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二人の理系と一人のバカ ラプラスの悪魔

作者: こますけ
掲載日:2026/02/11

 AI回答によれば、ラプラスの悪魔とは、宇宙に存在するすべての原子の位置と運動量を完全に把握し、物理法則に基づいて未来のあらゆる出来事を予測できる存在であり、ある瞬間の宇宙の全情報を知ることで、過去から未来まですべてを計算し尽くせるという仮説に基づいている。


 その日も、N君S君Rの3人は、酒を飲んでいた。

 自分が代表を務める劇団の公演が無事終わり、その手伝いをしてくれていた礼をしたいからと、Rが例によって自宅に二人を招待したのである。

 とはいえ、Rときたら、用意したビールをぐいぐい飲むのはもちろん、二人が持ってきた手土産にも遠慮なく手を出し、追加の分は堂々と二人に買いに行かせる始末。お礼の会のはずが、これでは普段の飲み会と全く変わらない。

 が、N君もS君も、その状況に取り立てて文句をいうでもなく、和気藹々と楽しんでいる。結局この三人、何かというと集まり、酒を飲むのが好きなのである。

 ただ、この時の飲み会は、少々様子が違っていた。

 いつもはずっとにやにや笑いを浮かべ、二人の話を聞きながらビールをあおるのが「Rスタイル」なのだが、この日に限って(ホストのくせに!)ずっと浮かない表情で、しんみりとしているのである。

「お、R。なんだお前、珍しいな、酒の席でムッツリ顔なんて。どうかしたのか?」

とS君が冷やかし半分に水を向けると、

「いや、それがなあ……」

とRも重たい口を開く。

「今度劇団に入った新人が、ちょっと困ったやつでさ。ほかのメンバーから浮いちゃって、

困ってるんだよ」

 困ったヤツの元締めのようなRが、力なく愚痴をこぼす姿が面白かったのか――それとも、「ようやく僕たちの苦労が分かったか?」とやや痛快な気分だったのか――N君も興味ありげな顔をする。

「なにが原因で、そんなに浮いちゃってるの?怠け癖があるとか?」

「いや、むしろ逆でね。黙々と、人一倍よく働くんだよ」

「へえ」

「飲み込みは早いし、劇団に入る人間にしちゃ珍しく、きちんと時間も約束も守るしね」

「へええ、逸材じゃないか。頼りにされることはあれ、それでなんで浮くんだい?」

 本格的に興味を持ったのか、N君が身を乗り出す。と、Rは浮かない顔を通り越し、あからさまにしぶい顔となった。

「それがさ、問題は、終わった後なんだ。うちの劇団、団員が学生ばかりで慣れてないこともあって、公演後は必ず反省会を開き、後に活かすようにしてるんだけど。その席で出てきた問題点について、そいつがね、いちいち、言っちゃうんだ。『そうなるのは分かってました』ってね」

 N君、大きくうなずきながら、乗り出していた状態を後ろにのけぞらした。

「そっかー。そりゃ、かなりむかつくだろうね」

「そうなんだよ。言われた奴ら、みんなムッとしちゃってね。『そうなると分かってたんなら、なぜその時に言わないんだ』って詰め寄っちゃってさあ。必死で止めたんだけど、その最中にそいつ、なんて言ったと思う?」

 N君が目で先を促すと、Rは「そいつ」のモノマネであろう、しれっとすました表情を作る。

「『言ったところで、どうせ僕の話なんてまともに取り合ってくれないでしょうから、言わなかっただけです。今まで、中学高校でもずっとそうでしたから』だってさ。それで、みんな余計に怒っちゃって。あやうく暴力沙汰になりかけて、もう大変で大変で……」

 始末に負えないと言わんばかりの顔をするR。N君がケラケラ笑う中、それまで黙って聞いていたS君が、にやりと笑った。

「なるほど、ラプラス野郎か。そいつはめんどくせえな」

「ラプラス!?ああ、確かにそうだね」

と、N君もうなずく。

「なんだ、そのラプラスってのは?」

Rが興味ありそげな顔をすると、S君、ゆっくりとうなずいた。

「ラプラスの悪魔っていう、思考実験上の存在がいるんだよ。そいつは、ある瞬間のありとあらゆる粒子の位置と速度を知ることができるっていう、すごい能力の持ち主でな。それの結果、未来がどうなるか、完全な予測が可能なんだ」

「へえ、すごいな」

「実際には、不完全性定理っていうのがあって、現状を全て正確に理解することはできないん。だから、ラプラスの悪魔は存在できない、っていうのが現在の定説なんだけどね」

そうN君がつけ加えたところで、S君がうなずく。

「そういうことなんだが、その新人野郎は、きっとその事実を知らないんだろうな。だから、ラプラス気取りで、「僕はそうなるのを完璧に予測してました」なんて言うんだろうさ」

 うんうんうなずきながら聞いていたR、そこでふと考えこむ。

「なるほどねえ。確かに、うちの新人、その悪魔ちゃんとよく似てるねえでもさ、それじゃなんで、あらかじめ忠告しないんだろ?わかってるなら、先もって言ってくれりゃ、みんな助かるのにさ」

「そりゃ、お前、そんなことしたら威張れないからだろ」

「威張る?」

「ああ。そいつが忠告したとするだろ?そしたら、不測の事態が起こっても、落ち着いて対処することができる」

「うんうん、いいじゃん!」

「ところがな、人はそうは考えない。この程度なら、対策を立てなくてもうまく対処できたんじゃないかって思うんだ」

「あー……、確かに、そう思うかも」

「するとそいつは、ただの口うるさいお節介野郎ってことになっちまう。後から『分かってました』なんて、うそぶくこともできねえ」

「なるほどねえ」

「どうせ嫌われるなら、せめて「自分は先見の明のある、聡明な人間だ」アピールぐらいはしたいんだろうさ」

「そう言われると、確かにそうかもなあ。なるほどねえ……」

 しきりに感心するR。その横で、N君はしかし、首をひねっている。

「でも、どうなんだろうね。僕なら、先に言ってほしいかなあ。それでトラブルが回避できるなら、すごくありがたいわけだし」

「そうか?でも、いちいちそんなこと言われてみろよ、最初はありがたく思ってても、そのうちきっと……」

 そんな話をしていたところで、唐突にヲタク御用達のアニソンが、大音量で鳴り響いた。 ぎょっとして机の上を見ると、Rのスマホが甘ったるい作り声でがなりながら、うーうー震えている。

 その画面を一目見るなり、Rは顔をしかめた。

「ちょっとごめん」

そう言うと、スマホをつかみ取るなり、となりの寝室の方へ歩いて行く。

 なんとなく耳をすましていると、しばらくの間、ああ、はい、うん、いや、と必要最低限の返事をうざったそうにしているRのくぐもった声だけが聞こえていたのだが……やがて、Rがニタニタしながら部屋へと戻ってくると、唇に人差し指を当てて2人に声を出さぬよう指示したた上で、スマホをそっとテーブルに置き、画面を一押しする。

 途端に、スマホからガラガラした感じの関西弁がほとばしった。

「ちょっとアンタ、聞いてますか?どうせアンタのことやから、何回言うてもすぐ忘れてしまうますやろ、分かってます!せやから、もう一度言います。前々から分かってましたけどな、今回の芝居を見て、私確信しました。アンタには、芝居の才能は全くありません!断言します、これ以上いくらやっても、アンタの芝居は絶対に売れません!」

 はじめ目を丸くして聞いていたが、この辺で二人にも理解が訪れた。

 Rの母親の声なのである。

 この方、なんとも強烈な御仁で、今回二人が芝居を手伝いに行った時も、運悪く芝居を見に来ていた彼女と鉢合わせし――というか、顔見知りを探していたらしき彼女にロックオンされて――逃げ出す隙のない強烈な関西弁マシンガントークに10分以上つきあわされた。

 悪い人ではないのだが、強引で、自分の意見を絶対に曲げず、思ったことは口にしないと気が済まない、典型的な大阪のおばちゃん、といった感じの人なのである。

 その母親が、体裁を飾ることなく話すとどうなるか……改めて二人は、興味津津と言った目つきで、テーブルの上のスマホをじっと見つめた。

「こうなることはずっと前から分かってました。アンタはなあ、なにごともコツコツ努力して積み上げて、それでようやっと人並みのことができる程度のオツムしか持ち合わしてませんのや。それを、なにをトチ狂ったか、芝居とか、演出とか、うまくいくわけありませんやろ。ええか、悪いことは言いません、今すぐ劇団なんか辞めて、大阪戻ってきなさい。その方が絶対あんたのためになる。ええ、断言します。私には分かりますんや、この先のあんたの姿が。いくら続けてもまるでものにならず、40過ぎても50過ぎても結婚もできず、その日暮らしの酒浸りで、いつか一人野垂れ死ぬあんたの姿が、目に見えてますんや。今ならまだ間に合う、こっち戻って、お父ちゃんの手伝いでもしながら、仕事先探しなさい。それがアンタのためや。分かったか?あんな、○本新喜劇よりおもんない芝居なんかいくらやっても無駄や!お母ちゃん、悪気があって言うてるんやないで、アンタのためを思うからこそ、こうやって忠告してあげてるんやで……」

 エンドレスに続く母親のご高説。黙ってそれに耳を傾けつつ、必死で笑いをこらえていたものの、S君もNくんも、そろそろ臨界値を超えそうだった。

 それはそうだろう。さっきまで「後付けラプラス君」について話し、その流れから、じゃあ「先立ち忠告ラプラスさん」はどうなんだろうと話していたところへ、まさにその実例そのもの、といった存在が、わざわざご丁寧にネギまでしょって電話をかけてきたのだから。

 そういった状況にあるところへ、それまで母親の声を生返事で聞き流しつつ、2人の様子を面白そうに見ていたRが、にやりと笑ったかと思うと、一言呟いた。

「ラプラスのおかん」

 当然、2人は決壊。どははは、うひひひと盛大に笑い転げる。

 てっきりRとだけ話していたと思っていたところへの爆笑の声に、母親は驚き戸惑い、上ずった声をあげる。

「な、なんやの、アンタ以外に誰かおるんか?あたしは真面目な話をしてるんや!それ

なのに、なんで笑うんや!それに、なんやの、その、ラフランスのおかんて!なんで私が

洋梨なんや!いや、ラフランス好きやけれども!

 その言葉に、2人に加え、Rまでもがげらげらと笑い出す。

 奇しくも三人の頭のなかには、二本の角と黒い羽を生やし、エプロンを着込んだ悪魔が、

洋梨の上にガニ股で立ち、キーキー騒いでいる姿が、くっきりと浮かんでのである。

 爆笑は爆笑を生み、その爆笑がさらなる爆笑を招く。

 その声に、母親はいたくプライドを傷つけられたらしい。

「なんやの、あんたら!みんなで私をバカにしてからに!なにがラフランスや!いい加減にしいや!ほんまに腹立つわ!もう、知らんわ!勝手にしぃっ!」

 その声を最後に通話はとぎれ、ツーツー音だけがか細くスピーカーから流れ続ける。

 が、三人の笑い声はそれでも止まらず、その後もかなり長く続いたのであった。

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