それはずっと、君の中に
水曜日。
上条さんが、数日ぶりに学校に戻ってきた。
相変わらず、袖の長いカーディガンに、少しだけ長めのスカート。
教室に入ってくるなり、私の顔を見るなりふわっと笑った。
「……げんきそうじゃん、まひる」
「……そう見える?」
「見えないけど、言っといた方がいいかなって思って」
上条さんはそう言って、席に座る前にこっそり耳打ちする。
「昼休み、ちょっとつきあって」
声はいつもの調子なのに、目だけがいつもより真面目だった。
⸻
昼休み。
人通りの少ない渡り廊下。
ここは、あの日――久遠さんと、上条さんと、初めて“ちゃんと出会った”場所だった。
「で、話って?」
上条さんは、制服のポケットから小さな白い封筒を取り出した。
中には、薄紙に包まれた小さな御札と、ふわりと甘い匂いがする和紙の包み。
「これ、例の石の供養。お願いしてきたの。お坊さんに」
「……え?」
「久遠さんの。ちゃんと、見送ってあげたいと思って」
私は石を握ったポケットに無意識に手を入れた。
ずっと持ち歩いていた、小さな青い石。
触れるたびに、冷たくて優しい記憶が蘇る。
「まひるが持っててもいい。でも、そろそろ……“物”として扱ってあげたほうがいいかなって」
「……じゃあ、返す。持ってて」
「……ほんとに、いいの?」
上条さんは真剣な表情で私を見た。
「無理してない? ほんとはまだ……」
「……まだわからない。でも、これは“終わり”じゃなくて“区切り”だと思う」
そう言ったとき、やっと言葉にできた気がした。
久遠さんとのこと。
あの温かさも、消えてしまった気配も、ぜんぶ。
“終わった”んじゃない。
“もう、手放していい”って、そう言われたんだ。
「そっか」
上条さんが、そっと石を受け取った。
その手の動きが、まるでお別れの儀式のように慎重で、やさしかった。
⸻
午後の授業の後。
帰り支度をしていたとき、相沢さんが教室に戻ってきた。
「忘れ物……」
そう言いながら私の席のあたりで一瞬立ち止まり、ちらりとこちらを見た。
私は咄嗟に目を逸らす。
でも、彼女の視線はそれでも私から離れなかった。
教室に二人きり。
「白石さん」
その声に、手を止めた。
「……うん?」
「……最近、笑わなくなったよね」
その言葉が、思っていたよりずっと優しくて、逆に胸に刺さった。
「うそ……そんなことない、と思うけど」
「うそじゃない。私、ずっと見てたから」
また、その言葉だった。
私は、少しだけ迷ってから、相沢さんの目を見る。
「……変わったと思う?」
「うん。でも、悪い意味じゃない」
彼女は一歩、距離を詰めた。
「むしろ、ちゃんと“見えてる”顔になったなって思う」
「見えてる……って、何が?」
「自分の気持ち」
それが何を意味するのかは、まだわからなかった。
でも、彼女が少しだけ笑った顔が、なんだか大人びて見えた。
「じゃ、また明日ね」
何気なくそう言って、彼女はくるりと背を向けた。
その後ろ姿を、私はずっと目で追っていた。
その夜。
部屋の明かりを消して、布団に入った瞬間。
私は、胸の奥にぽつりと穴があいているような感覚を思い出した。
もう、久遠さんの気配はどこにもない。
声も、視線も、笑い声も、ない。
それでも、あたたかかった。
ふいに、胸がぎゅっとなった。
(……あ)
静かに、気づいた。
私、あの人のこと――




