙だ。あれだけ努力しても未コントロールの氷魔法。無駄に魔力が高いため、扱いが非常に難しくて学校でも危険人物扱いだった。…本来なら弟子にしてもらうという方向性もあったが、『氷』の属性を持った術者が国内にはおらず、留学という形にしたのだ。
しかしこの話をひとたび受諾してしまえば、普通の生活とかけ離れた人生になるのは間違いないだろう。
「有能な女の部下もいるが、結婚したり出産したりで辞める者も多くて安定しなくてな。長期的な観点からも、せめて1人は男を私の部下に加えないといけないと前々から思っていたのだ。私も女だから、どうしても女視点でものを考えてしまう傾向があってな。どうだ、私の仕事を助けてもらえないか?」
宰相の猛烈なお誘いには、思わずノドから手がでそうになるが、他の人ならともかく、『戦慄』とまで称される宰相直属の部下は困る。なぜ『戦慄』なのかというとその戦闘能力も理由にあげられるが、宰相にちょっかいをかけると『王』自ら制裁をするとの噂だ。そのため、宰相の部下は女性以外いないという逸話を聞いている。
この力を上手くコントロール出来るように勉強には励むつもりだが、罷免されて路頭に迷いたくない。
「王は寛容だぞ。何せ女である私を宰相にしてるぐらいだしな。」
いえ。貴方様に関してだけは狭い心なんだと思います。泣く子も黙る、その国王陛下が今、殺意のこもった目で私を睨んでいるのを見たら、とても部下になりたい気持ちも萎えますが。
その事を伝えると、宰相は笑い飛ばして言った。
「もし陛下が、お前をクビにするというのなら、私もクビにしろと言うから安心しろ!」
隣で話を聞いてた伯父が、飲み物を吹きだした。
気持ちはよくわかる。
ここ数年で格段に生活が良くなったのは、この宰相の力がとても大きい。宰相はこの国の宝とも言って良い人だ。宰相がいなくなったら、この国はどうなるというのだ!ただでさえ貧乏な我が家がさらに貧乏になるではないか!
私が反論すると、宰相は腕を組んだ。
「なぜだ。上司が雇用の責任を持つというのは当然だ。それに、いい加減、私も腹に据えかねているのでな。」
極寒の笑みをたたえる宰相に、リシェ、と声がかかる。
陛下だ。
もう声すら出せなかった。




