さよならの後に
夢に久遠さんが出てきた。
何も言わずに、ただ笑っていた。
青く透ける光の中で、何も言わないのに、全部伝わるような気がした。
目が覚めると、胸の奥がひどく静かだった。
(ああ、本当にいなくなったんだ)
そう実感した朝。
教室のざわめきが、今日は少し遠く感じた。
隣の席の上条さんは、何も聞いてこなかった。
それだけで救われるような気がして、私は静かにノートを広げた。
一時間目の数学。
数字を追っているふりをしながら、ぼんやりと考えていた。
“久遠さんが好きだった”という気持ちに、ようやく自分が追いついたこと。
でもそれは、もう伝えられないこと。
どれだけ心を傾けても、もう届かない場所にいること。
涙は出なかった。
ただ、胸の奥が少しだけ重かった。
(あの人はもう、どこにもいない)
でも、心のなかに“いた”ことだけは、確かだった。
◇◇◇
昼休み。
上条さんが、ジュースを2本買って戻ってきた。
「はい、まひるにはカルピスソーダ」
「……ありがとう」
受け取った瞬間、手が少し震えていた。
上条さんは何も聞かずに、ただ一口飲んでからぽつりと言った。
「ねえ。さみしい?」
私は答えなかった。
けど、それだけで伝わったらしい。
「……そっか」
上条さんはそれ以上、何も言わなかった。
ただ黙って、私の隣にいてくれた。
(あの人と話してた時間、ほんの少しだったのに。こんなに苦しいの、なんでだろう)
わからないまま、ただ時間だけが過ぎていく。
⸻
放課後。
教室に残っていたのは、私と相沢さんだけだった。
カバンに教科書を詰めながら、彼女がぽつりと言った。
「……全部、終わったんだね」
「……うん」
その言葉を、彼女がどういう気持ちで言ったのかはわからない。
でも、どこか安堵に似た空気が漂っていた。
「よかった」
「え?」
「あなたが、もう苦しまなくて済むなら。
それで、いい」
一瞬、言葉の意味がわからなかった。
でも、彼女の顔を見てすぐに察した。
(この人はずっと、私のことを見ていた)
私が苦しんでいたのも、迷っていたのも、全部。
そしてその視線は今――“あの人”じゃなく、まっすぐに私を見ている。
「……どうしたの?」
「べつに」
「最近、優しい」
「最初から優しかったけど」
「うそ」
「うそじゃない」
私は、ふっと笑った。
それは本当に久しぶりに、自分からこぼれた笑顔だった。
相沢さんが、それを見て少し目を見開いて、そしてそっと目を逸らした。
その横顔に、さっきまで感じていた重さが、少しだけ溶けていく。
◇◇◇
夜。
ベッドに横たわりながら、私は天井を見つめていた。
久遠さんのことを思い出しても、今はもう胸がぎゅっと痛むことはない。
あの人はちゃんと成仏して、
私はちゃんと“好きだった”って気づけた。
たぶん、もうそれでいいんだ。
だけど、まだ。
まだ、“今ここにいる誰か”の視線が、気になっている。
今も私のことを見ている、あの人。
見られていることに、ようやく気づけるようになった私は――
ようやく、前を向く準備ができたのかもしれない。




