見られている
月曜の朝。
登校して教室のドアを開けたとき、いつもと同じざわめきが流れていた。
女子校の教室は、華やかで、賑やかで、けれどどこか目に見えない緊張感がある。
その日はなぜか、自分だけが置いてけぼりになっているような気がした。
「……おはよう」
クラスの子に声をかけると、普通に挨拶は返ってくる。
でも、それだけ。
上条さんは今日は休み。
風邪気味って、朝にLINEが来た。
代わりに、教室で最初に目が合ったのは――
前の席の、相沢さんだった。
彼女はいつも通り静かに椅子に座って、ノートに何か書いていた。
なのに、なぜか私が入ってきた瞬間、すっと顔を上げた。
目が合った。
けど、それだけ。
何も言わずに、また前を向く。
それはまるで、「見たくなかったものを確認した」みたいな動きだった。
私は、黙って席についた。
⸻
授業中、教科書の文字が頭に入ってこなかった。
黒板の式を追うふりをしながら、私は窓の外を見ていた。
風もないのに揺れる木の枝。
雲の切れ間からこぼれる光。
日常のはずなのに、どこかが抜け落ちている。
そう感じたのは、久遠さんが消えてからだった。
あの日から、一度も“気配”を感じない。
ポケットに入れた石は、ただの石になったように静かで、冷たい。
(もう、本当にいなくなっちゃったんだ)
そう思うと、呼吸がしにくくなった。
私だけ、空気が重く感じる。
私だけ、遠くに置き去りにされている。
――そんな気がしていた。
昼休み、教室でひとりでお弁当を食べていると、前の席の相沢さんが立ち上がった。
その動きに思わず顔を上げた私と、また目が合う。
けれど、彼女はすぐに視線を逸らして、そのまま廊下に出て行ってしまった。
「……なに、あれ」
ぽつんと呟いて、自分で驚いた。
(別に、嫌われてるわけじゃない。たぶん)
でも、いつからだろう。
彼女の視線が、私を通り越して、どこか“後ろ”を見ていたことに気づいたのは。
教室で、廊下で、保健室で。
ずっと彼女は、私の背後にある“何か”を睨んでいた。
あの視線は、私に向けられたものじゃなかったのに
今は、違う。
今は、確実に。
“私”を見ている。
放課後、帰り支度をしていたとき、声がした。
「白石さん、最近……元気ないね」
振り返ると、相沢さんがそこにいた。
「……あ、うん。ちょっと……寝不足で」
適当な言い訳をすると、彼女は少しだけ視線を落とした。
「もう、見えないんだよね?」
その言葉に、思わず肩が強張った。
「……うん」
相沢さんは何も言わなかった。
ただ、一歩、近づいてきた。
「でもさ。見えなくなっても、ちゃんと気づいてるよ。あなたの変化」
「私の……?」
「雰囲気。視線。言葉の選び方。全部、前と少しずつ違ってる」
彼女の目は真っ直ぐで、嘘がなかった。
「そういうの、ずっと見てたから」
私は息を呑んだ。
(まただ)
この人は、いつも私よりも早く“気づく”。
私が知らないうちに、私のことを見ている。
まるで、ずっと――
“待っていてくれた”みたいに。
◇◇◇
帰り道。
下駄箱の前で、私はふと思った。
あの視線は、どうしてあんなに真剣だったんだろう。
まるで、
誰かを睨むように。
あるいは――
誰かを、守るように。




