声が届いた日
放課後の空は、夕陽の光がやけにやわらかかった。
人気のない裏庭。ひんやりとした空気のなかで、上条さんと私は並んで立っていた。
「ここ……よく来るの?」
「ううん。久遠さんが、こっちが落ち着くって言ってたから」
上条さんが、誰もいない空間に目を向ける。
私は、制服のポケットの中の石をぎゅっと握った。
心臓が、早鐘のように鳴る。
誰もいないはずのその場所に、“誰か”がいる気配。
頭の奥が揺れて、息が詰まりそうになる。
「……久遠さん、いるの?」
答えはなかった。
だけど、髪がふわりと揺れる。
風もないのに、背中に冷たい気配がふれた。
私は、振り返る。
――いた。
光に透けた輪郭。
誰かの形をした“存在”が、私を見ていた。
その目と、確かに合った。
「……っ」
視界が傾いで、足元がふらつく。
身体から力が抜ける感覚。
「白石さん!」
上条さんの声。
倒れかけた私を支えてくれた手の感触だけが、最後に残った。
⸻
目を開けると、白い天井。
また――保健室だ。
「おはよう」
ベッドのそばに、上条さんがいた。
心配そうな顔と、少しだけ安心した声。
「……また倒れた?」
「うん。でも、今回はちゃんと見えたんだよね?」
私は、ゆっくりと頷いた。
「目が、合った。確かにいた。……“久遠さん”って、あの人の名前?」
「そう。ようやく、白石さんと繋がったんだと思う」
上条さんの言葉に、胸がじんとする。
何かが、やっと届いたような気がして。
「その石、まだ持ってる?」
私はポケットから取り出した。
冷たいのに、なぜか少しだけ温かい。
それが、繋がった証のように思えた。
⸻
教室に戻ったのは、帰りのHRが終わった直後だった。
机に荷物をまとめていたとき、相沢さんが近づいてきた。
「白石さん、ちょっといい?」
呼び止められて、私は戸惑いながら頷く。
「……さっき、裏庭にいたわよね。上条と一緒に」
その声は、落ち着いていたけど、どこか突き刺さるような鋭さがあった。
「う、うん……ちょっと、話してただけ……」
私は正直に答えるしかなかった。
すると、相沢さんは静かに言った。
「全部、見てたよ」
「……え?」
「あなたが倒れるところも、上条が支えたところも」
相沢さんの目が、まっすぐに私を射抜いた。
「……で、見えるようになったんだ」
その言葉に、息が止まった。
「な、なにが……?」
「とぼけなくていい。ずっと見てたから。
教室で何か感じてるのも、保健室で苦しそうにしてたのも、廊下で立ち止まるのも」
「……」
何も言えなかった。
(相沢さんは……ずっと気づいてた? 私のことを?)
「その人に、これ以上近づかない方がいい」
相沢さんが、静かに言った。
「理由は、どうせ上条から聞いてるでしょ。
その人は、こっちの人じゃない」
「……でも」
「でもじゃない」
相沢さんが一歩近づく。
「あなたが苦しむなら、私は止める。
……だって、見てられないから」
その声は、思っていたよりもずっと強くて、
それでいて、どこか悲しそうだった。
私はまだ、自分の気持ちに名前をつけられなかった。
でも確かに。
この人は、私の知らないところで、ずっと私を“見て”いたのだと思った。




